機動戦士ガンダムSeeD DESTINY~ANOTHER DESTINY~ 作:Pledge
タイトルのとおり番外編ではありますが、お楽しみ頂けたらと思います。
24万3724名。
コーディネイターにとって、忘れられない数字である。
C.E.70年2月14日。たった一発、一発の核ミサイルがすべてを変えた。そのミサイルがユニウス市を構成する10基あるプラント群の1つ、【ユニウスセブン】に命中。
俗に言う、【血のバレンタイン事件】である。
コーディネイターにとっては忌むべき日。多くの人々が大切な人を失い、怒りと憎しみが限界まで高まった瞬間である。
そして、それは彼も例外では無かった。
3年前、【血のバレンタイン事件】で亡くなった人々を弔うため【プラント】は国葬を行った。あの国葬で、【プラント】の意思は1つになり、まとまったと言えるだろう。
そこには、コーディネイターの意思を1つにするためという政治的なパフォーマンス的な要素もあっただろう。とはいえ、それに関してはレオハルトはどうでもいいと感じていた。
あの時のレオハルトにとって重要だったのは、自身の同期であり愛していたはずのフィシア・クリアーナを亡くしたということだけだった。
国葬後にクルーゼと訪れた時と同様、この場所に足を運んでいる。違うのは、今回は1人ということだけ。
レオハルトは途中の花屋で花束を購入し、共同墓地へとエレカを走らせる。信号待ちをしていると、街頭TVからは今日のために組まれた特集を行っていた。
「……」
レオハルトはその特集を横目で確認しつつ、道路を行き交う人々へと視線を移す。
今日はC.E.73年2月14日、【血のバレンタイン事件】からもう3年が経った。今日という日のせいか、普段はもっと活気ある街も、どこか活気が無いように見受けられた。
クラクションを鳴らされ、レオハルトはハッと現実に引き戻された。正面へと視線を戻すと、すでに信号は青へと変わっていた。
アクセルを踏み込み再びエレカを走らせ、彼女の元へと向かう。エレカをパーキングに止めると、助手席に置いていたアヤメの花束を手に取り墓地の敷地内へと歩いていく。
晴天の空の下、レオハルトは敷地内を真っ直ぐに彼女の元まで向かう。彼女の名が刻まれた墓石の前に来ると、花束を手向ける。
「……」
レオハルトはサングラスを外し内ポケットに入れると、彼女の名が刻まれた墓石を見つめる。何をするでもない、言葉を掛けるわけでもなく、ただじっと見つめていた。
その姿を、同じように墓参りに訪れた人々が怪訝そうに見ながら立ち去っていく。
どれほど時間が経ったのか、ふとレオハルトが空を見上げると晴天だった空がいつの間にか、曇天の空へと変わっていた。すると、ポツポツと雨が降り出してきた。
徐々に降り出してきた雨を見ながら、レオハルトは思い出した。今日は夕方から雨だったと。
レオハルトが家を出たのは昼過ぎ。そこまで長居するつもりは無かったので、傘も持ってきていない。最初は小雨だった雨も、あっという間に地面を叩きつけるような大雨へと変わっていった。
大粒の雨がレオハルトの身体を叩き続けている間も、レオハルトの足がその場から動くことはなかった。
レオハルトの心を埋め尽くすのは、哀しみとどうしようもないほどの空虚感だった。彼女を亡くしてから今日まで、これほどの空虚感を感じたことなどない。
それなのに、今日久し振りに訪れたレオハルトの心は伽藍洞。
レオハルトは静かに顔を上げて造り物の空を見上げると、静かに願った。
「(この雨が、すべてを流してくれ)」
降りしきる雨がレオハルトの髪を濡らし、髪の先から雫が落ちる。一筋の水が頬を伝う。それは雨か、涙か。
空を見上げるレオハルトの顔を大粒の雨が叩くなか、目を閉じたレオハルトの脳裏に浮かぶのは彼女の姿。
思い出されるのは、笑った顔、嬉しそうな顔、怒った顔、拗ねた顔、悲しそうな顔、寂しそうな顔。
自分の感情をストレートに表現する彼女が好きだった。ころころと表情が変わり無邪気な君が好きだった。彼女が死んでから気付き、今になって彼女を想っている。
今まで彼女のことをここまで想い、思い出したことなど無かった。それなのに、何故こんなにも想っているのか。
開戦当初はともかく、以降は彼女のことが頭に浮かぶことなど無かった。敵を討つためにMSに乗り、引き金に指をかける。勝利を手にするために、その指を引く。それだけだった。
だが、一時的にとはいえ戦争は終わり平和な時間が流れ、今こうして墓参りに訪れたレオハルトは、あの日々に郷愁を感じていた。
レオハルトは自嘲気味に笑みを浮かべると、墓石に向かって敬礼をする。数秒そのままの態勢で停止すると、ゆっくりと右手を下ろし、小さく言葉をかける。
「また来る、シア」
踵を返し歩き出した時、レオハルトは背中を軽くトンッと押された気がした。振り返ってみると一陣の風が吹き、レオハルトが手向けたアヤメの花びらをさらっていく。
『またね、ハル』
風に吹かれ飛んでいく花びらを自然と目で追っていると、ふと懐かしい声が聞こえる。
「……」
それは幻聴か、幻想か。はたまた、レオハルトを想う彼女の愛なのか。
「好き
レオハルトは彼女に向けて語り掛けるように呟くと、踵を返し歩き始めた。レオハルトの口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
先程まで感じていた伽藍洞が、嘘のように満たされた気がした。いつの間にか、雨は止んでいた。
今回の話で、レオハルトの心の移り変わり。
最後の好きを過去形で話し少し強調するようにした点なども含めて、読書の皆さんでいろいろ想像して頂けたらと思います。
次回の更新もいつになるかわかりませんが、気長にお待ち頂ければと思います。