Fate/Prototype Suspected archives 作:刻乃
相変わらず亀のような速度ですが、どこかでスピードアップ出来れば。
夢を見ている。
暗い足元よりも暗い穴があるのが見えて、天井を仰ぎ見る。
仄かに電灯が照らしているのは、聖堂のような、壁画や肖像で埋められた壁。
わたしはここで、いつの間にか伏せっていて、前後不覚に陥りそうな程の暗がりに覆われたままで立ち上がれずにいた。
出口は——見えている。
背後、ここよりも明るい方だ。
このまま跳ね起きて、逃げ出せるのならどんなにいいか。
「あやか」
分かってる。
すぐ側でお父さんがわたしを呼ぶんだ。
「綾香」
目に映るソレは、記憶の中で霞み、落ち窪んだような父の顔だった。
厳粛だった憶えとは違って、とても正気とは思えない程に引き攣った頬と、見開かれた両目。
罵言雑言、糾弾するように叫ぶ。
「——間違いだった」
異常をきたした機械が遂には壊れてしまうように、何かが擦り潰れる音がして、その場は静まった。
こんなのはまるで呪いだ、毎晩わたしを締め付ける呪い。
わたしが変われないのもきっとこの夢のせいだ——目の前が真っ白になる、意識が混濁したように掴めなくなっていく。
......そろそろ、目が覚めるのだろう。
なんて情けない。
魔力切れなんかで倒れてしまうなんて。
——流石に分かる。今ベッドの上に居るということは、気を失う前に出会ったのは彼、セイバーのサーヴァントだから。
倒れてしまったのを気遣って、わざわざここまで運んできてくれたのだということ。
目が覚めた今、彼がこの場に居ないのは何故だか分からないけれど、令呪から感じられる繋がりから未だに健在なのは確認出来た。
サーヴァントとマスターは魔術的なパスで繋がっている。
胸元の令呪から感じられるそれはセイバーのサーヴァントである彼が、今も現界し続けることが出来ている証拠なんだ。
「やっぱり使役しちゃったんだ......」
保有する魔力量も並以下で、家伝の黒魔術ですら満足に扱えていないというのに。
マスターが聖杯戦争で奪い合う聖杯のために他のマスターと殺し合うのだということは、お父さんが残した手記と、八年前のちょっとした経験から分かっているけど、もし本当に魔術師と殺し合うのなら、覚悟なんて出来てない。
勝てる見込みなんて、ホントにない。
そう、こんなことで気を失ってしまうようなマスターが。
わたしが参加したとしても、聖杯なんか取れる訳がない。
サーヴァントを呼び出すことになったのも偶然だろうし、何か逃れられる手が有るのなら......。
そして今日はアラームで起こされた訳じゃないな、と思ったわたしは、身体を捻って小箪笥の上の目覚まし時計を眺めた。
けど短針があり得ない位置にあることを認識して。
「じゅ、十一時、半!? ————ッい」
起きるには遅過ぎる時間で。今日は、火曜日。
わたしはベットから転げ落ちて......背中を打った。
溜め息を吐く。
午前十一時半、三限限目が終わって休み時間位か。
当然学校はあるけど、今から行ったなら、四限の半ばから教室にやってくる奇特な人になってしまう。
はぁ、昼からでいいか、なんて思ってしまっている。
昨日のあのサーヴァントが家まで押し掛けて来たのが効いているんだろうか。
疲労感がぼうっとしたままの頭で思い返してみる。
彼が居なかったら——きっとあのまま死んでいたと思う。
予告されていたというのに、サーヴァントを呼び出していなかったわたしには危機感が足りていなかっただろうけど、あの人間離れした強さには、仕掛けられる罠や、倒されている光景すらも、わたしには思い浮かべることが出来なかった。
部屋を出ると、廊下は朝の冷気は早くになくなって、既に心地よい気温に暖められていた。
窓から日が差し、休日でも家には居ないような時間帯で、ちょっと新鮮。
廊下を突き当たって勝手口から出る。
庭では肌寒い風があるけど、ガーデンに入ってしまえば風も吹かない。
ガーデンでは、昨日の騒ぎで花壇が荒れていた。
砂利や腐葉土が撒いていて、風が吹いた後のようだった。
「これ——」
花壇の側で、タイル敷になっている部分を見る。
魔法陣。そこまで複雑な構造はしていないものの、それは大きく場所を取って描かれていた。
「召喚に使ったモノね、まるでスライドパズルみたいにタイルに仕込んでいたみたい」
ガーデンにある、タイルの敷かれた一角には、まるまる魔法陣となるように紋が刻み込まれていたってことになるらしい。
この魔法陣であんな強力なサーヴァントが呼べるなら、それだけで相当の魔術規模なのに。
この戦争の原因になる程の聖杯が、途方もない規模の事象改変が出来るなら、本当に何が起きるのか分からない。
ここでランサーのサーヴァントを退けた、煌めく蒼銀を纏うセイバー。
あんな戦いがこれからも続いていく筈だ。
「わたしなんかでも、呼べたんだ」
ガーデンの隅の納屋へ来ると、小瓶の側に立てた鏡を見てやっと気づいた。
わたし着替えてない、昨日着ていた制服のまんまだった。
はぁ。だらしないなぁ、わたし。
抜けてることばっかり。
ガーデンで黒魔術のために使う薬品の調合を終えた後。
朝ごはん食べてないな、と気怠さが拭えないまま、勝手口へ。
そこから家へ戻り、リビングへ入ったところで、香ばしい匂いが漂ってきた。
野菜を炒めるジュウジュウという音がする。
不思議に思ってキッチンの方を向けば、その音の正体を見た。
「来たね、マスター。『まじない』は終えたのかい」
召喚されたサーヴァントは、聖杯から現代の知識を一通り与えられている筈で。
このセイバーも、きっとどこかの時代の英雄で、元は現代のことなど知らぬ人物であるはずなのだけど。
「日はもう登っているよ。ホントに、また随分と君は朝に弱いマスターのようだけれど」
セイバーの手にはフライパンと、菜箸。
......けど、どうしたってサーヴァントが朝ご飯なんて作っているの。
「————」
カウンターに置かれた皿はプレートが三つとガラスボウルが一つ、それに、その手元のフライパンから中身が側の鉢へ移されるのが見えて。
「——ちょっとちょっとちょっと!」
「なんだいマスター」
「なに、今作ってるソレ。それにカウンターのコレとコレとコレも。この量、誰か招待でもすると言うの!?」
私を見て肌の白い顔に笑顔をたたえている......セイバーのサーヴァント。
「君は昨日のあの後、あそこで気を失って倒れたんだ。マスターの魔力の枯渇は現界に支障を来たすかもしれない」
「え」
もしや。
急いで冷蔵庫を開くと、中から一日の朝ご飯のために消費される食材とはとても思えない程の量の食材が、消えてなくなっていた。
「ん、な——!?」
これがわたしに向けて調理されているのなら、とても食べきれない量のモノが出来上がってしまう。
なのにセイバーは。
「今作っているのが出揃ったら、食卓で食べようか」
......などと口にした。
微笑むセイバーを手で制したわたしにとっては、キッチンのカウンターの上で並ぶまでに分けて盛りつけられたプレートの数々は、見て呆れ返るようだった。
セイバーはフライパンの食材を用意していた底の広い皿へ盛り付けて、ガスコンロを切り、フライパンと菜箸をシンクへ置いてから、カウンターのお皿をいくつか食卓へ移した。
「明日のご飯......いいえ。とりあえず」
わたしは座ると、セイバーに呼び掛ける。
「座ってください。話をするならそれからです」
頑張れ綾香、明日の君のご飯はないぞ