蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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騙題:輝き流れ落つもの

 儒艮祭が始まり、輝夜はコナンたちと共に最前列で、「命様」が障子に火を灯すのを見守る。「ただの厚化粧の婆さんやんか」「小せぇな」などと好き勝手な感想を言い合う平次と小五郎を他所に、番号札を手にした者たちは浮かび上がった数字を見て様々な反応を見せていた。昼間、輝夜たちに話し掛けてきた寿美は、数少ない当選者の一人であったのか、「ラッキー!」とうれしそうに笑っている。

 

「ら、蘭ちゃん……どないしよう! アタシ、当たってもうた!」

 

 そしてもう一人、当選した人物がいた。信じられない、と目を見開きながら番号札を震える手で握る和葉である。当選者は一時間後に「人魚の滝」へ来るように、と君恵が告げ、その場はお開きとなった。島の者に輝夜が聞いた話によると、この後「人魚の滝」で「儒艮の矢」が当選者へ授けられ、花火が打ち上げられるのだと言う。高齢の「命様」は「人魚の滝」へ行かず、矢を授けるのは曾孫である君恵の仕事なのだが、たとえ当選しなくても、荘厳な雰囲気を感じられることや花火を間近で見られることから、「見に行く価値はありますよ!」とのことだった。

 

 輝夜は同じところに長時間留まっていると目立つだけじゃなく、疲れてしまうことを理由に、一度コナンたちと離れ、再び「人魚の滝」で合流することとした。

 

「人気者は大変やなぁ……」

 

 輝夜の背を見つめながら、平次が呟く。いつの間にか、絶対に紛れるわけがないと思える美貌の持ち主でも、木を隠すなら森の中というわけか、人混みに紛れて姿が見えなくなってしまった。

 

「今や日本で一番有名なモデルだからな……御実家もさぞ安心しておられるだろうよ」

 

「なんや。輝夜さん、一人暮らしなんか? 金持ちの箱入り娘って感じがしたんやけど」

 

 なぜか誇らしげに語る小五郎へ、平次が意外そうな顔をしながら反応する。確かに、そういう印象は誰もが持つだろう。特に本人が隠しもしていないため、コナンはさらりと彼女の事情を説明した。

 

「輝夜姉ちゃん、家出してるんだよ。だから、お金持ちの箱入り娘だけど、一人暮らしなんだ」

 

「い、家出ぇ!? そんなん、あない有名になってもうたらすぐ迎えが来てまうんとちがうん?」

 

 当選していたことに浮かれていた和葉が、ぎょっとしたように会話に加わってくる。コナンは頭の後ろで手を組みながら「よく分かんないけど、実家の人と勝負してるみたいだよ」と補足した。

 

「勝負? そら、『そない言うなら自分の力で有名になってみぃ!』『やったるわ!』みたいなもんかいな?」

 

「……平次兄ちゃん、輝夜さんがそういうタイプに見えるの? そうじゃなくて、謎解き勝負? みたいな感じらしいよ。詳しいことは話してくれないんだけど、家の人たちに『難題』を残してきたから、それを解かないと輝夜さんのことは迎えに来れないんだって」

 

 コナンの発言に、全員が首をひねる。それもそうだろう。輝夜から直接聞いたコナンでさえも、よく分かっていない。かと言って、追究しようとすればするほど、彼女はのらりくらりと嘘のような本当のような、曖昧なことを言ってはぐらかしてしまうのだ。

 

 そんな話をしながら歩いていると、少し早いが「人魚の滝」に辿り着く。一行と同じく、当選が終わってすぐに移動した者たちも多いらしく、まだ時間があるにも関わらず、滝の周囲は賑わっていた。観光客も島の住人も、すっかり暗くなった空の下、設置された松明のちらちらしたほの灯りに照らされながら、日常とはまた違った雰囲気を楽しんでいるようだ。

 

「輝夜さん、遅いね……」

 

 雑談をしながら時間をつぶしていた彼らだったが、ふいに蘭がきょろきょろと周囲を見回し始める。時間まであと五分程度になっても姿を現さない輝夜を心配している様子の彼女につられて、他の者たちも輝夜の姿を探そうと、各々首を横に向けようとしたその時だった。

 

「あら、心配させてしまったかしら? 少しのんびりしすぎてしまってね。今来たわ」

 

 輝夜はくすくす笑いながら、その美貌に呆然とする周囲の人をかき分けて、一行に手を振りながら登場した。

 

「マスク、もうしていないんですね」

 

「ええ。こう暗ければ必要ないかと思って。それに、みんなそれどころじゃないでしょうから」

 

「当たったアタシはめっちゃドキドキしてますけど、当選してない人らはお祭りより輝夜さんの方が気になってまうんとちゃいますか?」

 

 輝夜はきょとんとした顔をした後、からかうように和葉を見る。見つめられた和葉は、鼓動が耳の横で打ち鳴らされているのではないかと錯覚するほど、急激に心臓が脈打ち始めていた。

 

「あら、和葉ちゃんは私のことが気にならないの? つれないことを言うのね」

 

 くい、と白く細い指を顎に掛けられ、そのまま口付けるのではないかという至近距離で見つめる輝夜に、急激に血液が送られて茹でダコのように顔を赤く染める和葉。

 

「あ……アカーン! 何やっとんねん! もう君恵さん出て来とんねんぞ! 始まんで!」

 

 二人の雰囲気に危機感を抱いたらしい平次が、スパーン、と和葉の頭を引っぱたく。彼はそのまま幼馴染の少女の両肩を掴んで、無理やりに滝の方へ体ごと向けさせた。

 

「怖いわね。緊張を和らげるための、ほんの冗談だったのに」

 

「輝夜さんがやると洒落になんねーよ……」

 

 ぼそりと呟いたコナンの言葉は、輝夜の優れた耳には届いているはずだが、聞こえないふりを決め込むことにしたようだった。

 

 時間になったのか、どこか張り詰めたような表情をしながら、君恵が松明と松明の間に立つ。ざわざわと騒がしかった人々も次第に口を閉ざし、聞こえるのは滝の音のみとなった。そこで、君恵が表情と同じく、緊張感を含ませた声をあげる。

 

「では、幸運を手に入れられたお三方、前へ」

 

 その言葉に、正気を取り戻した和葉は手を上げて、うれしそうに――少しだけ輝夜の方を振り返ってポッと頬を染めたのち、ロープをくぐって前へと進み出た。

 

「アカン……和葉のやつ、完全に輝夜さんに惚れてもうてるやん……」

 

 平次が複雑そうな表情で呟いたのを聞いて、輝夜はくすくすと笑う。それに対してさらに複雑そうな顔をしていた平次も、当選者三名が前へ出揃うと、その表情を引き締めた。

 

 和葉の他には、黒髪でショートカットの女性と酔っぱらった中年男性が札を持って君恵の前に立っていたのだ。平次たちは知らないが、ショートカットの女性は、輝夜、蘭、和葉の三人が人魚について聞き込みをしていたときに、熱心に「命様」の不死の力について語っていた黒江奈緒子という女性である。

 

「変やな……てっきり、あの姉ちゃんが当たったんかと……」

 

 寿美の反応から、てっきり当選したものと思っていた平次は、当選者の中に彼女の姿がなかったことを不審に思った。そしてそれは、コナンも同様だったようである。

 

「ああ……姿も見えねえし……」

 

 そうこうしている間に、矢の授与が行われていた。和葉は一番最初に矢を授けられており、にこにこしながら胸に抱いている。

 

「お三方に、至福の光を!」

 

 君恵の言葉と共に、花火が打ちあがった。見事な花火が何発か打ちあがった後、誰かが滝を指差した。

 

「おい、あそこに何か……!?」

 

 大きな音を立てて、滝から何かが落ちる。滝つぼに、水以外の何かが落下した音が響いた。いち早く反応したのは小五郎、コナン、平次の三人である。ロープを飛び越え、矢の授与が終わってこちらへ戻って来ようとしていた三人を過ぎ去り、滝つぼへ近づく。

 

「人や!」

 

 叫んだ平次の言葉を待たず、小五郎がコートと上着を脱ぎ捨て、滝つぼへと飛び込んだ。平次が和葉へ指示を飛ばす。小五郎に抱えられて陸に上げられたのは、ぐったりとした海老原寿美その人であった。彼女の足には古くなった綱が絡まり、足首にはあざができていた。

 

「ッチ、息してねえ!」

 

 小五郎が胸骨圧迫と人工呼吸を施すと、水を吐き出した寿美が息を吹き返す。ただし、ぐったりとしたまま、意識は戻らない。

 

「とっ、寿美!? 私の娘だ!! 寿美、寿美ぃ!!」

 

 騒然となった人混みをかき分ける男性がいた。寿美の父親である。わあわあと泣きじゃくりながら、島唯一の医者の腕を引きながら娘のもとへ駆け寄った彼は、「先生、寿美は……」と縋るような目をした。

 

「毛利探偵の処置が早く、適切だったんでしょう。無事に息は吹き返しています。ともかく、まずは診療所へ。毛利さんも、何かあるといけないので、一緒に来てください」

 

 医者の指示を受けて、島の住民がそれぞれ動き出す。平次に指示されて福井県警へと連絡を取っていた和葉が、「来られへんって……」と困ったように、険しい顔をしている男性陣へと声を掛けた。

 

「何やと!?」

 

「海が荒れとって、船が来れるようになるまでは、当分無理やって……」

 

「まあ、寿美さんもとりあえずは生きている。目が覚めたら話を聞けるだろうし、意識が回復することを祈ろうじゃねぇか」

 

 ずぶ濡れの小五郎がそう言うと、蘭が近隣住民に借りていたタオルを差し出す。小五郎はタオルで申し訳程度に水けをぬぐいながら、「あとのことは任せたぞ」と言い、簡易担架で運ばれる寿美の後を付いていった。

 

「お祭りを続ける雰囲気ではなくなってしまったわね」

 

 ぽつり。相変わらず騒然としたままの「人魚の滝」の前で、輝夜の呟きは妙に響いて聞こえた。本来、この儒艮の矢の授与が終われば町をあげた宴会が行われるはずだったが、祭りと関係あるなしに関わらず、事故があったとなれば、自粛する他ないだろう。

 

 結局、寿美が意識を取り戻すか、「命に別状はない」と医師に判断されるか、そうなってから網本である彼女の父親の意見を聞いて宴会を行うかどうかの判断をしよう、ということになった。

 

「あら? コナン君ったら、どこ行ったのかしら?」

 

「平次もおらへんし……まさか上に調べ行ってしもうたん!?」

 

「止めた方がよかったかしら?」

 

 騒ぎの中で、居候の少年がいないことに気が付いた蘭が心配そうに周囲を見回すと、同じように和葉もきょろきょろと幼馴染の姿を探し始めた。そんな二人に声を掛けた輝夜は、この場にそぐわずにこりと微笑む。

 

「え? 輝夜さん、気が付いていたんですか?」

 

「ええ。コナン君と服部君、二人して崖の上を見つめたかと思うと、走り出していたわ。あなたたちはざわつく周囲に気を取られて気が付いていないみたいだったけど」

 

「こない暗い中、危ないやろ! なんで止めてくれへんかったんですか!」

 

「止めたところで止まるとは思えなかったから……それに、すぐ戻ってくるわよ」

 

 のんきにそう言い放った輝夜は、「大変なことになっちゃいましたね……」と呆然としているマネージャーへと向き直り「宿へ戻りましょうか」と声を掛けた。

 

「あなたたちも、よくお休みなさいね。これじゃあ沙織さんの家に案内してもらうどころではないでしょうし、私は失礼するわ。また明日」

 

 マネージャーを伴って歩き出した輝夜の背中へ、和葉がどこか失望したような視線を向ける。

 

「輝夜さんって、きれいやけど、冷たいねんな。学園祭のとき倒れた工藤君のことも、あんまり心配してへんかったみたいやし……」

 

「輝夜さんは新一の知り合いってわけじゃないし、あのときはコナン君の体調を気遣ってくれたのよ。いつもは子どもたちと遊んでくれて、人気モデルなのにそれを鼻にかけない優しい人なんだけど……」

 

「ほんなら『子どもにだけ』優しいとちゃうん?」

 

 怒っているような、悲しそうな、どこか悔しそうにも見える視線を輝夜たちが去って行った方へと向けて、和葉はトレードマークであるポニーテールをぶんぶんと揺らしながら、頭を振った。

 

「そないなことより、平次とコナン君や! やっぱ、危ないんちゃう? 追いかけた方がええかな?」

 

「夜の森は危険ですから、お二人はこちらで待っていてください。せめて地理に明るい私が……」

 

 和葉の言葉に答えたのは、君恵だった。心配そうに眉を寄せる彼女の肩に、禄郎が手を置く。

 

「いや、オレが行く」

 

「禄郎……寿美について行ってあげなかったの? 許嫁じゃない」

 

「あんなの、親同士が決めただけだ。その両親も今はいない。関係ねぇよ」

 

 そう言い残して、禄郎は不機嫌そうな雰囲気のまま、夜の森へ消えていった。

 

 ほどなくして、コナンと平次を伴った禄郎が滝つぼの方へと戻ってくる。その姿を見て、和葉と蘭はほっとしたように彼らの名前を呼んだ。

 

「行くなら行くって言うてってや!」

 

「おお、すまんな。しっかし、分からんのぉ……単なる事故にしては不審な点が多すぎるんや」

 

「かと言って、禄郎さんが言ってたように、寿美さんが『人魚の墓』を探していて足を滑らせたのかもしれないって話も、なくはない……だよね? 平次兄ちゃん!」

 

 ああでもないこうでもないと四人に加えて、禄郎と君恵を交えて話していると、「そうだ!」と突然コナンがひらめいたように声を上げる。

 

「君恵さん、お願いなんだけど……『命様』とお話しがしてみたいんだ。だめかな?」

 

「ええ、いいけど……今日はお祭りがあって疲れているだろうから、あんまり期待はしないでね」

 

「うん! ありがとう! じゃあ、小五郎のおじさんには神社に来てもらうよう連絡しておくね!」

 

 神社へと向かう道すがら、森で禄郎に話された内容を確認しがてら、探偵たちは「人魚の墓」や「人魚の遺体」について君恵に詳しい内容を聞いていた。

 

 「人魚の遺体」には下半身の骨がなかったこと。倉が焼けてしまった火事は「儒艮の矢」が当たらなかった観光客が腹いせに蔵へ押し入り、そのろうそくが出火原因だったのではないかと言われていること。そのとき発見した「人魚の遺体」は無縁仏として、美國神社で埋葬したこと。しかし、墓荒らしを懸念して「命様」が「信用のおける者」に墓をこっそり移したため、寿美をはじめ、奈緒子や沙織など、人魚の存在を信じる者たちは探し回っていたようだということ。

 

「じゃあ、おばあちゃんを呼んでくるわね。私はお風呂の用意をしてくるから、みんなはここでくつろいでいてちょうだい」

 

 神社に着いたころには、しとしとと雨が降り始めていた。軒先で君恵から傘を借りた禄郎が自宅へと帰ると、君恵はコナンたちを住居へと案内した。こたつに入って温まりながら「命様」改め、島袋弥琴が来るのを待つ。中々姿を見せない弥琴にしびれを切らした様子の平次が、「しっかし、古い家やのう。とても『儒艮の矢』で儲けてるとは思えへんなぁ」と家の中を観察し始めた。

 

「何言うてんの? あのお札、一枚五円やで」

 

 和葉の言葉に驚く平次に、蘭が説明を付け足す。彼女たちが島の人たちに聞いた話によると、大きな箱に入った百八枚の番号札を並んで一枚ずつ引き、その中から三人の当選番号を選ぶという形式は、五円という値段と共に昔から変わっていないらしい。

 

 そんな話をしていると、コツン、コツン、と音が廊下の方から聞こえた。す、と開いた障子の間、覗いた顔に誰かが――あるいは誰もが息を呑んだ。

 

「わしに用とは、うぬらのことか」

 

 小さな老婆である。むろん、他の誰でもなく、化粧を落とした弥琴なのだが、しとしとと雨の降る夜、古く薄暗い建物であることや、彼女が障子を顔の幅程度にしか開かなかったことが、より若者たちを驚かせた。平次に至っては、内心で(化粧落としたら妖怪やん!)と失礼なことを考えている。しわがれた声で尋ねた弥琴にいち早く反応したのは、コナンだった。

 

「あ……あのさぁ、矢がもらえる当選番号って、どうやって選んでるのかなって思って」

 

 衝撃を隠し切れないままそう尋ねると、弥琴は「適当じゃ」と答え、「競馬の当たり番号じゃったときもあったかのう」と笑い出す。ほどなくして、君恵の「お風呂の準備ができたわよー」という声を聞き、弥琴は「大した用がないなら、わしは風呂に入って床につく」と言って、再び奥へと消えてしまった。

 

 

 

 *

 

 

 

 翌日「私の娘のことで昨晩はお騒がせして、申し訳ない」と、寿美の命に別状はないと判断され、目を真っ赤に腫らした寿美の父親の提案で、ささやかながら宴会が開かれることとなった。本来ならば網本である海老原家を中心として行われるはずだったが、いろいろと大変であろうということで、美國神社が会場となり、君恵は忙しそうに動き回っている。巫女服ではなく、ベージュのニットにチノパンという動きやすそうな格好だ。

 

「あの……何かお手伝いしましょうか?」

 

 見かねた蘭が声を掛けると、君恵は困ったように笑いながら「それなら、ちょっとこっちに来てくれる?」と、手招きした。

 

「観光客の人たちからお金を徴収してほしいの。お酒を飲む人は一人三千円、飲まない人は千五百円よ。お金を受け取った人には、このバッジをつけてあげて。島の人たちは自治会費から払っているから、みんな名札かワッペンを付けてるはずだわ」

 

 集金のための袋と、青と黄色のバッジを渡され、蘭と和葉はしっかりと頷く。君恵はそんな二人の姿を見て、「頼んだわよ」と肩をたたき、神社の台所を借りて料理をしている島の女衆やら、酒を運んでいる男衆やらに指示を飛ばしに戻った。

 

「観光客はあんまおらんねんな」

 

「昨日でお祭りは終わるはずだったし、今日の船で帰っちゃった人も多いものね。本当なら夜店が開かれたり、多少催し物があったりするって聞いてたけど、今日はちょっとした宴会だけだし」

 

 昨晩は荒れていた海だが、朝になると落ち着いたこともあり、観光客は早々に朝と昼の連絡船で帰って行った。ちなみに、寿美の件を捜査してほしいと言われていた福井県警の面々も、既に到着している。

 

「まあ、残念やけどしゃあないかぁ。事故は気の毒やけど、寿美さんの命が助かってほんまよかったわ」

 

 二人が集金を続けていると、「お手伝いかい?」と、輝夜のマネージャーが声を掛けてきた。撮影スタッフと思われる人々も一緒で、ちょっとした人数である。誰もかれも人当たりのよさそうな人物であるため、蘭も和葉も特に緊張はしなかったが。

 

「はい。君恵さん、大変そうだったので」

 

「平次たち、みぃんな事故のこと調べる言うて、どっか行ってもうたから。アタシらだけでも思うて、声掛けたんです」

 

「えらいなぁ。お金、君たちに払えばいいんだよね? これ、輝夜さんの分も」

 

「まいど」

 

 マネージャーからまとめてお金を受け取った和葉は、その「輝夜さん」がいないことに首を傾げる。

 

「輝夜さんはどないしたんです?」

 

「『気になることがある』って出掛けちゃったから、今頃は毛利探偵たちと合流しているかもね」

 

 人当たりのよい笑みを浮かべるマネージャーに、女子高生たちの好奇心がむくむくと膨らんでいった。「カグヤ」ファンなら、このマネージャーが輝夜を芸能界に引き入れたことは誰もが知っている。

 

 というのも、公的な場での発言は一切していない「カグヤ」であるが、プライベートな場や、所属事務所内では「彼がいなければ芸能人になろうとも思わなかった」と断言しているのだ。そのため、芸能関係者が週刊誌などの取材で、「『カグヤ』の芸能界入りは敏腕マネージャーのおかげ」と答えており、広く知られていたのである。

 

 蘭たちは、マネージャーとは直接の知り合いではなく、輝夜といるときに一緒に会う機会しかなかった。しかし、今は輝夜はおらず、そのマネージャーおよび撮影スタッフのみ。輝夜がいるとのらりくらりとはぐらかされてしまいそうなことも、マネージャーだけであれば聞き出せるかもしれないと思うのは自然なことだろう。

 

「聞きたいんやけど、輝夜さんって、普段どんな人なん? きれいな人やけど、冷たい人なんかなーって、アタシは昨日思うてしまったんですけど」

 

「え? 輝夜さんは優しい人だと思うけど……」

 

 眉を寄せたマネージャーに、周囲のスタッフも同意する。

 

「なんで冷たいって思ったの?」

 

「アタシ、学園祭のときも輝夜さんとおったんですけど、そんとき、蘭ちゃんの恋人が倒れてしもうたんです」

 

「ちょっと、和葉ちゃん! 新一はただの幼馴染だから!」

 

「でも、なんも心配せんと帰ってもうたし……今回も、事故に遭うた寿美さんと、アタシら顔見知りやってん。なのに、やっぱり心配した様子もないやんか。おまけに、平次とコナン君が夜の森に入るの見てただけで、止めてくれへんかったんです」

 

 蘭の抗議を無視して、輝夜への不満を伝えた和葉に、マネージャーは困ったように笑った。

 

「輝夜さんはさっぱりした性格の人だし、判断力もあるから、自分が出した答えに自信を持ってるんだろうね。だから、昨日も学園祭のときも『心配するほどじゃない』って、輝夜さんの中で何か判断する材料があったんじゃないかな」

 

「いやぁ……この人の言うことが全部だとは思わないけどね」

 

 スタッフの一人がにやりとしながら、和葉の言葉に答えたマネージャーを肘でつつく。

 

「傍から見てても、カグヤさんはこの人にだけ甘いっていうのが丸分かりだからね。贔屓されてる身からすればそうかもしれないけど……そうでない立場からすれば、カグヤさんは他人と自分の線引きがかなりしっかりしてるんだと思うな」

 

 その言葉に、スタッフたちがわいわいと盛り上がる。「カグヤさんの優しさは『平等な優しさ』だよな」「美人なのを全然鼻にかけないけど、そういうところも含めて淡々としてるというか」「あの美しさでしかも優しいってだけで奇跡の存在だけどね」等々、口々に「カグヤ」に対する己の印象を語り始めた。

 

「あの、気になったんですけど……マネージャーさんだけに甘いってどういうところですか?」

 

「他のやつらが船酔いになってもお見舞いには行かないけどこの人のところにはお見舞いに行くし、噂では社長のお願いは聞かなくても、この人からのお願いなら聞くらしいし」

 

「いやいや……そんなことないですよ。お願いしたところで、断られることだってありますし。輝夜さんは『頑張ってる人が好き』だから、僕の頑張りを評価してくれてるのかも」

 

 蘭の質問に対し、スタッフたちから茶化すような視線を向けられたマネージャーは、眉をハの字にして頬をかく。

 

「えー! 俺らだって頑張ってるっつーの!」

 

「いや、そうなんですけど……何というか、輝夜さんって『できないだろうと思ってたのに、できた』とか、そういうのが好きなんだと思うんですよ。こういう言い方すると誤解を与えるかもしれないですけど、『人を試すのが好き』というか……。僕の場合、輝夜さんをスカウトしたときに、多分絶対できないって思われてたことが、運よくできちゃったので……」

 

 困り顔のマネージャーは、ついに「じゃあ、僕は輝夜さん探してこのバッジ渡してきます!」とその場を離脱してしまった。ぽかんと口を開けて、マネージャーの逃げ足が意外と速いことに驚いていた蘭と和葉だったが、それからはスタッフに撮影の裏話や、輝夜とマネージャーについてなどの話を聞いて盛り上がっていた。

 

 

 さて、そんな噂になっていることはつゆとも知らない輝夜は、宴会が始まる時間に合わせて美國神社まで来た。偶然マネージャーが宿へ戻ったときに輝夜も戻ってきたらしく、バッジはすぐに受け取れたそうだ。モックネックのピンク色のニットに、黒のスキニーパンツ、昨日と同じスニーカーを履いて、今日もカジュアルな装いである。髪の毛はニットと同じ色のリボンを使ってローポニーでまとめてあり、いつかのように伊達眼鏡を掛けていた。

 

「輝夜さん、今まで事故の調査をしていたんですか?」

 

「いいえ。どうして?」

 

 にこやかに話し掛けてきた蘭に、輝夜もにこりと微笑みながら問い返す。

 

「てっきり、お父さんたちと一緒にいたのかと……」

 

「『命様』について話を聞いていたのよ。あまりに熱心に信じている人がいるみたいだから」

 

「何か分かりました?」

 

「――まあ、話を聞いていても、私は『命様は不老不死ではない』って結論に至ってるから。新たに分かったことと言えば、特にないわね」

 

 馬鹿にするでもなく、嘲るでもなく、呆れるでもなく、落胆するでもなく。輝夜は淡々と、いつもの笑みを浮かべてそう告げた。

 

 宴会が始まると、調査に出掛けていた男三人も神社へとやってきて、食事を楽しんだ。小五郎は輝夜と酒を飲めることがよほどうれしいらしく、だらしなく表情を緩めながら、あれやこれやと過去の事件を誇らしげに語っている。

 

「お父さんったら……」

 

「まあまあ、しゃあないって。それにしても、君恵さんは宴会が始まってもずっと忙しそうやな。蘭ちゃん、アタシらもうたくさん食べたし、また手伝いに行こか? 平次、あんたも手伝わんかい!」

 

「うるっさいのう……寿美さんもまだ目ぇ覚まさへんし、一日中調べてたんやで? ゆっくりさせろや」

 

「アタシらかて、一日君恵さんの手伝いしてたっちゅーねん。ええから、こっち!」

 

 ぐい、と和葉に腕を引かれ、平次が面倒くさそうな顔をしながら立ち上がる。コナンは良い子の笑顔をはりつけ「それならボクも!」と自ら手伝いを志願した。

 

 四人が君恵のもとへ向かうと、それに気が付いた彼女はうれしそうに微笑んだ。

 

「あら、みんな! 楽しんでくれてる?」

 

「もちろんです。でも、君恵さんは忙しくて楽しむ暇もないんじゃないですか? 私たちにできること、ありますか?」

 

 蘭が声を掛けると、君恵は申し訳なさそうな顔になる。今日は巫女服姿ではないため、私服でいると、四人にとってはより「人のよいお姉さん」という感じが顕著だった。

 

「あれ? 君恵さん、さっきと服装ちゃうけど、どないしたんですか?」

 

 午前中はベージュのニットを着ていた君恵が、薄い青色のニットに白いハイネックを合わせているのを見て、和葉が首を傾げる。

 

「ああ、これ……さっき、酔っぱらったおじさんにお酒をひっくり返されちゃって。着替えに行ったら、沙織がうちに泊まっていくときの置き着替えがあったから、着てみたの。沙織ったら、お祭りでも姿を見せないし……宴会だったら、多少は顔を見せやすいかと思って。私が沙織の服を着ていれば、こっそり声を掛けてくれるかもしれないしね」

 

「そういえば、奈緒子さんも見てないね。『儒艮の矢』が当たったのに、こういう宴会には顔を見せないタイプなの?」

 

 コナンがそう尋ねると、「そういえば……」と君恵は口元に手を当てた。

 

「バタバタしててそれどころじゃなかったけど、私も見てないわね。禄郎ならお酒の運搬とかを手伝ってくれたんだけど。矢を失くしたって怯えてた沙織はともかく、奈緒子ったらどこへ行っちゃったのかしら?」

 

 君恵は「奈緒子を見掛けたら、ちょっとは手伝いなさいよって言っておいてくれる?」と四人に笑い掛け、それから「そうそう、手伝いをしてくれるんだったわね」と手を打ち、話題を元に戻した。

 

「そろそろお天気もくずれそうだし、もともと簡単な宴会にする予定だったから、今あるお料理とお酒で終わりってことをみんなに伝えてほしいのと、ついでにごみの回収も頼めるかしら?」

 

 君恵の言う通り、蘭たちがごみを回収し始めてほどなくして、遠くから雷の音が聞こえてきた。事故のことも忘れて宴会を楽しんでいた者たちは、せかせかと片付けと帰り支度を始める。

 

「おーい、蘭ちゅわーん! 帰るぞぉ!」

 

「もう、お父さんっ! 恥ずかしいからやめてよ!」

 

 酔っぱらって肩を組んでくる父親に対し、迷惑そうな顔をしている蘭は、隣にいる輝夜がいつもの笑みを消して、雷の鳴る方角へと目を向けていることに気が付く。

 

「雷、ちょっと怖いですよね……酷くなる前に、早く帰らないと」

 

「ええ、そうね」

 

 蘭の方へと顔を向けた輝夜は、いつもの笑みを湛えていた。まるで先ほどの表情が何かの見間違いだと思えるほど、その笑みは「いつも通り」である。

 

「輝夜さん、お酒強いんですね。うちのお父さんなんて、ご覧の通りなのに……」

 

「うふふ。楽しく飲めるなら、それに越したことはないと思うわ」

 

 輝夜は酒を飲んでいたことなど微塵も思わせない「いつも通り」の様子のまま、マネージャーに声を掛けられて宿へと戻っていった。一方、雷がひどくなってきていることもあり、べろんべろんに酔っぱらってしまっている小五郎を神社で少し休ませてもらってから宿に戻ろう、ということになった一行は、君恵の片付けを手伝い終えた後、こたつに入って雑談をしていた。

 

「えっ、誰が何番の札を持っていたか分かるの?」

 

「ええ、名簿があるのよ」

 

「ほんなら、和葉以外の二人が『ほんまに当選してたか』が分かるんちゃうか?」

 

「こっちが去年までのものよ。ふふ、『儒艮祭』にはけっこう有名人もたくさん参加してくれてるの。……おかしいわね、今年の物がないわ」

 

 君恵は話題に食いついてきたコナンと平次に、しゃがんだ姿勢のまま数冊の名簿を手渡しながら、眉を寄せて今年の名簿を探し回る。

 

「あのばあさんが、持ってたんとちゃうか?」

 

「そんなはずはないわ」

 

 平次の言葉に、君恵は穏やかな顔に戻ってそう答えた。雷は相変わらず轟いているが、それよりも小五郎ののんきないびきのおかげで、おどろおどろしい雰囲気は特にない。

 

「そこに置いてたの、他に知ってる人は?」

 

「島の人なら、ほとんど知ってるわ。今日は神社にたくさんの人が出入りしたから、誰かが話の種に持ち出してしまったのかも」

 

 立ち上がりながら、君恵はさほど困っていない様子で言う。

 

「念のために、他の部屋も探してくるから、あなたたちはここでゆっくりしていってね」

 

「それなら、手伝います」

 

「アタシも」

 

「あら、いいわよ。今日はずっと手伝ってもらってばっかりだし……家の中をぐるっと見たら戻るから」

 

 さらりと断られてしまった女子高生たちは、君恵を見送ると、手持ち無沙汰な様子でこたつに戻った。

 

「おーおー、おるでおるで! 元外務大臣に官房長官に日銀総裁! みんな長生きしたいんやなぁ」

 

 平次が過去の名簿を見ながらそんな感想を漏らすと、興味を持ったように和葉がこたつから出て、平次の持つ名簿を覗き込んだ。

 

「ほんまや! アタシでも知ってる名前がぎょーさんあるで!」

 

 わいわいと盛り上がる関西組を他所に、蘭はコナンの持つ名簿を覗き込む。

 

「すごいね……毎年こんなにたくさんの人が『儒艮の矢』を求めるんだね。一から百八まで、全部売れちゃうんだもん」

 

「そうだね」

 

 相槌を打ちながら、コナンは名簿に見覚えのある名前を発見した。

 

(宮野志保? 確か、あいつの本名もそんな名前だったような……)

 

 頭の中に、特徴のある赤茶の髪をもつ友人を思い浮かべる。しかし、彼女の性格からして不老不死を求めるようなタイプではないと考え、人違いだと判断した。

 

 わいわいと名簿を見ながら盛り上がっていた四人だったが、君恵が戻ってきたため、それまでの話題を打ち切って「どうでした?」とそれぞれ声を掛ける。同じタイミングで口を開いてしまった若者たちは、少し照れくさそうに顔を見合わせていた。

 

「それが、どこにもないの。やっぱり、誰かが持って行ってしまったのかしら?」

 

 首を傾げた君恵は、自分の携帯電話が震えていることに気が付き「ごめんね」と声を掛けて電話に出た。

 

「うん。……いいわよ。仕方がないわね。じゃあ、今から行くから」

 

 ピ、と電話を切った君恵は、寝ている小五郎を除いた四人に「奈緒子から呼び出されちゃったから、私、もう少し席を外すわね」と申し訳なさそうな顔を向ける。

 

「奈緒子さんから?」

 

「ええ……沙織を見たって言うんだけど」

 

「沙織さんを!?」

 

「ほんまかいな!?」

 

 コナンと平次が名簿を取り落としながら立ち上がると、君恵は神妙な顔で頷いた。

 

「ええ。お祭りが終わって、神社の周りをうろついてたら見つけたって……」

 

「なんのために?」

 

 鋭い視線のコナンに、君恵は「それは私も分からないわ」と答えながら、障子に手を掛けた。

 

「私、行ってくる。あなたたちは……」

 

「オレらも行くで! なあ、くど……やのうてコナン!」

 

「そんならアタシらも!」

 

「アホ、外は雷や! じっとしとけ!」

 

「じっとしてられるわけあらへん! 一緒に行く!」

 

 口論になりかけた二人を、君恵が「それなら」と普段よりは少し大きな声を出して制する。

 

「あなたたちは二人で境内の方をお願い。蘭ちゃんたちは……そうね、もしも毛利さんが一緒に来れそうなら、一緒に来てもらって。さすがに敷地内とはいえ、こんな天気で、しかも夜に保護者なしで小学生を出歩かせるわけにはいかないから」

 

「は、はい……お父さん、起きて! 沙織さんを探さないと!」

 

 部屋を出て行った君恵と、わいわい言い合いながらそれに続く平次と和葉へもどかしそうな視線を向けたコナンは、一人のんきに眠る小五郎の耳元で「おじさん!」と大声をあげた。

 

「起きてよ! 奈緒子さんが沙織さんを見つけたって! ねえ、起きてってば!!」

 

「うるせぇなぁ……」

 

 もにょもにょと動き出そうとしない小五郎に対し、蘭がこたつの天板を軽く殴りつける。天板が破損しないように、ほんの軽く。

 

「お父さん……? 一大事なのよ、こっちは!」

 

「ひゃ、ひゃい! すみません!」

 

 しかし小五郎に対して効果は絶大だったようで、飛び起きた彼は「トイレだけ寄ったら!」とバタバタしながら廊下を走っていった。

 

 君恵と平次、和葉の三人に遅れて、コナン、蘭、小五郎の三人も雷の鳴り響く美國神社を走り回った。そんな中、まるで全ての生き物をひれ伏させんとばかりの一際大きな雷が轟く。

 

「ね、ねえ、お父さん……空、明るくない?」

 

 雷の鳴った方を振り返った蘭は、発見してしまった。

 

「蔵の方だ!」

 

 消防隊はすぐに神社へ集った。宴会に参加していた島の消防隊員たちの酔いはすっかり醒めきり、誰もが必死な表情で、燃え続ける蔵の消火活動を行っていた。

 

「奈緒子さん!?」

 

 蘭が悲鳴のような声をあげる。蔵の中から出てきたのは、ひどいやけどを負った黒江奈緒子その人だった。

 

「さ……沙織……沙織、が……」

 

 呻くように、行方不明中であるはずの幼馴染の名前を呟いた奈緒子は、すぐに診療所へ救急搬送された。

 

 夜空を照らす炎が、降り注ぐ稲妻が、異様な雰囲気を醸していた。静けさとは程遠い夜、月も星も見えない明るい夜。

 

 ――人魚を追い求めた者たちは何を見て、何を掴み、何を失うのか。

 

 夜。焼け焦げた蔵の残骸に、また一つ、光の筋が落ちた。




宴会については完全なる捏造ですが、お祭りと宴会ってセットのような気がするので、人が死ななければ本来は行われたんじゃないかなぁという妄想のもと書きました。
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