蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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難題:進みながら繰り返される永遠

 蓬莱山輝夜は、好奇心の旺盛な少女である。いや、純粋な少女と断言するには語弊があるが、見た目は可憐な少女であるので、そう表現させていただく。

 

 そんな輝夜は、あるとき思い付いて、自らの住居である永遠亭を出て、ふらりと散歩に出掛けた。従者や飼い兎たちには驚かれたが、「月を見に」と短く伝えれば、深く追及されることはなかった。

 

 正直に言ってもよかったのだが、月を見に行きたいというのも嘘ではない。幻想郷の賢者殿の能力を観察する、その道すがら、この見事な満月を見上げて散歩と洒落こんでいた。

 

 輝夜がふと、八雲紫という妖怪の能力を観察したいと思ったのは、本当に思い付きである。見事な満月を自宅である永遠亭で見上げながら、紫が自らの能力で月へと行ったことを思い出していた。そうしてむくむくと、「あの便利そうな能力を一度じっくりと観察してみたい」という気持ちが芽生えたのだ。自分の能力を使えば、さしたる苦労もないだろう。

 

 神出鬼没なあの妖怪がどこに現れるのかは分からなかったが、輝夜の勘では、今夜会えるような気がしていた。だから当てもなく、ふらりと迷いの竹林を抜けて歩き続ける。

 

 本当に美しい、満月の夜だった。その輝きは、文明の光の届かない幻想郷の夜道を照らす。月で暮らしていたときは地球を美しいと思い、地球で暮らしている今は月を美しいと思う。そんなとりとめもないことを考えたのち、輝夜はふっと笑った。

 

 ――やっぱり、会えると思っていたのよね。

 

 内心でそんなことを思いながら、能力を使って、自分だけの世界である須臾の時間へと潜り込む。そうすることで、輝夜は誰にも気が付かれないまま世界を観測できる、そのはずだった。

 

「えっ……?」

 

 誰にも気が付かれない、一瞬の時間である須臾の世界で、じっくりと「スキマ」と呼ばれる時空の裂け目から今まさに姿を現そうとしていた紫および、その能力を観察しようとしたそのとき。

 

 世界が不自然に固まった気がした。

 

 そしてそのまま、紫が開いていた「スキマ」が歪み、当の紫はぴくりと動きもしないで、輝夜だけが、誰にも気付かれることなく、時空のはざまに吸い込まれようとしていた。

 

「永琳……!」

 

 従者の名前を呟きながら、自らの能力である「永遠」の力で世界を固定しようと試みるも、どういうわけか上手く力が働かない。

 

 好奇心旺盛な少女は、焦りを打ち消すような不敵な笑みを浮かべ、その身を「流れ」にゆだねることとした。

 

「ふふ、私を連れ出そうとするなんて……難題の一つでも解いてもらわなくちゃ、ねえ」

 

 輝夜だけの世界の中で、歪な空間に吸い込まれた彼女はそうつぶやく。それから、従者である八意永琳が己を「その先」から連れ出せるように、彼女にもまた平等に「難題」を残し、この幻想郷から消え去ったのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 初めは単純に「外の世界」だと思っていたこの場所が、そう簡単なことでもないらしい、と彼女が気が付いたのは、この世界に来て三日目のことだった。外の世界は何かと面倒だ。それは、幻想郷に辿り着くまで外の世界で生きていた彼女には身に染みて分かっていた。たとえ時代が違えど、そうそう変わることではないだろう。

 

 そう思って、彼女はこの三日間、自分の能力を駆使して、自分がどんな状況にあるのか、じっくりと現状を把握することにした。

 

 まず分かり切っていたのは、ここは幻想郷ではないこと。輝夜が「出現」したのは山奥で、周りに人はいなかったけれど、ちょっと「姿を隠して」空を飛んでみたら、なるほど、富士の山が見えた。つまり、月の住民に何かしらの能力で連れ去られたわけではなさそうだと推測する。もしも月の住民が自分を連れ戻そうとしているなら、能力の行使者が近くにいるはずであるし、そもそも博麗大結界の張られている幻想郷にいる輝夜を無理やり連れ去ることができるほどの実力者であれば、こんな回りくどいことをしなくても、直接月に送ることくらいわけがないはず。

 

 というわけで、当初彼女は何らかの事故で、幻想郷の外の世界にはじき出されてしまったのだと思った。ちょっと人里に潜り込んでみれば、当然ながら幻想郷よりもはるかに科学が発達していることが分かったし、地理も、まあ多少自分が記憶していた国名とは違っていたが、日本で間違いない。

 

 けれど、決定的な違いがそこにはあった。

 

 幻想郷がどこにもないのだ。

 

 八雲紫により張られた博麗大結界に隠される、幻想の郷。自分であれば、その場所は分かるし、分からなくても「感じられる」。そのはずなのに、どんなに日本中を飛び回っても、どこにもない。

 

 そこで、輝夜は一つの仮説を立てた。例えば、日本に幻想郷ができなかった世界線。例えば、外の世界の住民により、科学によって全ての幻想が排除された世界線。例えば、そのどちらでもない、「似て非なる全く別の世界」。

 

 輝夜は滅多に焦る性格ではないけれど、幻想郷がないと分かったときにはさすがに焦った。

 

 紫のものであって紫のものではないかもしれない「スキマ」に呑み込まれる直前に残していった、永遠亭の者たちへの「難題」が解かれないかもしれない。無論、いつも「難題」を与える側である自分も、この「難題」を解いてやるのはやぶさかではない。それ自体は良い暇つぶしになるであろうし、寿命という概念のない彼女にとっては、どれだけ時間が掛かったとしても、最終的に自らの帰る家である永遠亭へと戻ることができるならば、問題はない。

 

 しかし、彼女の能力は八雲紫のように時空を渡ることには長けていない。できるのは永遠と須臾を操る程度のこと。もちろん、蓬莱山輝夜は蓬莱人である前に月人であり、かなり大雑把にまとめてしまえば「妖怪」である。彼女の持つ強大な力を以って、力技で空間を捻じ曲げることもできないではない。

 

 焦ったのも一瞬だけ。それが「難題」であればあるほど、彼女にとっては退屈凌ぎになる。

 

 従者が自分の「難題」を解くのが先か。自分が、誰とも知れない者から与えられた「難題」を解くのが先か。

 

「ふふ、たまには永琳に勝ってみるのもいいかもしれないわ」

 

 なにせ、あの従者は全力を出すことがない。その強大な力を、微笑みの裏にしまい込んだまま、余裕を崩すことがない。

 

「そうと決まれば、まずはこの世界のことを知らなくっちゃね。なんだか……随分歪な『永遠』も感じることだし、まずはその『謎』を解くことにしようかしら」

 

 輝夜はかつて「外の世界」であらゆる者を魅了した絶世の美貌を綻ばせ、ふわりと空を飛んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 輝夜は早くも飽き飽きしていた。目立たないようにと思って、能力を使いながらこの世界のことを調べていたのだが、そろそろ能力を使わずとも、自由に歩きたい。

 

 と、なると生活基盤を整えねばならない。それには先立つものが必要であるが、まあ、その点も問題ないだろう。お金は彼女の能力でどうとでもなる。あるいはもっと他の何かしらのことであっても、輝夜にとってはどうとでもなる問題がほとんどであったのだが。ともかく、人と関わらない生活というのは退屈なのだ。自宅にいれば植物を愛でたり兎たちで遊んだりすることもできようが、コンクリートの建物が立ち並ぶこの場所ではそれも叶わない。

 

「でも……せっかくなら、楽しみたいわよね」

 

 顎に手を当てて、うんうんと今後の方針を考える。数百年間、永遠亭に引きこもっていた輝夜は娯楽に飢えていた。どこぞの人間と妖怪が永遠亭に侵入して、弾幕ごっこで自分を打ち負かしてからは引きこもる必要はなかったことが分かり、徐々に永遠亭の住民以外との関りも持つようになったが、せっかく外の世界にいるのだ。それならば、そのときしか楽しめないことを味わいたいというもの。なにせ輝夜のモットーは「明日より今を楽しく」である。どうにも、輝夜の集めた情報によると、輝夜ぐらいの見た目をした女の子は「女子高生」または「女子大生」であることが多いらしい。それらがどんなものかは知らないが、こっそりと須臾の世界から眺める、若い女の子たちは、みな一様に楽しそうだった。

 

 きっと「女子高生」も「女子大生」も楽しいものに違いない。

 

 そう思いながら、輝夜はこっそり調達した「この世界風」の服を身にまとってみた。

 

「ふふ、中々似合っているはずだわ」

 

 誰にも気が付かれない須臾の世界から眺めるのはもうおしまいだ。今度は輝夜も、せっかく訪れたこの世界で過ごしてみよう。

 

 とはいえ、急に人がうじゃうじゃいる場所を歩くのは気が引けた。輝夜は手始めに、道は整備されているけれど、人の気配はあまりいないところを選んで姿を現してみる。

 

「すっごーい!」

 

「まるで、西洋のお城ですねぇ!」

 

 子どもの声が聞こえたので、輝夜は「本当ね」と彼らの背後から共感を示しつつ声を掛けた。輝夜は日本庭園然とした永遠亭を気に入っているが、だからといって西洋風の建物を認めていないわけではない。

 

「だ、誰!?」

 

 赤茶色の髪をした女の子が、振り向きざまにそう叫んだ。あまりに気配がなかった輝夜の、突然の出現に驚いた――というよりは、その気配のなさに、怯えているようであった。

 

「わー! すっげー美人!」

 

「きれーい! お姉さん、もしかして、ここのお姫様?」

 

 大柄の少年が頬を染めて声を上げると、同じく頬を上気させた黒髪の女の子が、にこにこと輝夜に向かってそんな問いを投げ掛ける。

 

「いいえ。私はこの家の者ではないわ。山の中を歩いていたら、ここまでたどり着いたの」

 

「ってことは、お姉さん、この近所の人なの?」

 

「近所でもないわね」

 

 その美貌に見惚れていた眼鏡の少年が、輝夜の発言にハッとしたような顔をして、眼鏡の奥の目をいささか険しい色に変えた。

 

「じゃあ、車をどこかに停めてお散歩してたの?」

 

「私は車を運転しないわ」

 

「それなら、君はどうやってここへ来たのじゃ? 徒歩で都心から来るには、かなりキツい距離だと思うんじゃが……」

 

 少年たちの引率をしているらしい、ふくよかな初老の男性が首を傾げている。輝夜はさして気にした様子もなく、にっこりとほほ笑んだ。

 

「私は蓬莱山輝夜。月から来たのよ。あなたたちは?」

 

 彼女の言葉に、明らかに警戒した様子だった眼鏡の少年は白けたような顔になり、「かぐや姫だけに、月からってか……」とため息を吐いていた。一方、怯えた様子の赤茶色の髪の毛の少女は、未だに初老の男性の後ろに隠れたままである。

 

「輝夜さんっていうのね! 本物のかぐや姫みたい! 私、吉田歩美! よろしくね、輝夜お姉さん」

 

「僕は円谷光彦といいます!」

 

「オレは小嶋元太! ほら、お前らもちゃんと自己紹介しろよ!」

 

 大柄な少年――小嶋元太に背中を叩かれた眼鏡の少年が「いってぇ!」と恨みがましい視線を元太に送った。そしてそれから、渋々とした様子で「あー、ボクは江戸川コナン」と簡潔に名前を告げる。

 

「わしは阿笠博士という。発明家をしておって、みんなには博士と呼ばれておるよ」

 

「こっちの隠れてる子が、灰原さん! 灰原哀って名前なのよ!」

 

 歩美に自らの名前を明かされてしまった灰原は、怯えながらもぎりりと輝夜を睨んだ。

 

「そんなに睨まなくっても、とって食ったりしないわよ。ところで、あなたたちはこのお城を見に来たの?」

 

「いやぁ、本当はキャンプをする予定だったんじゃが……」

 

「博士がテント忘れちまってよぉ」

 

 子どもたちに責めるような視線を向けられる博士が、ぽりぽりと頬をかく。輝夜には何のことか分からなかったが、「キャンプ」に「テント」はなくてはならない物らしいということは推測できた。

 

「そ、そんなことよりも、本当に立派なお城じゃのう。少し見学させてもらえないか、聞いてみないかね?」

 

「あら、楽しそうね。それなら、私も混ぜてもらえるかしら?」

 

「もちろんですよぉ! 輝夜さんは、本当はどこから来たんですか?」

 

 にこやかに受け入れる少年たちに、輝夜は「あら、言ったじゃない。月から来たって」のらりくらりと返事をする。まあ、厳密に言えば出身が月であるだけで、直前にいたのは幻想郷だが、たとえここが「別の世界」だとして、あまりにあの場所のことをぺらぺら話してしまうのは憚られた。何より、妖怪の賢者殿にあとからねちねち言われそうだ。

 

「なんだよ、ケチ。それくらい教えてくれたっていいじゃねぇか」

 

 ぶつぶつ言う元太に、「とっても田舎から出てきたのよ。ちょっとした家出みたいなものね」と輝夜はあっけらかんとした様子で言った。

 

「い、家出!? だめよ、輝夜お姉さん! 家族が心配してるんじゃない?」

 

「そうだよ。それに、家出でこんなところまで来たの? もしかして……誰かに追われてるとか?」

 

 純粋に心配した様子で叫んだ歩美とは違い、話題に乗っかってきたコナンの視線は鋭い。子どもらしからぬ、けれど輝夜にとってはまだまだ可愛らしい警戒を、彼女はゆるりと首を振って受け流した。

 

「散歩をしてくると家の者に言って、戻るに戻れなくなってしまっただけよ。ちゃんと見つけられるようにしてあるから、大丈夫。もちろん、私からの『難題』が解けたらの話だけど」

 

「へー! 暗号でも残してきたんですか? 僕たち、少年探偵団なんです! どんな暗号にしたんですか?」

 

「どんな……説明が難しいわね。ところで、少年探偵団って、何をするの?」

 

「それはですね――」

 

 灰原とコナンを除く少年探偵団と和やかに話をする輝夜だったが、城の庭師だという男と話をしていた博士に「見せてもらえるそうじゃよ」と声を掛けられる。彼女は子どものように「はーい」とうれしそうに返事をしながら、彼の後についていった。

 

「それにしても、蓬莱山さんはお美しいですなぁ。何か、芸能関係の仕事でも?」

 

 城に招き入れられながらこの城の者だという間宮満という男が、尋ねてきた。前を歩いて先導する庭師の男も、ちらちらと輝夜の方を見ている。久しいとはいえ、人の視線には慣れている輝夜はさして気にすることもなく、どちらかというと「芸能関係」という言葉の意味を測りかねて首を傾げた。

 

「? いいえ。私は仕事をしていないわ」

 

「そうですか。なら、学生さんですか?」

 

 「学生」。それならば分かるぞ、と輝夜は多少得意になって、「いいえ」と自信をもって答えた。

 

「『学生』は楽しそうだけど、今までは家の者に『危険だから』とあまり外に出してもらえなかったの。だから私は学生でもないわ」

 

「おやおや。この城に住む私よりも、あなたの方がよっぽど良いところのお嬢さんのようですな」

 

「もしかして、社長令嬢とかですか!?」

 

 満の言葉に乗っかった庭師に、輝夜はのんびりと「いいえ」と首を振った。

 

「私の家は薬を売っているのよ。ついでに、医者もやっているわね」

 

「なるほど、そうでしたか」

 

 納得したように頷く大人たちとは裏腹に、やはりコナンと灰原の二人は輝夜を警戒した様子で眺めている。子兎が捕食されまいと逃げ出す機会を窺っているような様子に、輝夜は思わず二人をいじめたくなったが、何が理由でこうも警戒されているのか分からない以上は、下手につつくのはやめておこうと自制する。

 

 人間は異質なものを恐れる。月人であること以上に、蓬莱人であることは彼らにとって恐怖の対象となるだろう。昔地上で人間と一緒に暮らしたときには、このような視線は向けられなかった。好意的なもの以外は、嫉妬を主とするような負の感情であり、間違っても輝夜は恐れられることはなかったのだ。まあ、時には「帝を誑かそうとする物の怪だ」と、まるきり間違ってはいるけれどあながち間違いでもないようなことを言って恐れた者もいたが。

 

 楽しく過ごすのであれば、輝夜が「異質」であることは隠しておいた方が都合が良いだろう。幻想郷で暮らす中で力の抑え方が下手になったのかもしれないな、と輝夜はより「人間に擬態する」ために意識して力を自身の内に留め、外に漏れないように調整する。それでも二人の子どもたちは、輝夜を睨みつけたままだった。

 

 さて、いつまでも警戒している子どもたちに意識を割いていてはこの場を楽しめない。輝夜は二人の子どもたちのことを思考から削除し、博士が頼まれた暗号について耳を傾けていた。少年探偵団を名乗るだけあって、灰原以外の子どもたちは目をきらきらと輝かせて、ああでもないこうでもないと自分の考えを口に出している。輝夜も意見を求められたが、あいにく「ちぇす」には明るくないどころか、それが何なのかも分からないので、考えようもない。

 

「私、こういうのは自分で考えるより誰かの出した答えを聞く方が好きなの」

 

 そう言って、聞き役に徹することにする。庭を眺めながらゆっくりゆっくりと歩き、ようやく城の中に入ると真正面に大きな肖像画が飾られていた。どうにも、肖像画の説明をしていたようだが、輝夜はあまり興味がなかったので、真面目には聞いていなかった。それから、この城に住んでいる大奥様と呼ばれる、車椅子に乗った老婆も話に加わってきた。

 

「ふぅん」

 

 輝夜は老婆を横目に見て、子どもたちに向けるのとは別の笑みを浮かべる。

 

「ねえ、輝夜さん。大奥様がどうかしたの?」

 

 コナンに声を掛けられて、「あら、気が付かない?」と問い返すと、老婆はそそくさと「娘はどこじゃ?」と以前火事で亡くなってしまったらしい娘を探して奥へと下がって行った。

 

「気付かないって……何に?」

 

「ふふ、それなら教えないでおきましょう。まあ、これくらい『難題』でもなんでもないわ。すぐに解けるわよ、きっと」

 

 人差し指を口に当てて、片目を瞑ってやると、コナンはぽっと頬を染めた後、ムッとした顔をした。そういう顔をすれば、少なくとも「見た目」には合わせられるのに、と輝夜は思った。

 

 ――面白い人間たちだわ。

 

 輝夜のように蓬莱の薬を飲んだわけではないだろう。ある人間が「呪い」と呼ぶその力は感じられない。けれど、明らかに見た目と中身の年齢が噛み合っていないのだ。

 

 輝夜の能力は、「時間を操る能力」と形容されることがある。あるいは「別の歴史を生きる能力」だとも。ゆえに、輝夜は「時の流れ」に敏感だ。それが人間の中を流れる「時」であっても。そして付け加えるならば、あの少年と少女は「歴史が浅い」。無邪気にああだこうだと暗号について頭を悩ませる「純粋な」子どもと比べると、「江戸川コナン」と「灰原哀」の歴史は驚くほど浅い。しかし、それとは別の歴史を感じるのも事実。深読みしようとしないで、なんとなく感じられる部分だけでも分かってしまうことを整理すれば、彼らは人間でありながら普通の人間ではないようだ。

 

 さらに。

 

 ――「異変」を起こしたのは彼らかしら?

 

 この世界にうっすらと、けれど確かに蔓延する「永遠」の気配。けれどそれは、輝夜がこの世界に来る前の「スキマ」と同じように、ひどく歪なものである。

 

「なるほど、私の解くべき『難題』はこれなのね」

 

 ぼそり、と呟く。

 

 歪な「永遠」。永遠を操る輝夜だからこそ分かる、この世界が侵されている異常事態。あるいはこの世界にとってそれが普通なのだとしても、「永遠」であり「永遠」でないこの世界の、なんとおぞましいことか!

 

 かつて偽りの永遠を解除した「永夜返し」のように、単純な話ではない。あれは幻想郷の終わらない夜を止めただけ。けれどこの世界の歪な「永遠」は複雑だ。まるで世界を創世した神が施したからくりのよう。力技で解除するには骨が折れそうだし、どうせなら「神」の望み通り「謎」を解いた方がおもしろそうだ。

 

 そしてその謎を解く鍵は、間違いなく「普通の人間ではない」少年と少女なのだろうと、輝夜の直感が告げている。

 

「ねえ、輝夜お姉さんも一緒に探検しようよ!」

 

 歩美の誘いを受けるのも悪くはないが、暗号を解く気のない自分がいても同じようには楽しめないだろう、と輝夜は断ることにした。

 

「そうねぇ。だけど私、『ちぇす』のことをよく知らないわ。間宮さん、もし忙しくないようだったら、私に『ちぇす』を教えてくれないかしら? みんなは探検に行きたいようだし、博士は子どもたちを見なくちゃいけないだろうし」

 

「ええ、私でよければ、喜んで。今用意しますから、そちらに掛けてお待ちください」

 

 残念そうな探偵団と、幾分ほっとした様子の灰原。輝夜は子どもたちの様子を見ながら、座り心地の良い椅子に腰かけた。

 

 

「いやはや、お強い! ルールが分かった途端、手も足も出なくなってしまいました」

 

「うふふ、あなたの教え方がよかったからですわ」

 

 そんなこんなで時間を潰しながら、輝夜はこの城のことや暗号のことについて何気なく聞いていく。あの子どもたちのようにわくわくとした気持ちで謎解きをしたいわけではなかったが、明らかな「異質」があることを理解していた彼女は、自らが危険な目に遭うこと……は、まあないだろうが、「難題」であり「異変」の鍵である少年少女が危険にさらされ、喪われてしまってはいけないので、彼らの安全確保のためにも、あの「異質」が彼らにとっての「悪意」に成りえるものであるのか知る必要があったのだ。

 

 

 しばらくして、夕飯に呼ばれたため席に着いた輝夜だったが、後から来た子どもたちの「コナン君がいなくなっちゃった」という言葉を耳にする。それによって、この城にある「異質」に「悪意」が存在するようだ、と判断した。あの少年がただの無鉄砲で迷子になったのかどうかまでは、彼の人となりを知らないためなんとも言い難いが、輝夜は己の直感を信用するタイプだ。であるならば、今回の件は彼が無鉄砲であるより、何かしらの悪意により、その姿を隠されたと思っておくべきだろう。

 

「ごちそうさま」

 

 輝夜は食事を終えると、コナンを捜すという他の者たちとは別に、一人で彼の行方を追うことにした。なにせ、その方が「理屈抜きで」彼を探せるので。

 

 「みんなで捜そう!」という提案を断った輝夜に、ある者は失望、ある者は落胆、ある者は鋭い視線を向けていたが、本人はさして気にした様子もない。

 

「ふぅん。隠し扉ってやつかしら」

 

 輝夜はとある場所で不自然な空気の流れを感じた。この家にはそういった不自然な空気の流れを感じる場所がいくつかあるが、どうすればそれらが開くのかは分からない。

 

「まあ、緊急事態なんだし、かまわないでしょう」

 

 彼女は見た目にそぐわぬ怪力で、扉を無理やり外した。




スペルカード化されてない時間系の能力と空間系の能力が同じ空間で同時多発的に発生したため時空が歪んだっていう超設定です。(たぶん近くに咲夜さんとかもいたんじゃないですかね)

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