蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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新難題:月のイルメナイト

 一人、また一人。この城を訪れた人物が消えていく。はじめはコナン。次は突如現れた蓬莱山輝夜という絶世の美少女。その次は博士。それから元太、光彦。残ったのは歩美と灰原だけ。少女たちは息を切らしながら、通路を走り回っていた。

 

 追いかけてくるのは、老婆のふりをした「誰か」。逃げ切るために扉を開け、地下通路から城の床へと辿り着いた。はしごを上る灰原に歩美が手を差し伸べたところで――「誰か」が灰原の足をつかんだ。

 

 ぺらぺらと話をする「誰か」に対し、少女たちはその顔に怯えを浮かべる。「誰か」が鉄の棒を振り上げたそのとき、何かが当たって、「誰か」の手から棒が弾かれ、大きな音を立てて床へと落ちた。

 

「うふふ、悪趣味もいいところね」

 

 にこり、美しく微笑む輝夜。その隣で欄干に座り、光る靴を見せつけるように膝を立てたコナン。傍にはいなくなったはずの元太や光彦もいた。

 

「き、貴様らッ……! なぜ……!!」

 

 喜色を浮かべる少女たちとは裏腹に、老婆の外見からは想像もできない、力強い怒号が響く。

 

「輝夜さんと光彦のおかげさ」

 

 得意げに言ったコナンに、輝夜は胸を張る。

 

「あなた、迂闊だったわね。気絶させた人たちを同じ場所に運んだこと。それに、『あなたに何もされていないのにいなくなった』私を放置したこと」

 

「博士が殴られて気絶させられたのをこっそり見ていたらしい輝夜さんは、あんたの後をつけてオレたちの隠し場所を見つけたのさ」

 

「ま、まさかあの隠し扉が壊されていたのは……いや、そんな馬鹿な! あの扉がそんなに簡単に壊れるとは思えん!」

 

「誰かさんが使いすぎて、立てつけが悪くなってたんじゃないかしら? ともかく、そういうわけで気絶していた彼らを起こした私は、その後あなたが通路に閉じ込めた二人と合流して、城に戻ったというわけよ」

 

 それから、ひょっこりとタイミングを見計らって現れた博士が「誰か」の正体を明かす。というのも、彼らが少女たちと合流するのが遅くなってしまったのは、コナンの推理をもとに、裏を取るためだった。

 

 正体がバレてしまった犯人が逃げようとするところを、コナンが挑発的に笑う。彼女が老婆に扮してまで長年追い続けていたこの城の謎が解けた、と言って。

 

 その話を聞いて、女は駆け出した。車椅子生活をしていながら、裏では筋力が衰えないように隠し通路を歩き回って生活していたのだろう。

 

 駆け上がったその先、見つけた「宝」を目にして――彼女はなりすましていただけのはずが、「本物の」老婆になってしまったかのように、すっかり老いてしまった。城の主にとっての何よりの「宝」は、醜く歪んだ女が望んだものではなかったようだ。

 

 

 朝陽輝く早朝、何事かと騒ぎを聞きつけて起きてきた城の者たちに、博士と輝夜で事の顛末を説明する。それから「謎を解いてほしいと気軽に頼んだことが、危険な事件につながってしまって申し訳ない」という謝罪と、子どもや博士の治療費を含めた心付けを受け取る。

 

 犯人を警察に引き渡すのは間宮家の者に任せ、朝食を御馳走になった一行は、博士の車に乗っていた。

 

「なあ、輝夜さんはどうしてオレが隠し通路にいるって分かったんだ? それに、犯人の正体にも気が付いていたみたいだし」

 

 コナンは車の窓を開けて、出発前にどうしても、と輝夜に話し掛けていた。

 

「あら、犯人の正体については簡単なことよ。まず、手足ね。あれは老婆の手ではないわ。たしかに年は取っていたけれど、老婆と言うには若い手だったし、足を使っていない生活であるはずなのに、ちらっと見えた足は特別細いとも感じなかった。それに、顔を変えているだけあって違和感があったのよね。まあ、あなたを見つけたのは勘に従っただけよ。私、そういうのけっこう当たるの」

 

「……それならなぜ、犯人についての違和感を誰にも伝えなかったの? 危険があるかもしれないと、あなたは分かっていたんじゃない?」

 

 ぎろり、と車の助手席から灰原が睨む。

 

「あまり危険とは縁のない生活を送ってきたから、危険に対しての勘は鈍いのよね、私。それに、もし犯人のことについてあなたたちに教えてしまったら、『もしかしたら何事もなく終わったかもしれない一日』を自ら放棄することになる。そう思わないかしら?」

 

「だからと言って、リスクを誰にも伝えないのは不誠実だし、結果として私たちは危険な目に遭った。違うかしら?」

 

「まあ、多少の怪我はあったとはいえ、みんな無事だったんだし、犯人も捕まったし、終わりよければ全てよしってことにしましょうよ。それに、私は自分で謎を解くよりも、人が謎を解く姿が好きなのよ。それが自分の与えたものであれ、他者から与えられたものであれ」

 

 灰原からの視線は和らぐことはない。輝夜は気にせずにこりと笑って、ひらりと手を振った。

 

「また会いましょう、近いうちに。きっと遊びに行くわ」

 

「うん! バイバイ、輝夜お姉さん!」

 

「ボクたち米花町に住んでるから、近くに来たら遊びに来てください!」

 

「またな、輝夜の姉ちゃん! 約束だぞ!」

 

 子どもたちの元気な声に、輝夜は頷いた。

 

「ええ、もちろん」

 

「それより、輝夜さんはこれからどうするんじゃ? まさか家出を続けるわけにもいくまい。お節介かもしれんが、乗っていくかね? 家まで送り届けよう」

 

 運転席から、博士が心配そうな顔をして輝夜の顔を覗き込む。彼女は美しい笑みのまま、「けっこうよ」とやわらかな口調で伝えた。

 

「家の者は私の与えた『難題』を解かないと迎えに来れないわ。そして私自身も、与えられた『難題』を解かないことには帰れないの。そういうものなのよ」

 

 子どもたちはなぞなぞのような輝夜の言葉にきょとんとしたり、答えを出そうと難しい顔をしたりしたが、博士はその言葉をさらりと流し、彼の心配の種を再び問うことにした。

 

「それなら、宿泊先は決まっているのかね? 親類や友人への連絡は?」

 

「御心配、どうもありがとう。でも、不要よ」

 

「博士、いいじゃない。本人がいいって言ってるんだから」

 

 未だ輝夜を見る視線の鋭さを軟化させることのない灰原が、ぴしゃりと言う。元太が「冷てーの、灰原のやつ」と口を尖らせたが、非難された灰原自身と、「冷たくされた」張本人はどこ吹く風だ。

 

「もし、無事かどうかの確認が取りたいと言ってくれるなら、手紙を送るわ」

 

「あなたに住所なんて教えるわけ……」

 

「あ、それなら毛利探偵事務所にお願い! ボク、小五郎のおじさんのところに住んでるから! 今、探偵事務所の住所書いてあげるね!」

 

 輝夜の言葉に灰原が何かを答えようとした瞬間、コナンがそれを大きな声で遮った。

 

「ええ、ありがとう」

 

 彼らの乗った黄色い車を見送って、輝夜は「麓まで送っていきましょうか」と申し出る間宮家の者たちにやんわりと断りを告げ、黄色い車の去って行った方へと歩いていった。

 

 

 それからその夜、輝夜は姿を消して、彼らの住む町へ向かった。米花町はどうにも賑やかなところだ。それに、月の民が嫌う「穢れ」が満ち満ちている。

 

「ええと……外の世界では何が必要だったかしら?」

 

 目立たぬように、須臾の世界できょろきょろとあたりを見回しながら、彼女は「役所」と書かれた建物に忍び込んだ。きっと役所ならば、この世界の住民がどのように暮らしているか、基本的な情報は手に入ることだろう。

 

 一日役所に入り浸り、様々な手続きをする人々をこっそり観察しながら、夜中に盗み見た書類とその意味、役所に来る人々の話から、一般的に必要な手続きやら書類やらについて一応の知識を蓄えたのち、輝夜はようやく役所から出た。面倒な手続きを全て己の力で「受理してあることにして」、今の輝夜はふらふらと夜の街を歩いている。夜だというのにまあ、ずいぶんと明るいことだと内心ため息をつく。賑やかというよりは騒がしい街の中は、幻想郷の夜とは全くの別物だった。まあ、あちらはあちらで、夜になれば妖怪が活気づくので賑やかではあるけれど。

 

 ともかく、この騒がしい街では、大半の人々が輝夜に見とれ、放っておいてくれないのだ。特に、酔っぱらって気が大きくなった者たちなんかは、あの手この手で気を引き、口説こうとしてくる。

 

「き、君! 芸能人になりたくない!?」

 

 うんざりしながら、やっぱり須臾の力を使ってこっそり歩こうかしら、と輝夜が思い始めていたときだった。随分と地味な印象の男が、必死な形相で輝夜に話し掛けてきたのだ。

 

「私、働きたくないわ」

 

 「芸能人」というのが職業であるということは学習済みの輝夜である。どんな仕事かは分からないが、仕事は生活を成り立たせるものでもあり、縛るものでもある。謎を解くのに足枷になるようなものはいらないと、彼女は胸を張ってそう答えた。

 

「い、嫌な仕事は断れるようにするから!」

 

「芸能人って、具体的になにをするの?」

 

「君くらいの美人なら、モデルとか……話すのが好きなら、タレントとか、演技できるなら女優とか、歌が得意なら歌手とか……とにかく、なんでも! 君ほどきれいな子、見たことがない! 詳しい話だけでも、事務所で聞いてくれないか!?」

 

 輝夜は「ふぅん」と、値踏みをするように男を見た。黒髪で、スーツ姿の、冴えない凡庸な男だ。

 

「私を手に入れたいというなら、あなたに『難題』を与えましょう」

 

 白く細い指を、うっとりするほど美しい仕草で空へと向けた彼女は、視線は男からそらさず、妖しく微笑む。

 

「『月のイルメナイト』を手に入れ、私に届けること。そうね……もし手に入れたら、『毛利探偵事務所』に送るか、あなた自身が持ち込むこと。それができたら、そのお話、考えてあげるわ。それでかまわないかしら?」

 

 こくこくと頷いた男は、時間が惜しいとばかりに脱兎のごとく駆け出した。くすくす笑った輝夜は、あの眼鏡の少年からもらったメモ書きを見つめる。そして悠然と、「そこ」へ向かうために歩き出したのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 江戸川コナンが学校から戻ると、毛利探偵事務所に来客があるようだ、とドアを開けたときの話し声から察することができた。どうにも女性のようで、探偵事務所の主である毛利小五郎の声が、明らかに普段の依頼のときとは違い、気合が入っている。

 

「ただいまー……って、輝夜さん? どうしたの?」

 

 面白い依頼だったらいいな、とコナンが住宅スペースではなく探偵事務所の方へと歩いていくと、つい先日見たばかりで、一度目にすれば忘れることの方が難しいほどの絶世の美貌を持った少女が、事務所の粗末なソファに腰かけていた。

 

「あら、コナン君。こんにちは」

 

 にこり。相も変わらず完璧な笑みを浮かべる輝夜に、コナンは思わずどきりとしてしまう。ちなみに、彼の幼馴染であり、小五郎の娘である毛利蘭は、本日は部活のため、まだ帰宅していない。それが幸か不幸かはわからないが、彼女にデレデレしきっている小五郎にとっては、幸運なことに間違いないようだった。

 

「なんだァ、小僧。輝夜さんと知り合いなのか?」

 

 訝し気に少年を見やる小五郎に対し、輝夜が「コナン君がこちらを紹介してくれたのよ」と返事をする。「たまにはお前も役に立つじゃねぇか!」と喜色満面に変わった事務所の主に対して、少女はくすくすと笑った。年上に対して敬語を使う様子のない輝夜だが、彼女の持つ独特の雰囲気や、その唯一無二の美貌から、そういったことを相手に全く気にさせない。まあ、実際のところ輝夜の方がはるかに年上であるが。

 

「輝夜さん、どうしたの? 何か困り事でもあった?」

 

「困り事というほどでもないんだけど、先日芸能人にならないかって誘いを受けたの。そのとき、条件を付けたのよ」

 

「条件?」

 

「ええ。『月のイルメナイトを手に入れたらいいわよ』って。そこで、送り先にこちらの事務所を勝手に指定させてもらったのよ。その説明をしに、今日はお邪魔したってわけ」

 

「万が一本物のスカウトマンじゃなかったり、スカウトはスカウトでも、危ない系統のものだったりしたら大変だからな! 輝夜さんはその場で返事をせず、ついて行きもせず、機転を利かせたってわけだ。万が一本物のスカウトマンでも、乗り気でなければ迷惑なだけだしな!」

 

 うんうんと頷く小五郎は、「まあ、しかし、輝夜さんのポスターがあったら私は飾りますけどね……」と恰好をつけながら言っていたが、輝夜もコナンも聞き流していた。

 

「用事は本当にそれだけなのよ。ごめんなさいね、手紙を書く前にお邪魔して」

 

「ううん! それより輝夜さんは、どうやってここまで来たの? 車? 電車? それと、結局どこに泊まったの? みんな心配してたよ!」

 

 子どもの無邪気さを装って質問を重ねたコナンに、輝夜は「歩いたり、親切な人の車に乗せてもらったりしたわ」とにこやかに答えた。むろん、その「親切な人の車」には無断で乗っていたが、相手は気が付いていないし、そんなことはわざわざ説明する必要もない。

 

「泊まったのは、漫画喫茶というところよ。便利なのね、一日中やっていて。しかも飽きないわ」

 

 輝夜が謎の自信を以って、胸を張りながらそう答えると、反対にコナンの顔は心配そうになった。

 

「え……大丈夫だった? 変な人に付きまとわれたとか、そういうの」

 

「ええ。私、これでも気付かれないようにするの、得意なの」

 

 やはり輝夜は自信満々である。気付かれないようにするというか、他人には認知できなくなるというか、口で言うほど軽い現象ではないけれど、その軽い雰囲気に、小五郎もまた軽い雰囲気で笑った。

 

「いやぁ、しかし、それだけお美しければどこにいても目立つでしょう」

 

「ちょっとしたコツがあるのよ」

 

 口元に指を寄せた輝夜のあまりの美しさに、男二人は息を呑んだ。

 

「さて、それじゃあ私は行くわ。もし私の名前を出すような来客があったら、よろしく頼むわね」

 

「あっ、ちょっと待ってよ! もしお客さんが来たとして、どうやって輝夜姉ちゃんに連絡を取ればいいの?」

 

 ソファから立ち上がった輝夜を呼び止めたコナン。それに対し、彼女はきょとんとした表情を向けて、すとんとソファに座り直した。

 

「考えていなかったわ」

 

「輝夜姉ちゃん、これからどうするの? 漫画喫茶に泊まったってことは、まだちゃんと住む場所とか決まってないんだよね? ケータイは? 持ってないの?」

 

「そうね……いろいろ手続きは済ませたと思ったけど、やっぱり漏れがあるわね」

 

 そもそも、輝夜は手続きを済ませただけで住居や金銭のことは後回しにした。彼女お得意の「気付かれないようにする」特技のおかげで、重要度が低いのだ。お金の問題についても、どこかの普通の魔女のように「死ぬまで返さない」ということをしたりしなかったりすればいい。輝夜は死ぬことがないので、結局は彼女が返さないと思えば相手に返ることはないのだが。

 

 しかし、少年の言う通り、この世界に生きるための「当たり前」を輝夜は知らない。それに、そろそろ落ち着ける場所が欲しいと思っていたところだ。この世界は夜でもいろいろな店が開いているので、こっそり忍び込んで、多くの人々を観察しながら夜を明かすのも悪くはなかったが、そればっかりでは疲れてしまう。永遠亭のように、とまではいかなくても、静かな場所があればいいなと思っていた。

 

「そうだ、コナン君。今から時間ある?」

 

「え? あ、あるけど……」

 

「毛利さん、この子ちょっと借りるわね。まあ、遅くならないうちに帰るから、心配はしないでちょうだい」

 

 流れるような作業でコナンの背中からランドセルを下ろさせた輝夜は、そのまま困惑している少年の手をつないで探偵事務所を後にする。背後から小五郎が何かを叫ぶ声が聞こえてきたが、内容的にコナンを心配するようなものではなく、羨むようなものであったため、無視しても大丈夫だろう。

 

「か、輝夜さん? どこ行くの?」

 

「それを教えてほしいのよ。ほら、私って、家の者から外に出ないようにずっと言われてきたから、いわゆる『世間知らず』だと思うのよね。どうにか住む家を探したいんだけど、どうすればいいのかも分からないし、そもそもみんなの常識とするところも分からない。その点、君なら子どもだけど色々知っていそうだと思って」

 

「で、でも、家って借りるのに審査とかあるらしいし、保証人が必要な場合がほとんどって聞いたことがあるよ! そういう人がいないと借りられないんじゃないかなぁ? それに、お金はあるの? 輝夜さんっていくつなの? 未成年は親の許可なしにいろんな契約とか、できないと思うよ?」

 

 コナンの手を握ったまま、輝夜は空いている方の手を己の口元に当てた。

 

「未成年ではないから、契約とかは大丈夫よ。でも、審査とかは面倒ね。私、運転免許証もパスポートも持っていないから写真付きの身分証ってないし」

 

 輝夜がそういったことに対して多少の知識があるのは市役所で人々を観察した賜物であるが、そうとは知らないコナンにとって、彼女は「相当世間知らずな箱入り娘」と映ったようだ。実際は彼からしたら宇宙人のようなものだが、どちらにせよ信じられないものを見るような目で、輝夜の顔を斜め下からまじまじと見つめる。

 

(……いや、そりゃあ、家の人が過保護になるくらいの美人ではあるけどよ)

 

 コナンの目には、年のころだって本来の彼の年齢とそう変わらないように見える。未成年ではないと言われて、少しばかり驚いたくらいだ。浮世離れしたその雰囲気と、あまりに整いすぎた芸術品のごとき容貌は、彼女を何も知らない無垢な乙女にも、それこそ月の都から来たお伽噺の姫様のようにも見せている。そのどちらも、彼より年上で、多少は酸いも甘いも経験しているであろう妙齢の女性像とはかけ離れていた。

 

「コナン君、家を貸してる知り合いとかいないかしら? あと、ケータイはどうやって買うの? それからそれから……」

 

 言い募る輝夜のことを、彼の友人の灰原はかなり警戒していた。現れたシチュエーションが怪しすぎるし、素性を隠そうとする彼女の言動にさらに不信感を募らせていたのだ。

 

(オレは輝夜さんはちょっと変わってるだけで、怪しいやつじゃないと思うけどな)

 

 彼が追っている「組織」の人間であったら、灰原もそうだと言うはず。自分と同じように幼い姿になってしまった彼女は、そういう嗅覚には優れていると自分で言っていたし、何より輝夜は以前見た時も、今も、黒ずくめの姿ではない。

 

 ピンク色のブラウスにブラウンのロングスカート、革のブーツを履いた彼女は、血生臭い裏の組織の住民とは思えず、どう見ても「良いとこのお嬢様」であった。

 

「とりあえず、父さんの知り合いに不動産やってる人がいるから、今から行っても大丈夫か連絡とってみるよ」

 

「あら、あなたお父さんがいて、しかも連絡を取り合える仲なのね。毛利探偵事務所に引き取られていると聞いていたから、てっきり御両親は亡くなられているのかと思っていたわ」

 

「あっ! ボ、ボクのお父さん忙しいから、あんまり日本にいなくって……でもボク、日本で暮らしたいから……ハハハ……」

 

 常識知らずなくせに、頭の回転は悪くないらしく、輝夜はコナンがうっかり漏らした言葉をしっかり拾っていた。本人は深く追及する気もないのか、「それなら、私と大して変わらないじゃない」と自分の家出を棚に上げてコナンの「わがまま」による事情を、にやにやと笑っている。

 

「あ、父さん? ボク、コナンだけど。えっとね、知り合いのお姉ちゃんが家を借りたいんだって。父さんの知り合いに不動産会社の人がいたよね? その人に今から連絡取りたいんだけど、連絡先教えてくれるかなぁ?」

 

『ブフッ……あ、ああ、分かった。電話番号を教えよう』

 

 電話口から明らかに噴出した音が聞こえたが、輝夜は聞こえなかったことにしてあげた。輝夜とて、彼の事情は知らずとも、彼が見た目通りの存在ではないことは理解している。そして、今の反応から、おそらく彼が「父」と呼ぶ協力者――あるいは、本当に彼の父親である人物は、彼の身に起きた「何か」を知っていると推測できた。別に彼の正体を掴みたいと目論んで連れ出したわけではないが、これはこれで良い収穫になったと輝夜は暫定親子の会話に耳をそばだてていた。

 

『じゃあ、しばらく戻らないが、元気でな』

 

 電話が切れ、コナンは輝夜に向き直り、「今から電話してみるね!」と子どもの笑顔を張り付けて言った。輝夜もにこりと頷き返し、こうして奇妙な二人は家を探しに、不動産会社のあるビルまで歩いて行ったのだった。

 

「いやあ、話は聞きましたよ! ボウヤから着信があったすぐ後に、ゆ……ごほんっ、メールが入りましてね! まさかこんなきれいなお嬢さんの家を探させてもらえるなんて、光栄だなぁ」

 

 にこにこと上機嫌な男は、名札に「部長 北川」と書かれており、輝夜には部長という役職がどれほど偉いのかは分からなかったが、肩書があるということは、まあそこそこの地位なのだろうと推測した。北川はコナンに「優作さんから話は聞いてるよ。いやあ、君、新一君の親戚なんだって? 似てるなあ」だとか「優作さんには自分の名前は出すなと言われててね。有名人は大変だね、全く。僕も気を付けるから、君も気を付けて」だとか、そういったことを話していた。小さな音量で、輝夜から二人はそこそこの距離を取られていたので、常人だったら聞こえないだろうが、輝夜はそもそも地球人ではない。ばっちり聞こえていた。

 

「さあ、お待たせいたしました。こちらにお掛けください。君、飲み物を」

 

 輝夜の個人情報を配慮してなのか、コナンが父親と言った「優作さん」への計らいなのか、他の客は仕切りの付いたカウンター席や簡易的なパーテーションの置かれたテーブル席で案内を受けているが、彼女が通されたのは個室だった。一緒についてきた女性社員にメニュー表と水を手渡され、カタカナ表記のメニューの内容がほとんど想像できなかった輝夜は、無難に温かい緑茶を頼んだ。コナンは「ボク、オレンジジュース!」と元気いっぱいに頼んでいたが。

 

「さて、申し遅れましたな。私は北川と申します。あなたは……」

 

「私は蓬莱山輝夜。米花町には来たばかりで、勝手がよく分かっていないの」

 

「ボクは江戸川コナン! 輝夜姉ちゃんに家探しを頼まれたんだ」

 

 簡単な自己紹介を済ませると、北川は「では蓬莱山さん」と、何枚かの紙を差し出した。

 

「簡単で結構ですので、こちらに希望を御記入ください」

 

「……ごめんなさいね、私、家からあまり出たことがなくて。バス・トイレ別ってわざわざ書かれているってことはそうでない物件もあるってこと? お風呂とお手洗いは普通別よね?」

 

 手渡されたボールペンを手に、輝夜はざっと目を通した中で、意味の分からない単語や単語の意味は分かるが、どうしてそこに書かれているのかは分からない項目などの質問をしていった。北川の顔は明らかに引き攣っていたが、誰も彼を責められないだろう。そこまでの箱入り娘ならば、大抵両親が付き添ってくるし、そもそもそういった女性は一人暮らしを望まれない傾向にある。そのため、こうした基本事項を一から説明することはあまりないのだ。

 

「お待たせいたしました。温かい緑茶と、オレンジジュースです。こちらもよろしければ……」

 

 飲み物と共にお茶請けが出される。高級そうな最中で、オレンジジュースを頼んでしまったコナンは「オレも輝夜さんと同じものにすればよかった」と内心後悔していた。

 

「分かったわ、どうもありがとう」

 

「いえ、とんでもない。また何か分からないことがありましたら、気軽にお尋ねください」

 

 北川にとって幸いだったのは、輝夜は常識知らずではあったが、頭の回転が速いことであった。説明をすればすぐに理解するし、なんなら説明の途中で概要を理解することができる。北川としても、彼女を頼んだ工藤優作という男は恩人であり、輝夜のことを世間知らずの面倒な客であるからと、適当な物件を押し付けるわけにもいかなかった。女性向け物件であることはもちろん、きちんとした管理会社の経営するところでなければならないので、選択肢も絞られる。

 

「ねえ、輝夜さん。この条件だと都内じゃ家賃すっごく高くなっちゃうと思うよ?」

 

 輝夜の記入している用紙を覗き込みながら、コナンが声を掛ける。彼も賃貸を借りて一人暮らしをしたことがあるわけではないが、探偵である以上、専門知識だけでなく世間の常識も広く仕入れる必要があるため、こういったことには詳しかった。

 

「そうなの? 困ったわね、家賃の相場も知らないし、そもそも普通の人がどんな生活を送っているのか知らないもの」

 

 湯気の立った熱そうなお茶を涼しい顔で飲んでいた輝夜は、湯呑から口を離して、小首を傾げる。

 

「やっぱり、間取りとか設備とかも大事だけど、周りの環境も大事じゃない? ほら、よく言うのは病院とかスーパーとかが近い方がいいって」

 

「病院は必要ないから、他に近くにあると便利な施設を知りたいわ」

 

「一人暮らしだったら病院は近い方がいいと思いますけどね。病気はもちろん、このご時世どこで事件に巻き込まれるかも分からないんです。馴染みの病院があった方が安心できると思いますよ」

 

 北川が「困ったお嬢さん」に助言をすると、彼女はおかしそうにくすくす笑った。まるでそのアドバイスが、てんで見当外れだとでも言うように。

 

「それはどうも、教えてくださって、ありがとう。でも、やっぱり必要ないわ。まあ、あったらあったで困らないけれど、どのみち診療の必要があるときは、家の者にしか診せませんもの」

 

「あ、お医者様の家系なんですか?」

 

「輝夜姉ちゃんのお家の人はお医者さんと薬剤師さんなんだって」

 

「ええ。まあ、お医者さんで薬剤師と、その他薬剤師って感じかしらね」

 

 輝夜がのほほんと答えると、北川は先ほどよりは幾分うれしそうな顔で「それだったら、こちらの物件はいかがですか?」と資料を提示した。輝夜の隣ではコナンが変な顔をして「高ぇ!」と慄いていたが、あいにく輝夜にここらの物価は分からない。北川としては、輝夜に記入してもらった用紙を参考に「医者の娘なら支払い能力くらいあるだろう」と見込んでの提案だったのだが、隣にいたコナンが慌てて却下していた。小さな探偵は輝夜が家出をしたと思っており、その状況から、実家からの支援は望めないだろうと推測していたからだ。

 

 結局、どんな物件を提案してもコナンが難癖を付け、話はまとまらない。時間ばかりが浪費される中、小さく手を上げたのは輝夜だった。

 

「熱心に探していただいて、ありがとう。こちらの資料、持ち帰って検討しますわ。資料を見ていたって分からないことも多いし、すぐに決められることではなさそうだってこと、よくわかったもの。もしよろしければ、また後日、実際に建物を見ながら決めていきたいのだけれど……ご都合はいかがかしら?」

 

「そうしてもらえると、こちらも助かります」

 

 北川は、疲れと苛立ちが隠し切れない笑みを浮かべて、輝夜とコナンをエレベーターまで送って行った。彼がいちいち難癖をつける少年を邪険にしなかったのはひとえに「工藤優作」その名前が脳裏をちらついていたからに他ならない。

 

「あーあ。結局、決まんなかったな。輝夜さんの家」

 

「それはあなたが次々に却下していったからだと思うんだけど」

 

「本当は、今輝夜さんが手に抱えてる資料だって、どれも高すぎるんだよ。たしかに輝夜さんは女性で、一人暮らしだから、セキュリティ面は気にした方がいいと思うけど……」

 

「うふふ。まあ、私はそういうのは気にしないけどね」

 

「なぁに言ってんだよ、今まで『危険だから』ってずっと家にこもりっきりだったって、自分で言ってたんじゃねぇか」

 

 呆れ顔の小学生に、輝夜はくすくすと笑った。輝夜が危険に晒されることはない。例えば、神だとかそういった超常的な存在が出てきたら話は別だが。ただの人間に、輝夜を危険に晒せるはずもない。しかも、彼らは空を飛べないので弾幕ごっこすらできない。輝夜と勝負する、その土俵にすら立てない相手が、輝夜をどうこうできるはずもないのだ。誘拐しようとしたところで、輝夜は相手に気付かれずに逃げることができるし、ただの人間には彼女を拘束することもできない。武器を使って襲われたって、怪我はすれど全て治る。そもそも、怪我を負ってやろうとも思わないので、能力を使わずともその身体能力でねじ伏せることができるのだ。

 

 蓬莱山輝夜という少女は、だからこそ、そんな無用な心配をしてうんうんと悩む少年を微笑ましく思った。無用であることを知らなくても、彼のように知り合ったばかりの人間の住居選びを手伝い、本気で悩んでくれる人物は稀有だろう。

 

「なあ、輝夜さん。自分のことなんだから、もっとちゃんと考えて……」

 

 パッ、とコナンが顔を上げたときだった。ふいに輝夜がコナンの手を引く。

 

「さっきから尾けられているみたい。コナン君、お友達じゃないわよね?」

 

 こっそり呟かれた言葉にハッとしたコナンが、相手に気付かれないようにさりげない仕草で周囲を見渡すと、確かに怪しい男が数名、輝夜とコナンの後を尾けていた。

 

「輝夜さん、人通りの多いところを歩いて……この時間なら、駅周辺は混み合うと思う。駅の方へ向かって相手をまこう」

 

「ふふ、必要ないわ」

 

 輝夜はにっこりとほほ笑んだ。怪しい男たちにつけられているというのに、余裕の笑みである。

 

「私はいつも、私を望む者たちに『難題』を与えてきたのよ。そしてそれを解き明かし、あるいは乗り越え、私を満足させた者は一人もいなかった」

 

 「ま、お遊びで打ち破った者は何人かいるけどね」と、コナンには理解しがたいことを呟いた輝夜は彼の手を引いて、どんどん暗い道へと向かっていく。

 

「お、おい……!」

 

 慌てるコナンにもかまわず、輝夜は自信満々に歩を進め、ついに袋小路まで来てしまった。黄昏時とあって周囲は暗く、さらに冷たい風がひゅおっと不気味な音を立てて、輝夜の艶やかな黒髪を揺らす。

 

「お嬢さん、坊や、迷子かい?」

 

 現れたのは大柄な一人の男。

 

「お馬鹿さん。大通りでは声も掛けられない小心者のあなたたちに、何の用なのか聞くために、わざわざこんなところまで来てあげたんじゃない」

 

 既に輝夜とコナンの手は離されていた。コナンは警戒した表情のまま、近くに空き缶が数個転がっているのを発見し、いざというときのためにそれらをさりげなく足元に寄せる。

 

「ふん、強気なお嬢さんだな。今までわがまま放題だったんだろう」

 

 ぱちん、と男が指を鳴らすと、背後から五人の男たちが現れた。全員黒服を纏っており、その姿にコナンは息を呑む。

 

「へへ……悪いことは言わねぇ、大人しくしてるんだな。なァに、命まではとらねぇ。ちょっとイイコトして、それをビデオに撮られるってだけさ。聞こえてたぜ? お嬢さん、帰る家がないんだろ? 俺たちの相手をしてくれりゃ、お代はいらねぇ」

 

 卑下た笑みを浮かべる男に、コナンはキック力増強シューズのつまみに手を掛ける。人数が多いのでキツいかもしれないが、やれることはやるしかない、と腹をくくった。

 

「『月のイルメナイト』」

 

 しかし、隣に立つ輝夜は相変わらず余裕を崩さず、微笑みさえ浮かべたまま、そう呟いた。

 

「私を手に入れたいなら、それを取ってきて、私に差し出しなさい。そしたら、話くらいは聞いてあげるわ」

 

 彼女の言葉を、その場しのぎの難癖だと思ったのか、背後に控えていた男の一人が「何ワケわかんねぇこと言ってんだ、オラァ!」と声を荒げる。しかし、それ以上言葉を続けるのを先頭にいた男が制した。

 

「フッフッフ、お嬢さん、ナメてもらっちゃあ困る。こう見えて、オジサンたちは悪い大人でね。お嬢さんが抵抗するなら、力ずくでも攫えばいいだけだ。隣の小さな坊主が、お姫様を救えるナイトには見えないが……さぁ、大人しくこっちへ来い!」

 

「行かなければどうなるの?」

 

 のんびりと言葉を返す輝夜に、後ろのガヤが「薬漬けじゃオラァ!」「さんざん楽しんだあとはバラすぞ!」などと、聞くに堪えない暴言を吐いている。

 

「では、私からも、もう一度言うわね。『月のイルメナイト』。これを取ってきなさい」

 

 一歩前に出た輝夜は、コナンを庇うように立つ。しかし、コナンにとってはうれしくない態勢だった。なにせ、これでは輝夜が壁となって男たちに空き缶をぶつけることができない。じりりと彼は己の立ち位置をずらそうとした。

 

「どう? 私の『難題』、受けるかしら?」

 

「お嬢さん、いい加減にしてもらおうか。一応知らせといてやるけどなぁ、こちとら泥参会のモンだ! 名前くらい聞いたことあるだろ? さあ、大人しくついてこい!」

 

 先頭の男が腕を懐に入れ、そこから拳銃を取り出す。その銃口は輝夜へと向けられており、先頭の男の行動を皮切りに、背後にいた男たちも同じように拳銃を取り出した。

 

「輝夜さんっ、どいて!」

 

「では、乗り越えなさい。この『難題』を」

 

 静かな声だった。それはまるで、夜空に浮かぶ銀色の月のような静謐さ。札のような何かを、いつの間にか手にしていた彼女のその笑み。それはまるで、黄金の望月のような欠けたることのない狂おしい美。その声を、横顔を、間近で見聞きしたコナンは、時が止まったと本気で錯覚した。

 

「『新難題:月のイルメナイト』――大丈夫、痛くても死なないわ」

 

 その瞬間のことを、コナンはよく覚えていない。どういうわけか、その瞬間だけが記憶から切り取られてしまったような。それとも本当に彼が見逃してしまっただけで、一瞬で何かが起こったのか。普段の彼であれば、探偵という性質上、そんな失態を犯すはずがないのに――それでも、コナンは何があったのか、見逃した。

 

 気が付いたら男たちは倒れていて、輝夜は変わらず美しく微笑んでいて。それから「大丈夫?」とコナンに声を掛け、呆然とする少年の手を引いて、袋小路を抜けた。

 

「か、輝夜さん? 今何が……」

 

「うふふ。さあ、何かしら。びっくりしちゃうわね」

 

「輝夜さんって……何者?」

 

 彼女の手を振り払い、視線を鋭くした少年に視線を合わせるように輝夜はしゃがみこんだ。

 

「私のことが知りたいなら、自分で解き明かしてごらんなさいな。私、誰かに問いの答えを教えてあげるほど優しくないの。それが私自身に関することなら、なおさら」

 

 その言葉に怯んだコナンが次の言葉を紡げないでいると、輝夜は立ち上がり、月を見上げた。そして意味深な視線をコナンに送り、「それに」と口を開く。

 

「それを言うなら、私も同じことを言わせてもらうわ。コナン君って、何者?」

 

「……オレは江戸川コナン。探偵さ」

 

 コナンは小さな手を輝夜に差し出した。

 

「輝夜さんがあの男たちに何をしたかは聞かない。だけど、だからこそ……オレはあんたの謎を暴いてやるぜ」

 

「ふふ。楽しみにしているわね。その前に家の者が迎えに来ないといいけど」

 

 

 少女と少年は互いに秘密を抱えたまま、固い握手を交わした。それから、少年が思い出したように警察に電話し、男たちは無事お縄についた。風の噂によると、男たちは名乗った通り泥参会という暴力団の組員であり、ふと聞こえた輝夜とコナンの会話から、「家出をしている絶世の美少女」だと思ったらしく、誘拐して言葉にするのも憚られるようなことをした後、処分するつもりだったようだ。妙なのは、男たち自身も、少女に銃口を向けたことまでは覚えているが、その直後にものすごい衝撃が体に襲い掛かり、意識を失ってしまったため、何があったのか全く覚えていないとのことだった。

 

 輝夜もコナンも「怖い人たちに尾けられていて、急に襲われたと思ったら急に倒れた」としか証言しなかったため、警察は不可解そうにしていた。当の組員たちもはっきりした証言をしないため、うやむやのままとなってしまった。

 

「ただいまー」

 

 二人が事情聴取を終え、毛利探偵事務所に戻ってきたころにはもう、すっかり夜になっていた。少年の声を聞いて、バタバタと慌ただしい足音と共に、可愛らしい少女が眉を寄せて心配と怒りを滲ませた顔で現れた。

 

「コナン君、遅かったじゃない。心配したのよ?」

 

「ごめんなさいね。私が連れまわしたものだから」

 

「えっ……えっと、あなたが……その、父の言ってた、蓬莱山輝夜さん?」

 

 輝夜の美貌に頬を染めながら見惚れる少女は、わたわたしながら「あっ、私、申し遅れました。毛利蘭です!」と名乗った。愛らしい少女の様子に、輝夜とコナンはどちらからともなく、顔を見合わせてくすりと笑う。

 

「蘭姉ちゃん。輝夜姉ちゃん、今日泊まるとこないんだって。ホテルを探そうにも、実はちょっと誘拐されそうになって、今から探すのは怖いみたい。探偵事務所に泊まってもらってもいいかなあ?」

 

「ええ!? それは大変ですね! ぜひ、何もないところですが泊まって行ってください!」

 

「突然厄介になってしまって、悪いわね。泊めていただけるならありがたいわ。お世話になるのはこちらなのに、あまり気を遣われると心苦しいから、どうぞおかまいなく」

 

「ええ!? か、輝夜しゃんが泊まる……!? オッホン、輝夜さん、どうぞ我が家のようにくつろいでください。この毛利小五郎が、あなたの安らげる居場所となりましょう」

 

 示し合わせたかのように誰もが小五郎の言動をなかったことにして雑談を始めた。

 

 一夜が明け、コナンと蘭がそれぞれの学校へ出かけてから。毛利探偵事務所に慌ただしく駆け込んできた男がいた。

 

「すみませんっ、こちらに……って、ああ! ちょうどよかった! 君に言われた物を持ってきたところなんだ!」

 

 探偵事務所の主が何かを言う前に、男はまくしたてて、ソファに座っていた輝夜の側で跪いた。

 

「『月のイルメナイト』! たまたま、僕の知り合いに宇宙の研究をしている友人がいてね。頼み込んだらくれたんだよ! ……まあ、もちろん交換条件ではあったけど……」

 

 ぼそりと呟かれた後半にはつっこまないことにして、輝夜は差し出された鉱物をまじまじと観察する。

 

「本物だわ」

 

 ぽつりとつぶやき、ふわりと微笑む。

 

「聞きましょう、あなたの話。私は蓬莱山輝夜。まずは、あなたの名前を教えてちょうだい」

 

 美しすぎるその笑みに、探偵事務所にいた男たち二人はしばしの間、まばたきを忘れ、呼吸さえも忘れていたという。




組員とやらは輝夜さんの美しさで狂気に当てられたんじゃないですかねって言おうと思ったけど米花町ならありえる案件なのかなって思い直しました。

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