ヤンデレぎゆしのの続きじゃなくてすみません!
思い付いた短編がどうしても書いてみたくて
※読む前の注意
・本誌ネタバレを含みます。
・とあるパロネタを引用してます。
神の呪いか、姉の祝福か
きっかけは些細なことだったと思う。
「胡蝶、無理をするな」
鬼殺の任務を遂行し、帰路についていた胡蝶しのぶに冨岡義勇は不意にそう言った。
会話を自ら振ることすら珍しい義勇に、思わずしのぶはポカンとする。
「……? どうして急にそのようなことを?」
最近増えてきた合同の任務であったが、体調の心配をされたのはこれが初めてだ。義勇は気紛れでそんなことを言う男ではないので何かしらの理由があるのだろうが、普段から言葉足らずなために慣れているしのぶをもってしても隠れた理由を察するのは困難である。
小首を傾げるしのぶに、義勇はこれまた珍しく言葉を紡ぐ。
「調子が悪いのだろう? 化粧で隠しているつもりだろうが、顔色も良くない」
「!?」
しのぶは素直に驚いた。
目が良いカナヲはともかく、その他蝶屋敷の面々ですら気付いていないだろうしのぶの体調不良を、天然ドジっ子だとしのぶが勝手に思っている義勇が看破していたとは。
しのぶの不調は一ヶ月以上続いている。
これは只の風邪などではなく、明確な理由が存在していた。
しのぶ自らの意志のもと、藤の花の毒でその身に侵し始めたからだ。
鬼の頸を斬れないしのぶは毒で鬼を滅殺している。非力な身ながらしのぶが柱の地位まで上り詰めたのはひとえに、その成果が認められたからこそ。
血鬼術が使える程度の鬼相手ならば、ただ毒を撃ち込むだけで済むだろう。
だが、それでは駄目なのだ。足りないのだ。
鬼の頂点に座する十二鬼月を討つには。
最愛の姉の仇である上弦の弐を殺すには。
考えた末に導き出したのは、自己犠牲すら厭わない方法。
己の身体を毒で満たし、鬼に喰われることで道連れにするという絶死の戦略だった。
家族を喪ったしのぶにはもう、この世に未練がない。
姉を殺した仇を討つことだけが、しのぶの至上目的。
鬼の居なくなった世界を見るという鬼殺隊の者なら誰もが抱く宿願すら、しのぶの頭の中には存在しないのだ。
「……冨岡さんに見抜かれるなんて、私もまだまだですね」
うっかりです、と芝居掛かった態度でしのぶは返答とする。
暗にこれ以上掘り下げてくれるならというしのぶの無言の圧力に、察したのかは分からないが義勇は二の句を継がなかった。
二人の間に沈黙が訪れるが、元々義勇は会話能力が欠如した人間なのでしのぶは苦に思わない。
ちらっと一瞥しても、義勇は前だけを見ている。
(見てるところは見てるんですよねぇ……)
最初はもっと冷たい人だと思っていた。
その認識が変わったのは少し前。雪山で偶々合流して義勇の任務に同行したあの日から。
鬼となった者が死の直前に娘に遺言を。
本当にその鬼が言葉を遺したのかは定かではないが、まさか義勇がそんな気遣いを出来るとは。
(たまに常識を疑いますが、根は優しいですし……)
蝶屋敷で三人娘が運んでいる荷物を自分から受け持ったり、危機に瀕した隊士を身を呈して庇ったり、薬の受け取りの際には手土産を忘れなかったり。
何気無い義勇の行動に目が行くことが多くなった。
合同での任務では何度も背中を預けた仲だ。その強さは頼り甲斐があり、流れる水のように戦況に対応する義勇の実力には信を置いている。
こうして振り返れば、義勇との思い出も増えていた。
ふと思い返せば暖かな気持ちになれるその感情が、しのぶは嫌いではなかった。
「カァーッ‼︎ 伝令、伝令‼︎」
帰りの途上で、義勇の烏が空から舞い降りて新しいを任務を伝えてきた。
義勇は一も二もなく頷き、烏をひと撫でして労った後にしのぶへと向き直る。
「俺はこのまま別の任務に行く」
「はい、お気を付けて」
「お前は帰って一度寝るべきだ」
気遣いにしては乱暴な言葉を残し、義勇は影となってその場から消える。
走り去るその背中を見送りながら、しのぶは口を尖らせた。
「もう少しだけでも優しい台詞が言えないんですかね」
……恐らく、これがきっかけ。
しのぶの中で何かの一線を超えた、義勇とのやり取り。
藤の毒を飲み始めてから頻繁に襲う吐き気の性質が、思いも寄らぬ方向に変わった瞬間だった。
◆
義勇と別れ蝶屋敷に帰り着いて。
自室で義勇の言葉を思い出し、寝ようかと思ったその瞬間。
「うっ!?」
突如として襲いくる強烈な吐き気。反射的に口元を手で押さえる中で、しのぶは確かな違和感を覚えた。
これまでのは臓腑がひっくり返るような悪寒や気持ち悪さが先立っていたが、今回のは毛色が異なる。体内に突然現れた異物をとにかく外に出したいという、奇妙な感覚。
その欲求は凄まじく、しのぶは桶を用意する間も無く口から何かを吐き出す。
吐物は悍ましい程に綺麗に色付いた、藤の花だった。
「…………は?」
けほっ、と咳き込みながら、意味不明な事態にしのぶは呆然とする。あまりの突飛な現象に思考停止に陥って、頭がちっとも働かない。
無意識のうちに藤の花を手に取り光にかざしながら繁々と観察するも、どこからどう見ても藤の花以外の何物でもない。
──今、自分はこれを吐き出したのか?
──一切消化のされていない藤の花を?
──体内の生成された? どんな原理で?
その聡明な頭脳が再起動して凡ゆる考えを巡らしても、目の前の現実に理解が及ばない。
しのぶは薬学や医学において天才だが、その存在自体を知らないものには対処出来ない。
何となくの所管で、これは奇病に当たるものだろうと結論付け、しのぶは苦笑いを零した。
「我ながら、妙なものを引き当ててしまったようですね」
現時点で最も可能性のある心当たりはやはり、藤の花の毒を体内に満たしていることだ。
この試みの被験者は恐らく歴史上しのぶが初めてだろう。どのような副作用が発生するのかも定かでは無く、実際身体の不調は化粧で隠すくらいには著しい。
治るのかも分からない容態ではあるが、吐き気を催す以外の問題は今のところなさそうである。
「面白いことになりました。……ただ、今日はもう寝ましょうか」
とうに命を捨てる覚悟をした自分の身体をどこか他人事のように考え、しのぶは吐き出した藤の花を研究用にと一応保存してから布団の中へと入り込む。
数時間の仮眠を経てまた仕事に取り組もう。
任務で足手纏いにならぬようにもしなければ。
義勇の足を引っ張るなんて御免だ。
そんなことをつらつらと考えながら、やがてしのぶは静かに寝入る。
今日起きたこの現象が後に運命の分かれ道になるとは知らずに。
初めて藤の花を吐き出してから数週間。
その期間も藤の毒を飲み、任務へと赴き、蝶屋敷の業務に勤しみ、藤の花を吐いていた。
吐く前に藤の花か汚い吐瀉物かが分かるのだが、どうにも前者の場合は堪えるのが難しく、体外に放出してしまう。まとまった時間が取れずまだ手を付けていないが、その藤の花は全てしのぶの自室で保管していた。
「さて」
誰も近付かないように助手たる女性隊士に言いつけたしのぶは、自室で注射器を手にして自身の腕に当てる。
「っ……」
躊躇いなく針を刺して血を採取する。赤黒い血液が注射器に十分溜まったのを確認して針をゆっくりと抜き取り、赤い雫が浮かぶ患部に綺麗な布を押し当てる。
全集中の呼吸を用いて完全に止血して、しのぶは手早く自身の血液を調査することにした。
しのぶは毒を含んでから定期的に行うこの検査で、自身の身体を満たす毒の体内濃度を調べていた。
成果としては上々。順調に濃度は上がっており、このままであればあと一年もあれば血液、内臓、爪の先に至るまで藤の花の毒で満たせるだろう。
だからこそ、今回の検査結果には純粋に驚いた。
「濃度が下がっている……?」
明らかに前回の測定時より低濃度となっている。
誤診かと思い再び採血して調べてみるも結果は変わらない。
(摂取量はこれまでと同じ。調整中とはいえ、上がらないのはともかく下がるのは解せませんね……)
前例の無い取り組みである為に不測の事態は幾らか想定していたが、摂取を続けた状況で下がる可能性は考慮していなかった。
特段焦りはない。そういうこともあるだろうと仮定した上で、解決の糸口を見つければいいだけだ。
(単純に考えれば、摂取量より排出量が多くなったはずですが……)
それらについては厳密に記録している。
初めた当初は体調の変化に追い付けずに中々に苦労したが、一週間もあれば慣らすのは造作も無い。改めて日々の記録を見返しても変わりはなかった。
任務で失血し過ぎたということもなく、この数週間のうちで大きく何かが変わったことなど──。
「まさか……」
しのぶの視線が机の上に置かれた小箱へと向かう。
蓋を開ければ其処には、水も何も与えていないにも関わらず枯れること無く咲き続ける少量の藤の花。
もしかしたらしのぶは、明確な異常であるこの花を検査するのが恐かったのかもしれない。だからこそこの瞬間まで放置していたのだろうか。
だが、この状況ではもう捨て置けない。
試しに一輪手に取り、普段から毒を精製している研究室へと足を運んで精密な器具を用いて確かめてみる。
結果は予想よりも酷かった。
「一輪の藤の花から取れる毒の量を遥かに上回っている……」
質、濃度、量、全てが普通のとは桁違いだ。
これが量産されることは望ましいのだが、状況が状況だけに素直に喜べない。むしろこんな副産物は要らない。
「仕方ありませんね」
後日、しのぶは本格的に自身の病状を調べることにした。
吐き出した藤の花については粗方調査を終えたが完治に至る手かがりは掴めなかった。思い当たる規則性といえば、義勇との合同任務の後に多くを吐いていることだが、関係性は全く判明していない。
ならばと馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、そもそも花を吐く病気があるのかと調査に乗り出す。
答えは意外にも簡単に見つかった。
「『花吐き病』とはまた……ひねりも何もないですね」
手に入れた文献を前にしのぶは苦笑を浮かべる。
正式名称は『嘔吐中枢花被性疾患』──通称『花吐き病』。読んで字の如く花を吐く奇病だろう。実際に体験しているしのぶがいるのだから間違いない。
「さてさて、何が出てくるやら」
興味関心半分面白い半分にしのぶは表紙をめくって内容に目を通す。
……しのぶはこの時まで知らなかったのだ。花吐き病がどういう病気かということを。この文献の写本を専門家から受け取る際に、生暖かい眼差しで見送られたその真意を。
花吐き病の発症の意味を知って、しのぶは固まった。
「…………は?」
脳が理解を拒絶してしのぶは再度熟読するも、書いてある文章が変わるわけがない。
何度読んでも、どのように解釈しても、示す答えは一つだけ。
出だしにはこう綴られていた。
『花吐き病は片想いを拗らせると花を吐く奇病である』
「片想いを、拗らせる……」
不意に、誰かの背中が浮かび上がる。
背の半分で模様の異なる、特徴的な羽織りを着たその立ち姿。
「っ……!?」
その情景を青白い顔で打ち消して、しのぶは文献を読み進める。
年頃の乙女なら羞恥に顔を紅潮させる内容なのだが、読めば読むほどにしのぶの顔色から血の気が失われていく。到底受け入れ難い真実にしのぶは愕然となる。
罹患の条件は花吐き病患者が吐いた花に触れること。
発症の条件は意中の人が出来ること。
生成される花は個人で異なる。
想いが持続する限り症状は
完治するためには想い人と両想いになり、口づけを交わすしかない。
一度完治すれば、二度と感染することはない。
(……最悪だ)
最悪だ最悪だ最悪だ、としのぶは茫然自失に陥る。
なんて
「どうして……」
いつ罹患したのか、これはもう些事だ。今更解明することに意味が無い。
病気として長年研究がされている以上、この文献は信用に値する。医学薬学に携わるしのぶだからこそ、信じられてしまう。
「どうして……」
しのぶが取り得る道は二つ。
完治させるか否か。
鬼殺の毒を身体に満たす為には、花を吐くわけにはいかない。後顧の憂いを消し去るのならば、完治させるのが一番。
だが、その選択肢だけは絶対に駄目だ。
愛する人が出来てしまえば、未練が残る。
死ぬのが怖くなる。
死なれるのが怖くなる。
愛する家族を二度も目の前で喪ったしのぶは、今度は相手を道連れに、死から遠ざかろうとしてしまう。
しのぶは動けなくなってしまう。
ならばもう、答えは出ていた。
芽生えた想いを摘み取り、粉微塵に切り刻んで、業火燃え盛る炉に
こんな感情が二度と生まれないよう、徹底的に。
「……あれ?」
ポタリと、雫が落ちる音。
視線を下へ向ければ、文献の頁が一滴分だけ黒く滲んでいる。
指で目元を拭えば、涙で濡れた。
「どうして、なんで……どうしてっ……!?」
姉が好きだと言った笑顔の仮面を被り、鬼と仲良くしたいなどと妄言を吐き散らかして。
そんな嘘を身に纏うのは簡単だったのに。
自分の感情には嘘を付くことが出来ないなんて。
姉の仇を取ると魂に誓ったのに。
死の覚悟すらとうに決めたのに。
女の幸せなど切り捨てたのに。
──どうしてその信念を踏み躙ろうとするのか。
復讐に死ぬか、愛に生きるか。
どちらも嫌なのに、どちらも欲しいのに。
『しのぶ』
──ああ、そっか
『鬼殺隊を辞めなさい』
──私は、きっと
『普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんになるまで生きて欲しいのよ』
──神様に嫌われているんだ
『姉さんはしのぶの笑った顔が好きだな』
嫋やかに笑う姉の声が、聞こえた気がした。
愛か死か──
こういう究極の二択が好きなんです……
この後はあれですね、どんなルートを辿ろうとも運命の柱合会議でしのぶさんが暴走して……っていうところまで妄想しましたが続かない……