Fate/Prototype Suspected archives 作:刻乃
なら多分SNでの凛のアーチャー召喚の時系列は美沙夜準拠で、士郎のセイバー召喚の時系列は綾香準拠だろうと、この日付設定になりました。
2/1 《前日》-深夜
「ありがと、綾香」
お姉ちゃん、沙条愛香とは、自身を並び比べてしまわずにはいられない。
眩い程に輝くような笑顔と、お姫様のような居立ち振る舞いだったお姉ちゃん。
きっと、わたしのことなんて目に映っていなかっただろう。
お父さん、沙条広樹のわたしを見つめる目は真っ直ぐで、わたしは顔を背けずには話すことも出来なかったから、ここで目を合わせることも出来ないでいる。
あのときの家を模った幻の中に、今も漏れることなく在り続ける二人が目の前に立っているのだ。
「これはお前のためだ。綾香」
もう一人でいるのに。
常に頭の隅で、記憶の通りに在り続ける二人。
それが遺志やわたしへ向けられた思念なんかじゃなくて、内々から生まれる自戒や自責でしかないのを知っている。
九歳のわたしに向けられた言葉を、夢の中のお姉ちゃんとお父さんが安堵の表情で言って聞かせるのはきっと呪詛でもなくて。
ずっと後ろめたさが消えないでいるからって、ただわたしが自分で勝手に言わせているに過ぎないんだ。
......だから、わたしが二人のことを想っているのを捻じ曲げてしまうことにならないように。
残滓すらも失ってしまわないように。
わたしだって変わらずに。
こんな夢の中で、きっと幾夜かに一度思い返すんだ。
——風に煽られたカーテンの隙間から、光が部屋へ差し込んで来ると、わたしは眩しさに目を細めながら身体を起こした。
「......うぅ」
二月一日、一九九九年。
目が覚めて、ようやっと頭が回ってくると、デスクの上にあるカレンダーの文字が分かるようになった。
頭を起こして、眼鏡を掛ける。
はっきりとしない視界のままに、ゆるゆると布団を退かしてベッドを下りた。
胸元の紐を解いて、デスクの横にある姿見の前に向かう。
服の肩口が緩まって、裾からパジャマは床に落ちた。
「————」
ハンガーのワイシャツを手に取って、袖を通してゆく。
「やっぱり、似てない」
制服を着た姿見のわたしは、物語のお姫様のようだったお姉ちゃんと、顔立ちが少しだけ似ているけれど、風のように流れるプラチナブロンドの髪でも、輝くような笑顔が浮かべられるわけでもなかった。
けれど、お父さんの手記通りに、お姉ちゃんと同じ位置へと先日ソレは顕れている。
つまりわたしにとって、カレンダーに書いた今日の日のバツの印は、これから逃れることの出来ない運命が来ることを示している。
八年前。
わたしの姉がマスターの一人として挑み、帰ることのなかった聖杯戦争。
その参加者の資格である令呪の兆しが、わたしの胸に赤く痣として顕れてしまったのだから。
それは一人だけのわたしには、きっと荷が勝ち過ぎているのだけど、——魔術師の家の悲願が叶えられる二度とない機会だという。
......わたしの死刑宣告のリミットは、ついに、ゼロになった。
朝食を食べようと自室を出ると、廊下はすっかり冷気に包まれていた。
吐く息は白くなり、フローリングは冷たくなってしまっている。
廊下を抜けて、洗面所へ。
眼鏡を取り、髪を額より上に留める。
「冷たっ」
顔を濡らして意識を起こし、朝の微睡みを打ち消す。
それから腕をさすりながらリビングに入れば、柱時計は六時十五分を差していた。
「雪が降っていないのが奇跡みたい」
暖房を入れると、ダイニングに入る。
シンクへ向かって、今度は電気ポットのスイッチを入れた。
何事もなく一日は始まる。
今日も街は穏やかで、平和だ。
わたしは冷蔵庫横の取っ手に掛かったエプロンを身につける。
フライパンをガスコンロの中火に晒す。
後ろのトースターで食パンを焼き始めると、野菜と卵を冷蔵庫から取り出す。
刻んだ野菜をお皿に盛りつけ、割った卵をフライパンに落としたところで、チンとトーストが焼ける音がしてふと、私はダイニングの食卓を眺めた。
わたしにとってもう日常になった『何でもない日』。
八年前、お父さんやお姉ちゃんが生きていた頃では考えられなかった平凡な生活。
それは楽しいかどうかと自分に問いかけるなら、少なくとも楽ではある、という答えが出せるモノだ。
フライパンを傾けて、サラダの隣に目玉焼きを移した。
お皿を食卓へ運び、食べ始めた。
それに、昔からわたしは一人だけで食事をすることが少なくなかったから。
たとえ、向かう二つの椅子が空席だとしても、寂しくはない。
食べ終わる頃には、いつもの「肉っけ」の無さについて、変えられないモノかと考えを巡らせるくらいだった。
「ごちそうさま」
朝食を食べ終えると、リビングへ。
切った暖房の前にハンガーに掛かったパーカーを羽織ると、そのまま長い渡り廊下の突き当たりから家を出た。
物干し竿を下げると、その脚を玄関側に寄せたけど、向かうのはその反対側。
毎朝の日課をしに離れへと向かうのだ。
早く起きるのはそのためで、わたしはそこを黒魔術の勉強をして、その実践を行うための場所として使っている。
家の庭だというには大仰で、家を囲む木々とは違った植物達が茂るここは、庭園というには飾り気が無いと思う。
だから、ガーデン。
ガラスで出来た壁や天井から、やわらかな陽の光が射し込んでいて、中の木々や草花はそれを受けて懸命に育っている。
ガラス戸を開けて入ると、 足下へ使役した鴉が静かに寄ってきた。
けれど、わたしには木陰の奥の小屋に用がある。
鴉から目を逸らし、木陰に入っていく。
奥の小屋の簾を屋根の下に留めると、奥の宿り木からいくつか視線が集まるのを感じた。
その側に上から吊るした鳥籠へ手を遣る。
右手で中にいるモノを掴み出す。
そのまま作業台に押さえつけ、空いた左手で包丁に手を掛けて振り抜き、その首を落とそうとする。
でも。
振り下ろす包丁が向かう先——押さえつけた鳩の首はこちらを向いていて、その目にはわたしが映り込む。
「っ、」
これはお父さんがわたしにした言いつけなんだ、目の前のモノは生贄、だから。
刃がその首に通って紅く滲む......なんてことはなく。わたしは手を下ろしてしまう。
首の持ち主はこっちを見たままに、押さえつけられていた羽を擡げ、スッと作業台を下りると、首を傾げていた。
鳩の我関せずといった表情に、思わずため息が出てしまう。
そうして、仕方なく自分の右手の中指へそっと刃を当てると、薬研で細かくした薬剤の原料へと指の先から血を垂らしていき、小分けにして保管していった。
作業台の上に立ち並ぶ様々な計器の中から時計を見つけると、あれからもう一時間近く経ってしまっていた。
「いってきます。......ぅ」
思わず鳩や鴉に話しかけてしまってから、取り囲む鳥達がわたしを見つめていることに、またうんざりした。
自己評価ではあるが、わたしの性格は最悪だ。
根暗で、臆病で、視野が狭くて、見栄っ張り。
そして何より——どうしようもないぐらい、平凡で、平凡だ。
「っていうか。そもそもわたし、魔術とか好きじゃないし」
そう呟くように口に出したら、もっと虚しかった。
朝の慌ただしい人通りを抜けると、学校前にたどり着いた。
この時間には珍しく、まだ人が見当たらなかった。
奥の職員室側からいつもより慌ただしい足音が聞こえてきて、わたしは高校の玄関から逃げるように教室へ歩いた。
教室には既に何人か生徒が先にいたので、小さく会釈をして、それから奥の自分の席に座る。
スクールバッグから問題集を取り出して読んでいると、後ろから話し声が聞こえてきた。
「この前の話なんだけど、中学の頃の友達から聞いたところによると、ウチの三年の先輩が居なくなっちゃったのって......これって、『八年越しの呪い』のせいなんだって」
「え、何。昔ちょっと流行った怪談の?」
「ホント?こわ」
クラスの人達は、都市伝説染みた怪談話で盛り上がっているようだった。
「そう、これよこれ。昔よく言ってたのよね、『午後十一時のデス・メアリー』って——」
しかし、彼女達が話しているところに突然、教室の外から騒がしい声が聞こえてきた。
伊勢三杏路。彼は先日このクラスへやってきた、この季節には珍しい転校生なのだけど、変わった出で立ちをしている。
彼の髪は少し癖のある赤毛で、鼻の高い顔付き。
そして、柔らかい笑顔と、彼の浮世離れした雰囲気が、学校の女の子の誰もが気にかけてしまう親しみやすさを生んでいるのだろうか。
そんな彼が、教室の前で、他のクラスの人達と話しているのが聞こえてきた。
「じゃあ、後で」
件の伊勢三君は、けれど教室に入ってから周囲を見渡すと、まるで探していたかのようにわたしに目を向けて、そっと称えた柔らかい笑顔で、小さく手を振っている。
不意に、そんな仕草をする伊勢三君と目が合ってしまった。
わたしは手も振り返せずに、何となく気まずくなって、窓の外に目をやった。
......曇り空は、朝を気鬱としたものに変えてしまう効力でもあるのだろうか。
メガネの位置を整えながら、手元の問題集に意識を戻した。
そんな曇りの日特有の薄暗い景色は、昼を過ぎても変わることがなかった。
——チャイムが鳴った。
わたしは手元のノートから顔を上げて、板書に不備がないか、もう一度比べ直していく。
七限目を担当している先生がチョークを仕舞ってから教室を出て行くところだった。
クラス担任の教師が、ホームルームをするためにこの教室に来るまでに、しばらく間があるので、伊瀬三君は二列後ろの席からわたしの席の前まで、ひょっこりやって来ていた。
彼がわたしに話しかけたのを皮切りに、教室が騒がしくなり始める。
伊勢三君が話すには、転校してきたばかりでは、この周囲の土地勘が全くないと言ってもいいらしく、先週から休み時間の間に、同級生達に学校周辺に何があるかを聞いて回っていたのだという。
「それで、今日なんだけど」
「......ごめんなさい。今日は用があるので、失礼します」
けれど、彼は純粋に疑問があるといった風情だ。
だからだろうか、首を傾げてわたしに訊くのは、トゲがなくて、優しい語調だった。
「?なんだろう、沙条さんって、部活やってないと思っていたけど」
「いえ、墓参りに。わたしの父と姉の命日、なので」
そう言うと、伊勢三君は思い掛けないといった顔で、言いづらそうにしてから、首を縦に振ってくれた。
「今日以外なら大丈夫」
「じゃあ、明日も誘うから」
彼が流し目でわたしに言った提案に静かに肯くと、変わらずに柔和な表情を浮かべた彼は、小さく手を振りながら自分の机に戻っていった。
隣町に行ける電車の時間を思い返しながら、スクールバッグを肩に掛けて、わたしはそっと教室を出た。
お墓参りには、駅から少しだけ遠いところまで行かないといけない。
人気のない教会を通り過ぎて、裏手のささやかな庭から庭門を潜り抜けていく。
父と姉のお墓は、魔術の隠匿のためなのか、それとも姉の痕跡がなかった上に、残されていた父の死体の無惨な状態を鑑みてなのか、教会の敷地にある外国人墓地に置かれることになった。
だから、目の前のお墓の下には、本当の意味ではここでお姉ちゃんが眠っている訳ではないと思う。
お墓の前で、その隅に変わらず置かれている花瓶から、お花を取り替えた。
それから、集団墓地から中庭の花を整えている様子の神父さんが見えて、わたしと目が合った気がした。
——当時まだ小学生だったわたしの元に、ロンドンの時計塔学舎の魔術師なのだという女性が訪ねて来たのを覚えている。
魔術刻印を受け渡しに来たのだと言った彼女は、その際にわたしを見て、とても申し訳なさそうにしていたのだ。
それは、お父さんの指先から肩にかけてあった魔術刻印が、わたしに移された分になると自分の二の腕の半ば程までしか残されていなかったからだろうか。
それともわたしを憐れんでいたからだろうか。
どちらにせよ、今思えば、極東の魔術家の魔術刻印は貴重な資料となるのだろう、と考えが及ぶのだけど、昔はそんなこと気にもせずに途方に暮れていた。
つまるところ、沙条の家はわたしだけになったことで、「聖杯に手を伸ばした」一家だという結果だけが残ってしまう。
それに気づいたのはずっと後になってから、父の遺品を見つけた頃になる。
一人残されたわたしだけでは、きっと戦いに巻き込まれたら、何も出来ないままに他の魔術師に殺されるだろう。
でもそんなのって普通じゃないと思う。
それに、何もせずにただ殺されるのなんて、多分何も残されもしないから。
きっと、二人なら逃げ隠れなんてせずに戦って死んだのだろうけど、お姉ちゃんに突き立てられた刃は、多分同じようにこれからのわたしにもついて回ってくることだろう。
闘う覚悟がないわたしにはどうしようもないことだけど、そう考えるとその理不尽さに腹が立つ。
いつの間にか、俯いたまま手をギュッと握り締めているわたしが居た。
先程まで小さく聞こえていた足音が、わたしの早まった動悸と重なり、音が近づいて大きくなっているのに気づかなかった。
それは中庭にいた神父とは違う人で、初めて見る顔だった。
「こんにちは、サジョウサン」
長身の痩躯の男の人は、気の良さそうな笑顔を浮かべて話しかけてきたが、その顔立ちは日本人のソレとは異なっていた。
「......どなたですか。外国の方に、知り合いはいません」
神父は、わたしを見下ろしたまま、まるで隣人にでも声を掛けるかのように続けた。
「ワタシにも、日本人の知り合いはおりません。でも、あなたとはこれから、とても仲良くしたい」
「とてもとても。それは念入りに、針で縫い物をするように、丁寧に」
「はぁ」
外国人墓地でずっといたのが話しかけてくる切っ掛けにでもなってしまったんだろうか、と思いかけて、譫言を言うように発された彼の言葉に戦慄した。
「だって——アナタたちは、アレに指を掛けた唯一の魔術師なのデスカラ」
顔から血の気が引いていった。
「え」
手元に赤い花束を抱えたその男は、ゆっくりと側まで歩いてくる。
魔術師、魔術師。それは暗に、彼が自身をわたしにとって最も関わり合いになりたくない存在であると言っているようなモノだ。
「お父さんは気の毒、でした。真理まであと一歩だったというのに。アナタたちは前回の戦いで最後まで勝ち残——」
だから......。
「帰って」
顔が強張っていくのを抑えつけるように神父を睨みつけた。
「何故準備をしていないのデス?今日でちょうど八年。ようやく再開出来るというのに」
あんな戦いに巻き込まれるのは嫌だから。
「他の方々は皆、とっくに
「......余所でやってください。わたしには関係ありません」
「それは悲シイ、」
彼から顔を逸らして、カバンを両手で持ち直すと、ツバを飲み込んだ。
「だって。命のある限り、この世に関係のないモノなどアリマセン」
彼は、手元の真っ赤な花束を片手で振ると、先程までの静かな語調から、まるで感情を読み上げているように言った。
「関係を断ちたいのなら、それはもう死ぬしかナイ」
第一次聖杯戦争の勝者、沙条家の唯一の生き残り、沙条綾香。
神父サンクレイド・ファーンにとって、彼女は聖杯戦争最大の障害となり得る存在である。
その沙条綾香が、戦いを降りると言っているのだ。
「来ないで。わたしは、聖杯になんて関わりたくない」
「今夜ですよ。それまでに、支度を調えておきなさい」
大方、家族の死のせいで戦いに苦手意識でも持っているのだろう、と目星を付けた彼は、綾香の懐に素早く入り込むと、彼は舞台演者のような口調とは打って変わって、綾香の耳元で忠告を囁いた。
「逃げ場はありませんよ」
「!放っておいてくださいっ」
彼女が彼を得体の知れないモノでも見るように怯えた眼差しで後退るのに、しかし彼は笑顔を絶やすことをしなかった。
「誤解しないでください!ワタシはアナタを心配しているのデスヨ」
サンクレイドの様子を伺いながらも、綾香はそっと走り去った。
「零時を過ぎれば、誰もがアナタを訪ねに行く。みんな、アナタが放っておけないのです。事実上、前回の勝者であったサジョウの娘を」
誰もいなくなった外国人墓地の暗がりで、彼女の怯えた表情を思い返しながら、彼は口端を大きく吊り上げ、嘲笑っていた。
「......だって。一番厄介なライバルは、一番最初に、みんなで潰しておくべきデショウ?」
「——今日が終わったなら、ようやく始まるのデスカラ」
「!どうして」
動悸が早まるのは、多分走り続けていることだけが原因じゃないと思う。
駅で停車中の電車に息を潜めて乗り込むと、壁冷房の縁にもたれかかってから深くため息を吐いて。
「ぅ......どうしてわたしに関わってくるのよ」
そう譫言のように言えば、心臓が激しく脈打つのに、息を荒げたまま目元を手で覆って息を落ち着ける。
電車の窓に映るわたしの顔の、その向こう。
さっきまでいた外国人墓地、その側の教会を眺めて、胸に手を当てた。
......あの神父、わたしの家のことを知っていたんだ。
きっとあの神父は、聖杯戦争を取り持つ聖堂教会から派遣された調停役か何かだったんだ。
だからこそ、前回の勝者の家系の娘になんて話しかけてきた。
言葉通りだったなら、少なくとも今日の内は何もないということなんだろうか。
頭の隅でそう考えてしまったことにすら腹が立ってきた。
隣町を遠ざかって、電車からの景色は、住宅街から、高架の上からも疎らに見える、見慣れたビル群へと変化する。
アナウンスが鳴ると、丁度電車に乗り込む人も増え始める。
それを擦り抜けて電車から下りて駅を出ると、自然、歩が早まっていった。
すっかり暗がりに変貌した夜の林の側にある広場を通り過ぎて、そのまま家に飛び込むように入った頃には、息も切れ切れになっていた。
ドアの内側でへたり込んでしまうと、ハッと我に帰った。
視界がチカチカとして、身体を揺らす早まった鼓動に、疲労感を押し込められない。
素早く立ち上がって、戸締まりをした。
玄関にバッグから触媒用の軟膏を浴びせると、そのまま防護呪文を貼りつけ。
「——関係ない!」
......だけど、どうしたってこんなに焦らなければいけない。
「わたしには関係ない」
リビングに駆け込んで同じように防護呪文を掛けると、カウンターに置いた指輪を着けると、側の暖房にかけたブランケットをソファーにかけたら、疲労感のままにそこへうずくまった。
「あんなのの同類になる、もんか......」
思わず口から呪詛を叫んだら、投げやりになって意識を手放した。
......わたしが覚えている二人の最期は。
発狂したまま、何かに
『あなたが何を言っているのか、分からないの』
降り注ぐ雨の中で、お姉ちゃんを貫いた銀色の剣は鈍く光っていた。
『わたし、死ぬのね』
水面のようだった碧い瞳は、光を失い昏くなって。
お姉ちゃんは落ちて、落ちていって。
鈍い音が————眠りからハッと目が覚めたわたしは、胸の蟠りを誤魔化したくて呟いた。
「......わたしには」
お姉ちゃんだって、刺し殺された。
「わたしには、絶対無理!あんなの絶対無理!お姉ちゃんみたいには出来ない!」
『今日が終わったなら、ようやく始まるのデスカラ』
胸を抱いて、目を瞑ったらあの神父の言葉が脳裏を過ぎって、ブランケットを捲った。
......思わず時計を確認してやっと気付いた、既に零時前になってしまっているということに。
その柱時計からボーン、ボーンと打音が鳴り響くのに、背筋が凍りつくかと思った。
「そうだ。やっぱり、今更何が起きる筈もない。『八年後』に起きる、なんてお姉ちゃんの言葉は、何かの間違いだ、次はわたしの番、なんて考え過ぎだったんだ......」
言い聞かせるように呟けば突然、外で『咆哮』が響いた。
首を擡げて窓の外を見れば、家の
「結界は、っ! あの魔力のカタチ......サーヴァント!?」
そうして身体を起こそうとした瞬間。
——気配がした、上からだった。
「何、きゃ」
その大きな音に驚いて、頭からリビングのフローロングに落ちた。
破砕音はガラスの壊れた音で、直後に目の前に現れたのは。
「使い魔!?」
猟犬だった。
大きな体躯、それも夜の闇に紛れ込む黒い体毛——それも、魔術師に使役されている——が牙を剥き出しにして、唸り声を上げてながら、こちらの様子を伺っている。
わたしは周囲を警戒する猟犬から目を逸らせずに、雰囲気の剣呑さに呑まれて動くことが出来なかった。
同じように窓からもう一匹、もう二匹と、猟犬が飛び込んで来たところで、ようやくハッとした。
素早く自身の魔術回路を起こして、手元の指輪に魔力を込めていく。
わたしの様子を見て、猟犬達は、数匹で一斉に迫って来た。
「う、わあぁぁッ!」
出来る、こんなの、『黒魔術《ウィッチクラフト》』の初歩の初歩じゃない——!
飛び掛かって来るのに合わせて、指輪を振るう。
発動したソレは、猟犬が吹き飛ばして、目の前のフローリングをも抉り取っていた。
......黒魔術の魔弾。
それに使う指輪は、その装飾の中に使役した鴉の羽根を封じ込めて作られたモノ。
その証拠に、足元に倒れ伏した犬には、沢山の羽根が突き刺さっているだろうから。
この隙に廊下へ逃げ出した。
「わたしにだって、犬を相手にするくらいならなんとか、するっ」
追って来た猟犬達は、何匹か足元の軟膏で滑り転げている様子だった。
でも、廊下に出ればすぐさま立て直して、再び様子を窺うようにわたしを睨んできた。
仮にも彼らを足止めした、直前の魔弾を警戒するのは当然か。
猟犬から逃れたいと、曲がり角を曲がってから、制そうと焦ってもう一度魔弾を放とうとしたとき。
先程まであれ程獰猛だった猟犬達が息を潜めて、その背後からさっきの影の正体が割って入ってきていた。
長身で、痩せていて。
「あー、アンタがこの家のお嬢さん?」
——そんな目の前の若い男の、バツの悪そうにさりげなく放った言葉に、どうしてこんなに背筋が寒くなったのか。
「誰......ッ!」
男が小脇に抱えていたのは、わたしの身長より大きな槍で、全身に着込んでいるのは、鎧に間違いなかった。
焦るわたしの腕の動きに合わせて、指輪から魔弾が迸って、その先で。
「、良い勘してるじゃねえか」
薄ら笑いを浮かべた男が、襲い掛かる魔弾を手元でなぎ払ったのが見えたと思ったら。
そのまま
明滅する視界の中、とても目を疑わずにはいられなかった。
自分は壁まで吹き飛ばされて、放った魔弾が男には通じていなかったんだから。
「黒魔術とは、古風だな......」
ゆっくりと歩いて寄って来た男が槍を振りかぶって。
「こりゃあちょっと、勿体ないかねぇ」
動かなきゃ、このまま刺し殺される——!
叩きつけられて痛む背中を押して身体を起こすと、魔力を指輪に全部注ぎ込んだ。
わたしの周りに先程とは比較にならない程に夥しい量の羽根が舞って、魔力が伝染するように魔弾と転じていくと、わたしの意思に沿ってそれらは順々に散弾銃を優に凌ぐ密度で『射出』されていく。
「くッ」
これで今撃てる羽根は打ち止め、他に撃退のために打てる手段だって元よりなかったというのに。
サーヴァントなら、きっとこれだって通じないだろうけど。
けど、何なの。
わたしなんか殺すために、使い魔総出で大捕物になって。
羽根の突き刺さる音の合間から、舌打ちの音が聞こえた。
だから、弾け飛ぶ魔弾が視界を覆っているその隙に、男が吹き飛ばした壁に空いたままの穴から、靴下のままで中庭に抜け出した。
丘の外へ逃げたらきっと追いつかれる......逃げるとしたら、ガーデンだ。
お父さんの言うように、非常時なら、あそこは実際に結界として使えるはず。
横目に見えたコンクリートの上がり框の上で転がったスリッパは放ったままで、石段を登ってゆく。
聖杯戦争は大規模な魔術儀式の一過程らしく、そのための鍵となるサーヴァントは、戦いの後に聖杯へくべられるための存在だ。
本来ならば呼び出すことすら困難な英霊を、サーヴァント階梯と呼ばれるモノでクラス分けすることで、七騎もの召喚を可能としているそうだ。
聖杯の力でもって、勝者のマスターとその英霊の願いは叶うのだという。
しかし、そのためには、この聖杯戦争でマスターに選ばれ、サーヴァントを駆使して生き残らなければならない。
きっと、今わたしを襲って来ているのは『槍の英霊《ランサー》』。
サーヴァントは、座に至って英霊となった人物の映し鏡。
だからこそ、魔術師はサーヴァントには殆どの場合で勝つことが出来ず、聖杯戦争では魔術の才以外のモノも求められることになるのだろう。
木の階段を登って林の奥まで来れば、朝とは様変わりしたガーデンにたどり着く。
一番奥にあるガーデンの中は、やはりと言うべきか、底冷えするような寒さになっていた。
ガラス戸に南京錠を掛けると、その上を発動した魔力の通った草花が覆えば、唯一の出入り口が塞がれ、結界が成された。
外の石段も大概冷たかったというのに、中の床は一際凍りついたように冷たくなっていた。
『ここの術式は誰にも破れない。万が一のときはここへ逃げ込め』
と言った父の言葉を信じられない訳じゃないけど、アレは例外だろうかと後悔しかけて、指輪の羽根がもう一枚しか残っていないことに焦りを覚える。
魔力は魔術を扱うエネルギーだけど、変換しなければ、無色透明のままで用途が限られてしまうモノだから。
魔弾を撃つ触媒である鴉の羽根を、魔力を通して使い果たしてしまえば、もう為すすべがなくなってしまう。
しかし、ガーデンの天井近くへ飛び去ろうとする鴉から落ちた羽根を拾い上げ、指輪へ込めたところで、ガラス戸が
「な!?」
ガラス戸の覆いが盛大に吹き飛んで、土煙を上げている。
さっき結びつけた円環が結界を成していたガーデンは、出入り口を吹き飛ばされたのを切っ掛けに結界が破綻してしまった。
違いない、あのシルエットはさっきのサーヴァントだ、ここままじゃ殺される!
土煙を抜けて、さっきの猟犬達が飛び掛かってくるのを、魔弾を放って止める。
けれど、時間差でもう一匹の喉を撃ち抜いたところで、直前まで光っていた指輪から効力が失われてしまった。
「何だ、弾切れか。それともやる気がなくなったか、まぁ。どっちにせよ、こっちのやることは変わらねぇんだがよ」
わたしを殺すことは変わらないと、気負いなさげな調子で呟くのを、見ていることしか出来なかった。
ゆっくりと近づいてくる——こんなところで死ぬのは嫌だ、嫌だ。「嫌だ嫌だ!」
目の前で、男が左手の槍を無造作に振り上げた。
「......その気もないのに不幸だったな」
わたしは逃げようとしたけど、自分の絡まった脚で盛大に姿勢を崩して倒れ込んでしまった。
「そろそろ十分か、ま、時間通りかねぇ」
目の前に槍が突き立てられて、遂にわたしの逃げ場はなくなった。
「助けて、お父さん——!」
わたし、わたしは——あんなのの仲間には、ならない。
引き戻された槍が再び迫るのに竦んで、思わず目を閉じた。
頭が沸騰しそうな中で、お姉ちゃんの最期を思い出して。
あのとき、聖堂の前で動くことが出来ないままに落とされて、圧し潰されていく女の子達が、わたしと同じように、泣きながら殺されるのを待っているしかなかったなんて。
「あんなことを許す大人になんて、なりたくない——!」
けど、槍はわたしの胸に深々と突き刺さる。
......冷たい刃が、命を刈り取っていった。
ランサーの名前が出づらいなぁ......。
セイバーの宝具描写も難しい。
これは誰もやらないの分かる気がしますね(笑)