蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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山題:ひとかすみ

 輝夜の身辺を警護したいという警察の要望を断ると、彼らは「一応遺書に何か手掛かりがないかだけ確認したい」と言うので、輝夜は「どうぞ」と、事前に持ってくるよう指示されていたそれを差し出した。

 

「吞口議員はあの事件以来、弁護士を通じて『カグヤ』さんに宛てた遺書を作成していたと聞いています。日付も先々週のもの、内容は『カグヤ』さんに命を救ってもらったことのお礼や、自分が後ろ暗いことをしてきたことに対する懺悔ばかり……死因に関連するようなことは見受けられませんね。まあ、懺悔の部分に焦点を当てれば自殺と考えられなくもないですが……」

 

「そうかしら」

 

 輝夜は警察が読み終えた遺書を受け取り、その感想に言葉を挟む。

 

「私の聞いた話では、彼は『定期的に』遺書を作成していたそうよ。それも、内容のほとんど変わらないものを、わざわざ。しかも、保釈金を支払う能力はあるのに、支払わず懲役を受け入れていた。『誰かに見られていた方が安心だ』――その言葉って、『自分の自殺を止めてほしい』なのか『他人に殺されたくない』なのか、どちらの意味なのかしらね?」

 

 警察の顔つきが変わる。

 

「また、何かあればご連絡させてください。それに、やはり『カグヤ』さんにも身辺警護を付けた方が……」

 

「必要ないわ。お気持ちだけありがたく受け取っておくわね」

 

 心配そうな視線を向けてくる警察へ、輝夜は背を向けてひらりと手を振った。命を狙うなら、狙えばいい。どこの誰であっても、輝夜を死に至らしめることなどできやしない。輝夜は事務所の会議室から出て、部屋の前に控えていたらしいマネージャーに視線を向ける。

 

「帰るわ。車を出してちょうだい」

 

 そう言いながらすたすたと歩く輝夜の後を慌てて歩き出したマネージャーは、きょろきょろと周囲を窺いながら小声で話し掛けてきた。

 

「あの……輝夜さんって、先日ツインタワービルを見学しに行ったって言ってましたよね?」

 

「ええ。外観は見れたわよ」

 

 鞄から高級感溢れる封筒を取り出したマネージャーが、セキュリティチェックのためか、既に開封された痕跡があるそれを輝夜へと差し出す。

 

「実はツインタワービルのオーナーの常盤美緒という方から、せっかく見学に来てくれたのに中を見てもらえなかったのは残念だから、ぜひオープンパーティーに招待したい、という旨の連絡がありまして……招待状はこちらです」

 

 招待状を受け取り、輝夜は「園子ちゃんに連絡してみるわ」とだけ答えた。常盤美緒はIT企業である「TOKIWA」の社長であり、常盤財閥の令嬢である。招待状に書かれている情報と園子の話していたことを総合すると、輝夜を招待したいのは何も善意からだけではないだろう。「カグヤ」がパーティーに来たとなれば、当然話題になる。で、あれば大人の事情というものもあらゆるところに絡んでくるわけだ。

 

 だが、珍しくそんな気遣いをしたにも関わらず、園子に連絡した輝夜はすぐに拍子抜けしたような表情になった。園子からの返事は「私も行きまーす! 輝夜さんも来るならすっごいうれしいです!」という、全く邪気のないものだったためである。

 

「……パーティーには行くわ。ただ、『カグヤ』としてではなく、鈴木財閥令嬢の友人『蓬莱山輝夜』としてで良ければっていう注釈付きでね。そうね、同じ友人として、少年探偵団のみんなとも一緒に行きたいわ。そう伝えておいてちょうだい」

 

 どうせ、来場者からはそんなことは分からない。ゆえに、快諾されるはずだと輝夜は踏んでいた。

 

 

 それから、ツインタワービルのオープンパーティーーに輝夜が呼ばれたという話をどこからか聞きつけた事務所員たちに、輝夜はああでもないこうでもないと仕事のある日は連日ドレスを見繕われていた。

 

「なんであなたたちの方がはりきっているのよ……」

 

「カグヤさんのドレス姿なんて、見たいに決まってるじゃないですか!」

 

「ヘアメイクもここでやるんで、わざわざ美容院とか予約しなくていいですよ! ご希望の雰囲気とかあれば教えてくださいね! あ、このドレスなんてどうですか?」

 

 がやがや騒ぐ所員たちの一人が、カタログを指差す。上品なデザインの淡いパールピンクのドレスだ。ハイネックになっているノースリーブのロングドレスは、くるぶしまでふわりと広がるスカートのシルエットが美しい。

 

「いやぁ、僕はこっちを推しますよ! 黒と金! やっぱ『かぐや姫』と言えば、夜空に浮かぶ月でしょう!」

 

「あら、それなら竹林のイメージで、こっちはどう? 色も素敵だし、デザインもさわやかよ」

 

「普段全然露出しないから、ここはあえてのセクシー路線でどうでしょう!?」

 

 張り合うように次々と好き勝手意見する所員を見て、輝夜は嘆息した。さほど詳しくないが、一応モデルという職業をしているので、彼らが見ているカタログがハイブランドの物ばかりだということは輝夜にも分かる。

 

「ドレスやメイクはともかく、髪の毛はいじらなくていいわ。何もしないで行きたいの」

 

「そうなんですか? 頭のてっぺんからつま先まで、思いっきりいじりたかったのに……」

 

「それならこっちのドレスの型の方が映えるんじゃない?」

 

「えっ、絶対こっちの方がいいでしょ」

 

「カグヤさん、このパーティーに、なにかこだわりでもあるんですか?」

 

 わいわいと話している所員たちの中には首を傾げる者もいた。輝夜は普段、仕事の際には洋服やメイク、もちろん髪型にも注文をつけてきたことがないのだ。ゆえに、わざわざそう宣言する姿は新鮮に映ったことだろう。

 

「――そうね。できるだけシンプルな方がいいと思ったの。『間違え』られないように」

 

 微笑み。慣れているはずの所員たちでも、思わず息を呑む美貌。その美貌があれば、どこにいようが目立つ。けれどそれゆえに、飾り立てる必要はないのだ、と誰もが理解した。

 

「カグヤさんを間違えるほど目が節穴の人はいないと思いますけど、たしかにシンプル・イズ・ベストですよね!」

 

「これぞ『カグヤ』、これぞ美の頂点ってところを見せつけてやりましょう!」

 

「……まあ、あなたたちが楽しそうだから、私はそれでいいわ」

 

 輝夜は遠い目をした。オープンパーティーーにはコナンたちも招待されているという話を園子から聞いている。それなら、「相手」が絶対に輝夜を見つけられるようにしてやらなくてはならない。

 

(人違いで命を狙われる人がいたら、気の毒だものね)

 

 このパーティーでは、おそらく人が死ぬ。輝夜もおそらく命を狙われる。それは別にどうだっていいが、彼女にとって重要なのは、それに付随する「変化」だった。すなわち――この歪な永遠を歪たらしめる、貴重な「刻」が訪れる。輝夜には分かっていた。だから「蓬莱山輝夜はここにいる」と宣言してやらねばならないのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 少年探偵団がツインタワービルの見学をして数日後。オープン前であるはずのツインタワービルの一室で西多摩市の市議会議員である大木岩松という男性が殺害されたらしい。そのことで、大木市議と面識があった小五郎をはじめとして、あの日ツインタワービルに行った者たちは目暮警部に招集され、意見を求められたそうだ。

 

 ただし、見学をする前に帰ってしまった輝夜は大木市議とは面識がないため、当然呼ばれていない。事件の話は、少年探偵団から電話が掛かってきて知ったのだ。雑誌の撮影が早々に終わった輝夜は、その後の予定もなかったため、「一緒に捜査しよう」という彼らの提案を快諾した。というのも、単にこの小さな友人たちに協力してあげようというわけではなく、輝夜には確信があったからだ。

 

(間違いなく、「鍵」があるわ)

 

 輝夜には永遠と須臾を操る程度の能力がある。ゆえに、人間が気が付かない「世界の動き」にも気が付く。表現するのであれば、それは強固な結界に、ふいにできた綻びのようだった。固く固く縛られた結び目の、ほんのわずかな緩み。輝夜でなければ気付かない。あるいは、気付いたとして、どうしようもないことだった。

 

 しかし、気付いたのが蓬莱山輝夜であるならば、話は別だ。

 

 ――この事件は「刻」を進める。

 

 その「異変」を脅威と感じているのは、外の世界から来た輝夜だけかもしれない。ちょうど、輝夜が月を隠したときに、それに気が付き、脅威と感じた者がごくわずかにしかいなかったように。

 

 多くの者はそのときのことを「永夜異変」と呼び、「偽りの月」ではなく、「偽りの永遠」に目を向けた。この世界の住民も同じ。「歪な永遠」には誰も目を向けない。彼らが夢中になっているのは連日連夜報道される、取るに足らないけれど己が身を脅かすかもしれない「事件」についてだった。

 

 

 タクシーが毛利探偵事務所の前に停車して、輝夜は集まっていた少年探偵団たちへ、朗らかな笑みを向けた。

 

(気が付かないなら、気が付かないままでいいことだわ)

 

「輝夜お姉さん! よかったぁ。博士も灰原さんも来ないって言うんだもん」

 

「まあまあ。博士は探偵団じゃありませんし、珍しくお客さんが来るからって言ってたから、仕方がないですよ。灰原さんはいつも来てくれるわけじゃありませんし……」

 

「輝夜の姉ちゃんはツインタワービルの見学一緒に来れなかったからよぉ、捜査まで仲間外れにしたら可哀想かと思って」

 

 元太の得意げな顔を見て、輝夜はわずかな間目を丸くし、それからすぐにくすくすと笑う。探偵団の中でも一番背の高い少年の頭に手を乗せ「そうね。仲間外れは、さみしいわ」と言った後、赤面させて何も言えない少年少女ひとりひとりの顔を見て、「誘ってくれて、どうもありがとう」お礼を言った。

 

「……輝夜さんが喜んでくれて、よかったよ。さてと。まずは、ビルの設計者の風間さんのところだな」

 

 いち早く回復したコナンが咳ばらいをして話題を元に戻す。

 

 かの名探偵は、(この笑顔に慣れることは一生ねぇんだろうなぁ)と悟っていた。全人類を惹きつけると言っても過言ではない絶世の美貌を有する「お嬢様」は、周りの人々の心を乱しておきながら、本人はそんなことを気にも留めず、いつものほほんとしている。罪作りなことだ、と己の鼓動を鎮める意味でも、コナンは意図してそっけなく言い放ち、歩き出した。

 

「やあ、君たちか。そっちの方は……え!?」

 

 一行はあさひ野にある、ツインタワービルの設計者である風間英彦という男性の仕事場を訪れた。インターフォンを鳴らした探偵団を快く迎え入れようとした風間は、彼らの後ろに控えている絶世の美少女に気が付いて、思わず声を上げた。

 

「初めまして。この子たちのお友達の、蓬莱山輝夜よ」

 

「あなたの顔を知らない日本人なんてどこにもいませんよ! 『カグヤ』さん、蓬莱山っていう苗字なのかぁ。なんだか、本名がそのまま芸名になりそうな感じですね。いやあ、こんなところでお会いできるなんて、感激です。今日はどういったご用件ですか?」

 

 興奮気味にまくしたてた風間に、輝夜は特段表情を変えることなく、「実はあの日、私もツインタワービルを訪れていたんだけど、急用があって見学ができなかったものだから、彼らに誘われてお話を聞きにきたのよ」と答えた。

 

「ははぁ、ツインタワービルのことですね! そう言えば、噂で聞きましたよ。『カグヤ』さんがオープンパーティーに来るって。いいですよ。裏話でも何でも、お話ししましょう。さあ、上がってください」

 

「お邪魔しまーす!」

 

 どたどたと中に入る子どもたちに続いて、輝夜は優雅に微笑んだ。

 

「失礼するわ」

 

 質の良さそうなソファに腰掛けながら、飲み物をもらって探偵団は熱心に風間への聞き取り調査をしている。輝夜はその様子をにこにこと見守っていた。「何でも」と言った通り、風間はともすると無礼だと受け取られかねない質問であっても、気を悪くすることなく答えてくれ、子どもたちは「探偵」と言うにはいささかリラックスした様子である。

 

「ありがとうございました!」

 

「いやいや、こちらこそ。こんな他愛のない話をするだけで『カグヤ』さんと写真が撮れるなら、『調査協力』なんて安いもんだよ」

 

 元気よく挨拶をして家を出て行く一行を見て、風間は眩しげに目を細めた。ビルのオープンまで仕事場に留まっているという風間は、単身赴任中らしく、一人息子が恋しくて寝ていると分かっていても電話を掛けてしまう親馬鹿だ。はつらつとしたこの少年たちを忙しさにかまけて会うことができていない息子と重ね合わせてしまう部分があったのだろう。

 

「次は如月峰水先生ですね!」

 

 道を歩きながらそう言う光彦へ、輝夜は首を傾げた。

 

「先生?」

 

「如月峰水さんっていうおじいちゃん、日本画家で、ツインタワービルのオーナーの常盤美緒さんの日本画の先生なんだって!」

 

 歩美の説明に納得した輝夜は、地図を見ながら先導するコナンに続き、小高い丘へ続く道を歩く。輝夜はまるでハイキングにでも来たかのように、きょろきょろと丘から見える景色を楽しんでいた。一方、輝夜ほどの体力がない子どもたちは、肩で息をしながら「なんでこんなところにわざわざ家なんか……」と文句を言っている。

 

「よ、よし。押すぞ」

 

 一番最後に息を整えた元太がそう言い、インターフォンを押す。中から出てきた老人は、少年探偵団の説明に対し、「子どもが警察の真似事をするんじゃない!」と一喝していたが、「手ぶらで帰すのは忍びない」として、自宅にあげてくれた。

 

 輝夜はその穢れの濃さから、彼が殺人を犯したことがあると察した。ただし、それを子どもたちに伝えることはしない。彼らは「探偵」を名乗っており、「謎」を解き明かすのが好きなのだろう。しかも、輝夜自身、殺人を「悪いこと」だとは、別に思っていない。意見を求められれば答えるが、そうでないのなら、この小さな探偵たちが好きなように動き、考えるのを「邪魔」するつもりはなかった。

 

 部屋の一面がカーテンで覆われている、彼の仕事部屋について、子どもたちが口々に何かを言っている。その様子を眺めながら、輝夜はこの穢れを纏う老人へと近づいた。

 

「富士の山を愛しているのね。あなたの絵、見事だわ」

 

 褒め言葉を紡ぎながら、輝夜は心底残念そうに、見る人によっては同情したような視線を日本画の巨匠である如月へと向けている。如月が何かを言う前に、彼女は子どもたちには聞こえない程度の音量で、言葉を続けた。

 

「まるで、山に魅入られた者の心を表すよう。衝撃、憧憬、敬愛――憤怒、憎悪、悲哀」

 

「むろん、絵には描く者の心が表れる」

 

 輝夜が感じたままの、感情を表す言葉を連ねるのを遮るように、如月は強引に、けれど淡々と告げた。

 

「たとえ人物画を描こうとも、描かれた人物の浮かべる表情だけでなく、それを描いた者の心を通して『表情』となるのだ」

 

 まっすぐに「如月峰水」の心にある富士山を見やる大人二人に、子どもらしくわいわいとおしゃべりに興じていた探偵団も気が付いたようで、しんとした沈黙が、季節外れの初雪のごとく不意に訪れる。

 

「……どれ、手土産でも用意してやろう」

 

 幻の雪をとかして夏に戻したのは、――夏の終わりのようにほの寂しさを感じさせる、しわがれた老人の声だった。探偵団を怒鳴りつけた時とは違い、やわらかなまなざしを向けた如月は、筆をとって彼ら一人一人の似顔絵を描き始める。

 

 にこり。いつもの美しい笑みを浮かべて、輝夜は老人のまなざしのその奥、もの悲しさを浮かべる瞳をじっと見つめた。

 

「まこと、人を狂わす魔性の美じゃな」

 

「そう言うわりに、あなたは平気そうだね」

 

 言葉少なに、彼らは対話をしていた。隠すつもりもない深淵を、隠し通したかった激情を、お互い覗き覗かれながら。逃げるように目を伏せた如月は、視線を己が手に移してその名を記した。

 

 筆で描かれた、美しい女性。

 

 もちろんそれは蓬莱山輝夜であったけれど、輝夜にとっては自分でありながら自分には見えなかった。もちろん、モデルの「カグヤ」でもない。

 

 「すごいすごい」とはしゃぎながらも、大した情報を得ることはできなかったことに不完全燃焼気味の子どもたちは、原佳明というプログラマーの家へ行こうと提案していたが、如月邸の立地のこともあり、予想以上に時間が掛かってしまったため、今日は家に帰ろうということになった。

 

「輝夜さん、さっき何話してたの? 富士山の絵を見ていたとき……」

 

 帰り道、子どもたちを送って、最後に探偵事務所へ行く道をコナンと二人で歩いていた時のことである。純粋な疑問なのか、探偵として何かしら感じたのか、少年は首を傾げて、上目遣いに輝夜をじっと見た。

 

「見事な富士の山ね、とそう言ったのよ。描き手の心を映しているって」

 

「あ、輝夜さんは美術館とか行くの好きなんだっけ。輝夜さんとしては、峰水さんの絵ってどう映ったの?」

 

「そうね」

 

 輝夜は微笑まなかった。米花町からは見えやしないが、如月邸のあった方角をぼんやりと見ながら、やわらかそうな唇に白い指を当てる。

 

「『決別』かしら」

 

 長い足で、珍しくコナンより一歩前を歩いた輝夜の顔は、背の低い少年からは見えなかった。高校生の自分なら、黒髪をなびかせる彼女の隣に立ち、先へゆこうとするその人の表情も見れたのだろうか、と益もないことを夢想する。輝夜は優しいけれど、慰めはくれない。いつだって、自分のしたいことをすると言っていたのを、少年はよく覚えていた。

 

 多分、輝夜は優しいけれど、自分が先へ行きたいときには、誰も待つことなく、気が付けば追いつくこともできないほど遠くへ行ってしまう人なのだろう。だからコナンは、自分たちを友人と呼んでくれる、ともすれば孤独に見えるほどの隔絶した美貌の持ち主の隣を、歩きたいと思った。

 

 たっ、と小走りで追いつくと、もう探偵事務所の目と鼻の先で、立ち止まった輝夜は隣に並び立ったコナンを見て、にこりと微笑んだ。

 

「ラーメン屋」

 

「え?」

 

「約束でしょう。ラーメン屋、今度行くって。おいしいお店を、探しておいてね」

 

 ぽかんとするコナンにひらりと手を振って、彼女は去ってしまった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ツインタワービルの建設に関わる人物、西多摩市の市議会議員である大木岩松氏と「TOKIWA」の専務でプログラマーの原佳明氏が亡くなった事件に関して、「組織」が絡んでいるかもしれないと睨んだコナンは、厳しい表情をしながら探偵事務所の前にいた。小五郎の運転によるレンタカーで、「みんなで一緒にパーティーへ行こう」と蘭が提案したことにより、「直接行くから」と断った輝夜以外の面子は、事務所前に集合することになっていたのだ。

 

 園子が中々現れないのをいいことに、博士と灰原を交えた三人で、連続殺人と思われる今回の事件についての意見をぼそぼそと話し合っていた、その時。

 

「ハァイ、お待ちどうさま!」

 

「そ、園子!」

 

 時間ギリギリになって、園子が現れた。蘭の驚いた声に顔を上げたコナンは、己の目を疑った。彼女はトレードマークのヘアバンドとオールバックではなく、ウェーブをかけた髪型になっていたのである。もちろん、印象は普段と全く違った。

 

 さらに、コナンが園子をまじまじと見つめてしまったのには理由がある。というのも、その髪型を形容するとしたら、「灰原のような」と言うのが、一番想像しやすいだろう。

 

 衝撃のあまりコナンが園子を見つめている様子を見た光彦の「園子さんに見とれていたんですね!」という言葉によって、コナンは車の中で周りにからかわれる羽目になってしまった。

 

 そんなわけで、コナンにとってはあまりおもしろくない道中だったが、長い渋滞に引っかかることもなく、一行はツインタワービルに到着した。係に案内されて車を停めた一行は、受付へと向かう。

 

「輝夜さん! う、美しいという言葉ではもはや足りない……!」

 

「こんばんは。私の方が少し先に着いたみたいだったから、受付で待たせてもらっていたわ」

 

 一度見れば間違えるはずもない美貌の人は、周りの視線を奪いながら、受付の隣で立っていた。一行は輝夜を発見して、それぞれの感嘆を以ってして彼女の名を呼ぶ。特に感激して大きな声を上げた小五郎にもさらっと視線を向け、輝夜は全員ににこりと笑みを返した。

 

 輝夜が身にまとっていたのは、薄紅のドレスである。足元の隠れる丈のノースリーブドレスは上品なクルーネックで、体のラインは美しく見せるのに、まったくいやらしくない。いっそ飾り気がないとすら思えるほどシンプルなデザインだったけれど、生地の上質さにより見る者に質素であるとは微塵も思わせなかった。装飾品らしい装飾品もなく、ほっそりとした腕を覆う二の腕まである白い手袋をしているくらいで、髪型も普段の彼女のストレートヘアである。

 

「輝夜お姉さん、きれい……」

 

「飾り立てる必要のない美というものをこの目で見たわ」

 

 歩美と園子が、頬を染めながらそう呟く。

 

 某芸能事務所のスタイリストは、「衣服は額縁に過ぎない」と彼女のドレス姿を見て、そう述べたそうだ。そしてその後、満足げな顔をして燃え尽きたように机に突っ伏したらしい。手に持ったスマートフォンには、輝夜のドレス姿が撮影されていた。

 

 閑話休題。

 

 輝夜と合流した一行は、他愛のない話をしながら、パーティー会場へと案内された。次々に話し掛けられる輝夜だったが「今日は『カグヤ』として来ているわけではなく、友人の付き添いとして招待されただけだから」という内容を伝えて回避し続けている。

 

 幸いだったのが、パーティーに呼ばれるような人間というのは輝夜を取り囲んだり質問攻めにしたりすることがなく、「スマートさ」に重きを置いている者が多くいたということだろう。それゆえ、「今日はそういう感じじゃないから」と輝夜が雰囲気で伝えれば、それを察して深入りはしない。写真撮影だって、きちんと断りを入れる者ばかりだ。

 

 乾杯が済み、歓談の時間もしばらくしてから、ビルのオーナーである常盤美緒から、余興が提案される。三十秒を当てるゲーム、と言われて、光彦と元太はいろめきたった。「僕らには歩美ちゃんがいるんですから!」「景品はいただきたぜ!」とうれしそうな少年たちに反して、当の歩美は不安そうに周囲をきょろきょろと見回している。

 

 輝夜、コナン、灰原は辞退したが、ゲームには多くの人が参加した。その中で三十秒をぴたりと当ててみせた人物がいる。歩美は三十秒を外したようで、残念そうな顔をしていた。

 

 ピタリと当て、ステージ上へと呼ばれた小五郎を視線で追っていたコナンは、「そういえば」と、先程までは自分たちの近くにいたはずの輝夜が、いつの間にか会場から姿を消しているころに気が付いた。

 

「灰原、輝夜さん知らねーか?」

 

「……見た感じ、ここにはいないようね。話し掛けられるのに疲れて、外の空気でも吸いに行ったんじゃないかしら? 彼女、『気付かれないようにするのは得意』って散々言っていたから、みんながゲームに集中している間に抜け出したんでしょう」

 

「それならいいんだけどよ……」

 

 コナンは言葉とは裏腹に、納得していなさそうな顔をしながら、視線をステージの上で笑っている小五郎へと戻す。しかし、嫌な胸騒ぎがして「やっぱりオレ、輝夜さんを探してくる」と灰原へ声を掛けた。

 

「そんなに心配なら、電話でもメールでもすればいいじゃない」

 

「すぐ戻る!」

 

 灰原の言葉を無視して会場を飛び出したコナンは、すぐに輝夜と会うことができた。

 

 人目につかない、非常階段の隅。洞窟の落盤事故の際、子ども四人を抱えて脱出したときでさえ息を乱さなかった彼女は、疲れたような表情をして、うずくまっていたのだ。

 

 ――血のにおいをまといながら。


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