蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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喧題:燃える紅、消えた黒

 その日は見ず知らずの人の追悼をせねばならないというので、輝夜の機嫌はあまりよろしくなかった。なんでも、あまりに「カグヤ」がバーチャルだと言われているせいで、輝夜の所属事務所の社長が、ライバル会社の社長から嫌味を言われたそうだ。長年犬猿の仲の相手に対し、売り言葉に買い言葉で、「そんなに言うなら今度君も招待されている『酒巻監督を偲ぶ会』に『カグヤ』を連れて行く」と言ってしまったらしい。

 

 断ろうと思った輝夜だったが、明確な「仕事」ではない分、勝手がやりやすいと判断した。要は輝夜が実在していることさえ相手方に伝わればいいわけで、愛想よくお喋りする必要などはなく、挨拶をしたら理由をつけて帰ればいいと考え、渋々了承したというわけだ。

 

 マネージャーと社長と一緒に受付を済ませた輝夜は、早々にライバル会社の社長へと挨拶を済ませ、なんとか会話を続けようとする彼をのらりくらりとかわしてマネージャーを連れて部屋の隅に避難した。

 

「帰りたいわ。もう用事は済んだんだし、いいでしょう」

 

「いや……社長の顔を立てると思って、会が終わるまではいてください。酒巻監督は有名な映画監督でしたから、今後の仕事に役に立つようなこともあるかもしれませんよ」

 

「むぅ……」

 

 輝夜は他の人に比べると、マネージャーにはちょっとだけ弱い。というのも、彼が初めて彼女の「難題」を乗り越えた者だからだ。過去には難題を解いた者と「結婚する」なんて条件だったこともあるが、彼の場合は「仕事の契約をした」だけ。しかも最初は「受ける」とも言っておらず「考える」とだけ返事をしたにもかかわらず、彼は輝夜の難題に見事応えてみせた。後から考えて、さすがの輝夜もあまりに釣り合っていないなと思ったのだ。そして何よりも、彼はそれに対して不満を漏らしたことがない。それもあって、「自分が認めた人間」であるマネージャーの言うことは、他人に比べればちょっとだけ聞いてしまう輝夜であった。

 

「退屈だわ。社長がはりきっちゃって、開始の時間さえまだ来ていないし。ねえ、しりとりしましょ。負けた方が相手の言うことを聞くのよ」

 

「それ、僕にとってはいつものことなんですけど……」

 

「あら、それならお得意ね。『酒巻監督を偲ぶ会』の『い』からよ。『いいから早く帰りたい』」

 

「いや、そういう感じなんですか?」

 

「会話の方が難易度が上がって面白いでしょう?」

 

「うわあ、輝夜さんが普通のしりとりを提案するはずがなかった」

 

「たいした言い草ね、そうでもないけど、二人ならこっちの方が面白いわ」

 

「分かっちゃいたけど、輝夜さん、『わ』と『よ』ばっかり語尾につけないでくださいよ」

 

「余計なこと言わなきゃいいのに。それならお言葉に甘えて、そうさせてもらうわ」

 

 そんなこんなでしりとりに興じていた輝夜だが、ふと会場の扉が開いたのに目を向ける。何気なく見つめたその先に、見知った子どもたちがいたのを発見して、彼女は「あの子たち……」と呟いた。

 

「僕の勝ちですね!」

 

 にこにこ笑ったマネージャーに、輝夜は弁明しようとして口を開いたが、自分から「会話で」と条件を半ば無理やりつけたのに、それは格好悪い。彼女は開いた口を再び閉じ、がくりとうなだれた。

 

「こんなに早く終わらせるつもりはなかったのに……文句を言ってやらなくちゃ気が済まないわ。あなた、ちょっとそこで待ってなさい」

 

 つかつかと子どもたちに歩み寄った輝夜は、「ちょっと、あなたたち。なんでこんなところにいるのよ」と若干八つ当たり気味に声を掛ける。見知った子どもたちというのは、コナンと、灰原の二人である。彼らはびくりと肩を揺らし、輝夜へと恐る恐るといった様子で振り返った。灰原はコナンの背に隠れ、コナンはコナンで、「輝夜さんこそ、どうしてここに?」と困惑したように尋ねた。

 

「社長に連れてこられたのよ。ライバル会社の社長に挑発されて、私を連れてくるって言っちゃったらしくて。それで? あなたたちはどうしたの? 『偲ぶ会』に来る服装とは思えないけど?」

 

「詳しくは言えないんだけど……もしかしたら、ここで殺人が起こるかもしれないんだ。輝夜さん、あやしい人物がいないか、探すの手伝ってよ!」

 

 小声でこそこそ話してきたコナンに、輝夜はふぅんと口元に手を当てる。それから周りをざっと見回した。

 

「手伝ってあげてもいいわよ。でも、タダでとはいかないわね。なんと言っても、あなたたちのせいで負けちゃったことだし」

 

「負けちゃった?」

 

「ええ、マネージャーとしりとり勝負をしてたのよ。そうね……今度、キャンプへ行きましょうよ。前は博士がテントを忘れてできなかったのでしょう? 次にやるときは、私も誘ってちょうだい」

 

 実はあれから、こっそりキャンプとテントが如何なるものであるかを調べた輝夜だったが、わざわざ不便な生活をしたがる人間の心情というものに興味を持ち、やってみたいと思っていた。しかし、一人でやるとなると、面倒なことも全てやらなくてはならない。ならば周りを巻き込めば、楽して雰囲気だけ味わえるのでは、と思い至ったのである。友達が小学生しかいない彼女だが、その小学生たちとは、そもそもキャンプをしようとしていたのに博士がテントを忘れたことがきっかけで出会ったのだ。一緒に行くにはこれほど適した人材もそういるまい。なにより友達だし。

 

「……まあ、それくらいならいいけどよ。頼んだぜ、輝夜さん。何かあったら電話くれ!」

 

 そう言って、こそこそと動く子どもたちの背中を見送りながら、輝夜はくすりと笑った。彼女には、既に心当たりがあったのだ。輝夜には「物騒な雰囲気」の人物は、巧妙に隠していてもよく分かる。月の民が嫌う穢れが、他の人間よりも濃いからだ。

 

「さて、何人かいるけど……どれかしらね?」

 

 輝夜が協力的なのには、もちろん他にも理由があった。灰原の怯え方である。輝夜と初めて会ったときよりもさらに、今回は確信を抱いた恐怖に見えた。例えば、輝夜に対して抱くものが漠然とした恐怖であるなら、今回の「何か」については、それがどんなものかよく分かっているがゆえの恐怖であるように思えたのである。

 

 そして、この場にはそんな彼女だけでなく、彼女と何かしらの「秘密」を共有しているであろうコナンも一緒にいる。輝夜にとって、この件は自分に課せられた(と信じて疑わない)「難題」を解く鍵となるのでは、と考えていた。

 

「輝夜さん、そろそろ始まりますよ。飲み物のおかわり、どうしますか?」

 

「ありがとう。でも、いらないわ」

 

 マネージャーに声を掛けられ、ほどなくして辺りが暗くなる。正面のスライドと、司会席を照らす灯りや非常灯以外、フロア全体の照明が落とされていて視界は悪くなったが、それも普通の人間ならば、の話である。

 

 輝夜にとってはまったく不便のない状況だ。そんな中、ひとつ好奇心を刺激されるものがあった。床が光っているのだ。おそらく、蛍光塗料か何かが塗られているのだろう。これならば、輝夜以外の夜目が利かない人間たちにも、「何か」の目印として使える。迷うことなくその場まで移動した彼女に、声を掛けてくる男がいた。

 

「お嬢さん、君もまさかこの場所を指定されたのかい?」

 

 質問の意図は分かりかねたが、大半の人間が注目するスクリーン画面に全く興味を示した様子のないその男に、輝夜は悠然と微笑みながら「そういうあなたは?」と質問を返した。

 

「こんなお嬢さんが関係者には思えないが……」

 

 いよいよ、輝夜には分かりかねる発言だ。推測できるのは、この場所を誰かに指定されたこの男は、そこへ現れる人物が誰かまでは知らされていなかったということくらいか。なぜ指定され、この場所で何が行われようとしていたのか輝夜には見当もつかないが、コナンの言っていた殺人に関係があるような気がして、輝夜は「あら、じゃあどんな人ならいいの?」と会話を進めようとした。

 

 そのときであった。パスッという音が聞こえ、何かと何かがぶつかって壊れた音がしたのだ。むろん、それが自身の真上にあるシャンデリアであることに気付かぬ輝夜ではない。彼女はその細身に見合わない力で男性の腕を引き、迫りくるシャンデリアの被害に遭わない場所へと避難した。

 

 当然、非常事態に会場の明かりはすぐについた。落ちてきたシャンデリアの下敷きになった者はいなかったが、輝夜に腕を引かれた男性は顔色を悪くして、「わ、悪いが、気分が優れない。別室に案内してもらえないか」と、近くにいたホテルの従業員に声を掛けている。それは極めて自然な言葉だ。誰だって、自分が被害者になり掛けたと思えば、動揺や恐怖で、人のいないところで落ち着きたいと思うだろう。

 

「呑口議員ですね? 我々は警察です。別室で休みながら、状況を伺いたいのですが……。そちらのお嬢さんも」

 

 帽子を被った、警察を名乗る恰幅の良い男性が手帳を見せながら二人に話し掛けてきた。その言葉に、被害者になりかけた男性はむしろホッとしたような顔をする。

 

「かまわないわよ。ただ……シャンデリアが落ちてくる前に、変な音がしたの。パスッていう感じの、なんだか乾いた音。おかしいと思って、周囲を見たら、シャンデリアが落ちてきた。ねえ、警察の人は、このことを事故だと思うのかしら? それとも事件? もし、少しでも『この場にいた誰か』が怪しいと思うなら……誰も外に出さない方が、いいんじゃないかしら?」

 

 くすり。輝夜が笑みを浮かべると、数人が顔色を変えた。それは警戒であったり、明らかな怒気であったり、いろいろだ。輝夜のこの言葉に、殺人予告がされていたらしい吞口議員のみ、別室で警察からの聞き取り調査に応じるという形になり、輝夜を含めたその他の人間はホテルの宴会場に拘束されたままとなった。

 

 当然、近くにいた輝夜もどうしてあの場にいたのか、怪我はないかなどいろいろ聞かれる羽目となる。しかもそのせいで輝夜が「カグヤ」だと気付いた人々がざわつきだしてしまった。

 

 彼女としては社長のこともコナンのことも「気軽に引き受けるんじゃなかった」と若干後悔し始めていたが、「まあ、なるようにしかならないか」と開き直ることとする。そんな輝夜の目に、この大騒ぎの中、人混みをぬって会場を出たコナンと灰原が映った。扉の外にはさっそくどこからか何かを聞きつけたらしいマスコミが押しかけている。

 

 やれやれ、と息を吐いたところで、それまでうろたえたように振舞っていた人物の一人がパソコンを取り出し、画面を見て明らかにニヤリと顔を歪めたのが目に入ってきた。輝夜は気付かれないように、その画面をのぞき込む。

 

 そこには、灰原哀という少女を、そのまま十歳程度成長させたような女性の写真が表示されていた。輝夜は、すぐに「あの子の正体はこの姿か」ということを理解する。それから、面倒そうなのに狙われているらしいな、とも。誰にも感知できない世界で、しかし止まっているわけではない時間の中、輝夜はコナンから来た着信を取った。

 

「もしもし?」

 

『輝夜さん? 今から言う人を目暮警部に伝えて、その人たちだけ会場に残すように言って! 今回の容疑者なんだ』

 

「それはいいけど……あなたたち、先に帰った方がいいわよ」

 

『え?』

 

「あなたのお友達の十年後みたいな見た目をした女の子の写真を見てニヤニヤ笑っている人がいるから。その変質者に狙われるかもしれないわ。顔がよく似ているもの」

 

『ちなみに、それって誰?』

 

 輝夜はその人物の名前を知らなかったが、身体的特徴を伝えると、コナンにはその人物が誰なのかが分かったらしい。ともかく、輝夜は容疑者の人数を絞るどころか犯人が分かってしまったらしいコナンから聞いた話を、そのまま「目暮警部」という帽子を被った警察の人に伝えた。

 

 とりあえず会場にいる人々を帰しつつ、吞口議員の近くにいた人物からは状況を話してもらいたい、という名目で別室に案内する形となったのだが、むろんそれは格好だけの話である。別室に案内したのは事を大きくしすぎないことと、はっきりした結果が出ていないのにマスコミに誤った情報を与えないためである。警察が事前に輝夜から聞かされていた犯人の身体検査をした結果、拳銃が出てきたことや、あとからコナンに渡された打ち砕かれたシャンデリアの鎖と、硝煙反応の出た紫色のハンカチから犯人の指紋が検出されたことなど、証拠も揃った。

 

 そんな形で、事態はあっという間に収束した。

 

 そして数日後、犯人が死んだという報道が出た。社会的地位のある人物だったため、全てを失ったことに耐えられなくなったのだろう、と報じられていたが、輝夜にはそう思えなかった。

 

(あの目、私に絶対に復讐してやるって感じだったもの)

 

 別室に案内されるとき、輝夜ももちろん事情聴取のために警察に連れられて部屋を出た。その時に、犯人から感じた視線は、彼女のよく知っているものだった。ああいう目をした者は、そう簡単に自殺などしない。

 

 輝夜は「ただでさえ世間知らずなんだから、少しは世の中のことを受信しろ」と事務所に言われて購入したテレビの画面を見ながら、くすりと笑う。

 

「あなたの場合は、自殺したくてもできなかったんだったわね。……ねぇ、妹紅?」

 

 届くはずもない呟きが、殺風景な部屋の中に響き渡る。明日はコナンと灰原でも連れて、赤と白の花でも買いに行こうか、と輝夜は目を細めた。

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