ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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皆さん、大変お待たせしました!
更新再開です!(言い訳はあとがきにて…)
リユニオン・ビヨンド最終話となる番外編です!

結構ネタに走ってるところはありますが、ある意味で見どころ盛りだくさんのお話となっております(そして、そのせいで3万字越え…)。

それでは、どうぞ!



第十話 「激闘U:燃え尽きろ、大運動会!」

「……はぁぁぁ…」

 

「12回目」

 

「…えっ?」

 

箸を動かしていると、真正面にいる彼女からそんな指摘が飛んできた。目線を上げると、そこには、呆れた顔と半眼で俺を見る里香の顔があった。

 

「あんたが昼食食べ始めてから吐いた溜息の数よ」

 

「…そ、そんなに吐いてたか?」

 

「うん、傍から見るだけで分かるくらいに吐いてたよ、フォン…じゃなかった、蓮」

 

「マジか…」

 

「あと、さっきから箸だけ動いて、コロッケちっとも食べれてないよ」

 

「…マジか…!」

 

里香の説明に俺は思わず顔が引き攣ったのを感じた。その証言が正しいとばかりに、俺の隣にてバジルソースがかかったチキンの照り焼きを食べていたフィリアこと竹宮琴音の言葉に、俺はどんだけ自分がヤバい状態かがよく分かった。

 

…とりあえず、昼食食ってるつもりで何も食べれてなかったのは、マジでやばい。

 

「授業中も上の空だったよね、何があったの?」

 

「…木綿季が家を出て行った」

 

「「…はぁ!?」」「あー…」

 

里香の隣にいた明日奈にまで心配され、俺は昨日起こった出来事の端的に伝えた。その結果、二つの驚きの声と一つの納得の声が聞こえてきた。

 

前者は琴音(最初は苗字で呼んでいたのだが、皆と同じ呼び方をしてほしいという建前のもと、恋人なのだから名前で呼んでほしいとお願いされて、名前呼びになった)と里香で、後者は事情を察した明日奈だ。

 

「…け、喧嘩でもしたの?」

 

「喧嘩というのはちょっと違うんだが…まぁ、原因は昨日できたというか、これからやってくるというか…」

 

「明日の運動会のせいね」

 

「まぁ、そういうことだ」

 

「どういうこと…?」

 

慌てて少し離れた席で、珪子やクラスメイトたちと談笑しながら昼食を食べている木綿季の方をチラチラと見ながら、琴音が心配そうに尋ねてきた。理由をどう説明したものかと思っていると、明日奈が告げた一言に俺は苦笑いを浮かべて同意した。

 

どういうことかと言葉通りに首を傾げる里香に、俺は理由を説明し始めた。

 

「昨日、運動会の組み分けが発表されただろう?」

 

「ああ、そういえばそうだったわね。えっと、確か私たち3年が白で、1・2年が…あー、そういうことね」

 

「…そういうことだ」

 

里香が納得の言葉を口にしたところで、俺は頭をガクリと落とした。そんな俺の姿に3人はどこか同情するような雰囲気を出していた。

 

事情をもう少し詳しく話すとすると、問題は帰還者学校にて初めて行われる運動会にあった。昨年はまだ開校して1年目ということで、各行事は見送られていたのだが、今年からは季節行事を取り込んでいくという流れになったわけだ。

まぁ、帰還者学校の存在理由が「10代のSAO帰還者に学校生活らしさを与えるため」という名目で設立されたのだから、当然と言えば当然なのだが(もっとも、流石にコストが莫大になる修学旅行とかは無理だったようだが。だから、明日奈たちが今年の春先に京都旅行に行ったわけだし)。

 

ということで、運動会をやるという話は新学期早々に俺たちは告げられ、家族や知り合いも呼んでいいことになっていた。そのため、家族だけでなく、直葉ちゃんや詩乃、ミトこと深澄に、エギルさんと遼太郎さん(クライン)も来るという話をもらっていた。

 

…と、ここまでは順調だったのだが、昨日…土曜に開催される運動会2日前にあたる木曜に大事件が発生した。

 

ここで帰還者学校の人数構成について触れておこう。まず、SAO自体は低年齢層がプレイできないよう、年齢制限が設けられていた(俗に言うレーティング制度という奴だ)。もちろん、これはあくまで購入時の話であり、親が代理で購入したせいで小さい子供がSAOにダイブし、デスゲームに巻き込まれたという事例が少なからずあったが…一旦それは置いておこう。

 

つまり、10代といっても、比較的年齢層が高いものがこの帰還者学校には集まっているわけだ。さて、ここで運動会の組み分けへと話を戻そう。

 

運動会は基本紅白の二組に分かれるのが一般的だ。それは、帰還者学校の運動会も変わらなかった。しかし…ここで二組に分けるとなった際に、問題が生じた。実はこの帰還者学校は俺たち3年生の人数が多すぎたのだ。だが、組み分けに時間をかけるわけにもいかないということで、ちょうどいい塩梅に分けられるということで、紅組〈1・2年〉Vs白組〈3年〉ということになってしまったのだ。

 

つまりは、俺・琴音・明日奈・里香Vs木綿季・和人・珪子、という組み合わせになってしまったわけだ。ここまで言えば、もう分かるだろう。

 

「…うん?でも、ちょっと待って。それで、なんで木綿季が怒って家を出て行ったの?木綿季なら「よーし、勝負だね、蓮!」とか言って、逆にやる気出しそうだけど…」

 

「俺もそう思ってたんだけどな…今度は逆にそれが裏目に出た。どうやら、俺と一緒の組で運動会に参加できるのをよっぽど楽しみにしていたらしい」

 

話の大筋を話し終えたところで、明日奈がおかしなことに気付いた。彼女の言う通り、木綿季の性格上、むしろやる気を出しそうという言葉に、俺は13度目となる溜息を吐いて、昨夜の出来事を話し始めた。

 

『僕と蓮は敵同士…運動会が終わるまで、(蓮の)実家に帰るから!』

 

『待て待て待て待て!?』

 

夕飯の買い出しに行っていたせいで、帰りが遅くなった俺とすれ違うように家を出て行こうとした木綿季の左腕を思わず掴み、制止にかかった。あまりに突然のことに待ったとしか言えない状況だった。

 

『敵同士って…確かに紅白には分かれたけど、家を出ていくまでじゃないだろう!』

 

『でも、琴音は蓮と同じ組でしょ?』

 

『…あー、まぁ、そうだけど…』

 

『だから、絶対に負けたくない。蓮の一番のパートナーは僕だって証明するために、この勝負は絶対に負けたくない!?だから、一緒にいたらその気持ちが揺らぎそうだから…実家に帰らせて頂きます!もうお父さんたちには相談して、いいって言ってもらってるか!それじゃ!』

 

『……えー…』

 

まぁ、なんというか…どうやら木綿季の嫉妬が爆発してしまったらしい。俺と組が分かれただけなら、まだよかったのだが…同じく恋人である琴音が俺と同じ組であることに我慢の限界を超えてしまったらしい。

 

あまりにスムーズなことの流れかつ、突然の行動に俺は一人ぽつんとマンションに取り残されてしまった。そして、正気に戻ったところで、

 

『いや、実家って、木綿季のじゃなくって、俺の家じゃないか?』

 

『フォン、混乱しているのは分かるが、そこじゃないじゃろう』

 

遅れてツッコんだ俺に、カナデの呆れた声がスマートフォンから聞こえてきたのだった。

 

「…ということで、啖呵を切られて、俺の実家に帰ったわけだ」

 

「何やってんのよ、あんたら」

 

「珍しく蓮君が食堂の昼食を頼んでいたのはそういうわけだったのね」

 

一部事実を隠したままで、昨夜のことを説明し終えたところで、里香から何度目になるか分からない呆れた態度を向けられ、俺は思わず目を逸らした。もう返す言葉がないとはこのことを言うのだろう、そんな俺を見て明日奈が苦笑していた。

 

「ねぇ、蓮…もしかして、私のせい?」

 

「……まぁ、半分は。でも、琴音が気にすることじゃない。こればっかりは俺のせいだしな」

 

色々と察してくれた琴音が、小声で俺にだけ聞こえるようにそう尋ねてきたので、正直に伝えた上で、気にするなと併せて告げる。元を正せば、元凶は俺なのだ。琴音が責任を感じる必要はないだろう。

 

「というか、俺はともかく…明日奈の方は大丈夫なのか?和人が敵の組なわけだが、そういうのを気にしてなそうだが」

 

一方で、俺と同じく恋人が白組にいる明日奈はその辺り割り切れているのかと気になり、質問を口にした。ある意味で、恋敵(?)の一人である珪子が向こうで一緒にいるわけだから、あまりいい感情は持っていないのではないかと思っていたのだが…

 

「もう…何を言ってるのよ、蓮君。大丈夫に決まってるでしょ」

 

「そうか、それなら…」

 

「和人君が敵になるっていうのなら、全力で勝ちに行くだけよ。私と違う組になったのを後悔させるぐらいにね。フフフッ、明日が楽しみだわ」

 

「全然大丈夫じゃないだろう、それ。ジェラシー爆発してんだろうが…頼むから、鬼の副団長モードになるんじゃねぇぞ…」

 

「蓮君、まさか木綿季が相手にいるからって手を抜くつもりじゃないでしょうね」

 

「うわぁ、まさかのこっちに飛び火した…マジで、落ち着け、明日奈」

 

予感的中、笑ってない笑みでそんな物騒なことを言い出した明日奈は既にバーサクヒーラ―と化していた。俺の言動さえも曲解してみせた際に見せた目はハイライトが消えていたような気がする。

 

…どうやら明日の運動会は普通に終わらなさそうだ。この前、フェイカーの一件が一旦は片付いたばかりだというのに、次なる厄介毎に俺は14度目となる溜息をグッと堪え、コロッケをようやく口へと放り込んだ。

 

 

 

そんなわけで、迎えた翌日…運動会当日は誰かの祈りが叶うことなく(どっちかというと呪いか?)、晴天快晴…まさしく運動会日和とも言える程に晴れ渡った。

 

『選手宣誓!われわれ生徒一同は…』

 

3年生の一人が代表して選手宣誓をしている帰還者学校のグランドに、紅白の鉢巻きを頭部に纏った生徒たちが整列して、開会式を受けていた。準備は有志の者と教員が助力のもと、専門の業者が昨日の放課後に終えていたので、今朝は体操着用のジャージで登校するだけで良かった。

 

そんな俺たち生徒を観覧席用のテントにいる親族や友人が見守っている構図が今の状態だった(簡単な配置図として、俺たちが集合しているグラウンドのトラック(外周)を囲むようにテントが配置されていて、真ん中と左右それぞれに競技の入退場にかかる入口門があり、真ん中の入口門を境目に紅白組のテントが二つずつ、左右の入口門を境目に勘乱用のテントが複数配置されている)。

ちなみに、マスコミなどが必ず騒ぎ立てるため、親族や友人は生徒の自己申告によって、入場用の専用QRコードが発行され、徹底した入場管理が行われている(そのため、家族以外の友人(直葉ちゃんや詩乃など)の申請は分担して行った)。もちろん、どこぞの原黒自衛官が手を回してくれたのは余談だ。

 

『開会式は以上で終了です。みなさん、精一杯努力の上、素晴らしい汗を流しましょう。それでは、まずは最初の競技「準備運動」からです』

 

いつの間にか選手宣誓から、校長先生のお話までも終わってしまっていたようで、実況を務める生徒の声に俺は我へと返った。左右に並ぶ他の生徒たちに追従するように、準備体操ができるように俺は駆け足へと散開するのだった。

 

 

 

『最初の競技の短距離走に出場する生徒は西側の入場門に集合するように!』

 

準備体操を終え、正面の入場門から退場して、すぐに教師から集合の号令がかかった。拡声器にて拡張された教師の指示によれば、短距離に出場する生徒は集まれとのことだ。出場する予定である俺も向かわなければと思い、水分補給を簡単に済ませてから、テントから移動した。

 

「最初は短距離走か…まぁ、王道と言えば、王道だよね」

 

「琴音も短距離出るのか…まぁ、準備がほとんどいらないから選出しやすかったのもあるだろうな」

 

「蓮君、そんな身も蓋もない…」

 

同じく短距離走に出場するらしい琴音と明日奈を伴い、入場門にて整列していると…先頭の列に並ぶ木綿季の姿が見えた。話には聞いていたが、やっぱりか…

 

「あれ…木綿季も短距離に出るんだ」

 

「ああ、短距離もな」

 

「短距離も…?どういうこと、蓮」

 

この運動会が行われるにあたって、生徒には自身が参加する競技についてのアンケートが行われていた。必ず2つ以上には参加しないといけないが、それ以外のものについては自由参加という形で(もちろん競技ごとの人数調整はされたであろうし、あくまでアンケート形式で、しかも回答形式が優先度順だったので、調整はしやすかっただろう)9月頭の時点で、競技の内容は知らされていた。

 

そんな中、俺はこの短距離走の他に、借り物競争、騎馬戦、障害物競走の4種目に出場する予定だった。一方で、木綿季はというと…

 

「木綿季は7種目に出る予定だ」

 

「な、7つ…!それって、ほとんどの競技じゃない!?」

 

「短距離走、借り物競争、玉入れ、綱引き、障害物競走、組体操、そして、〆の紅白対抗の長距離リレーの七つな」

 

端的に告げた俺の言葉に、隣にいた明日奈が驚きの声を上げた。琴音も思わず口を開けて俺の方を見ていて驚いていることがよく伝わってきた。

 

木綿季らしいと言えばそうなのだが…それはそれでまた別の心配があるわけで。本当は俺がその辺りをサポートできればと思っていたのだが、こうして組が分かれた上に、ちょっとした硬直状態になってしまったわけで…

 

(…まぁ、手は打ってあるから、なんとかなるか。とりあえずは目の前の短距離走からだな)

 

それはそれで別の手を打っているのだが、できれば、そうならないことを祈るしかないだろう。そんな不安をしまうように、俺は目の前の競技に集中しようと…

 

「あっ、私、蓮君と同じ列だ」

 

(…1位は明日奈に取られるな、これ)

 

教師が告げる短距離の組み合わせを聞いた明日奈の呟きに、俺は負けを確信したのだった。だって、明日奈の身体能力はこちらでも高いのだ。オーディナル・スケールでも抜群の活躍を見せていたのだから、短距離走なんていう脚力がものを言う競技では当然…

 

「…きゃー、明日奈!かっこよかったわー!!」

 

ものの見事にぶっちぎって1位を取った明日奈の姿に、観客席から黄色い悲鳴が聞こえた。深澄の奴、叫ぶのはいいが、もう少しはボリュームを抑えろと思いつつ、俺は遅れて2位で到着してそんなことを思っていた。

 

ちなみに、木綿季はというと、

 

(おっ、木綿季も1位を取っていたのか…)

 

「…!エヘヘ……っ!(プイッ)」

 

出走が前後したせいで、最後までは見れなかったが(木綿季たちが走った後が、俺と明日奈のグループだったため)、どうやら1位を取ったらしい。

 

俺が手を振ると、嬉しそうに1位のミニフラッグ(リレー系の競技は、3位までが得点が入る形式になっており、順位に応じたミニフラッグが手渡される)を嬉しそうに見せようとして、顔を背けられてしまった。

 

…まぁ、しょうがないかと思いつつ、俺は他の組がレースを終えるのを待っていた。

 

ちなみに、琴音も1位を取り、俺だけが2位を取っていたことにどこか疎外感を覚えたのは余談だ。

 

 

 

短距離走が終わり、続けて行われたのは借物競走だった。休む間もなく、東門の入場門から退場してから、そのまま西側の入場門にとんぼ帰りした俺たち。俺、木綿季、明日奈は続けての出場だが、琴音は借物競走には出場しないようで、代わりに里香と珪子が出場するべく、先に整列していた。

 

「珪子も借物競走に出場するだな」

 

「はい!短距離走やリレーだと自信がなかったんですけど、借物競争走ら、私にもチャンスがあると思いまして」

 

「まぁ、ほぼ運要素が強いからね。流石の明日奈も今度ばかりは1位を取るのは厳しいんじゃない?」

 

「それはどうかしら。お題を素早く取って、探し出せればカバーできるでしょ?」

 

そんなやりとりをしながら、俺たちは発表された借物競走の組み合わせ順に並ぼうと…

 

「…おい、これは何の冗談だ」

 

「まるで狙ったかのような組み合わせだよね」

 

思わず呟いた俺に同意するように答えた明日奈…そんな彼女も笑みを引き攣らせていた。誰かが故意に仕掛けたかのように、なんと俺と明日奈がまた同じ組だったのだ。

 

偶然と思いたいが、流石にちょっと故意を疑ってしまうレベルの可能性だぞ、おい。余りの出来事に、里香や珪子、そして、ちょっと遠くにいた木綿季でさえもちょっと驚いて、こっちを見ていたくらいだからな。

 

まぁ、ここで文句を言ってもしょうがないため、素直に俺たちは整列するしかなかったのだが…ちなみに、俺と明日奈の組が2番目、その少し後に珪子で、すぐ次が里香で、木綿季の組が最後のグループという順だった。

 

「位置について、よーいドン!」

 

『借物競走です。生徒の皆さんはトラックに設置されたお題のカードに書かれたお題を見つけて、ゴールを目指してください。いじわるなお題はありませんが、生徒だけでは解決できないお題もありますので、観客席の皆様もどうかご協力ください』

 

1番目のグループが駆け出したところで、短距離走の時と同じように実況が、競技の説明を簡単にしてくれる。借物競走は観客席にいる面々も参加する形になる競技だ。里香が言っていたように、まさしく運が絡む要素だ。

 

「…!ふ、フライパン!?家庭教室まで走れってことかよぉ?!」

 

…本当に運が絡む競技のようだ。お題を真っ先に拾った紅組の男子生徒が絶叫する様を見て、思わず冷や汗が流れた。幸いにも、学校の備品は校長や来賓席のテント近く(中央の入場門の反対側に位置する場所)に集められているらしいので、そこから見つけ出せばいいようだが…そこから、ゴールに直進できず、一旦トラックをぐるりと回って、外周に合流しないといけないらしいので、多少のタイムラグは否めないだろう。

 

結果、フライパンを引き当てた生徒は惜しくも4位になり、1位を取ったのはお題で「(他人の)鉢巻」を引き当てた白組の女子生徒だった。

 

そんなかんやで俺たちの番が来て、俺と明日奈は他の生徒たちと共にクラウチングスタートの構えを取った。

 

「よーい……ドン!!」

 

「「っ!?」」

 

体育教師が競技用のピストルを鳴らすのと同時に、俺と明日奈が真っ先に飛び出した!さっきの短距離走はここから一気に突き放されたが、これは借物競走…お題のカードが置かれている場所までは、そこまで距離がないため、明日奈もトップスピードを維持することは難しかった。

 

そのため、俺と明日奈は同時にお題のカードを取り…

 

「「…!」」

 

お題を見て、頭に浮かんだ人物の場所を探る。確かあそこにいた筈だと思い、駆け出そうとした時には、先に明日奈が駆け出していた。それを追いかけるように、俺も再び走り出したのだった。

 

 

「あれ…こっちに走ってきてるの、明日奈と音弥じゃない?」

 

「えっ!本当ですね、借り物がこっちにあるんでしょうか?」

 

場面は打って変わって観客席…明日奈たちが向かってきていることに気付いたのは詩乃だった。そんな彼女の言葉に、応援することに集中していた直葉が応えていた。

 

『ママたちの借り物はもしかして家族関係じゃないでしょうか?』

 

「あー、なるほどね…そういえば、少し離れた場所に明日奈たちのご両親がいるんだっけ?」

 

「ええ、明日奈が嬉しそうに言ってたから、多分来てるはずよ」

 

オーグマーを通して、明日奈たちの借り物の正体を推理したユイの声が詩乃たちに聞こえ、詩乃と深澄がそうかもしれないと静かに頷いていた。

 

カメラが遠くにしかない運動会の会場で、どうしてユイが運動会の状況を見られているのか…それは直葉の左肩に着けられた、和人作の『双方向通信プローブ』のお陰であった。どこぞの親バカ二人が愛娘のために直葉に依頼したことは想像に難くないだろう。

 

そんなどこか他人事のような会話をしていたのだが…

 

「…おい、でも、明日奈も蓮もこっちに向かって走ってきてないか?」

 

「だな…お題は家族じゃないってことか」

 

「…もしかして、私たちじゃないですか、お題って。例えば、友人とかそういうの」

 

ところが…明日奈とそれに追従するように走る蓮が向かっているのは、なんと直葉たちがいる場所だった。

 

遼太郎とエギルがそれに気付き、応える形で直葉が自分たちへと視線を見渡す。直葉が言うように借物競走のお題が友人であれば、その通りなのだが…そうこうしている内に、明日奈たちが近づいてきていて…

 

(…あれ、明日奈、こっちに向かってきてない?もしかして、お題って…)

 

そんな中、迫りつつある明日奈を前に、深澄の脳裏にある期待が浮かび上がった。駆けてくる明日奈が自分しか見ていないような錯覚を感じるかのように、深澄は期待してしまった(偏見)。

 

(ど、どうしよう…!明日奈のお題が「親友」とかだったりした。いや、もしかしたら、「ゲーム上手な人」とか「ポニーテール女子」もあるかも!)

 

そんな妄想に近いレベルの想像をするほどに深澄は変な期待を勝手に抱いていた。だが、そんな妄想が現実とでも言うように、明日奈は深澄目掛けて走ってきており、

 

(キタァァァ!やっぱり私が必要ってことなのね、明日奈!!任せておきなさい、私たちの絆で見事に1位を取ってみせましょう!!!)

 

膨らむ期待、それに連動して燃え上がるやる気…駆けてくる明日奈を快く出向かようと、思わず左手を伸ばした深澄。その手を掴むかのように見えた明日奈が右手で…

 

「あす「しののん、一緒に来て!?」…えっ?」

 

明日奈が右手で掴んだのは深澄…の隣にいた詩乃だった。これぞお約束と言わんばかりに、目の前で起こった出来事に、深澄の思考が思わずストップした。だが、そんな深澄に気付かずに、明日奈は詩乃を連れて行ってしまった。

 

「ちょ、明日奈…待って、待って!ついていくから…!」

 

「…しまった、先を越されたか。こうなったら、深澄。一緒に『ガッ…!』…へっ?」

 

すれ違うように、深澄たちの元へと到着した蓮…どうやら、蓮も詩乃目当てで来たらしいのだが、明日奈に連れて行かれる彼女を見て、すぐさま借物のターゲットを切り替えた。

 

お題に叶っているらしい深澄に声を掛けようとして、その最中、深澄が蓮の胸倉を掴むように体操着を握りしめたことで、その言葉が遮られた。

 

「フフッ…アハハ……そう、そういうこと…上等じゃない!?」

 

「(ゾクッ…!)」

 

顔を俯かせたまま、静かに笑う深澄…その雰囲気に、蓮は嫌な予感を覚えた。なぜなら、それはこれまで何度も感じてきたトラブルの前兆によく似ていたからだ。そして、その勘は正解だった。

 

次の瞬間、蓮は自分の身体が思いっきり引っ張られるのを感じた。

 

 

「ちょ…明日奈。お願いだから、もう少しゆっくり走ってよ…今日、履いてる靴、走るのに適してないんだから」

 

「でも、早くしないと1位を取られちゃうよ…もうしののんをお姫様抱っこで担いだ方が早いかな…」

 

「止めて、明日奈。私、こんなところで悪目立ちし「うおおおおおぁぁ?!」…な、何、今の…!」

 

一方、リードしていた明日奈と詩乃だったが、詩乃がそこまで早く走れずに、ゴールまであとの少しのところで停滞していた。

 

ゴールまであと少しということで、詩乃を担いでいこうという暴挙(人によっては目の保養かもしれないが)に出ようとした明日奈に、詩乃がツッコミを入れている際だった。彼女たちの横を何かが猛スピードで駆け抜けていった。

 

あまりに突然のことに見逃してしまった二人だが、先を行く人物たちが誰かを知り、事態を理解して慌てて駆け出したが…既に遅かった。

 

「ちゃっちゃと走りなさいよ、音弥!これ以上早くならないのなら、引き摺っていくわよ!!」

 

「ちょ…まっ……!?」

 

詩乃たちを追い越した時に聞こえたのは蓮の悲鳴だった。その原因は、怒りと嫉妬を燃料に、変なところでゲーマーとしての負けん気が発動した深澄により、胸倉を掴まれた連行される形で走って…いや、引っ張られているのが原因だった。

 

完全にゴールに行くことしか思考が回っていない深澄の暴走に、蓮は言葉を発することもできずについていくのがやっとの状態だった。

 

明日奈たちが慌てて追いかけてくるのも、ぶっちぎりで突き放し…借り物に逆に連れてこられる形で蓮が1着でゴールするのだった。

 

『ゴール!1着で到着したのは紅組の音弥選手です!それでは、借物のお題を確認しましょう!』

 

「ふん!どうよ、明日奈!私を選ばなかったことを後悔するといいわ!あなたの1番は、私なんだから!!」

 

『…あー、これは文句なしでお題クリアですね。音弥選手のお題は「強気な女性」でした!』

 

「…はぁ…はぁ…(お題は合ってただろうけど、人選は完全にミスった…)」

 

息も絶え絶えの状態で、無言でお題判定の生徒に、お題表を手渡した蓮。その間に、続けてゴールした明日奈たちに、深澄はこれでもかという程に自信に満ち溢れた態度でそんなことを告げていた。

 

…この日、「明日奈の厄介ファンがグラウンドで彼女への愛を叫んだ」という伝説が後々語り継がれることになったとか、ならなかったとか。

 

『2着でゴールしたのは結城さんです。お題は…「眼鏡女子」。合格です!』

 

ちなみに、明日奈が詩乃を選んだのはお題の関係上、彼女しか適任がいなかったからである。なので、深澄の嫉妬は逆恨みに近いものであり、今回ばかりは彼女が暴走したとしか言いようがなかった。

 

「…明日奈、あんたも大変ね」

 

「ま、まぁ…深澄らしいってことで」

 

周囲の目を気にせずに、豪胆な態度の深澄を前に、詩乃の労いの言葉に明日奈は苦笑いでそう答えるしかなかったのだった。そんなやりとりを見ていた蓮は、

 

(…それでいいのか、お前も深澄も…)

 

どこか呆れた態度でそんなことを思いつつ、いつまでも勝ち誇った笑い声をあげる深澄の首根っこを掴み、待機場所へと戻るのだった。

 

 

 

そんな形で一幕あった借物競走は無事…には終わらなかった。

 

木綿季と里香のお題は無難なもの(とは言っても、里香のものだけ「カレーライス」というお題で、引き当てた瞬間に悲鳴を上げていたが。ちなみに、木綿季は「お父さん」というお題だったので、躊躇なく音弥の父を連れて行き、1位を取っていた(ちなみに、音弥父が満更でもない様子だったとだけ告げておこう)のだが、珪子が引き当てたお題が大問題だった。

 

「黒髪の男子生徒」…そのお題を引き当てた珪子が連れて行ったのは、もちろん和人だった。近くに黒髪の生徒がいたにも関わらず、3位になったことにも関わらず、和人を連れていったのだ。

 

…はっきり言おう。狙ってやったに違いない。そして、明日奈たちがとんでもない圧を発するのは当然だった…もちろん、和人に対して(彼に罪は全くないのに、これが俗に言う理不尽というやつだろう。まぁ、因果応報とも言うだろうが…)。

 

蓮、遼太郎、エギルがそれぞれの場所で「南無」と呟いたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

ということで、ようやく借物競走が終わったところで、次は女子生徒だけが出場できる玉入れが行われた。紅白のお手玉が宙を飛び交う光景がグラウンドで行われている最中、残った男子たちは紅白に分かれて、出場門へと募っていた。

 

『女子生徒のみなさん、玉入れお疲れ様でした。ここまで紅組リードの展開です。さぁ、次は男子生徒たちの出番です。みなさん、お待ちかね…午前の部、最終種目の「騎馬戦」です!』

 

玉入れも紅組の勝利に終わり、運動会の種目の中でも注目を集める一つ…騎馬戦の幕が上がろうとしていた。アナウンスの声に沿うように、東西の入場門から紅白に分かれて男子生徒たちが入場していく。

 

『この騎馬戦では、男子生徒全員参加の激戦となります!紅組3年生に対し、白組1・2年生が立ち向かいます。白組の逆転かつ下剋上となるか、あるいは紅組がこのままリードを更に伸ばすのか…さぁ、野郎ども!今こそ、男としての意地をぶつける瞬間だぁ!!』

 

入場と整列が完了する間に、解説役の女子生徒が騎馬戦の概要を説明していく…のだが、熱が入りすぎて、若干(?)言動が怪しい解説をしていた。慌てて教師が注意するぐらいだから、よっぽどだろう。

 

『では、騎馬戦のルールを…校長先生にくじで決めてもらいましょう!』

 

この騎馬戦…実はルールは本番までランダムということが生徒たちに告げられていた。これは、ルールが決まってしまっていると、体格差で有利な組み合わせができてしまう…なので、ルールは本番直前で決められることになったのだ。

 

『…おっとと…これでいいかのう』

 

『引かれたのは……「大将戦」だぁ!!』

 

三つの札が入った箱から校長が引き当てたのに書かれていたのは、「大将戦」と書かれた札だった。そのルールについて、解説が説明をしていく。

 

『この大将戦では、一つの騎馬を大将とし、それぞれの組は相手の大将の騎馬を崩す、あるいは鉢巻を取れば勝利となります!騎馬がどれだけ残っていようと、大将がやられた瞬間、負けとなりますのでご注意ください!

大将を一気に潰すか、あるいは持久戦にて耐え忍んでチャンスを伺うか…戦略がものを言います!それでは、これより作戦タイムとして3分間、時間を設けます!それぞれの組は、大将を誰にするか決めてください!』

 

注意されたせいか、今度は冷静な説明で騎馬戦のルールを解説がし終えてくれたところで、グラウンドの端っこにて、紅白に分かれた作戦会議が行われていた。俺が所属する紅組はというと、

 

「なぁ、音弥。悪いんだが、大将をやってくれないか?」

 

「…俺が?」

 

誰かがやりたがるのではないかと、事の成り行きを見守ろうとしていた俺だったが、開口一番でそんなことを言われ、思わず面喰らっていた。だが、何故か他の生徒たちも俺を見て、何故か納得とばかりに頷いていた。

 

「頼む!お前、運動神経いいし、勝つためにはお前が大将になってくれた方が、俺たちも動きやすいんだ」

 

「それは、別にいいけど…みんなは俺でいいのか?やりたい人とかいないのか?」

 

立地(体格のいい男子生徒で、俺とも琴音とも別のクラス)の頼みに、俺は否定はせずとも、本当に俺でいいのかを周りに確認を取った。だが、どうやら反対意見はないようで…

 

「いいじゃねぇか、音弥。やってやろうぜ!」

 

「僕たちも音弥君が大将なら、ちょっと安心だし…逆に足を引っ張っちゃいそうだけど」

 

迷う俺に、それを後押しするかのように、木場と土井(同じクラスメイトで、俺の騎馬の土台をやってくれる。ちなみにもう一人いるが、説明は割愛。)が背中を叩きながら鼓舞してくれた。

 

ここまで言われて、引き受けないというのは男が廃るというものだろう。

 

「分かった、なら、大将の役目引き受けさせてもらう」

 

「よっしゃぁ!それじゃ、みんな、必ずやり遂げようぜ!!」

 

『おう!!』

 

俺の承諾の返事に、立地がこれまでで一番大きい声を上げ、それに連動するかのように紅組から更なら大きな声が響き渡った。

 

ということで、大将になった俺は、専用の鉢幕(結び目が三又に分かれ、おでこ部分に額当てのように金の装飾が施されている)を巻き、木場たちが土台になってくれた騎馬に乗り込む。

 

「中島、大丈夫か?」

 

「…問題ない。お前は相手にだけ集中していろ」

 

先頭の土台を務める中島(同じくクラスメイト、寡黙が特徴)に騎馬は問題ないかと確認を取ると、頼もしい返事が返ってきた。すると、白組の方も準備が整ったらしく、大将が誰かと思い、視線を上げると…意外な相手に俺は思わず驚いた。

 

『紅白それぞれ大将が決まったようです。こちらに情報が入ってまいりました…紅組の大将は、借物競走でも大活躍だった音弥選手のようです!そして、対する白組は…2年の桐ケ谷選手です!』

 

白の大将用鉢巻を巻いていたのは、なんと和人だった。和人の方も、俺が大将だと知り、驚いていた。

 

(これは…楽には勝てなさそうだな)

 

相手の大将が和人となると、奴の鉢巻きを奪うことはそう簡単なことではないだろう…和人のことを知っているからこそ、その厄介さを知る俺はそんなことを思いつつ、苦笑するのだった。

 

『紅白ともに準備と覚悟はいいですね!それでは、男たちの維持と決死の覚悟がぶつかる騎馬戦……スタートです!!』

 

解説の(またしても)熱の入った解説の声に併せて、教師が放った競技用のピストルの発砲音によって、騎馬戦の火ぶたが切られた!

 

「とりあえず、敵の数を減らすぞ!みんな、各個「いくぞ、野郎どもぉ!!」『おおおおぉぉう!!!』…えっ…?」

 

ともかく、大将の鉢巻きを奪うことが最終ゴールということで、まずは障害になりそうな敵の他の騎馬戦を減らすべく、他の味方と連携しようとした時だった。立地の号令が掛かり、それに追従するように他の騎馬たちからも声が上がった。

 

何事、どういうこと?と思い、周囲の騎馬たちを見まわしていると…

 

『桐ヶ谷ァァァァァァァァァァァァ!!!覚悟ぉぉぉぉぉぉォォォォ!?!?」

 

「「…?!」」

 

一瞬、呪いの叫びかと思った。いや、冗談抜きで…

 

地の底から響き渡るというか、これまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすいい機会と言わんばかりか、怨念が実体化したと言えば分かりやすいだろうか…とりあえず、何が起こったのか分からないでいた俺と、そして、いきなり名前を叫ばれた和人はもう驚くことしかできなかった。

 

とりあえず何がどういうことかと、立地始め暴走している紅組の男子たちの言動を観察していると、

 

「結城さんとところどころ構わずいちゃつきやがって!?幸せ見せつけんじゃねぇ!?」

「俺たちのアイドル、シリ…綾野さんの心を奪いやがってぇぇ!?」

「篠崎さんを…俺たちのチャンスを奪いやがって、天誅だぁ!!」

「リア充死すべし!爆発どころか、この手で葬り去ってくれるわぁ!?」

 

…びっくりした、うん、本当に…なんか、うん、別の意味で。まさかというか、百パー怨恨と嫉妬が理由の暴走だった。もうこの機会を待っていたと言わんばかりの紅組の暴走に、俺は開いた口が塞がらなかった。

 

「…すまん、音弥」

 

「お前には黙っていてくれと言われてたんだ」

 

「…僕たちは止めておいたほうが止めたんだけど…逆に取り込まれそうな雰囲気だったんだよ」

 

「…なんか、逆にゴメン」

 

すると、中島、木場、土井から謝罪の声が飛んできた。どうやら、彼らも話としては知っていたらしい。彼らの様子から、3人は乗り気じゃなかったらしい…なんか、申し訳ないと思っていると、

 

「(ゾクッ…!?)…っ?!」

 

これまで何度か感じてきた殺気を感じた…しかも、複数!?まさかと思い、周囲を慌てて見やると…

 

『音弥ァァァァァ!?その首取ったるぅゥゥゥゥ!?!』

 

「っ…!?い、一時撤退!?」

 

さっき見たのとよく似た現象が迫ってきて来た。違いは白鉢巻の集団であることと、怨嗟のターゲットが俺ということだが。一目散に退散命令を出す!

 

(な、なんで俺まで…!?)

 

「てめぇ、音弥、この野郎!?可憐なる天使の木綿季ちゃんを好き放題にしやがって!」

「最初からチャンスがないなんて…この恨み、晴らさずにはいられんわぁ!?」

「てめぇに勝って、木綿季さんに俺の魅力を知ってもらうんだぁ!?」

「リア充撲滅、地に落ちろ、このイケメンがぁぁ!?!?」

 

(あっ、察した…)

 

迫ってくる面々の恨みつらみの呪言を聞いていると、察した…そして、俺が和人と同じ理由で、敵を作ってしまっていたことを理解してしまった。同時に自然と納得してしまった。それは、立地の言動の真の意味も理解した。

 

『俺たちも(桐ケ谷を討つために)動きやすいんだ』

『よっしゃぁ!それじゃ、みんな、必ずやり遂げようぜ!!(桐ケ谷の首を取るぞ!)』

『おう!!(絶対に桐ケ谷に一泡吹かせてやる!!)』

 

…どうやら、俺は和人を討つまでの時間稼ぎとして、格好の餌とされたらしい。おかげで、白組のほとんど…いや、全部の騎馬が俺目掛けて迫ってきていた(それは和人も同じだが)。

 

「…どうする、音弥?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

先頭として走る中島の問い掛けに、俺は視線を後ろへと向け、追ってくる騎馬たちを観察する。

 

頭に血の気が昇っているため、結構勢いで迫ってきているところがある…これなら、ちょっとした誘導をしてやれば、なんとか捌くことができるかもしれない。

 

「みんな、反転してくれ。このまま相手を迎え撃つ」

 

「なぁ…あの数を相手に無茶だぁ!」

 

「大丈夫、俺に策ありだ。俺の指示通りに動いてくれれば、多分なんとかできる」

 

「…お前を信じるぞ、音弥」

 

このまま逃げ続けたとしても、土台の皆が疲弊する一方だ。ならば、短期で決着を着けるべきだと、俺は覚悟を決めて、みんなに反転するように告げる。木場から不安の声が飛んできたが、我に策ありという言葉に、中島を始め信じてくれたようだ。

 

「よし…このままゆっくり騎馬群に近づきながら、時計回りに斜めに移動してくれ」

 

反転したところで、速度を落とし、俺が指示した方向へと移動するようにみんなに告げる。俺たちが斜めに移動するのに対し、騎馬群も誘導されて動くが…それこそが俺の狙いだった。

 

「相手のスピードが落ちたぞぉ!今だ、一気に…って、邪魔だ!?どけ!」

「そっちこそ…!ぶつかってきてんじゃねぇ!?」

「うおぉぉ…!騎馬が崩れる!」

 

「今だぁ!突っ込めぇ!!」

 

冷静さを失っている今、6騎の騎馬が俺たちの騎馬を追いかけようとしたせいで、団子状態を化してしまった。ただでさえ、全速力で追いかけてきていたのだ…それで速度を落とした俺たちに一気に詰めようとすれば、そうなるのは必然だった。

 

騎馬同士がぶつかり、更にはバランスを崩れそうになったことで、完全な隙が生まれた瞬間を見逃さず、俺は号令を出した!

 

まずは先頭にいたせいで、後続に押される形でバランスを崩しかかっていた騎馬の鉢巻きを奪い取る。俺たちが奇襲に転じたことに気付くも、パニックとなっている状態で、すぐに対応できるわけがなく、逆に更に体勢を崩すことになった騎馬の鉢巻きを取り、それに動揺したのか、近くにいた騎馬が勝手に崩れた。

 

これで残す白組の騎馬は三つ…だが、相手も冷静さを取り戻したようで…

 

「こうなったら…ジェットストリームアタックだ!」

 

「「おう!!」」

 

追い詰められたせいか、窮鼠猫を噛むと言わんばかりの勢いで、謎のワードと共に白組の三つの騎馬が縦一列に並んだかと思いきや、物凄い勢いでこっちに突っ込んできた。特攻かと思い、ともかく先頭の騎馬を戦闘不能にしようと鉢巻を掴もうと…

 

「かかったなぁ!!」

 

「っ!?」

 

鉢巻を手にしたところ、後ろにいた騎馬が横から出てくるように突っ込んできたのだ!

 

「いくらお前でも、二方向同時攻撃は対処できまい!終わりだぁ!?」

 

俺に鉢巻を取られた男子生徒がやってやったとばかりの勢いで宣言を笑みと共に告げた。その言葉通り、俺の視界に4本の腕が迫ってきていて…

 

「手の本数が倍だからって、絶対に勝てるわけじゃないだろう」

 

「「「…!?」」」

 

作戦としては結構有効だとは思いつつ、俺は冷静に迫ってくる手の動きを追い、それぞれを両腕を巧みに操って腕を逸らす…ようはパリィの要領だ。VRMMOで散々やってきたことだ…それを現実世界で再現してみせた。

 

どちらかは俺の鉢巻を奪えると思っていたのだろう。逆に攻撃を塞がれた上に、手を逸らした方向に体勢が崩れるようにしておいたので、2つの騎馬に絶対的な隙が生まれた。

 

「…悪いな、恨まれる理由は分かるが、だからって、負けてやるわけにはいかないんだ」

 

本当に申し訳ないと思いつつ、俺は2つの騎馬から鉢巻を奪う。これで、取り巻きの騎馬は全滅した筈だ。なんとか凌いだと安堵の息を吐いたところで、そういえば、俺たち紅組の騎馬に集中砲火を受けることになった和人はどうなったのかと思い、視線を向けると…俺はまたしても驚くことになった。

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

『……これは驚きました。音弥選手に続き、なんと桐ヶ谷選手までも、紅組の騎馬を一人で全滅させてしまいましたぁ!!』

 

落ち着きを取り戻したところで、ようやく解説の声も聞き取れるようになったのだが…その声を聞くよりも先に、目にした光景に俺は言葉を失った。

 

そこには、汗を掻き、息を切らしながらも、紅組の騎馬を返り討ちにしてみせた和人の姿があったからだ。

 

『これは…これは驚きです!?まさかの大将を残し、紅白ともに騎馬が全滅しましたぁ!この結果を誰が予想できたでしょうか!?全ては大将の手に委ねられましたァァァ!!』

 

盛り上げ上手と言わんばかりに、解説の声に連動して、グラウンドのありとあらゆるところから歓声が聞こえ、それに応えるように、俺の騎馬は和人の騎馬へと近づいた。

 

「やったな、カズ!」

 

「…な、なんとかな。けど、一番手ごわいのが来るぞ」

 

和人のクラスメイト(確か、前に木綿季が双方向性プローブを使った時に一緒に調整してくれていたメンバーたちだな)の労いに応えつつ、和人は近づいてきた俺へと視線を向けてきた。

 

「よぉ、どうやらなんとか難所は乗り切ったようだな」

 

「そっちこそ…なんかこういうのばっかりだよな、俺たち」

 

「笑えないなぁ、それ」

 

周りは俺たちの勝負を一刻も早くと望んでいるだろうが…俺は和人の息が整うのを待つべく、少しばかり軽い話をすることにした。

 

互いにまさか運動会まで苦労することになるとは思わず、和人の言葉に俺は苦笑しつつも、本当に笑えないと思った。

 

「…お前とこうやってサシでやるのは何回目だろうな。けど、リアルでやるのは初めてか」

 

「手加減してくれよ。お前と違って、こっちは完全なインドアなんだからな」

 

「…その反射神経の良さがあるのに、何言ってんだが…けど、負けてやるつもりはないからな。覚悟しろよ、和人」

 

「ここまで生き残ったんだ…なら、最後まで足掻かせてもらうぜ、蓮」

 

和人の息も整ったところで、俺たちは互いに構える。その動きを見て、空気を呼んだ会場が一気に静まり返った。俺たちの合図を待つかのように土台も構えており、少しばかり沈黙が場を支配した。

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

「ゴー!」「行くぞ!」

 

俺と和人の掛け声に、互いの騎馬が動き、そして、俺たちは取っ組み合った!俺の右手の攻撃を和人は防ぎ、代わりに和人の右腕からの攻撃を俺が防いだことで、俺たちの指は絡み合うかのようにぶつかる。

 

力を込めて、腕を押し込もうとするも…意外なことに、和人を押し切ることができず、俺たちのぶつかり合いは拮抗する。

 

「っ…やるじゃないか、和人」

 

「まぁな…オーディナル・スケールの一件から、ちょっとずつ鍛えてたからな。でも、結構ギリギリだけどな」

 

「なるほど…なら、容赦なくやらせてもらうぞ!」

 

「っ…?!」

 

押し切るのは難しいと判断し、俺は和人の手を掴んだまま、思いっきり手の位置を下げた!それに釣られ、和人の体勢が崩れ、その隙を狙い、左手の拘束を解き、和人の鉢巻を奪おうとするが…体勢を崩していたにも関わらず、反応してみせた和人が頭を後方へと逸らすことで、鉢巻を俺の手から守ってみせた。

 

ならばと思い、右手で鉢巻きに手を伸ばすも…今度は和人の右手で弾かれ、そのままのカウンターで鉢巻を狙われたので、俺も残った左手で和人の腕を防ぐ。

 

そんな攻防が1分も経たない時間で行われ、俺たちの動きに連動して、会場のボルテージも盛り上がっていく!

 

(…くそ、本当に厄介だな。和人の反射神経の良さは)

 

攻防を何度か重ね、一旦距離を取ったところで、俺は溜息を心の中で吐いていた。和人の攻撃は防げているが、こちらの攻撃は完璧に防御されてしまっており、攻めあぐねていた。

 

木綿季もだが、和人の反射神経の良さは本当に厄介だ。こちらの攻撃を目で追える以上、生半可な攻撃は通じないし、逆にカウンターの機会を与えてしまうのだ。

 

(長期戦は土台にいる3人への負担が大きすぎる…こうなったら、搦手で勝負を決めるしかない)

 

このまま永遠と攻撃をし続けても意味がない…一気に勝負を決めるべきだと、俺は最後の勝負に出ることにした。俺の再度の攻撃に和人も身構え、迎え撃とうしていた。

 

俺の手の動きをしっかりと目で捉え、俺がどう動こうとも反応しようとしている和人に俺は…

 

…パンっ!

 

「っ!?」

 

鉢巻に迫っていた手を、俺は和人の視界の前で思いっきり叩いた!いわゆる猫だましという奴だ。これが有効なのは、実は木綿季で実証済みだったりする。一度、模擬デュエルの時にこれを仕掛け、勝ったことがあるのだ(その時、思いっきり拗ねられたので、二度としなかったが)。

 

反応が良すぎるからこそ、こういった小細工をまともに喰らってしまう…目の良さが仇になった形だ。

 

(…いける!)

 

完全に意識外のところに、不意打ちで喰らったことで、和人の反応がかなり鈍った。このまま鉢巻を奪えると思った俺は、右手を伸ばした…だが…流石というべきか、和人は遅れながらも反応し、上半身を後ろへと逸らし、その攻撃を回避した。

 

だが、無理に動いたせいで、手の動きがおざなりになっていた。ここを逃せば勝機はないと、俺は叫ぶ!

 

「中島、前に出ろぉ!」

「っ!!」

 

俺の指示に即座に中島が反応してくれて、前に出る動きに合わせ、俺も騎馬から飛び出すように、手を伸ばす!

 

上半身を逸らすのにも限界があり、和人の焦った表情が見えた。それ以上逸らせば、騎馬から落馬しかねない…手の動きも間に合わないだろう。

 

俺が鉢巻を取ったと勝利を確信し、和人の鉢巻を奪い取ろうと…

 

 

「…和人君!!!」

 

 

その直前…彼女の声がグラウンドに響き渡った…!

 

決着が着くかと思われ、グラウンドが静まり返っていたから、その声は一段と響いた。そして、それを耳にした和人の目に…何が宿った。

 

「っ…うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

「なぁ…?!」

 

彼女の言葉に応えるかのように、和人は更に上半身を逸らせてみせたのだ。勝ちを確信し、伸ばした俺の手は空を切り、逆にブリッジの如く反り返っていた和人は、その反動を活かし、勢いよく俺に迫ってきた!

 

身を乗り出していたせいもあり、和人に近づきすぎていた俺は慌てて防御の体勢を取ろうとしたが…なんと和人は驚くべき行動に出た。

 

(っ…和人の奴、俺の腕を引っ張るつもりか…!?)

 

和人の左腕が、俺の右手首を掴もうとしていたのだ。騎馬戦は殴るなどの暴行をしない限りは、大まかな部分では接触が許されている。身を乗り出している俺を落馬させることが目的かと思い、俺は慌てて和人の手を弾こうとした。

 

…だが、それこそが和人の策だった。

 

「…しまっ……」

 

弾こうとした俺の右手を擦り抜けたと思った時には既に遅かった。そのままの勢いで、左腕が迫ったと分かった時には、頭から鉢巻が擦り抜ける感覚がして…取った鉢巻を片手に呆然とする和人に、俺もまた呆然とするしかなく…

 

『…あっ……け、決着ぅぅぅぅ!!勝者は…白組大将、桐ヶ谷選手!!』

 

『う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

十数秒の間に起こった出来事に、一瞬置いてっけぼりになった一同…しかし、真っ先に我に返った解説の言葉に、会場が一気に沸き上がった!それに応えるように、恐る恐る赤の大将用鉢巻を掲げながら、和人は陣地に戻っていき…その場の勢いで胴上げをされていた。

 

「…やられた。まさか、引き摺り込み自体がブラフとはな…というか…」

 

遅れて我に返った俺も騎馬から下り、陣地に戻りながら、そんなことを思っていた。SAO時代にも、二刀流を使った(正確には、二刀流解禁前に、背負っている剣を使うかのようなブラフ行為)技を見せてもらったことがあったが、あれに近いことを見事にやられたわけだ。

 

手の動きに誘導された一瞬の隙を突かれただけに…胴上げされている和人を目にしながら、完敗だと思っていた。それと同時に…

 

「…あんた、敵の応援をしてどうするのよぉ…」

 

「い、いや…つい思わず叫んじゃったというか…」

 

「明日奈、周りの目が凄いんだけど…」

 

和人の起死回生となった彼女の声援…愛の力ともいうべき出来事を前に、俺は明日奈と和人のつながりの強さに白旗を上げるしかなかった。もっとも、明日奈本人は思わず叫んでしまったようで、里香に弄られ、琴音に苦笑されていたようだった。

 

『白組の大将の奮戦で、点差が逆転…白組リードのまま、午前の部は終了となります。この後は、お昼休みになります!』

 

騎馬戦の終了と共に、解説の声により、運動会はお昼休みとなったのだった。

 

 

 

「蓮、いい戦いだったわよ。詰めが甘かったのは蓮らしかったけどね…ねぇ、木綿季ちゃんに呼ばれて、満更でもなかったお父さん」

 

「ミコ、いい加減に機嫌を直しなさい」

 

約90分間のお昼休憩…各自自由時間ということで、大半は家族と昼食を取る。

 

もちろん俺も両親と合流して、昼食を取るわけだが…出迎えてくれたのは、笑顔だが機嫌が少し悪い母さんと、やれやれといった感じで母さんをなだめる父さんだった。

 

どうして母さんの機嫌が悪いのかというと、自分が木綿季の借物競走のお題に選ばれなかったのが不満だったらしい…いや、お題的に無理があったのだから、そこは堪えてほしいものだ。で、件の木綿季はというと、

 

「…(むすぅ…)」

 

父さんと母さんの間に挟まれるような形で、不機嫌ですと言わんばかりに鎮座していた。木陰の下に敷いたキャンピングシートにて家族集合にも関わらず、どうやら不機嫌のままらしい…どうやら運動会が終わるまではこのままらしい。こんな気まずい状態で昼食を取らなければならないのかと覚悟を決めようと…

 

「さぁ、それじゃご飯にしましょうか。蓮、よろこびなさい。木綿季が朝早くから気合を入れて、一緒に作ったのよ」

 

「ちょ!?お、お義母さん!」

 

覚悟を決めようとした矢先、前触れなく母さんの暴露が走り、木綿季の不機嫌顔が一瞬にして崩れた。

 

「あら、何を慌ててるの?『蓮、怒ってないかな?』とか『お弁当、食べてくれるかな…』って不安そうに呟いたり、『美味しいって言ってくるといいな』って言いながら作って「わぁ!わぁ!わぁぁー!?お義母さん、それ以上はもう言わないで!?」…あらあらあら、どうしたのよ、木綿季ちゃん。ただの惚気でしょ?本人に向けて言ってあげた方がいいでしょ?」

 

(うわぁ、エグイ…)(ミコ、容赦ないな…)

 

母さんなりに考えての行動なんだろうが…もうそろそろ勘弁してあげてほしい。暴露されまくった木綿季の顔が耳まで真っ赤になってしまっているのだ。

 

母の容赦のない行動に、俺と父さんはドン引きしていた。そして、母さんにだけは逆らわない方がいいと実感したのだった。

 

「木綿季ちゃん。確かに競技中は敵対心を向けてもいいと思うわ。でも、今は家族との時間でしょ?みんなで楽しく、明るくご飯を食べる時間よ…木綿季の良いところは笑顔よ。今は休戦ということで、蓮ともいつもどおりに接しなさい、ね?」

 

「…は、はい…分かりました」

 

「まぁ、不機嫌な木綿季ちゃんもかわいかったし、蓮は蓮で色々とやらかしているから、もっと怒っていいと思うわよ?なんなら、私がみっちりと教えて「母さん、木綿季に何を教えるつもりだよぉ!?」…あらあら、木綿季ちゃんにはちょっと早いかしらね」

 

ものの見事に木綿季を懐柔してみせた母さんの手腕に心の中で拍手を送ろうとして…次の瞬間、余計なことを吹きこもうとしていたので、慌てて止めた。父さんが冷や汗を流していたので、止めて正解だったらしい…あと、軽く胃が痛い指摘をされた気がする。

 

「ほら、木綿季ちゃんも蓮も今は仲直り…いいわね」

 

「…その…ゴメン、蓮。ちょっとキツく当たり過ぎてた」

 

「いや、当然のことだし…あれぐらいは全然気にしてないよ。とりあえず、食べていいか?木綿季が作ってくれたってことだし…」

 

「うん…どれから食べる?あっ、僕的には卵焼き…ううん、おにぎりがいいかな。お義母さんに教えてもらって、色々な具材を入れてみたんだ」

 

「あらあら…あっという間に二人っきりの空間になっちゃったわね」

 

「…若いな」

 

母さん仲裁による一時停戦ということで、互いに謝罪してからのお昼タイムとなった。木綿季が進められるがままに、卵焼き・おにぎり・ジャガイモの肉巻き・ブロッコリーなどなどを口に放り込まれることになった。

 

そんな俺たちを見て、多少は機嫌が直った母さんと、どこか納得と懐かしみを覚えたような微笑の父さんがうんうんと頷いていた。

 

 

 

そんなかんやで、お昼を済ませた後…午後の競技開始までまだ時間があり、胃に溜まったお昼ご飯を消化しようと、軽くストレッチをしていた。木綿季に差し出されるまま食べたのだ…人間、時には断る勇気が大事だと、俺は身に染みて実感していた。

 

その本人は、「休戦は終わり!こっからまた敵同士だから!」という一言と共に、白組陣営と戻っていってしまった。まぁ、一昨日ほどの衝撃はないから、大丈夫だった…ちょっとだけ心にグサッとダメージは入ったが。

 

「あっ、蓮。ちょっといい?」

 

「琴音、どうし……えっと…?」

 

7割ぐらい無心でストレッチをしていたところに、遠慮がちな琴音の呼び声が聞こえたので、振り返ると…ちょっと困ったような笑みを浮かべる琴音と、その後ろに二人の人物がいた。もしかしてと思っていると、

 

「…ゴメン。迷惑だよって言ったんだけど…うちの両親がどうしても、蓮に会いたいって聞かなくって」

 

(あー、やっぱりか…)

 

なんとなく琴音に似ていると思っていたが当然だ…申し訳なさそうにその二人を紹介する琴音に、俺は予想から確信して心の中で苦笑していた。

 

「えっと、音弥蓮です。竹宮とは……なんというか…」

 

「娘から話は聞いている。君がしたこともな」

 

(ちょ…琴音!どこまで親に話したんだぁ!?)

 

流石にいつものように名前呼びでは印象が悪いかと思い、苗字呼びに切り換えたのだが…その先の言葉が見つからずに言い淀んでしまう。すると、琴音のお父さんから、意味深な言葉が飛んできて、俺は思わず心の中で叫んだ!

 

琴音の方へと視線を飛ばさなかった自分を褒めたい…これ、死んだかもと思い、殴られることを覚悟しようとしたのだが…

 

「ありがとう…娘を助けてくれて」

 

想像の反対の言葉がお父さんの方から出て、更にはお母さんと揃って頭を下げられたことに、俺は呆然としてしまう。

 

「琴音から話は全部聞かせてもらっていたの。あのゲームに閉じこめられていた時、あなたが琴音を助けてくれたって」

 

「…しかも、娘は下手をしたら、命を落としていたと。だから、失礼だとは思いつつ、こうして君に会いに来たわけだ」

 

「(そ、そういうことか…焦った、付き合ってることを言及されたのかと思った)い、いえ…俺も竹宮には「さっき名前で呼んでいただろう。いつもの呼び方で構わない」…分かりました。琴音には助けられましたから…助けて、助けられてという感じでしたから」

 

ようやく理解が追いつき、俺は苦笑しつつ返答する。迷惑かと言われると、別にそんなことはない。どっちかというと、そこまで気を遣わなくてもと思うところがあるが、大事な娘のことだから、当然といえば当然かと思い、敢えて口には出さなかった。

 

そこで終われば良い話で終わりだったのだが…大体それで終わらないのが、俺たちらしいというか。

 

「でも、まさか同じ学校にいるとは…うちの子、変な勘違いをしていたのよ」

 

「っ…お、お母さん!?」

 

「この子、あなたが死んだとか一時期沈んでいた時期があって…ずっと暗いままだったのに、最近になって。あなたと再会できたとかで、前みたいに明るくなったのよ。それが同じ学校に通っていたのに気づかなかったっていうのはね」

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

琴音のお母さんがどこか困ったように笑いながら告げた事実に、俺は言葉を失った。それと同時に、琴音が負った傷の深さを知って、心が痛くなった。だから、気づいた時には口が動いていた。

 

「いえ…琴音だけのせいじゃないです。俺も…相棒である俺が、もっと早く気付くべきだったんです。だから、琴音のことも待たせ過ぎちゃって…でも、これからは、その分も埋め合わせるできるように、一緒にいますから」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

「っ~~~~~///!?」

 

(…ん?………あっ、しまった。思わず勢いのままに言っちまった…)

 

余計なことを隠していた親に事情を説明していたであろう琴音をフォローしようとしての言葉だったのだが…俺の言葉を聞いた琴音の両親は目を丸くしていた。

 

琴音に至っては顔を真っ赤にさせて、両手で顔を覆ってしまっていた。そんな三者三様の反応を見て、俺は自分が言った言葉を頭の中でリフレインさせ…手遅れながら、やらかしたことを自覚した。

 

「…ふっ、あははははは!」

 

「お、お父さん…?」

 

「そうか、娘と一緒にいてくれるか……君は意外と面白い男のようだ」

 

今度こそ終わったとばかりにと思っていると、突然笑い出した琴音のお父さんの反応に、俺と琴音は困惑した。そして、何かを認めたかのような笑みを浮かべたと思うと、

 

「娘のことをこれからもよろしく頼むよ、音弥君」

 

「…もちろんです」

 

その「よろしく頼む」という意味合いがどういうものかは理解に困るところだが…俺は迷うことなく頷いて返すのだった。

 

「ところで…うちの娘とはどこまで行ったんだ?」

 

「お父さん?!?!」

 

最後の最後に台無しの大爆弾を放り込まれ、琴音が悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

そんな突然の親来訪イベントを乗り切ったところで、もう間もなく午後の競技スタートの時間が迫っていた。「ま、待て…!これは父親として大事な確認を」「もう恥ずかしいから止めて、お父さん?!」みたいなやりとりと共に竹宮家は去っていた。

 

(…将来、琴音をくださいって言いに行かないといけないんだよな。まじで、どう説明しよう)

 

そこまで遠くない未来にそういうことを言いに行かないといけないことがほぼ確定している今…あのお父さんとやり合わないといけないと思うと、俺は早くも憂鬱になりつつあった。そんなことを思っていると、

 

「お疲れ、蓮。騎馬戦は惜しかったね」

 

「ユージオ、それにアリスも…見てたのか」

 

「ええ。私たちの予想をひっくり返しての結末にちょっとビックリしたけどね」

 

『もちろんわしも見ておったぞ。お主でも負ける時は負けるのじゃな』

 

午後に俺が出る競技は障害物競走のみ…午後の競技は綱引きなので、木綿季の応援を(心の中でだが)しようかと思っていた矢先、声を掛けてきたのは、運動会を見にきていたユージオ、アリス、そして、アリスが手に持つ端末から姿を覗かせていたカナデだった。

 

ユージオとアリスは、以前都内婚前旅行の際にも使用した変装をしており、二人とも髪の色がいつもと異なっていった。そして、カナデはというと、アリスの右肩に装着された双方向通信プローブ(和人作の例のあれ)を通して、運動会を見ていたわけだ(ちなみに俺はアリスにこの件を相談して、和人からデータをもらった比嘉さんが装着時の調整をしてくれた)。

 

「あれは見事にやられたよ。というか、それを言うなら、短距離走でも明日奈に負けたからな」

 

「もの凄く早かったわね…明日奈の運動神経がいいという話は聞いていたけど、この目で見て、改めてびっくりしたわ」

 

『うむ…お主も結構早かったと思うが、明日奈はそれ以上じゃったな』

 

「あと、借物競走のあれは…お疲れ」

 

「あれ、半分くらい人災だった気もするけどな」

 

アリスとカナデは明日奈の運動神経の高さに感心していた。VRMMOはともかく、こっちでの俺たちの動きを見るのは、(カナデは俺の運動神経は知っているが)初めてだったから、当然と言えば当然か。

 

あと、ユージオが借物競走について半分同情してくれていた。あれ、明日奈の取った行動が、見事に流れ弾として当たっただけなような気もするのだが。

 

「蓮はあと何の競技に出るんだい?」

 

「俺は綱引きの後にやる障害物競走だけだな。それが終わったら、出る競技は全部終わりだな」

 

「意外と少ないのね…みんな、そんなものなの?」

 

「人によるだろうな。木綿季は午後も結構な数の競技に出るけどな」

 

『…大丈夫なのか?お主も心配しておったようじゃが…』

 

「…まぁ、一応準備はしてきてるから、様子を見ながらかな」

 

俺があと何の競技に出るのかという話が出たと共に、木綿季の種目も口にすると、事情を知っているカナデから心配そうな声でそう尋ねられた。その問い掛けに俺は肩を竦めながら応える。

 

まぁ、本当に念のために用意してきただけなので、俺が懸念していることが起こらなければいいと思っていると、

 

「でも、闘いではなく、競技にて評価を決めるというのは面白いわね。アンダーワールドでも取り入れていいかもしれないわね。槍投げとか、鉄球投げとか、色々種目を加える漢字で…」

 

「アリス…それ、どっちかというとオリンピックだぞ」

 

ちょっと騎士モードが入っていたアリスにそんなことをツッコミを入れつつ、俺は綱引きへと向かう集団の中にいる木綿季を見ていたのだった。

 

 

 

そんな不安をよそに、綱引きが終わり、俺も最後の競技である障害物競走を終え(この種目には琴音と珪子も出場していたが、組は別々で俺は無事1位を取った)、順調に競技が続いていった。

 

組体操が終わり、今は大玉転がし…あとは百足競争と学年別対抗リレーが終われば、ラストの紅白対抗の長距離リレーで全種目は終わりだ。そんなことを思いながら、白組リードながらの、いつひっくり返ってもおかしくない僅差の点数を見ていると、

 

「音弥さん…!」

 

「…!珪子…?」

 

後ろから名前を呼ばれて振り返ると、少し慌てた姿の珪子が紅組のテントに来ていた。嫌な予感を覚えつつ、俺は珪子の基へと向かう。

 

「珪子、ここに来たってことは…」

 

「はい、音弥さんが懸念していた通りです。午後から気を付けて見ていたんですけど…やっぱり無理をしていたみたいで…」

 

「分かった、知らせてくれてありがとう。あとはこっちでなんとかするから」

 

「はい…宜しくお願いします」

 

頼んでいたことをしっかりこなしてくれたようで、珪子の報告を聞いて、俺は任せろと言って、珪子を白組のテントへと帰す。そして、近くに置いておいた私物のバックからオーグマーを取り出し、

 

「…カナデ、行方については追ってくれてるな?」

 

こういう時に頼りになる彼女へと助けを求めるのだった。

 

 

「…はぁ……はぁ…」

 

校舎の一画…誰もいない校舎の日陰に隠れるように、その人物は座り込んでいた。肩で息をするように、止まらない汗が頬を伝うのに従うように顔が項垂れていた。だが、その人物にこっそり近づく人物がいて、

 

…ピタッ

 

「ひゃああぁ?!」

 

首元にいきなり冷たいものが当てられ、変な声が出た…声を出した人物は思わず首元に手を当てつつ、顔を上げると…

 

「やっぱりこうなったか」

 

「…っ、フォ…蓮…?!」

 

どこか予想通りというような表情をしつつ、小型のクーラーボックスを肩に掛け、右手にポカリスエットを手にした蓮の姿があった。そして、蓮がここにいることに驚いたその人物…木綿季は思わずプレイヤーネームで呼びそうになって、訂正した。

 

「な、なんで…?」

 

「珪子に頼んで、様子を見てもらってたんだ。あと、ここにいることが分かったのは、カナデに見張りを頼んでいたからな。おっ、あったあった…ていっ」

 

「ひゃぁ!?」

 

呆然とする木綿季の質問に、蓮はクーラーボックスを漁りながら答え、そして、目当てのものを見つけたことで、それを木綿季の額に張り付けた。ピタン!という音と共に張り付けられたものが何かと触ってみると、

 

「…冷えピタ?」

 

「体力がそこまでない木綿季が、この炎天下であんまり休憩なしに、連続で競技に出ると分かった時点で用意してたんだよ。どっかで体力切れになるんじゃないかって」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「あと、半分くらい冷凍しかけの濡れタオルと、氷嚢と、ポカリな。ほら、汗拭くから、背中を向けてくれ」

 

蓮の用意周到さに開いた口が塞がらない木綿季に構わず、蓮は道具を取り出していく。そのまま、木綿季の首元に濡れタオルを巻き、背中を向けと言われた木綿季は思わず、その言葉に従ってしまい、

 

「…ちょっとひんやりするぞ」

 

「う、うん…!」

 

冷静な蓮の言葉に頷くも、体操服が少しだけ捲られたことで、ようやく自分がとんでもないことをされていることに気付いた木綿季だったが、既に遅かった。背中越しに、タオルを手にした蓮の手が背中に入れられていることに、思わず顔が赤くなってしまった。

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

だが、蓮は静かに、丁寧に木綿季の背中をタオルで拭いていた。木綿季も、あくまで体操服を捲ったのはほんの少し…手を入れるためだけだと理解し、その動きに身を任せる。

 

「…ほい、終わり。あとは水分を取って、休んでおけば大丈夫だろう」

 

「あ、ありがとう…」

 

背中を拭き終わり、蓮の言葉に木綿季は照れながらお礼を告げる。そのまま、手渡されたポカリを口にし、3分の2ほどを飲んだ。そんな木綿季を見ながら、横に座り込んだ蓮…校舎の壁を背にして、もたれかかるように座った彼だが、

 

「…それじゃあ、木綿季。おいで」

 

「…えっ?」

 

蓮の告げた言葉の意味が理解できず、思わず疑問の声が漏れる木綿季。だが、自身の膝をポンポンと叩いた蓮は、

 

「膝枕するから、ちょっとだけ寝て。それだけ、大分体力も回復するから」

 

「…なぁ…っ~~~~~~!?」

 

まさかの逆膝枕の誘いに今度は声にならない悲鳴が木綿季の口から漏れた。それに対する蓮は、冷静で微動だにしていなかった。

 

「そ、そ、それは…ちょっと…流石に…」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「……べ、別に、寝るほど疲れては…」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「…うん」

 

無言のまま自分を見つめてくる蓮の態度に、屈するしかなかった木綿季は遠慮がちに頭を蓮の太ももへと預けた。そのまま視線は蓮の顔へと向けられようとして…ちらりと見えた時には、また新たな濡れタオルが目元に当てられていた。

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

少し離れたところから運動会の歓声が零れ聞こえていたが、それ以外は静かな風の音だけが二人の間に響いていた。

 

「…蓮」

 

「ん?どうした…」

 

「…なんで、こんなことを…してくれたの?僕、今は敵だよ?」

 

沈黙から寝に入ったかと思っていた蓮だったが、木綿季からの呼びかけに少し驚きつつも応える。その声色は穏やかなものだったが、問い掛けられた疑問の声に、困ったように笑うと…

 

「木綿季が敵だろうが関係ないよ。俺がそうしたいと思ったから…木綿季のことが心配だったからしただけだよ」

 

「…あんな酷い態度を取ったのに?」

 

「それでもだよ、変わらずに助けたさ」

 

「……僕が嫌いって言っても助けるの?」

 

「当たり前だろう、嫌だって言っても無理矢理助けるよ」

 

「っ…(…やっぱり、蓮は卑怯だよ)」

 

嫌なことを言っている自覚がありつつも、それにすら間髪入れずに答える蓮の応答に木綿季は心の中で白旗を上げるしかなかった。こんなことをナチュラルにしてくるから、心を掴まれてしまうのだ。

 

顔が赤くなっているのを自覚しながら、女泣かせの言葉を繰り出す蓮はどんな表情をしているのだろうと、ふと濡れタオルを少しズラしたことで開けた視界に映ったのは、

 

「…(あっ…)」

 

「っ…あっ、こら…!」

 

言葉とは裏腹に、頬を少しばかり赤くさせた蓮の顔がそこにはあった。蓮自身も自分の言っていた言葉に気恥ずかしさを覚えていたのだ。気付かれたと思い、慌てて木綿季のタオルを直そうとするも、既に時遅しだった。

 

「…フフッ、ふーん」

 

「…いいから、大人しく休んでろって」

 

抵抗することなくタオルを直され、満足げに笑う木綿季に、蓮は少し不機嫌そうに応える。リラックスしたせいか、眠気が襲ってきた木綿季だったが…

 

「…ねぇ、蓮…もしも僕たちが勝ったら……言うこと…ひとつ……きいて、ね…」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

その言葉と共に木綿季の意識は眠りへと落ちた。最後の言葉に、蓮は目を丸くしつつ、木綿季の髪を優しく撫でながら、静かに答える。

 

「…交渉して、俺が叶えられる約束ならな」

 

鵜呑みにすると、あとでとんでもないことになることを分かっているからこそ…そんな制限付きの承諾をするのだった。

 

そのまま紅白対抗リレーの招集がかかるまで、二人っきりの休憩時間はゆったりと過ぎていったのだった。

 

 

 

「あっ、音弥!どこに行ってたのよ…って、なにその荷物?」

 

「まぁ、ちょっとな。さて、これで運動会も締めだな」

 

対抗リレーの招集がかかり、眠っていた木綿季を起こして、紅組のテントへと戻った蓮を出迎えたのは里香のそんな一言だった。肩に掛けていた小型クーラーボックスを手にしていたことに不審な目を向けられたが、それを無視して、蓮は現在進行形で入場している対抗リレーのメンバーを見る。

 

身内メンバーでは、紅組はアンカーとして明日奈が、白組は4巡目に木綿季が出場することになっている。紅白対抗リレーは紅白3組ずつで1組6名の構成となっている。最終競技ということで、得点も2倍となっている…そのため、騎馬戦の勢いに乗り午後からリードを保つ白組、それに対し、なんとか少しずつ点差を埋めつつある紅組…どちらにも勝利の可能性があった。

 

「ねぇ、大丈夫だったの?」

 

「…木綿季の顔を見ろよ。あれで全力出せなかったなんて言われたら、逆に怒るぞ」

 

唯一事情を知っていた琴音が問題はなかったのかと尋ねると、蓮は木綿季の方を見ながら、意味深な笑みを浮かべた。釣られて琴音が視線を向けると…そこには、自信に満ち溢れた態度の木綿季がいた。

 

「…里香が聞いたら、明日奈みたいに怒られるよ?」

 

「このぐらいは見逃してほしいもんだけどな…それに、彼氏としてこのぐらいはな?」

 

琴音の悪戯めいた忠告に、肩を竦めながら蓮は答えるのだった。

 

『位置について、よーい……(パン!!)』

 

そんな中、第一走者が位置につき、体育教師が構えた競技用ピストルの発砲によって紅白対抗リレーの火蓋が切られた!

 

 

 

「紺野、頼む!」

 

「任せて!」

 

紅白どちらも勝ちを目指し、拮抗した勝負を繰り広げていた。紅組の一組と同時に、バトンを受け取った木綿季が一気に駆け出す!

 

点差的には白組が勝つ条件は1位の獲得か、2・3位を独占することであった。しかし、紅組には、運動神経トップクラスの明日奈が控えているのだ。1位を取ることはかなり厳しい以上、白組が勝つには2・3位を独占するしかなかった。

 

(ここまでリードがあるのなら、そのリードを縮めないように全力でいくしかない!)

 

明日奈の運動神経を嫌と言う程に理解していた木綿季は、少し焦りを覚えながら、駆ける足を早めた。白組を勝たせたいという気持ちがあったのも、蓮にあんな宣言をしたのもあってか、木綿季の気持ちには余裕がなくなっていた。

 

先頭を駆ける紅組を追い抜ける程にまでスピードを上げた時だった。

 

「…っ?!」

 

「「「「…!?」」」」

 

カーブに差し掛かっていたことも大きかった…木綿季の足が滑り、彼女の体勢が大きく崩れた。その光景に、見守っていた学生・観客ともに驚きの声が漏れた。

 

…ズサァァァ!!

 

その音が響き、木綿季が地面へと倒れ込んだ!

 

 

 

『た、大変です!?紺野選手、転倒!大丈夫でしょうか?!選手たちの動きも鈍っております!』

 

(…っ…!?痛い…っ、足が……?!)

 

地面に倒れたことで、転がっていた視界を無理矢理元に戻した僕は、なんとか立ち上がろうとしたんだけど…擦りむいた肘と膝の痛みをなんとか堪えようとしたけど、体重を掛けた右足に激痛が走った!

 

立てないことはなさそうだけど…走れるのかという不安が頭を過った。その次に浮かんだのは、白組の敗北という最悪の結果だった。

 

(…立たない、と……みんなが頑張ってるのに、僕も頑張らないと……絶対に…!)

 

痛いことには慣れてる…負けたくないという気持ちも十分にあるのに、身体が言うことを聞いてくれない。肘や膝に上手く力が入らない…時間がないのもあって、一段と焦りが頭を支配しそうになって…

 

「立ってぇ、木綿季ぃぃぃぃ!!」

 

「っ!?」

 

負の感情が占領しそうになっていた頭を、ガツンと吹き飛ばした声が耳に響いた。その声に釣られ、頭を向けると…

 

「走れ、木綿季!!何も考えずに走れ!後のことは、俺に任せろ!!約束、覚えてんだろおう!!」

 

「…!!」

 

テントから飛び出し、周りの視線など全く構うことなく叫ぶの蓮の姿が目に入った…いや、蓮の姿しか映らなかった。その姿に、その言葉に、僕の何かが応えた。

 

「っ…~~~~~~~~~~~~!!」

 

『立った……紺野選手、立ち上がりましたぁ!?』

 

痛みを無視して立ち上がるまでに、僕の何かが燃え上がっていた。魂というべきなのか、心なのか…それを原動力に僕は再び駆け出した!

 

幸か不幸か…僕のアクシデントにリレー全体の足が遅くなっていたようで、順位の変動はそこまで起きていなかった。むしろ、負傷してまで駆け出した僕の何かにビビっているようにも見えた。

 

慌てて皆が駆け出し始めるも、その間に僕を抜いていた4位と3位の人を抜いて…そのまま最後のカーブで2位の人も抜いて…僕は次の人にバトンを差し出す!

 

「お願い!!」

 

「っ!任せろ、木綿季ちゃん!絶対にこのまま繋ぐから!?」

 

クラスメイトの式守さんがバトンを受け取り、その言葉と共に駆け出して行った。僕は他の走者の人の邪魔にならないよう、グラウンドの中央に移動した。

 

「木綿季ちゃん、大丈夫?支えようか…?」

 

「うん、ありが、あっ…」

 

走り切ったこともあって気が抜けたせいか、痛みがまた嫌という程に感じてきた。別の組で走っていたクラスメイトの穂波さんが手を貸してくれようとしたけど…その前に、限界が…ううん、限界を無視して走っていたツケが回ってきたようだ。

 

再び崩れ落ちそうになった僕は衝撃に備えて、地面に手を付けようと…

 

…ガバッ!

 

穂波さんが支えてくれる前に、何かが追い越し、僕の身体を支えてくれた。その感触に馴染みを覚え、見上げると…

 

「…よく頑張ったな、木綿季」

 

「…れ、蓮…?」

 

満足そうに笑う蓮が僕の身体を支えてくれていた。まさかテントから駆けつけてきたのかと思い、頭の処理が追いついていなかったけど、なんと蓮は…

 

「よっと!」

 

「へぇ!?ちょ、蓮?!」

 

僕の理解など知ったことないとばかりに、蓮はそのまま僕を抱き抱え…なんとお姫様抱っこのまま、どこかへと駆け出したのだ!?

 

『こらぁぁぁ!?音弥ぁぁぁ!!競技中にトラックに駆け出す馬鹿がどこにいるぅぅぅぅ!?』

 

「すみません、お叱りはあとで受けますので!とりあえず、救護テントに行くぞ!!」

 

「ちょ、まっ…降ろして、蓮?!みんなが見てるよぉ!?」

 

「そんなことよりも今は救護テントだ!?」

 

「降ろしてぇぇぇぇぇ!?」

 

衆人監視という公開処刑に、蒸気が噴き出しそうな程に真っ赤になった顔を両手で覆い隠しながら、僕は懇願した…けど、どうやら頭のネジがちょっと馬鹿になってしまっている蓮には届かず、怒鳴る先生たちの声を無視したまま、僕は救護テントに届けられることになった。

 

…絶対同じくらい恥ずかしい目に合わせてやる、と僕が心に誓ったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

「…うん、これで固定は完了ね。あとは二、三日安静にしておけば問題ないわね」

 

「ありがとうございます、先生」

 

「いいえ、これが仕事ですから。あとは彼氏さんのお説教が終わったら、迎えに来てもらいなさい」

 

「…は、はいぃ…」

 

救護テントに担ぎ込まれた後、保健の先生が僕の手当てをしてくれた。右肘と左膝、それと右頬も擦っていたらしく、土を洗って消毒液で消毒してくれた後に、大きな絆創膏を貼ってくれた(滅茶苦茶消毒液が染みて、悲鳴を上げそうになった)。

 

蓮はどうしたかと言うと、保健の先生の言葉通り、他の先生方にテントの外でみっちり絞られていた。申し訳ないけど、あんまり同情はしない…僕だけあんな恥ずかしい目にあったのだから、これくらいは当然だろう。

 

右足は捻挫しただけとのことで、これ以上悪化しないようにと、湿布と共に包帯で固定してもらった。ちょっと動くのは無理そうだなと思っていると…

 

「あら、音弥君。お説教は終わったの?」

 

「終わりましたけど、週明けに反省文の提出も求められましたよ…先生、木綿季のこと、ありがとうございました」

 

「いえいえ。ほら、閉会式も始まるわよ」

 

そんなことを思っていると、蓮がテントへと再び入ってきた。少しだけ疲れたような顔を見るに、結構絞られたようだ。保健の先生とそんな簡単な会話をして、入れ替わりに先生はテントから出て行った。

 

もうすぐ閉会式が始まるとのことなので、それに出席するために出て行ったのだろう。

 

「…大丈夫か、木綿季?」

 

「うん、ちょっと痛いけどね…そうだ!紅白対抗リレーはどうなったの!」

 

「…あー。えっとな…俺の口からは言いにくいから、見に行くか」

 

「………うん。あっ、お姫様抱っこはなしだからね」

 

「さ、流石に俺も暴走してない限り、人前ではしないって…」

 

そういうことで、閉会式に出席するためにも僕たちもグラウンドに戻ることにした。その前に、公開処刑でのお姫様抱っこは勘弁と釘を刺すと、蓮も同意してくれていた…やっぱり暴走していたんだね、と内心ツッコミを入れていた。

 

「あっ、木綿季さん。大丈夫…と聞いて大丈夫ですか、それ?」

 

「…この恰好には何も言わないで」

「スルーで頼む、珪子」

 

白組のテントに戻ると、心配して皆が駆け寄ってきて、代表してシリカ…珪子が声を掛けようとして、物凄く躊躇いがちに変な聞かれ方をした。

 

無理もない…僕をおんぶで背負った蓮の姿を目にしたのだから、戸惑うのは当然だろう。あと、男子の一部から物凄い負のオーラが出ていたが、蓮はスルーしていた。騎馬戦で嫌と言う程に、味わったのもあるからだろう。

 

「蓮、お前、紅組のテントに帰らなくていいのか?」

 

「…今、帰ったら滅茶苦茶弄られるから、ちょっと避難させてくれ」

 

和人がちょっと心配そうに尋ねるも、蓮は気まずそうに目を逸らした。紅組のテントの方を見ると、もの凄く蓮を…いや、僕たちを見ていた。うん、あれは逃げたくなるわ。

 

「…そうだ!紅白対抗リレーはどうなったの?!勝敗は…!」

 

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 

和人や珪子を始め、皆が視線を彷徨わせていた。もしかしてという思いと共に、珪子が覚悟を決めたように、恐る恐る口を開いて言葉にしたのは…

 

『それでは、本運動会の優勝は………午前からのリードを保ち、紅白別のリレーでも逃げ切ってみせた白組の優勝です!!』

 

「「「「「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

閉会式が始まり、告げられた勝敗の結果に…優勝だと告げられた白組から一斉に歓声が沸き上がった。

 

そう…木綿季の奮闘もあり、白組はなんと紅白対抗リレーで1位と3位を獲得し、紅組の追従を許さなかったのだ。紅組一組のアンカーを務めた明日奈も奮戦したのだが、木綿季の奮闘ぶりに感化された白組が予想以上の力を発揮し、二年生の白組アンカーが明日奈を僅差で抜き去り、1位を獲得したのだ。

 

「…マジか」「…本当に…優勝、した…」

 

紅白対抗リレーの結果を知らなかった蓮と僕は思わず呟いていた…結果をさっき聞いたとはいえ、現実をこうも突き付けられ、僕は呆然としていた。だけど、サプライズはそれで終わりではなかった。

 

 

『えー、それでは、優勝旗の受領に移りたいと思います!白組代表、紺野木綿季さん!』

 

「えっ…ええぇぇぇぇぇぇぇ?!」

 

放送委員の人が告げた言葉に、僕は絶叫した。確か、打ち合わせでは二年生の人が受け取りに行くと聞いていたのだ。どういうことかと視線を周りに向けると、皆が何故か納得したように僕たちを見ていた。

 

「…これは、見事に嵌められたな。みんな同意の上か、これは…」

 

全員の視線か、見事なまでにサプライズを図られたことを知り、蓮がそんなことを呟いていた。こう見られている以上、行かないといけない雰囲気になってしまい、

 

『紺野木綿季さん!それと、紺野さんを背負ってる音弥選手、さっさと紺野さんを連れてきてください!』

 

「は、はい!?」「俺の扱い雑じゃないか?!」

 

放送委員から催促が入り、僕を背負っている蓮が慌てて駆けていく。ちなみに、どうして未だにおんぶ状態が続いているのかというと、僕がねだったからだ。お姫様抱っこのお返しである…こうなることは予想していなかったけど。

 

白組の僕と、そんな僕を背負っている紅組の蓮という、敵同士が協力しているという組合わせ…こんな運動会の表彰は他にはないだろう。

 

「おめでとう…!」

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

校長先生から真新しい優勝旗を受け取る…蓮が上手く僕を背負ってくれているので、両腕で受け取った優勝旗の重みがずっしりと伝わる。

 

「木綿季、みんなに掲げてみたらどうだ?」

 

「えっ……うん!みんな……勝ったよーーーーー!!!」

 

「「「「「………おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」

 

蓮のアドバイスに従い、優勝旗をなんとか持ち上げるように掲げた。それを見た白組の…どころか、紅組までもが大歓声を上げた。あまりの大音量に逆にビビったくらいだ。

 

『皆さん、お疲れ様でした!!』

 

その一言と共に、運動会は終わりを告げたのだった。

 

 

 

ここから運動会の後日談を語ろう。

 

まず初めに、帰還者学校の運動会の伝説として、『恋人が叫んで応援した相手方のチームが優勝』するという謎の伝説が生まれて、語り継がれることになった。これを聞いた蓮と明日奈が顔を真っ赤にしたのは言うまでもないと思う。

 

 

そして、僕たち関係で…紅白対抗リレーの出来事と表彰式のことから、琴音のお父さんが激怒したとのこと。僕と蓮が恋人関係であることを知ったらしく、カンカンになってしまい、終いには琴音が「そうよ、二人は恋人同士よ!文句ある!?」と逆キレして黙らせたらしい。

近々詫びを入れに行くことが決定して、蓮が魂の抜けた表情をしていたのは余談だ。

 

 

最後に、白組が勝ったことで僕が手にしたお願い事はというと…

 

「……わ、分かった。それなら、まぁ……うん…」

 

僕が告げたお願い事に…その内容が意外なことだったせいか、蓮は戸惑いつつも一発で承諾してくれた。逆にその内容にマジか、という顔をしつつ、とりあえずは納得して承諾してくれたようで、その話は…また後日のお楽しみということで。

 

そんなかんやで、色々あった運動会は無事(?)終わったんだ。

 

 




そういうわけで波乱万丈の運動会も終わったところで、現状報告と後書きです。

まずは、大変更新が遅くなってしまい、失礼しました。
もうね、仕事がね…混乱の連続だったもので…業務の引継が連続して発生しまくって、パンクしてました(苦笑)

まぁ、私事はそれぐらいにしておいて、運動会の後書きについて
もともと季節のイベントは書きたいと思っていたので、ちょうど期間的にいいと思ってぶっこんだ形でした。それと、新規加入したフィリアやミトの日常回としてのお話を絡ませたかった感じですね。

次に協議毎の解説。
短距離走…蓮、見事に敗北。蓮は確かにオールマイティな身体能力を持っていますが、脚力は明日奈の方が上です。瞬発力は蓮の方が上ですが、ある意味でそれが勝敗を分けることになりました(だから、各対抗リレーも出なかったわけです)。
あと、深澄(ミト)ファンのみなさん、すみません。でも、深澄なら絶対叫びそうだなと…

借物競走…深澄さん、暴走回&深澄ファンのみなさん、すみません(二回目)。いや、彼女は明日奈が大好きなので、こうなるのは必然かと(苦笑)
あと、さり気なく音弥父が調子のってるのと、黒シリカが出たお話でした。

騎馬戦…蓮Vs和人の大将戦という熱い戦いでした!えっ、怨嗟の襲撃?いや、誰もが思うことでしょう、あれ。モテてる蓮と和人が悪いってことで(しかも互いに出汁されるという…)。ジェットストリームアタックはもちろん黒い三連星リスペクトです。
ヒロインが叫ぶと勝てるのはお約束ということで。

お昼休憩…お弁当回は音弥母のブラック面発揮でした。義娘だろうと、夫だろうと、息子だろうと、容赦なし(そして、その原黒面はきっちりと息子に伝承されております)。ちなみに、琴音のことは木綿季たちから報告を受けて、またどっかで息子へのお説教を画策しているとか。
 竹宮家来訪と蓮やらかし…竹宮家は普通な家族なイメージがあったので、一応普遍的な感じに書きました(SAO、特殊なキャラ多すぎて、普通とは?と一瞬なりましたが)。そして、蓮さん、見事なやらかし…最後のオチと相まって、地獄行きが決定しました(笑)。
UW組との会話…今回はちょっと出番少なめの3人。カナデはともかく、ユージオとアリスは立場上、目立つとマズいので致し方ない感じでした。

木綿季との秘密の休憩タイム…最近ヒロインとしての登場が少なめでしたので、超甘々タイムでした。後悔はありません!

紅白対抗リレー…原作ヒロインが叫んだのだから、だったらオリ主を叫ばせてヒロイン奮闘させようというお話でした!こちらも後悔は(以下略)。みなさんは競技中に飛び出すなんて馬鹿なことは絶対にしないでください(蓮同様に怒られますので)。

木綿季のお願い事はまた別の機会にお話ししますので、お楽しみに。

次回はおふらいん二つを挟んで、キャラエピ第二段に入っていきます。アンケートも来週までですので、是非清き一票をお願いします。
…ユイちゃん票が意外と強くて、ビックリしてます。

それでは、また!

キャラエピ第2段!どのキャラから見たいですか?(時系列の問題で多少前後することがあります)

  • リーファ
  • シノン
  • リズ
  • シリカ
  • ミト
  • ユイ
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