幻想郷の正月行事がひと段落した輝夜はさっそく暇を持て余していた。大きな欠伸を一つしてから、新年早々も薬作りに精を出す永琳へと話し掛ける。
「ちょっと出掛けてくるわ」
「それは――『御友人』に会いに、ですか」
「あら、よく分かったわね」
視線だけ輝夜の方へと向けた永琳に対し、輝夜は常人であれば思考停止してしまう、花のほころぶような笑みを向けた。しかし永琳は常人ではないので、困った子どもを見るような視線を向けて「それなら」と薬作りの手を止めて立ち上がる。
「ウドンゲをお連れください。私の作った転移術は、まだ試作段階ですので」
「あら、別にいいのよ。『足』はあるもの。完成まで待つわ」
「『足』は冬眠中ですよ。さすがに本気で姿を隠されれば、探し出すのは骨でしょう」
「それはそれで面白そうだけど……まあ、たまにはお供を連れて遊びに行くのもいいかもね。術も試せて完成に近づくのなら、今後にもつながるでしょうし」
輝夜が納得したのを見て、永琳が手を叩く。すると、事情を知らない兎が軽快な足音を立ててこちらに向かってきて、部屋の前で足を止めた。
「お呼びでしょうか、師匠」
「姫様が御友人のところへ遊びに出掛けるそうよ。おまえも共に向かいなさい」
「御友人って……外の世界の? どうして私が?」
首を傾げた動きと一緒に、よれよれの耳が重力に従って傾く。永琳の弟子であり、輝夜のペットである玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバは、常日頃と変わらず穏やかな己の主と師匠を交互に見た。ぞくり、臆病な兎は、なぜか嫌な予感を覚え、後ずさる。
「わ、私なんかでいいんでしょうかねぇ……そういえば、里へ届ける薬がまだ残ってるんでした! 失礼しますッ!」
「それくらい永琳がやってくれるわよ。まさか、嫌だとは言わないわよね?」
にこり。
踵を返そうとして、返せなかった。常日頃と変わらない、穏やかな笑みを向けられた鈴仙は顔を青ざめさせ、ふるふると震え――ついでに、もともとよれよれの耳をしおしおにさせながら「お、お供させていただきます……」と力なく返事をしたのだった。
*
「兎の耳も、色素の薄い髪や目の色も目立つから」と主に忠告されたので、鈴仙は己の能力を使うことにした。狂気を操る程度の能力と言われる彼女の能力は、物事の波長を乱したり、事物への認識を揺らがせて相手の知覚を操作したりすることができる。そのため、今の彼女は周りの人間たちには黒髪黒目の、人間の女の子にしか見えないことだろう。
それなのに、鈴仙は注目を集めていた。問題は、彼女の見た目ではなく。
「うっうっ……ここどこぉ……輝夜様ぁ……」
見知らぬ土地で一人になってしまった鈴仙は、人目もはばからずえぐえぐと泣いていた。能力を使って波長を探ってみても、輝夜と思しき人物は探査に引っかからない。見知らぬ土地どころか、師匠と主の話によると、ここは見知らぬ世界である。むろん知り合いの一人もいるはずがない。
べそべそしている憐れな少女に声を掛けたのは、買い物帰りの女性だった。
「あの……何かお困りごとですか?」
黒髪の優しそうな女性は、買い物袋を片手に、空いている方の手でハンカチを差し出す。鈴仙はそれを受け取って涙と鼻水を拭いながら「これはご親切にどうも」と言葉を返した。
「蓬莱山輝夜という女性を探しているんです。えっと、お友達の……なんて言ったかな、コナン君? に会いに来たらしくて。私、はぐれてしまって」
主の話を思い出しながら、自信なさげにそう告げた鈴仙に対し、女性はにっこりと微笑む。
「それなら、毛利探偵事務所に行けば会えると思いますよ。私、探偵事務所の下の階にある喫茶『ポアロ』で働いているんです。もしよろしければ、案内しますよ」
泣いていたのが嘘のように、輝かんばかりにうれしそうな表情になった鈴仙へ、女性――榎本梓は、「かわいい人だな」と感想を抱いていた。
「鈴仙さんというんですね。コナン君とはお知り合いですか?」
「えー……。私自身は知り合いではないんですけど。うちの姫の御友人らしくって」
自己紹介を済ませた二人は、毛利探偵事務所へ向かう道を歩きながらそんな話題に花を咲かせていた。コナンが小学生ということもあり、その友人も同じくらいの年頃の女の子だろうと思い込んでいた梓は、鈴仙の「姫」という言い回しにも違和感を覚えず、「妹さんか姪っ子さんかな?」と、鈴仙が振り回されながら溺愛している様子を想像して、くすくすと笑っている。
「さあ、ここよ。『お姫様』と、今度はぜひ、うちにもいらしてくださいね」
「ありがとうございました」
探偵事務所に案内した梓は、鈴仙のお礼の言葉を聞いて、「いえいえ」と人の好さが分かる気安さでひらひら手を振った。そして、その階下にあるポアロへと入っていってしまった。
一人残った鈴仙は、どきどきしながら探偵事務所の扉を開ける。
「ごめんくださーい。こちらに、『江戸川コナン』君という小学生がいらっしゃるとうかがったんですが……」
「あー? 悪ィが、小僧は友達と杯戸ショッピングモールに行くっつって、出掛けちまったよ」
そこにいたのは、新聞から顔を上げようともしない中年男性であった。「師匠の転移術が失敗するなんて」というショックを整理しきれていない鈴仙は、再び涙が出そうになるのを堪えながら「失礼しました……」と、静かに事務所の扉を閉めた。
「杯戸ショッピングモールってどこなのよぉ」
この情報を聞いたのが輝夜であれば、この世界で暮らしたことのある経験から、すぐにその場所を特定し、向かうことができただろう。しかし、鈴仙は月生まれ月育ち、幻想郷在住である。人に頼るというアナログな方法しかできず、彼女は結局、別れて間もない梓のいるポアロに入店した。
「それなら、バスでも電車でも行けますよ! タイミングが悪かったわねぇ」
「…………」
梓は親切に行き方を教えてくれたけれど、生憎鈴仙にバスも電車も馴染みはないし、そもそも無一文の状態では運賃の発生するものは使えない。財布は輝夜が握っていた。能力を使えばその場所へ行くのは簡単だろうが、問題はその「杯戸ショッピングモール」とやらが全く想像できないことなのである。
「え、えーと。それなら、間違えないように目印とか、教えてもらえますか?」
「遊園地が併設されてるから、大きな観覧車が目印ね。きっとすぐに分かるわ」
可愛らしく、頼りなさげな少女に対して、梓は店員としてではなく「親切なお姉さん」として事細かに杯戸ショッピングモールについて伝えていた。鈴仙はふんふんと頷きながら、行き方ではなくその外見情報を脳内に叩き込んでいく。
「御親切に、ありがとうございます。ともかく、探してみます」
ぺこりと頭を下げて、鈴仙は人目につかぬようにしたのち、空を飛んだ。
*
「成功したようね」と呟こうとして、輝夜は傍らに鈴仙がいないことに気が付き、首を傾げた。試作の術とはいえ、あの永琳が失敗するとは。
「か……輝夜さん?」
「ええ、私は蓬莱山輝夜で間違いないわよ。新年明けましておめでとう、コナン君。本年もよろしくね」
「あ、こちらこそ。明けましておめでとうございます。今年もよろしく……ってちげーよ! 振り返ったら突然いるのやめてくれよ! びっくりするだろ!」
時を遡り、鈴仙がえぐえぐ泣いているときのこと。輝夜は探偵事務所から出てきたコナンの背後に出現していた。少年の後姿に成功を確信して声を掛けようとしたものの、一緒に術を受けたはずの玉兎がいないので声を掛けそこなったところ、先に少年が背後を振り返ったというわけである。
「驚かせるつもりはなかったのよ。それより、どこかへお出掛け?」
「それよりって……今日は探偵団のやつらと杯戸ショッピングモールに行くんだ。冬休みが終わっちまう前に遊ぼうってことになってよ」
「それは楽しそうね。私も一緒に行っていいかしら?」
「そりゃもちろん」
輝夜はうれしそうに微笑み、コナンの隣を歩きながら杯戸ショッピングモールについて聞いていた。遊園地が併設されたそこは、買い物目当ての客から思いっきり遊びたい家族連れやカップルなど、様々な年齢層の人たちが楽しめる場所であるとのことだ。
ちらり、と脳裏にペットの兎のことが過ぎった輝夜だったが「まあ、後で探せばいいか」と気にしないことにした。そもそも、術の失敗が「鈴仙だけ転移されていない」とか「鈴仙だけ別世界に行ってしまった」とかであったら、探しようもないのだ。あの永琳のことである。試作であることもふまえて、失敗したときのために予防策を講じていることだろう。
「今日は蘭ちゃんは一緒じゃないのね」
「蘭は明日全国模試だからって、園子と一緒に勉強してるよ」
「あら、あなたは受けなくていいの?」
「受けたくてもこんな姿じゃ受けられねーよ……」
コナンは半目になりながら、相変わらずのほほんとしている絶世の美女を睨んだ。
博士の家に着くと、誰もが驚いた目で輝夜を見つめていた。当然、コナンが「輝夜」を連れてきたことに対してではなく、「謎の美女」を連れてきたことに対してである。
「私は蓬莱山輝夜よ」
「輝夜さんはオレの友達で、新年の挨拶に来てくれたらしいんだ。せっかくだから一緒に遊ぶことになったけど、いいよな?」
きゃあきゃあとはしゃぐ子どもたちに混じって、灰原は複雑そうな視線を輝夜へ向けている。にこり、とそんな彼女へ輝夜が微笑み掛けると、ぽっと頬を赤くした。
「……ちょっと、江戸川君」
袖を引かれたコナンは「なんだよ」と、らしくなく眉を下げる灰原に返事をする。
「あの人、少し前に流行った『カグヤ』じゃない? 私たち――会ったことある?」
「バーロォ。会ったことあるに決まってんだろ。写真まであるんだぞ。気になるなら本人に聞いてみろよ」
その言葉で寂しげな顔になったのは、言われた灰原ではなく、言ったコナンの方だった。輝夜は気にしない。誰も覚えてなかろうと、自分にとっては大切な友達だからと、いつも通りの朗らかな笑みのままそう言っていた。けれど、コナンは気にする。輝夜は大切な友達だし、それは探偵団にとっても同じだったはずだ。
「えっ! 輝夜お姉さん、遊園地行ったことないの?」
「ええ。だからすごく楽しみだわ」
にこにこと子どもたちと会話している輝夜の心が、コナンには分からない。
(いや……人の心なんて、誰にも分からねーよな)
ふるりと頭を振って、思考を切り替える。杯戸ショッピングモールに向かいたいが、博士の車では子どもたち全員と輝夜は定員オーバーだ。そういうわけで、当初の予定とは変わって、バスを使って行くことになった。杯戸町ならさほど遠くもないし、目的が買い物ではなくアトラクションなので、荷物が増える心配もないだろうから、という満場一致の変更である。
道中、子どもたちは好奇心旺盛に輝夜へとさまざまな質問をぶつけた。それは今までにも聞いたことがあるものだったり、そうでないものだったりいろいろだったが、輝夜は迷惑そうな素振りもなく、ひとつひとつ、のらりくらりと答えていた。
「輝夜さんって……不思議な人よね」
ぽつり。隣に座る灰原に突然そう言われて、コナンは「まあな」と、頭の後ろで手を組んだ。不思議で済ませていいのか分からないことが多すぎるが、そこを全て追究しようとすると、黒の組織を相手取るよりよっぽど大変そうなので、手掛かりが手に入ったときをチャンスとして、その都度丁寧に読み解いていく方がいいだろう。常日頃から輝夜の不思議について考えると、探偵にあるまじき非科学的な発想ばかり出てきてしまうのだ。
「なんだか……安心するもの。あんなに質問をはぐらかそうとする不審な人なのに、どうしてかしら?」
「輝夜さんは嘘は吐かねぇから、それでじゃねーの。独特な表現とかはするけど」
「あら、随分信用しているのね。そう言えば、あんな美人とどこで知り合ったの?」
ため息を吐きたくなるのを堪えて、コナンは和気あいあいと話す探偵団と輝夜、博士の方を見た。そういえば、「初対面」のときも彼らは打ち解けるのが早かったな、と思い出す。それに比べて、警戒心しかなかった灰原が今は輝夜に対して「安心する」と言っているのは、記憶がなくなっても、心が覚えているということなのかもしれない。
「山の中の城の前だよ。家出中で迷子の輝夜さんが、声を掛けてきたんだ」
コナンはそう言って、窓の外に見えた観覧車に目を向ける。
「約束、いっぱい用意しとかねーとなぁ……」
灰原は、ひとりぶつぶつ言うコナンへ「理解しがたい」というのを如実に表した視線を向けていた。
杯戸ショッピングモールは、冬休み中ということもあって、かなりの賑わいを見せていた。大勢人がいる中でも、輝夜の存在は一際目立つ。彼女が歩く度に人混みが割れたが、その分囲う人々は増えていった。
「輝夜さん、すごいですね……芸能人みたいです。あれ? 芸能人だったんでしたっけ?」
「モデルをしていたわ」
「なんで辞めちまったんだ?」
「家庭の事情よ」
のほほんと答えながら輝夜は一番目立つ観覧車へとまっすぐに歩いて行く。全員で乗るには定員オーバーだから、と博士が地上で待つことになり、子どもたち五人と輝夜の六人で観覧車に乗り込んだ。ゆっくりと上昇していく観覧車の窓の外を、輝夜は子どものように興味深そうにのぞき込む。
「あら」
そして、何を見つけたのか、にこりと微笑んでたおやかに手を振る。
「知り合いでもいたの?」
歩美が首を傾げると、輝夜は「ええ」と頷き、それから堪えきれずに噴出した。
「下にいる人ですか? 輝夜さんには気付きました?」
「気付いたわね」
「どの人? うわっ。下にいる人たち、すっごいこっち見てる。みんなきっと輝夜お姉さんのこと見てるのよ!」
肩を震わせて笑う輝夜に、コナンは「珍しいな」という感想を抱きながら、同時に疑問も抱く。輝夜が手を振っていたのは、地上へというよりはむしろ――。
(そんなわけねぇか)
どういうわけか、輝夜は空を飛べる。しかし、コナンが気付けなかっただけで、何かしらのトリックがあるはずだ。とはいえ、コナンだって「まあ輝夜さんだし」と、自分の中の探偵が怒りだしそうな納得の仕方をしそうになっているが。
ともかく、どこかの怪盗のようにハングライダーを使っているわけでもない人間が、トリックもなしに空を飛べるはずがない。事実、輝夜が手を振った先を観察してみても、そこには何の変哲もない風景が広がるばかりで、間違っても空を飛ぶ人などいるはずもなかった。
観覧車が地上に到着するなり、輝夜に突進してくる人物がいた。休みだというのにブレザー姿の、長い黒髪の少女である。涙目であることも相まって、小動物のような印象を受ける。
「私ッ……! 必死に探してたのにッ……! 自分は御友人と楽しく遊んでるなんてひどいですぅ!!」
「それは悪かったわね」
「全然悪いと思ってないじゃないですか! めちゃくちゃ笑ってるじゃないですか!!」
笑いを堪えようとして肩を揺らし、結果的に口元も緩んでいて全く笑いを堪えられていない輝夜は、ブレザー姿の少女の背中を「よしよし」と撫でていた。ただし、迷子になった娘に母親がする仕草と表現するには、「安堵」や「慈しみ」が少々足りていない。
「紹介するわね。この子は鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「あ、申し遅れました。私、鈴仙といいます」
ぺこりと頭を下げた少女に、コナンは内心戦慄していた。何せ、その独特な名前にコナンだけは聞き覚えがあったので。
(実在の人物の名前をペットにそのまんま付けてたのか……!?)
それは勘違いでしかないのだが、まさかコナンとしても目の前の人物が、「ペットの兎」そのものだとは思うまい。
「変な名前ー……」
「姉ちゃん、いじめられてねぇか?」
「日本の方ではないんですか?」
子どもたちに散々な言われ方をした鈴仙だったが、この失礼な子どもたちこそが主の「御友人」であることは一緒に遊んでいたことからも理解できる。そのため、口元を引きつらせながらも、言い返すことはしなかった。
「御友人」にそれぞれ自己紹介をされながらも、鈴仙は内心でずっと(帰りたい)と思っていた。主である輝夜はにこにこと上機嫌だが、鈴仙としては知らない土地、知らない人々である。鈴仙の役割というのはつまり、「試作である転移術に『もしも』があるといけないし、姫様だけに使うのはちょっと」という永琳の心配からくる見届け要員である。輝夜と鈴仙の転移場所がバラバラだったことから完全な成功とは言えないが、それでも失敗はしていない。つまり鈴仙は己の役割を既に果たしているはずだ。
しかし、帰るためにはもう一度転移術を作動させる必要がある。そしてそのためには、輝夜の力が不可欠であった。なぜなら、輝夜の友人がいるこの世界は「歪な永遠」で覆われ、外の世界との行き来が非常に困難な場所なのである。その「永遠」をどうにかできるのは、永遠と須臾を操る程度の能力を有した輝夜のみというわけだ。
(でも、私だけゆっくりしてるわけにはいかないんだろうなぁ……)
輝夜が遊びたいというのなら、それに付き合うのが鈴仙の「仕事」だろう。遊びがひと段落したときにすぐに帰宅を提案するためにも、変に時間を決めてどこかで落ち合うよりは、一緒に行動した方がいろいろな意味で安心だった。
「ほら、行くわよ」
主に手を引かれ、鈴仙は複雑な気持ちで歩き出した。しかし、転移術を受ける前と同様、嫌な予感がなぜかつきまとったままであった。
なんだかんだ鈴仙も遊園地というものを気に入り、子どもに混じってきゃあきゃあとアトラクションを一通り楽しんでいた。もともと陽気で調子に乗りやすい性格もあり、短い時間でもかなり子どもたちに馴染んでいる。さて、子どもたちが乗りたいと言っていたアトラクションに一通り乗りえた後、歩美が何かに気付いたように走り出した。その視線の先を追って、元太と光彦も走り始める。きょとんとした鈴仙は、思わず主の方を見た。輝夜は相変わらずのほほんと微笑むのみである。
「佐藤刑事!」
どうやら、知り合いらしい。思い掛けない人物と会ったことにはしゃぐ子どもたちへ、声を掛けられた女性もにこやかに受け答えている。それから、輝夜と鈴仙に気が付いた女性は「お友達?」と子どもたちに尋ねた。
「うん! コナン君のお友達の輝夜お姉さんと、鈴仙お姉さんだよ!」
歩美の紹介に、二人は「蓬莱山輝夜よ」「鈴仙・優曇華院・イナバです」と簡潔に名乗る。
「佐藤美和子よ。そうだ、みんなにはこの前のお礼も兼ねて、お菓子でも御馳走したいと思っていたの。あなたたちもどうかしら?」
「この前」とは、以前探偵団がある事件の解決に協力した件についてである。輝夜も鈴仙も全く関係ないのだが、代金は自分で払えばよかろう、と輝夜が頷いたことによって鈴仙もついていくことになった。
「杯戸ショッピングモールには十分満足できたから」と子どもたちがモール内にあるカフェ等ではなく、帰り道にある場所がいいと言うと、佐藤刑事は快く頷いて「それなら、この前由美が『ケーキが美味しい』っておすすめしてくれたところがあるのよ」と案内を始める。佐藤刑事自身は車で来ていたため、カフェの名前と住所を伝えて、近くで再度落ち合うこととなった。
「ウドンのねーちゃんは、ケーキあんま好きじゃねーのか?」
移動をしながら、唐突に元太がそんなことを言い始める。きょとんとした鈴仙は「いえ、別に……」と首を振った。彼女が好きじゃないのは「なんだか分からないけど嫌な予感」である。先ほどの会話からすると「ケーキ」は「お菓子」であるから、鈴仙もそこに苦手意識を抱いているわけではなかった。
「じゃあ、鈴仙さんは人見知りなんですね! 大丈夫ですよ。佐藤刑事は優しい人ですから!」
「それは……しんどいですね……」
ぼそり。鈴仙は誰に聞かせるつもりもなく、呟いた。輝夜にはもちろん届いていた言葉であるが、子どもたちは聞き取れず、首を傾げている。
「いえ、何でもありません」
――こんな穢れに満ちた世界で「優しい」なんて。
輝夜だけは、鈴仙の呟いた言葉の真意に気が付いていた。
*
冬休みの終わりごろということもあって、道路が混んでいたのか、佐藤刑事は一行よりも少し遅れて集合場所に到着した。なぜかそのカフェに向かう途中のレストランの前には、同僚で後輩の高木刑事や、上司の白鳥警部もいる。何やらいろいろと盛り上がっているようだったが、コナンの友達だという蓬莱山輝夜という美女がいち早く彼女の存在に気が付き、にこりと微笑み掛けて、彼らの話は中断された。
「二人とも、どうしたの? こんなところで」
「実は……」
高木刑事が、「妙なタレコミがあって、二人がレストラン内を捜査したところ、不審物は見当たらなかった」と簡潔に説明すると、それに続けて白鳥警部も「ガセネタですよ」と言葉を加える。
佐藤刑事は顔をしかめたが、それも当然のことだった。
一月六日という、今日この日は佐藤刑事にとって特別な日なのである。――悪い意味で、だが。
三年前の今日、爆弾犯によって大切な人を失くしている佐藤刑事は、そのことを無理やり忘れるかのように「だったら、このあとカラオケに行かない?」と努めて明るく、二人へ声を掛けた。うれしそうな顔をした高木刑事と違って、白鳥警部は「そういう気分ではないので……」と断りつつ、車へ向かう。
それに待ったを掛けたのが、鈴仙だった。
「あなた、それに乗るつもりですか?」
「え? あ、ああ。僕の車だからね」
「やめておいた方がいいと思いますよ」
じい、と鈴仙に見つめられて、白鳥警部はたじろいだ。輝夜ほどではないが、鈴仙も整った顔立ちをしている。しかし、彼がたじろいだのは、鈴仙が美少女だからではなかった。
(見つめ続けてはいけない目だ)
そう、本能が忌避した。すぐに視線をそらした白鳥警部は、「なぜだい?」と、冷や汗を流しながらも、鈴仙に尋ねる。
「説明は難しいんですが……『嫌な予感』がするんです」
この場合、鈴仙の「嫌な予感」は「予感」ではなかった。しかし「外の人間」たる彼らに、それを詳細に教える必要もない。
「彼女がそう言うなら、車を調べた方がいいわね。それに――『タレコミ』って、爆弾予告なんでしょう? 警戒はしておいた方がいいと思うわよ」
輝夜の言葉に、まず目の色を変えたのはコナンだった。佐藤刑事が来る前に彼らが聞いていたのは、タレコミの内容、三年前の事件についてと、その事件で佐藤刑事と組んでいた刑事が亡くなったという話である。
「白鳥警部、そうだよ。もしガセネタを掴ませて油断しているところを狙ってくるような犯人だとしたら、すごく危ないよ」
コナンの一言で、白鳥警部は鈴仙に見つめられたときとは違う意味で、硬い表情になった。
「高木君。周辺の人たちへ避難指示をしてくれ。僕は車の様子を見てくる。佐藤さんも、子どもたちと一緒に避難をお願いします」
一気に緊張が走った周辺に、高木刑事が慌てて指示を出し始める。車を外から確認していた白鳥警部は、怪しげな紙を発見し、「念のため」と言って、すぐに応援を呼んだ。
「ねえ、輝夜さん。鈴仙さんって、よくああいうこと言うの?」
本当は自分も一緒に捜査したかったけれど、避難するようにと強く言われて、野次馬と同じところまで下がっているコナンは、輝夜に話し掛けた。
「まあ――いろいろなことによく気が付くわね。人の性格なんかも大まかに分かるらしいわよ」
これには鈴仙の能力が関係している。鈴仙の能力は「狂気を操る程度の能力」を呼ばれるが、それは「波長を操る程度の能力」によって、結果的に人を狂気に落とすためである。この能力を使って、音、光、電磁波、物質の波動、精神の波動などあらゆる波について操ることができるのだ。つまり、白鳥警部の車に、他の「車」と明らかに違う物が積んであることくらい、簡単に分かってしまうのである。
警察の爆弾処理を見つめながら、少年探偵団の子どもたちは互いに目を見合わせながら、「うん」と頷いていた。コナンは輝夜との会話を止めて「おめーら……『自分たちで爆弾犯を捕まえよう』なんて思ってねーよな?」と呆れた声を出す。
「白鳥警部が危ない目に遭うところだったんだよ? 許せないよ!」
「コナン君だって、同じ気持ちでしょう?」
「一人だけ抜け駆けしようなんて、思うんじゃねーぞ!」
「だ、そうよ」
灰原が肩をすくめると、コナンはちらりと輝夜を見た。その輝夜は鈴仙を見る。
「面白そうね。そういうことなら、私たちもぜひ協力したいわ。ね、鈴仙。一日くらい延びたって、永琳も察してくれるだろうし問題ないでしょう」
「…………はい」
波長を狂わせているおかげで常人には見ることができない彼女の耳は、よれよれのしおしおになっていた。鈴仙は滞在日程の延長と共に、「協力」の名のもとに自分がこき使われることを、正しく理解していたからである。
さて、子どもたちの家へと連絡に追われている博士を置いて、探偵団の捜査は二手に分かれることとなった。輝夜とコナンは、こっそり佐藤刑事の車に乗り込み、その他の子どもたちは高木刑事の車に乗せてもらうことに決定する。鈴仙はというと、博士と共に行動することになった。
「コレで永琳に連絡しておいてちょうだい」
「えっ、連絡手段あったんですか!? ていうか、滞在延長を私からお師匠に連絡するんですか!?」
「頼んだわよ。あと、何かあればコナン君の携帯電話に連絡をちょうだいね。こちらからも必要があれな連絡するわ」
輝夜に手渡されたのは、転移術が完成する前に永琳が作った「距離も空間も関係なく、同じ時間軸にさえいれば連絡が取れる道具」である。見た目はこちらの世界で言う携帯電話によく似ており、術が込められた機器同士のみ連絡が取れるようになっているそうだ。ただし輝夜は渡されてから一度も使ったことがない。
鈴仙は子どもたちと輝夜を見送った後、(いや……お師匠だって分かってるはずよ。そもそも私に姫様を止められるはずがないんだし、怒られないわ)と内心恐々としながら通話ボタンを押した。隣では、深いため息を合間に挟みながら、博士が子どもたちの家へ連絡をしている。
『姫様、どうされました?』
「あ……お師匠、すみません。姫様ではなく、私なんです。その、姫様から伝言がありまして……」
『はあ……どうせ、しばらくそちらに留まることにした、とかそういうことでしょう』
さすが、と鈴仙は舌を巻いた。
「その通りなんです。御友人と一緒に事件の捜査をしたいからって」
『分かりました。そういえば、術が成功したようで安心しました。姫様にはそちらに着いたら連絡してほしいと伝えてあったんですが……』
鈴仙には知る余地もないが、輝夜はこの世界に来てすぐに友人と会うことができたため、会話が弾み、(まあ永琳にはあとで連絡すればいいか)と、鈴仙とはぐれて「成功」とは言えない状況の中、連絡を後回しにしていたのである。
「こちらに来るには来れたんですけど、はぐれてしまったんです。聞いてくださいよぉ、それなのに姫様ったら、自分だけ御友人と楽しく遊んでたんですよ!? 私は必死になって探してたのに!」
『それは大変だったわね。それにしても、転移自体は成功したのに、はぐれた……? 座標は“歪み”……いえ、姫様の御友人に設定したはずなのだけれど。まあいいわ。報告ご苦労様。事情は分かったから、一応帰る前にもう一度連絡してちょうだい』
電話を握りしめながら、博士と鈴仙は全く同じタイミングでため息を吐いた。それから互いに握手を交わす。
「鈴仙さんも大変じゃのう。どうせ何かあれば連絡がくるんじゃから、わしの家でお茶でもどうかね? 地図も用意しておかないとな。どうせすぐに、暗号の候補地についてあれこれ言われるんじゃ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「あ、それなら送りますよ。あなたのおかげで助かりました。あのまま車に乗っていたら怪我じゃすまなかったでしょうし、それくらいさせてください」
爆弾の撤去が終わり、警察や周辺の人々への指示をしていた白鳥警部が声を掛けてきて、二人は顔を見合わせた。それから「お願いします」と頭を下げる。
「鈴仙さん……でいいんですよね。そういえば、名前も聞いていなかった。今度ぜひ、お礼をさせてください」
そういえば、コナンがさらっと輝夜と鈴仙の名前だけを伝えて、それからは「タレコミ」の話になったから、きちんと名乗っていなかったな、と鈴仙は差し出された手に己の手を重ねながら「鈴仙・優曇華院・イナバです」と簡単に伝えた。
「日本の方かと思っていましたが、違うんですか? 御両親が外国の方とか?」
「ええ、まあ、そんな感じです。ところで、お礼ならぜひ『ケーキ』をお願いしますね。明日には帰るはずなので、夕方までに用意しといてもらえると助かります!」
にこにこと、食べ損ねたケーキを自分だけねだる鈴仙を見て、博士も白鳥警部も「ちゃっかりしてるな」と思ったのだった。
???(なんかすげー泣いてる女子高生いる……)
???「あ。悪ィな、青子。今行くって。模試の会場なんか、わざわざ下見なんてしなくていいと思うけどなぁ」
***
あけましておめでとうございます。
ねずみの年にうさぎの話を書く。コナン世界はたくさんループしてるからなんの問題もありませんね。
うどんげは紺珠伝以前の性格のつもりで書いています。