Fate/Prototype Suspected archives 作:刻乃
編集前はセイバーが綾香を着替えさせる妄想が捗るものでした(事後)
セイバーは以前父の席だった場所へ座った。
「あなたはサーヴァントなんですね」
彼は首肯して、それからわたしを見つめた。
「僕はセイバーとして現界した、君と契約を交わしたサーヴァントで間違いない」
「君は僕のマスターだ。名前を教えてくれるかい」
「——わたしは、沙条綾香と言います」
わたしが名前を告げるのを聞くと、セイバーは静かに頷いた。
「うん。いい名前だ」
お姉ちゃんが参加していた儀式だなんだって身構えていたけど、なんだか拍子抜けだ。
セイバーは、大量のご飯を断ったときに反して、モノ分かりが良いように思えた。
さっきのマイペースな感じは少し苦手だと思ったから、話が通じるのなら楽でいいんだけど。
顕れるのも、わたしを呼ぶのも、何というか、急なのだ。
「綾香と呼んでもいいかい」
「う。......え、ええ」
セイバーはわたしの反応を気にした風でもなく、わたしに尋ねた。
「君は聖杯戦争をどうするんだい?」
これはわたしが聞き手に回ったら保たないパターンだ。
「わたしが他のマスターに勝てるとは、到底思えません」
「そうかな」
セイバーはわたしから目を離さない。
「沙条綾香。僕には君を守る必要があるんだ」
動揺しちゃいけない。
「わたしには関係ありません」
セイバーに頼るには、彼を知らなさ過ぎるというのに。
こんなことを恥ずかしげもなく言えるのは、きっとわたしを意識していないからだろうから。
セイバーは、テーブルの隅のカトラリー入れを手元に寄せると、テーブルマットへ食器を並べていた。
「君がいなくても戦いは続くんだ」
「? わたしは沙条家の娘として、そもそもこの戦いからは逃れられないように思うのですけど」
「君がマスターである限り、他のマスターが君を殺そうとするのは変わらない」
それからセイバーは、それに、と続ける。
「聖杯を良識のないマスターやサーヴァントが勝利者になって手にすればどうなるか。綾香、君にも分かるだろう?」
「あ——」
守って、くれた。
わたしから目を逸らしたりもしなかった。
「セイバーは、どうしたいんですか」
「だから僕は、君を誰にも殺させないようにする」
彼が単に、現界に不可欠なわたしのことを案じているだけじゃない、と思い上がっているのかもしれない。
けど彼は、昨晩わたしが倒れてしまったことを気にしているんだろうか。
心が決まったと言わんばかりの彼の表情に、揺らいでしまう。
「わたしを?」
それでこんなに、大量の料理を用意した?
「さっ、冷める前に少しは食べないと」
わたしは耐え切れず、誤魔化すように並べられたフォークを手に取って、サラダへ手を付けていく。
けれど隣の皿のレタスを口に運んで、ようやくわたしは彼がただの西洋人ではないことを思い出した。
——他人の手作りご飯を食べるのはいつ振りかな、なんて思っていたのがバカらしく思える程、口をついて出た言葉がこうだったので。
「男、料理......」
食材を、そして出席を失い、痛く思い知った。
あくまで、彼は現代の人間ではない、それは分かっているけど。
こんなことで食事に困りそうなのが、何よりも一番バカらしい......。
「タッパーに入れたり、ラップして冷蔵庫に入れれば数日は——」
「......」
こんなことを真っ先に考えてしまうあたり、危機感がないなぁ。
脂っこい、夕食のプレートのような野菜を菜箸で取り、タッパーへ移してゆく。
少なくないタッパーを冷蔵庫の中で積むと、そこ一帯以外ががらんとした中身に、またため息が出た。
「そうだ、綾香。今日は二月の二日、平日ではなかったかな」
器用にも、静かに洗った食器を乾燥機へ掛けているセイバーが言った。
次いでわたしが答えるのには少しトゲがあったけど、これにはランサーが襲ってきたことへの呪詛が込もっている気がしていた。
「学校があります」
「今は十二時過ぎだよ」
セイバーは、いつもはわたしが使っているエプロンを脱ぐと、元あった位置へ掛けた。
キッチン周りを気にしている、興味ありげだ。
「......わたしは学校に行っても大丈夫なんですか」
「きっと行くのが正解だ。ごめんよ、起こしてしまうのには抵抗があったんだ」
セイバーはこう答えた。
「だから、君はいつもの通りに学校へ行っても大丈夫」
「分かりました」
そう返してすぐに自分の部屋へ向かうと、棚の教科書をカバンへ叩き込んで姿見へ寄る。
やっぱり。
そのまま寝てしまったので、少しだけ制服にシワが寄っていた。
Yシャツの上にセーターを着ていれば大丈夫かな。
いや、別のYシャツを出せばいいか。
今から家を出れば、五限には余裕を持って入れると思うから、お弁当も必要ないし、好都合ではあるけど。
さすがに、向こう数日の食材を丸々調理されてしまったのは、ちょっと予想外。
「綾香、行ってらっしゃい」
家を出ようとして、足を止める。
「セイバー、万が一であれば令呪を一画使うかもしれない」
学校に他のサーヴァントやマスターが居るのなら、コトだ。
「ああ、そうすれば、きっとすぐに駆けつけよう」
軒先で挨拶を交わすなんてことも、いつ振りなのか思い出すことが出来なかった。
だけど、セイバーはわたしについてくるものと思っていたから、意外だ。
「お願いします」
それと、言い忘れていた。
「——行ってきます」
前の時計は、二時過ぎを差している。
五限、女の先生が、今度ある英語の定期テストに出るところだ、と黒板を左手で撫でていた。
結局、学校へは昼休みの内に着くことができた。
特有の罪悪感は心臓に悪くて、辿り着く頃には、校舎に入ることすら億劫だった。
......まぁ、コレは地力の足らなかった自分の責任かな。
教室に入るときには、クラスの子達に少しだけ不思議がられた。
わたしに手を振っていたのは勿論伊勢三君、彼だけだった。
授業の振り返りについては、彼へノートを貸してもらえるかを聞いてから考えようかな。
召喚してしまったセイバー、彼がセイバーのクラスである限り、他がどうかは知らないけど、当然強力な宝具を所有しているはず。
一回目の聖杯戦争でも、七人が七人、当然もれなくサーヴァントを召喚した上で協力体制を築いていたはずで......まぁ、成否はともかく。
その中には、わたしみたいに強くないマスターだって居るだろうし。
家にいるあのセイバーを、現状はわたしが令呪を降ろした上で楔と化して現世へ留めているのが現状だってことは、一応理屈の上で理解している。
けどこんなのは益体のない考え事に過ぎない——ああ、色々問い質したい。
もっとセイバーと話し合う時間が必要だ。
こんなことなら、学校に来ないで、一日セイバーに話を訊いておいた方がよかった。
善は急げ、家に帰ろう。
そう思って立ち上がると、すぐに後ろから肩を叩かれた。
「え、えと」
クラスの女の子だった。
教室でわざわざ話し掛けるのは——今日何かあるんだっけ、委員会でもないし。
「沙条さん、E組の一成君が呼んでるよ?」
いっせい、くん?
いっせ、い君。
誰......E組に知り合いがいた覚えはない。
知り合いでもない人が、わざわざわたしを呼びに来る用事なんて分かりきっている筈だけど。
教室の札の下に立つ影が見えている。
側にいる男子、うちのクラスの生徒、と談笑している、彼がそうだろうか。
教室を後ろから出たところで、後ろから声が掛かる。
「沙条さんだな」
記憶にある、どこかで聞いた声だった。
地声が高いのか、声に圧迫感はない。
「はい、なんでしょう」
「いやなに、沙条さんのことだ。わざわざ学校まで来ているし、分かっているのかもしれないが」
わたしよりも頭一つ分高い背格好で、喉から顎を撫でるような仕草を取っている。
彼は生徒集会や文化祭で、学校に通う限りは必ず目にしている人。
わたしでも、彼が生徒会長だと知っている程の有名人だけど。
「沙条家は——」
「唯一の子女すらも東京から逃がすことをしないのだなと」
咄嗟のことで、息が詰まる。
彼がマスターという可能性は考えていなかったし、魔術家系の子なんだってことすら知りもしなかった。
「沙条の家は、東京の魔術家では警戒して然るべき存在で、その継子は当然」
「あの!あなたの方こそ危ないのでは!?」
静かな語調の彼が話すのに、思わず明らかな不自然さを伴う挟み方をしてしまった。
マスターやその家系を滅ぼす理由、それは魔術家の継子であることで、敵に回る可能性がないとは言えないからだ。
「サーヴァントの手に掛かるかも、......なんて」
彼は瞑目して、わたし以外の誰かに向けて呼び掛けているかのように話しだした。
「その配慮も......何、無用な心配だとも。無駄ではない。それに、役割がない訳でもない」
そう言うと、彼の逸らしていた目と視線が合った。
それを契機に、空気が変わった。
「他でもない、沙条綾香。君に提案がある」
(蒼銀の登場人物達が順繰りに失われていくのを味わう喪失感、けれど音声で表現される空気感は得難いモノだと存じています。
——端的に言うとプロトは神。
自分自身とても本編を描ける程の表現力を持ち合わせているとは思っていません。
でもじっくり進んでいけたらいいと思ってます。)
15周年展や蒼銀の完結といったイベントで、更に「旧fate」のベールは剥がれていくことだと思いたいのですが、きのこさんの発言はアテにしていいものか(ry