「み、緑谷君……だったよね?」
「はい、そうですよ」
真面目そうな人が名前を聞いてくる。心なしか声が震えてる気がするけど何故だろうか?
「ああ、すまない。自己紹介が遅れてしまった。俺は飯田天哉だよろしく」
「改めまして緑谷出久です。よろしく」
自己紹介をかわし握手をする。声だけではなく手も震えていた気がした。
「それで少し聞かせてもらいたいんだが……」
どことなく言い難そうに言葉を切ると……
「君のその異常な筋肉の膨張は個性によるものなのかい?」
「いえ、自前の筋肉です」
「「「絶対嘘だ!!」」」
クラス全員の声が一つになっていた。失礼な。
…………
この後、教室にやってきた相澤先生に制服を破くなと怒られた。冷静に考えれば当たり前のことだった。
公衆の面前で戦うヒーローがパンツ一丁なんて大問題だ。
いや、レスラー系のヒーローであればそういった格好でも問題はないのだが、僕はそうじゃない。
次回からはちゃんと替えの制服を用意しておく事にしよう。
「違う、そうじゃない」
「デクはいつからあんな筋肉モンスターになったんだ……?」
困惑するような声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。
…………
さて、自由が売りの雄英高校の校風は教師にも適用される。
そう言った相澤先生が本来の予定を変更し、個性使用有りのスポーツテストを行う事になった。
はしゃぐ皆の態度に思う所が有ったのかこのテストで最下位の者は除籍処分にすると言い出した。
無個性の僕が皆に対抗するには全力を持って競技に挑むしかないだろう。
激戦の予感に僕の大胸筋がピクピクと動き出し、力を発揮する時を待ち望んでいた。
「なあ、デク。その大胸筋をピクピクさせるの止めてくれ。シンプルにきめえ」
「……ごめん」
かっちゃんはさっきからほとんど白目を剥いたままだった。
ーー50m走
「SMAAAAAAAASH!!」
スタートの合図が鳴るのと同時に地面を全力で蹴り飛ばす。自分の体をミサイルの様に発射するイメージでゴール目掛けて跳んでいった。
「2秒48(白目)」
「見たか! 鍛え上げられた筋肉による走力を!」
「走ってないだろ……」
「幅跳び系は絶対勝てないだろこれ」
ーー握力測定
純粋な筋力の見せ所、得意分野だ!
「測定不能」
「握る部分が潰れて戻らなくなってるんだけど……」
「ゴリラ?」
クラスメイトのセリフについ悪乗りしてドラミングをしてたら相澤先生に怒られた。仕方がないのでフロント・バイ・セップスのポージングをして大人しく待機する事にする。
みんな目を逸らしていた。ちょっと寂しい。
ーー立ち幅跳び
50m走の時に一緒に測定してくれたらしいので免除になった。
ーー反復横跳び
「すげな、峰田! これまでの記録で一番じゃないか!」
「へへーん、おいらにかかればざっとこんなもんよ! あの筋肉モンスターの緑谷もあの図体じゃ瞬発力は無いだろうし。これはおいらが一番に……」
「それはどうかな?」
「!?」
筋肉質だと瞬発力が無くて反復横跳びに不利だって? そんな事はない!
■ーー■緑谷の筋肉講座■ーー■
「やあ皆、"肉の"お兄さんだよ!」
「何か変なコーナー始まった!?」
街雄さんの受け売りだけど知識はしっかりと頭に入っているので皆にも筋肉の素晴らしさを説明しようと思う。
「まず、反復横跳びに使う筋肉なんだけど太ももの前側に当たる大腿四頭筋。ここは歩く時や階段を上る時に一番使う筋肉で日常生活を送る上で大事な筋肉と言えるんだ」
大腿四頭筋の部分を指差して説明する。
こうやって見本を直接見せる事によって口頭のみの説明よりもグッとイメージがしやすくなり、筋肉の具体的な部位を意識して体を動かす事が出来るようになるんだ。
「次に腓腹筋、ふくらはぎの一番盛り上がっている部分の事だね。ここは体のバランスを保ったり瞬発的に動く時に必要な筋肉だよ。反復横跳びでは一番重要な筋肉だから回数を増やしたい場合はここを鍛える事が大事だね」
相澤先生が一瞬何か言いたげな顔をしていたが、この講座の有用性を認めてくれたのか黙認してくれていた。
「反復横跳びは敏捷性を測る為のものでは有るけれど、これらの筋肉を鍛える為のトレーニングにもなるんだ」
だけど、あまり長々と話すと流石に止められてしまいそうなので今回はこの辺にしておこう。
「大腿四頭筋と腓腹筋をしっかり鍛えて瞬発力を身につけよう! ちなみに大腿四頭筋は鍛え方次第で消費カロリーが増えるからダイエットにも効果的だよ」
この言葉にクラスメイトの女子達の目の色が変わった。
シルバーマンジムに来てる女子達と同じ反応してる……やっぱりダイエットは女子にとって切っても切れないものなんだなぁと実感する。
なお、この後しっかりと峰田君の記録は越えた。トレーニーの意地は貫きましたよ! 街雄さん!
…………
放課後、予備の制服を着て僕はかっちゃんと一緒に帰り道を歩いていた。
結局、相澤先生の言った除籍処分は皆の力を引き出す為の合理的虚偽との事だった。
クラスの皆とお別れなんて展開が無くて本当に良かった。
「クソがっ! 何でお前がトータル一位なんだよ!」
「ははは、鍛えてるからね」
「いやその理屈はおかしい」
スポーツテストの結果はトレーニーの意地にかけて殆どの種目でトップを取ることに成功した。やっぱり筋肉は裏切らない。
「個性有りの競技で張り合える筋肉なんておかしいだろ……おい、デク」
かっちゃんは真剣な表情になると僕を睨み付け問いかけてくる。
「その異常な筋肉……本当に個性じゃないのか?」
まだ疑ってたのか……だけどこの結果はかっちゃんからしたら到底認められるものではないのだろう。
かっちゃんはこう見えて実はヒーローというものに対してストイックかつ真摯だ。
そんなかっちゃんにとって、個性が有るのに無個性のふりをしたヒーローなんていう偽りで固められた存在は到底許容出来ないのであろう。
だから僕も真摯に答える事にした。
「この筋肉は自分で鍛え上げた結果手に入れたものだよ。それに僕が無個性だって事はかっちゃんだってよく知っているでしょ?」
そう言ったが、残念ながらかっちゃんの疑いは晴れる様子は無かった。なら仕方ない……
「それに僕の筋肉を異常って言ったけれど、僕の師匠……というかトレーナーさんに会えばそんな事は無いって分かると思うよ。今からちょうど行くところだから一緒に来ない?」
街雄さんに会ってもらう事にしよう。
…………
「初めまして、シルバーマンジムトレーナーの街雄です」
街雄さんは相変わらず爽やかだなぁ。
かっちゃんはそんな街雄さんの事を訝しげな目でじろじろと見ている。そして……
「ハイっ! サイドチェストォォォォ!!」
街雄さんは何の脈絡も無くその鍛え上げられた筋肉でジャージという檻をぶち破っていた。
かっちゃんはやっぱり白目になっていた。
サイドチェスト以外オチが思いつかないので続きません。
本作のかっちゃん。
長い付き合いの幼馴染みが知らぬ間に筋肉モンスターになっていて現在混乱中。
今回のツッコミっぽいセリフはほとんどが彼のもの。
苦労人枠。
誰かこの設定で書いてくれてもいいんですよ!