ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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ということで、外伝のフェアリィダンス編開幕です!

まずはキリト…和人の視点からのお話です。キリがいいところまで書いたら、物凄く長くなりました。
ちょいちょい本作独自のお話が入ってますが…アリシゼーション編を読んだ人は分かると思いますが、本章、思いっきりキリトが追い詰められるエピソードになってます(本話だけで、かなりヤバいので)。

まぁ、全部フォンが悪いってことで…
それでは、どうぞ!


外伝 鼠のボディガード フェアリィ・ダンス編
EP1 「黒の剣士だった少年と現実」


「…はぁ…!まって、くれ‥‥‥まって……」

 

ベッドの上で、何かに魘されるように苦しむ少年のつぶやきが個室の中に響いていた。夢の中にいながら、何かに手を伸ばそうとしたところで…少年はベットからずり落ち、夢の世界から現実世界へと無理矢理戻された。

 

「……また、あの夢を見たのか…」

 

痛みによって寝ぼけていた意識が覚醒していく…それと同時に、自身の身体から噴き出た汗が寝間着と肌を引っ付けていた嫌悪感をも感じていた。

 

「…夢‥‥‥いや、あれは……」

 

もう何度目になるか分からない…繰り返し見ていた夢…いや、悪夢を思い出してしまった少年は、息を整えようと深呼吸をする。

 

…それは自身の幸せな世界が、絶望へと変わる悪夢だった。

 

愛する者とログハウスで幸せに…戦いを忘れてゆったりと過ごしていた少年の世界が崩壊するところから、絶望の悪夢は始まる。

 

愛する者が突如として消え、そして、ログハウスを中心に…仮想の世界が、メッキは晴れるかのように崩れ始める。世界が崩れる中、愛する者の安否を確かめるため、叫びながら周りを探し始めるのだが…

 

『キ、リト…』

 

少年の名を呼ばれ、振り返るとそこには…

 

『フォン…!?』

 

『…ゴメン、な』

 

背中から突き刺された細剣が飛び出た戦友…親友の無残な姿を目にした少年が、なんとか友を助けようと手を伸ばすも、それよりも先に親友のHPがゼロになり、少年の目の前で友の姿がポリゴンへと変わり、その代わりに少年の足元に赤い液体が飛び散る。

 

…そこで、少年の目がいつも覚めるのだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

深呼吸をしたお陰で過呼吸には至らなかったが、これでも大分よくなった方である。悪夢を見始めたころは何度も過呼吸を起こし、妹に心配をかける程のレベルで酷い事態だった。

 

喉の渇きを覚えつつ、それと同時に、そこでようやく自身が涙を流していたことに…部屋に飾られた鏡を見て気付いた少年は、

 

「…フォン……お前がいないと俺は…もう、立てない…立てないんだよ」

 

堪えたくても、流れてくる涙を前に…あの時喪ってしまった友の名を呼びながら、黒の剣士と呼ばれていた少年…桐ケ谷和人は本音を口にしていたのだった。

 

 

 

「せいっ!やぁ!」

 

場面は打って変わって、桐ケ谷家の庭。それなりの広さを持つ庭にある池の傍で、1人の少女が胴着姿で竹刀の素振りをしていた。一心不乱に素振りをしている彼女だったが、一通り振り終えたところで、休憩しようと大きく息を吐いていた。

 

(お兄ちゃん…もう起きたかな)

 

その思考と共に思ったのは…あの日の出来事だった。

 

兄があの世界…画期的なVRMMOと噂され、そして、デスゲームと化した『ソードアート・オンライン』…SAOに閉じこめられることになったあの日…最後に現実世界で兄に声を掛けたのは少女だった。

 

返事が返ってくることは期待していなかったが、部活に行くことを告げてから家を出たが、そこから兄がSAOに閉じこめられることになり、2年も話せなくなるとは思ってもいなかった。

 

兄がSAOに閉じこめられてから、少女の世界も変わってしまった。病室で意識をVRMMOに閉じこめられた兄を何度も見舞い、そして…兄が自分と実は…

 

「…ふぅ(いけない、いけない…集中力が切れちゃったみたい)」

 

変なことを思い出してしまい、集中力が切れたのだと悟った少女は家の軒下に移動しようとした時だった。

 

「おはよう、スグ」

 

「うわぁ!お、お兄ちゃん…いたなら、声を掛けてよ」

 

「いや、あんまり一生懸命しているから、集中しているのを邪魔するのも悪いと思って。ほら」

 

「えっ、うわぁわっと…!」

 

いつの間にいたのか、軒下には兄が鎮座しており、驚いた少女は変な声を出してしまった。いつから素振りを見られていたのかと思い苦言を呈するも、兄は兄なりに自分のことを想って声を掛けなかったのだと知り、それ以上は何も言えなくなってしまう。

 

すると、兄が持っていた水のペットボトルを投げ渡してきたため、慌てて竹刀を持ち直し、なんとかキャッチする。しかし、彼女はそこであることに気付き…

 

「お兄ちゃん、もしかして、また眠れなかったの?」

 

「…っ!い、いや…そんなことは…」

 

「ウソ!目の下に隈ができているのに、そんなウソ通用しないから!」

 

「アハハ…まぁ、ちょっとな…」

 

「お兄ちゃん…やっぱりお医者さんに診てもらった方がいいじゃない?このままじゃお兄ちゃん…」

 

「…心配かけてゴメンな。でも、大丈夫だから」

 

「……………」

 

最初は誤魔化そうとしたが、直葉の指摘に観念した和人は言葉を濁しながら正直に認めた。兄がずっと魘されて、きちんと寝られていないことを直葉が見るのは初めてではなかった…あの鋼鉄の城から帰ってきてずっとそうなのだ。

 

このままでは兄が倒れてしまうのではと思い、一度精神科の病院に行ってみるべきだと告げるも、大丈夫だと言われるとそれ以上は直葉も強く言えなくなってしまう…投げ渡された水を飲み、直葉もそれ以上はその話題に触れないことにした。

 

「でも、スグは偉いよな…ずっと剣道続けていて…朝から熱心に素振りもして…」

 

「そんなことないよ…もう習慣になっちゃってるし、やらない方がなんか変な感じがしちゃうんだよ」

 

「それでもだよ……竹刀ってこんなに軽いんだな…」

 

「えっ!それ、真竹だから、竹刀でも重い方だよ?」

 

「あっ、いや…悪い。イメージというか、比較の問題というか…(あの世界で、持っていた剣たちに比べたら全然軽いなんて…なんて言うわけにはいかないよな)」

 

話題を変えるべく、和人は直葉が持っていた竹刀を手に、剣道のことを口にした。兄の称賛の言葉に、大したことではないと応える直葉だが、次に告げられた兄の言葉に驚きながらツッコミを入れていた。

 

和人としてはSAOの感覚で思わず口にしてしまった言葉だったので、慌てて謝罪しつつ、またしても誤魔化すように、直葉が置いたペットボトルの水を口にした。

 

「…何と比べるのよ(というか、それ…か、間接…もう、お兄ちゃん!?)」

 

ところが、それはさっきまで自身が口にしていた水でもあったため、遠慮なく飲み干す兄に内心別のことをツッコみつつ、兄の発言にもツッコミを入れた直葉は顔を少しばかり赤くするのだった。

 

「…なぁ、スグ。もしよかったら、ちょっとやってみないか?」

 

「やるって…もしかして試合を?」

 

「おう」

 

「…ちゃんと防具着けて?」

 

「うーん…寸止めでもいいけど…スグに怪我をさせちゃ悪いからな。爺さんの防具もあることだし、折角だから道場でやろうぜ?」

 

「……むぅ…2年ぶりだっていのに、随分余裕じゃございません?全中ベスト8のあたし相手に勝負になるのかな?」

 

兄の突然の提案に少し驚きつつ、その中で兄の気遣いに少しばかりイラつきを覚えた直葉が挑発とばかりに言葉を返す。だが、それよりも気になったのは、

 

「…それに、身体の方は大丈夫なの?寝不足もあるのに、今は無茶しない方が…」

 

「フフッ、心配してくれてありがとな。でも、大丈夫だ。リハビリの一環で毎日ジムに通っている成果を見せてやるさ」

 

真面目に兄の身体のことを心配した直葉の言葉に、どこか自信ありげに言葉を返した和人は、空になったペットボトルを手で潰してみせていた。その姿に、直葉も兄の提案に乗ることにし、2人は自宅の敷地にある道場へと向かうのだった。

 

 

 

「…プッ。それ、なに、お兄ちゃん?」

 

道場に移動し、袴に着替え、剣道の防具…面や甲手、銅に垂を身に着け、互いに礼をしてから、竹刀を構えた時、直葉は思わず吹き出してしまった。

 

それは対面に構える兄…和人の竹刀の持ち方、いや、構え方に対するものだった。

 

剣道の構えでは、右足が前・左足が後ろで構えるのが普通なのだが…兄は右足を後ろに引き、更にはその幅も倍近く足を開いていた。さらには竹刀を右手一本で構え、下段の構えに近く、竹刀の剣先を地面へと向けていた。

 

「いいんだよ…これが俺流の剣術なんだから」

 

「ふーん…それじゃ、いくよ?」

 

「…ああ」

 

和人の言葉に冗談の色はなく…また正式な試合でもないため、直葉もそれ以上追求せず、再び竹刀を構え直す。

 

(…面がガラ空きじゃない。あそこに一発入れて、すぐに決めてやれば…)

 

下段に近い構えのせいもあり、直葉からすれば、和人の構えは面をガラ空きにしている上に、防御に使える竹刀も後ろに構えていることで、面の防御がガラ空きになっているようにしか見えなかった。

 

このまますぐに勝負をきめてやろうと、少しずつ間合いを詰めていく…だが、そこで直葉は違和感を覚えた。

 

(…あれ…?…なんだか、構えがさまになって‥‥‥っ?!)

 

和人の構えが素人のものではなく…そう、まるで剣士のようにどっしりと、そして、本格的なものに覚えたのだ。そう思ってしまい、少しばかり驚いていると、その隙を狙ったかのように、和人が仕掛けてきたのだ。

 

兄から仕掛けられてくるとは思わず驚くも、直葉も反応してみせた。面への一撃を躱し、その勢いで反撃するも、和人も攻撃を躱していく。

 

兄の動きに驚きつつも、このままペースに乗せてはならないと思い、攻勢に出るも…面への振り落とし、喉元への突き、甲手への一撃を繰り出していくも…それを紙一重で交わし、または竹刀で防ぐ兄の動きに…直葉も焦りを覚えていく。

 

このままではいけないと竹刀を振り落とした勢いを活かし、そのまま鍔競り合いに持ち込む。流石の和人も鍔競り合いに持ち込まれてしまうと、片手だけで競り合うことができず、慌てて両手で竹刀を持ち直す。

 

だが、直葉の方が一枚上手であった。鍔競り合いの中、僅かに重心をずらし、和人の体勢を崩した。押し込まれた和人は踏ん張ろうとしたが、その隙を見のがさなかった直葉は、そのまま下がって引き面を放った!

 

「…たぁ…っ?!」

 

「…!あっ、だ、大丈夫、お兄ちゃん!?」

 

「いてて…いや、参った、参った。スグは強いな…ヒースクリフなんか、目に……っ」

 

防具越しであっても、それなりの衝撃が頭に響いたこともあり、頭を抑えながらよろけた和人を見て、思わず心配になった直葉が駆け寄る。問題ないと口にする和人だが、その言葉が途中で止まってしまう。

 

ヒースクリフ…茅場明彦が扮していたあの男のアバター名を口にしたことで、今朝見た悪夢を思い出してしまったのだ。

 

『キ、リト……ゴメン、な』

 

「……………」

 

「お兄ちゃん…本当に大丈夫?」

 

「っ…ああ…悪い、心配かけたな。終わりにしようか」

 

兄の言動が、いや、様子も変だと思い、本当に大丈夫かと尋ねた直葉の言葉で、現実へと引き戻された和人は、試合は終わりだと言ったのだが…

 

「…あっ…え?」

 

「うん?あっ…!」

 

「…や、やっぱり…頭を打って、当たり所が悪かったじゃ…?!」

 

「ち、違う…長年の癖のせいだ…!?」

 

剣を払い、そのまま背中に鞘があるかのように竹刀を操ってしまったことで、自身の一撃のせいでおかしなことをさせてしまったのではないかと心配する妹に、和人は慌てて否定の言葉を述べるのだった。

 

 

「…ステップはともかく、課題はアタックの方だな。やっぱりシステムアシストなしじゃ、ソードスキルの再現は難しいよな。モーションはできても、威力とスピードがな…」

 

防具を外し、さっきの試合を反省を言葉にして呟く和人…もし彼がここにいれば、「いや、まずは剣道の正式な動き方を考えろよ」とツッコミを入れていたであろう反省内容だったが、対する直葉は、先程の兄の試合の動きに驚きと喜びを覚えていた。

 

「でも、びっくりしたよ…お兄ちゃん、いつの間に剣道の練習をしてたの?」

 

「まぁ、ちょっとな…でも、やっぱり何かの形で剣を振るうのは楽しいな…また、やってみようかな、剣道」

 

「…!!本当…?本当に!?」

 

直葉の言葉に応えながら、和人は一度止めていた剣道を再開してみようという言葉を口にした。まさか兄からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったこともあり、直葉も嬉しそうに和人へと近づく。

 

「スグ、俺に教えてくれる?」

 

「…!うん、もちろん!また一緒にやろうよ!」

 

「もうちょっと筋肉が戻ったらな…スグが教えてくれたら、俺もあいつみたいに……あいつとも……」

 

「…お兄ちゃん?」

 

「っ…いや、なんでもない」

 

一緒に剣道をやろうという言葉に、和人は次の機会を言葉にしつつ、それと同時に脳裏に蘇ってしまったことがあった。

 

かつて戦友として背中を預けた友も、剣道をしていたということを…もしもあいつも帰ってきていれば、一緒にできたかもしれないと思ってしまったのだ。

 

またしても表情に陰りをみせた和人を心配する直葉の言葉に、再び意識を引っ張られた和人はなんでもないと誤魔化すように、妹の頭を撫でるのだった。

 

「あのね、お兄ちゃん…実は私もね…」

 

「…うん?」

 

「…フフッ、やっぱりまだ内緒!」

 

「…?なんなんだよ…気になる言い方だな」

 

頭を撫でられたこともあり、上機嫌になった直葉も兄に伝えようとしたことがあったが…もう少しだけ秘密にしたいこともあり、内緒と言って先に家の中へと戻っていってしまった。そんな妹の態度に首を傾げつつ、和人も家の中へと続けて入る。

 

「お兄ちゃん、今日はどうするの?」

 

「あっ……悪い、今日は俺、病院に…」

 

「…っ!そっか…あの人のお見舞いに行くんだね……アスナさん、だっけ?」

 

「……ああ。それしか俺にはできないから」

 

今日の予定を尋ねたところ、和人のどこか重い口調での回答に、先程まで上機嫌だった直葉も複雑な感情で言葉を返していた。

 

「…それじゃ、今日の朝飯当番は俺だから…スグは先にシャワー浴びて来いよ」

 

「…うん」

 

そう言って朝食を作りに行った和人だったが、その姿を見送った直葉はすぐに動けず、どこか悲しそうに顔を伏せていた。

 

 

 

「アスナ…今日も来たよ」

 

埼玉県の所沢市にある総合病院…そこのVIP用の病室を訪れた和人は、未だにベットで眠り続ける女性…アスナこと結城明日奈へと言葉を掛けた。

 

だが、彼女から返事が返ってくることはない…彼女の意識は未だに現実世界では目覚めておらず、そういった意味で眠り続けていたのだ。

 

これはアスナに限った話ではなかった…あの日、和人…いや、黒の剣士だった少年は、茅場明彦ことヒースクリフを打ち倒し、ソードアート・オンラインをクリアへと導いた。それにより、生き残っていたプレイヤーは現実世界へと生還できる筈だった。

 

しかし、現実にはアスナを始め、300近くのプレイヤーがまだ目覚めておらず、これは未だに行方が掴めていない茅場明彦の陰謀が続いており、SAO事件がまだ終わっていないのだと世間を騒がせていた。

 

(アスナ…君までもを喪ったら……俺は…)

 

眠り続けるアスナを前に、和人はその手を握り、今にも彼女が目覚めないかと僅かな期待を抱いた。しかし、現実は非情にもそんな期待を叶えることはなく、彼女のバイタルを刻む機械音だけが部屋に響いていた。

 

和人がアスナが入院している病院のことを知ったのは、彼が攻略組として活躍していたこともあり、ソードアート・オンラインに関する情報の提供を条件に、総務省のSAO事件対策本部の一員であった人物と取引をしたからだった。

 

その役員は和人以外のプレイヤー…SAO生還者とも取引をしていたこと、そして、攻略組であった和人の証言はかなり貴重なものもあり、その条件を呑み、和人の要望をかなえたのだ。

 

アスナと…そして、戦友であったフォンの居場所を教えてほしいと。

 

前者の要望は叶い、こうして和人はアスナの病室に見舞いに来れていた。しかし、後者は和人の予想を大きく裏切る形で叶うことはなかった。

 

『すまない…ログ情報を確認しようとしたんだが、フォンというプレイヤーが誰か特定することはできなかった』

 

和人が取引をした役員…菊岡誠二郎が告げた事実に、和人は衝撃を受けるしかなかった。それは、あの最終決戦の時、ヒースクリフが口にした事実が真実であることを裏付けることになったからだ。

 

『……彼は、本来このゲームに参加する人間ではなかったんだよ……事実、彼がどこからログインしているのか、このゲームマスターである私でさえ把握できていない……まさしく、未知のプレイヤーだ。最悪、このゲームをクリアしてしまえば…………彼は現実世界に戻れないだろう』

 

ヒースクリフが口にしたように…いや、それ以前に、奴によってHPを0にされてしまったフォンはもう…この世にはいない。その現実を突き付けられたような気がして、その時、和人は錯乱して、暴れてしまった。

 

菊岡が慌ててナースコールし、暴れまわる余り鎮静剤を打ってまで止められるほどに…和人の精神は限界を超えてしまったのだ。

 

もしこれでアスナまでも喪ったら…そんな思いが和人の今日中に宿るのは仕方のないことだった。その思いと共にアスナのことを見守っている時だった。病室に誰かが入ってきた…ここはカードキーを持っていない者は入室できない形式の病室であるため、入ってこれる人間は限られており、

 

「…おぉ、来ていたのか、桐ヶ谷君。度々すまんね…」

 

「こんにちは、お邪魔してます、結城さん」

 

「いやいやいつでも来てくれて構わんよ。娘も喜ぶ」

 

入ってきたのは、見舞いの花を携えたアスナの父である、結城彰三だった。和人とは、アスナを見舞う中で知り合い、そして、見舞いに来ることについても快く承諾してくれていた。

 

いつも彰三1人だけで見舞いに来ていたのだが、今日は彼だけではなかった…病室の扉近くにいたその人物は、その場で初めて声を発した。

 

「社長…この少年は?」

 

「ああ、君は桐ヶ谷君とは初めて会うんだったね」

 

その人物が声を発したことで、和人もようやくその存在に気付いた。細いフレームの眼鏡にピシッとスーツを着こなしたその姿は、どこかエリートらしさを和人に感じさせていた。一方で、彰三も和人とその人物が顔合わせをするのは初めてだったと思い、紹介を始めた。

 

「彼は、うちの研究所で主任をしている、須郷君だ」

 

「須郷信之です。よろしく」

 

「…桐ヶ谷和人です」

 

須郷と名のった人物に、少し面喰らいながらも、和人も自己紹介を返す。礼儀正しいその姿勢に悪い印象は持たなかった和人だが、和人の名前を聞いた須郷は驚き、

 

「…!そうか、君がキリト君か…フォン君と共に、あのゲームをクリアに導いた英雄の…!」

 

「っ…!?」

 

「…あっ、いや、すまん。SAOサーバー内部での話は口外禁止だったな…」

 

自身のSAOでのことを知っているかのように、手を握ってきた須郷の姿勢に和人は驚いていた。自身があのキリトであることを現実世界で知っている人間は限られており、思わず視線を向けると…口を滑らせてしまった犯人である彰三が申し訳なさそうに白状していた。

 

「彼は私の腹心の息子でね。昔から、家族同然の付き合いなんだ」

「あー、社長…そのことなんですが、正式にお話を決めさせてもらいたいと思います」

 

「あ、ああ…そうか…」

 

(…?何の話だろう…?)

 

彰三と須郷の関係性を説明してもらったところで、須郷が切り出した話へと話題が移る。イマイチ主語に欠ける話のせいで、疎外感を覚えた和人は疑問を覚えつつ、その話を聞き続けていた。

 

「しかし、君はいいのかね?まだ若いんだ、新しい人生だって…」

 

「僕の心は最初から決まってます…明日奈さんが、今の美しい姿でいるままに、ドレスを着せてあげたいんです」

 

「…っ?!」

 

「そうだな…そろそろ覚悟を決める時期かもしれないな。うん?話の途中で申し訳ないが、この後、会議があってね。続きはいずれまた改めて…桐ヶ谷君も、また会おう」

 

「……………」

 

須郷が告げた言葉を耳にした時、和人の頭の中に最悪の予想が浮かび、思わず息を呑んでしまった。間違いであってほしいと思い、彰三に尋ねようとしたが、後に予定が入っていたようで、和人が呆然としている間に、彰三は病室を去ってしまった。

 

須郷と病室に残された和人に対し、須郷は口を開いたが…その口調は先程とは全く異なるものだった。

 

「君はあのゲームの中で、アスナと暮らしてたんだって?」

 

「…っ!え、ええ…」

 

アスナのことを呼び捨てにし、好青年を思わせるような口調も何か値踏みするような、いや、高いところから見下ろしているような印象を与えるものに変わった須郷の言葉を、まだ衝撃から立ち直れていない和人はなんとか返すこしかできなかった。

 

「それなら、僕と君はやや複雑な関係、ということになるかな」

 

「…複雑な、関係…それって…」

 

意味深な言い方の真意を尋ねようとした和人だったが、次に須郷が取った行動に思わず息を呑んだ。

 

…なんと、眠っているアスナの髪を手に取ったと思いきや、なんと、その髪を鼻へと近づけ、その匂いを勢いよく嗅いだのだ。何度も嗅ぐその姿は…まるでアスナの全ては自分のものだと言わんばかりの行動で、流石の和人も表情に出すほどに嫌悪感を覚えてしまった。

 

「さっきの話はねぇ…僕と明日奈が結婚するという話だよ」

 

「っ…!?!?」

 

その言葉を告げ、下唇を下で嘗め回す須郷の姿を見た和人は、嫌悪感を更に強くした。

 

「そんなこと…できるわけが…」

 

「確かに…本人の同意がないわけだから、法的な入籍はできないから、書類上は僕が結城家の養子に入ることになるわけだけどね。実のところ、この娘は僕のことを嫌っていてね…けど、親たちはそれを知らないんだ。いざ、結婚となれば、明日奈本人から拒絶される可能性も高い。

だから…この状況は僕にとって、非常に都合がいい」

 

「…っ!やめろ…!!」

 

話を続けながらも、ずっとアスナを嘗め回すように見つめ、更には唇を指でなぞるその動きに、遂に和人も限界を迎えた。須郷の左手を抑え、アスナの唇から指を離させた。

 

だが、和人の行動が気に喰わなかったらしく、掴まれていた和人の腕を乱暴に振り払いながら、須郷は舌打ちをした。

 

「あんた…アスナの昏睡状態を利用するつもりなのか…!」

 

「利用…?いいや、正当な権利だよ。ねぇ、桐ヶ谷君?SAOを開発したアーガスがその後どうなったか、知ってるかい?」

 

「…解散したと聞いた」

 

「うん、その通り。開発費に加え、事件に対する賠償などの補償といった負債を抱え、会社は消滅…SAOサーバーの維持を委託されたのが、結城彰三氏がCEOを務める総合電子機器メーカー…レクトなんだよ」

 

「っ…!?」

 

「僕は、そのフルダイブ技術研究部門に勤めている。つまり、明日奈の命は、この僕が維持していると言っていい」

 

「……?!」

 

「なら、僅かばかりの対価を要求したっていいじゃないか。君がゲーム内でこの娘と何を約束したか知らないけどね…今後ここには一切来ないでほしいな。結城家との接触も遠慮してもらおう」

 

「……………」

 

「式は1週間後、この病室で行う。大安吉日でないのが残念だけどね…友引だから、君も呼んでやるよ」

 

和人の絶望した表情を見たことで留飲が下がったところか、満足したのか…和人に脅しに近い要望を告げ、更に止めと言わんばかりの言葉を口にした。

 

「…せいぜい、最後の別れを惜しんでくれ、えいゆうぅ君?」

 

その言葉と共に須郷は病室を去ったが、和人はどうすることもできず、病室で立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

「…お兄ちゃん、お風呂空いたよ?」

 

その夜、家に帰ってきてから部屋に籠ってしまった和人に、直葉はお風呂が空いたことを告げに来たが、反応がなかった。

 

いつもは何かしらの反応がある筈なのに…一切の音がしないことに疑問を覚えた直葉がドアノブに手を掛けると、部屋の戸に鍵はかかっていなかった。そのまま開けると、電気も点けずにベットに腰掛ける和人の姿があった。

 

「…!お兄ちゃん、いるなら返事くらいしてよ!電気もエアコンも点けずにどうしたの?」

 

冬だというのに、寒い部屋の中で薄着でいる兄を心配し、すぐさまエアコンで暖房を効かせようとする直葉だが、和人の態度は冷たいものだった。

 

「…悪い‥‥‥ちょっと…1人しておいてくれ」

 

「でも、こんな寒い部屋で‥‥‥っ!?」

 

1人にしてほしいという和人の要望に反論しようとして、兄の姿を見た時だった…直葉は兄の異常に気付いた。今朝の寝不足なんてまだ可愛く見えるほどに、和人は憔悴しきり、その目から生気がほとんど消えてしまっていたのだ。

 

「ど、どうしたの…病院で何かあったの…?!」

 

「…なんでも、ない…」

 

「でも、そんな顔で言われたって…それに身体もこんなに冷え切ってて…こんな部屋にずっといたら、風邪引いちゃうよ」

 

「…駄目だな、俺は。スグの前では、何があっても弱音を吐かないって決めたのに………っ…?!」

 

「…あの人に…アスナさんに何かあったの?」

 

「………アスナが…アスナまでもが遠くに行っちゃうんだ…俺の手の届かないところに…」

 

「おにい…ちゃん…」

 

「…俺は…俺はまた喪うんだ…あいつの時もそうだった…!俺が一番近くにいたのに…あいつのこと、知ってやれる筈だったのに…なのに、何も知らないであいつのことを頼ってばかりで…あいつのおかげで、俺はあの世界から帰ってこれたのに…アスナもあの世界から連れて帰れると思っていたのに……あいつを死なせたのに、俺はアスナまでも……!?」

 

…限界だった。

 

…桐ヶ谷和人の何かが完全に壊れようとしていた。

 

…彼なりに堪えて、そして、贖っていたつもりだった。

 

…けど、それを支えていた柱が崩れ、彼を壊そうとしていたのだ。

 

だが…限界を迎え、涙を零し、崩れそうになっている兄を見て…直葉はこのままではいけないと思い。

 

「お兄ちゃん!!!」

 

「…っ?!」

 

壊れそうに、泣き崩れる和人を繋ぎとめるように、直葉は優しく抱きしめたのだ。

 

「…ねぇ、頑張ろうよ。好きな人のこと、簡単に諦めちゃ駄目だよ」

 

「っ……ぅぅ…ぅうううぅ…!」

 

今、思えば、和人が直葉に対しSAOのことをはっきりと口にしたのはこれが初めてだった。和人がいう「あいつ」のことは誰のことは分からないが、あの兄がここまで苦しむ程に、その人物は兄の中で大きな人物であり…そして、もしかしたらもうこの世にはいないかもしれないことを悟った直葉は…自身と重ねながら、和人へとまだ諦めてはいけないと告げた。

 

(…あたしも…これ以上、自分に嘘は吐けない)

 

それは本来は兄妹であれば、兄に向けてはいけない感情だった。

 

だが、和人がSAOに囚われている時、直葉は母から知らされたのだ。

 

…和人が実の兄ではなく、自分と従兄妹の関係であることを。

 

結婚しても問題ない関係であることをしった直葉は…兄への恋心が許されるものと知って、同時に自覚してしまったのだ。

 

自分は桐ヶ谷和人が好きなのだと。

 

(でも、お兄ちゃんの心は…あの人だけのものだから…)

 

いつの間にか泣きつかれて寝てしまった兄をベッドに寝かせ、布団をかけながら、その寝顔を見つつ、直葉はそんなことを考えていた。

 

兄の心を知っているからこそ、自身の恋心は気付かれてはいけないと思い…それでも、今の時間だけは自分のものだと思い、涙を流しながら、その横で眠りについたのだった。

 

 

 

(…ううん…朝…?)

 

窓の外が明るく感じ、意識が眠りから覚めた和人は…久々にしっかりと寝れた感じがした。いつも見ていた悪夢を、今日は見なかったのだ。

 

…昨日、現実世界で悪夢そのものを味わったせいかと自虐しながた起き上がろうとした時だった。

 

「…スグ?…そうか、昨日はスグが俺を慰めてくれて…そのまま寝落ちしちまったのか…」

 

「…むぅう、おにいちゃん…むにゃ…」

 

「…リアル寝言で、むにゃって本当にあるんだな」

 

隣に誰かの気配を感じ、目を向けると…そこには熟睡する直葉の姿があった。そして、昨夜の出来事を思い出し、あのまま直葉もここで寝落ちしたのだと理解した。

 

このまま寝かせてやりたいと思いつつ、時計を見ると、そろそろ起こした方がいいと思った和人は、

 

「…おーい、起きろよ、スグ」

 

ベッドへと腰を掛けながら、直葉を起こそうと言葉をかける。だが、直葉が目覚める気配はない。

 

「そろそろ起きないと、朝稽古の時間がなくなるぞ?」

 

今度は頬を優しく引っ張りながら起こしてみると、僅かに反応があり、直葉の瞼が開かれた。

 

「…あぅ、おはよぅ、おにぃちゃん…」

 

「…おはよう、スグ」

 

寝ぼけ眼と欠伸をかきながら、ベッドから起き上がった直葉だが、半分ほど意識が睡魔に囚われており、自分がどこにいるかまだ思い出せていないようだった。

 

だが、寝ぼけ眼で周囲を見渡していくうちに、自身が和人の部屋で寝落ちし、そして、そのまま和人の横で一夜を共にしてしまったことを自覚したようで…

 

「…ぁあ…あ、あたし…!っ~~~~~~~!?」

 

恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして慌てて部屋を出て、自身の部屋へと駆け込んでいった妹を見ながら、和人は苦笑いをしていた。

 

「…やれやれ…けど…ありがとな、スグ」

 

『簡単に諦めちゃ駄目だよ』

 

「ああ、そうだな」

 

昨夜の直葉の言葉に返すように、立ち直れた和人は何かできることがある筈だと…自分がどうするべきかを考えようとした時だった。

 

和人のPCにメールが届いたことを知らせる通知が走った。朝から誰のメールかと思い、メールBOXを開いた和人は、

 

「…エギルから?Look at this…これを見ろって、一体何を…」

 

アドレスを交換していたエギルからのメールに添付された画像を開き、それを見た時だった。信じられないものを見たと言わんばかりに、驚きのあまり和人は椅子から立ち上がってしまった。

 

「……アスナ…?!」

 

そこには、アスナによく似た人物の姿が映っていたのだ。

 




ヤバい、和人が追い詰められすぎて、直葉のヒロイン力がその分上がるという…
それでも、須郷の気持ち悪さと性格の悪さが帳消しにできないという(改めてアニメ見返してのですが、ヤベェな、あいつ…)

…まぁ、調子乗っている時期だったので、実はあることを口滑らしているのですが…

さて、この時のフォン君の状態もちょっとだけ出てますが…実はログ辿れないせいで、フォン=音弥蓮という結びつけができておらず、そのせいで菊岡も特定することが現時点ではできなかった、という裏事情がありました(音弥蓮がメディキュボイド利用中にSAOに混戦・閉じこめられたことは把握しているが、フォンとしてプレイしていたことの情報が辿れないせいで、結びつけができなかったという形です)。

ということで、次回も和人視点のお話かなと…エギルとの会話で一旦キリがいいと思うので、少し短めになると思いますが、そこまで描いて、また視点を英雄(シグ)へと戻して、ALOの話に入っていければと思ってます。
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