蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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人宝:ザ・ベストスパイス

 キャンプ当日、輝夜はうれしそうに「飯盒で作ったカレーは格別だって聞いたから、私、とっても楽しみにしていたのよ」と少年探偵団に話し掛けていた。

 

「楽しみですねぇ! 自分で作ったカレーは、やっぱり一味も二味も違いますよ!」

 

「ご飯のおこげが美味しいのよねぇ」

 

「何杯おかわりしたって足りなく感じるぞ!」

 

 先輩風を吹かせながら口々にカレーの魅力を語る子どもたちに、にこにこと相槌を打つ輝夜。話を聞きながらも、車のそばに置いてある荷物をひょいひょいとトランク及び後部座席に積んでいくその様子に、光彦が目を丸くして感心したように呟いた。

 

「輝夜さんって、見た目によらず力持ちなんですね」

 

「子どものあなたたちはともかく、これくらい大人なら普通に持てると思うわよ」

 

 輝夜は大人の余裕を漂わせながら、手早く積み置いた荷物を一瞥して、すぐに光彦に向けて微笑んだ。ぽっと顔を赤らめた少年は、「そ、そうなんですね」ともじもじしてしまった。その様子を見ていた元太や歩美にからかわれ、慌てて弁明している姿が可愛らしい。

 

「おお、手伝おうと思ってたんじゃが、もう終わっているとは。すまんのう」

 

「輝夜さんが全部やってくれたのよ。もう、博士ったら支度が遅いんだから」

 

「吉田さんの言う通りよ。昨日楽しみにしすぎて、朝寝坊するなんて……まったく、どっちが子どもなのかしら」

 

 呆れた様子の女子二人に、博士は困ったように笑いながら頭をかいた。

 

「ま、まあ……出発するとするかの。座席は決めてあるかね?」

 

「おう! さっきくじ引きで決めといたぜ。トイレ休憩のときに席替えするんだ。えーと、最初は光彦が助手席だな!」

 

 レンタルしたファミリーカーに乗り込みながら、阿笠邸を出発する。基本的には小学生たちが輝夜に可愛らしい質問をして、輝夜がそれに答える、という形で会話が進んだ。なんでも、国語の宿題で、「身近な人に質問しよう!」というものが出たらしい。

 

「みんなお父さんとかお母さんに質問するって言ってたけど、歩美たち、少年探偵団だから、家族以外の人にしようってみんなで決めたの! 先生は同じ質問じゃなければ、同じ人に質問してもいいって言ってたし!」

 

 ちなみに、質問は簡単なものばかりで、「好きな色は何ですか」など、輝夜に質問したくて仕方がない芸能関係者および輝夜のファンからすれば、「もっと突っ込んだ質問して!」と怒られかねない内容ばかりである。

 

「好きな動物はなんですか?」

 

「うさぎよ。うちで飼っていたから、よく遊んでいたわ」

 

「輝夜お姉さん、うさぎ飼ってたんだ! 名前はなんて言うの?」

 

「たくさんいたけど……そうね、特にお気に入りは、イナバと呼んでいたわ」

 

「呼んでいたってことは、あだ名なの? もっと長い名前なの?」

 

「ええ。鈴仙・優曇華院・イナバよ」

 

 ペットの名前を教えた瞬間、小学生たちから口々に「変な名前」「かわいそう」「センスねーな」と非難を浴びた輝夜だったが、変な名前になったのは自分のせいではないと思っているので、特に弁明はなかった。

 

 わあわあと宿題そっちのけで雑談になってきた小学生の会話に耳を傾ける輝夜は、普段誰よりも質問を重ねてくる少年が大人しいことに気が付いた。

 

「コナン君は、もう誰かに宿題付き合ってもらったの?」

 

「あ……オレと灰原は、宿題出された時点でもう博士に質問してあったんだよ」

 

「ええ。そのせいで抜け駆けだって騒がれて、『博士よりもすごい人に質問しよう』ってことで、あなたに白羽の矢が立ったってわけ。宿題の提出は週明けだったから」

 

 なるほど、と頷いた輝夜は、再び子どもたちの会話に耳を傾けることにした。少年探偵団の中心的存在であるはずのコナンは、やはり思い悩んだような顔で、あまり会話には加わっていなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 キャンプ場に到着し、博士の指示でテントを組み立てる。完成したテントを見て、博士は満足そうにうんうんと頷き、「わしと哀君はかまどを作るから、君らはその辺で薪を拾ってきてくれ」と次の指示を出した。子どもたちと一緒に「はーい」と良い子の返事をした輝夜は、心配性のコナンに言われて、アウトドア用の丈夫な生地でできたパーカーを羽織る。

 

「何か悩みでもあるの?」

 

 手分けして薪を探すことになり、子どもたちの姿が遠くなってから、輝夜はコナンに質問した。

 

「悩みってほどでも……」

 

「だけど、浮かない顔をしているわ。もしかして、本当はキャンプが嫌だった? カレー嫌い?」

 

 ふるふると頭を振ったコナンは、言いにくそうに片目をつぶってガシガシと頭をかくと、「実は……」と浮かない顔の理由を説明し始めた。

 

「つまり、蘭ちゃんに、コナン君の正体――ええと、何だったかしら。何とか君なんじゃないかってバレているんじゃないかって思っているのね。不安なら本人に聞けばいいじゃない。心配事のせいでキャンプを心から楽しめないなんて、もったいないわ」

 

 薪を集めながら、聞いてきたわりには興味がなさそうに話をまとめている輝夜に、コナンはしらーっとした視線を向ける。

 

「輝夜さんは、怪我ができない体質のくせにキャンプを心から楽しめているようで何よりだよ」

 

 その発言に、輝夜は珍しく眉をひそめた。

 

「コナン君。どんな体質であれ、キャンプだけでなく、その他いろんなことを楽しんではいけない理由にはならないわ」

 

「それは――そうだけど。オレの悩みより、キャンプのことばっか言うから……」

 

 コナンの拗ねたような物言いを無視して、輝夜は「これくらいでいいかしら」と集めた薪を誇らしげにコナンへと見せつける。

 

「……十分なんじゃねーか? もう戻ろうぜ」

 

 輝夜の方を見ないようにして、コナンは大きな声で少年探偵団たちを呼んだ。元太と歩美は近場にいたらしく、すぐに駆け寄ってきたが、光彦がいない。

 

「光彦ー?」

 

「光彦くーん!」

 

 みんなで声を上げると、光彦から「みんなー!」という返事があった。声が弾んでいて、怪我や事故ではなさそうだ、と各々ほっとしたように顔を見合わせて、声のした方へと向かった。

 

 光彦は鍾乳洞を見つけたらしく、その入り口にある、暗号めいた言葉が彫られた石碑を指差して「中にお宝があるかもしれませんよ!」と興奮気味だ。

 

「でも、『入るなキケン!』って書いてあるよ」

 

 立て看板を見つけた歩美に、コナンも同意する。

 

「輝夜さんに怪我させらんねーだろ。何かあったとして、お前ら責任取れんのか?」

 

「私は大丈夫だけど……」

 

 そう言った輝夜は、意味深に鍾乳洞の内部を見やる。

 

(たしかに、『キケン』かもしれないわね)

 

 自分にとってではなく、彼らにとって。心の声は聞こえずとも、何かしらの雰囲気を感じ取ったらしいコナンが、むっとしたように「じゃあ、行こうぜ」と前言を翻した。

 

「どうせ輝夜さん自身が大丈夫って言うなら、止める理由はねーよ。オレも暗号は気になってたところだし。輝夜さんは、『楽しいキャンプ』の『刺激的な思い出』が欲しいんだろ?」

 

 コナン自身も、心の中では自分が無茶苦茶なことを言っていると理解していた。自分らしくない、とも。それでも、なんの苦労もなく過ごしてきたに違いない「世間知らずのお嬢様」が、自分の悩みに共感を示すどころか、関心さえさほど向けていないような態度と、ついでに言えば高校生探偵・工藤新一に関して興味すら抱かず名前だって覚えていないことに、とても――自分でもガキだなと思うくらい、とても腹が立っていたのだ。

 

 二人の間に流れる微妙な空気を感じ取ったらしい子どもたちは、気まずそうに顔を合わせた。

 

「おい……コナンのやつ、なんで怒ってるんだよ」

 

「知りませんよぉ……コナン君ってば、案外子どもっぽいとこありますからねぇ」

 

「ここは私たちが二人を仲直りさせてあげるしかないよ。頑張ろ、二人とも!」

 

 こそこそと話合う子どもたちの声が全て聞こえてしまっている輝夜は、その眩しいほどに純粋な姿に、少しだけ気を引き締めた。というのも、コナンが一人でずんずん進んで行ってしまっているこの鍾乳洞には、穢れが満ちている。月の民が嫌う穢れとは、単純な「死」ではない。「生きて死ぬこと」なのである。別の言い方をすれば、「永遠のはく奪」、「闘争の歴史」。

 

 つまり、「生きた結果として生命を奪われること」と「闘争の結果他者の生命を奪うこと」の両方――端的に言えば、戦争や殺人が起きている場所、起きて間もない場所は穢れが濃くなるのである。この場合、最中か事後かはどちらでもいいとして、殺人が絡んだ「キケン」な場所であることは間違いないだろう。

 

 輝夜は穢れを嫌わない。自身も、月から迎えに来た使者を皆殺しにした過去があるし、それ以前に「蓬莱の薬」を服用した罪人でもある。もちろん、罪人と呼ばれようが何だろうが、好奇心から永遠の命を手にしたことを後悔していない。

 

 輝夜は穢れを嫌わない。穢れに染まった彼女は、しかし「永遠」である。そして人間でない彼女は、大抵のことを対処できる能力を有している。

 

 けれど、子どもたちは違う。暴力にさらされれば、病魔に冒されれば、体に合わない物を摂取すれば――簡単な理由で生命を奪われてしまう。彼らは輝夜の「友達」で、キャンプに誘ったのは輝夜で、だから、あまりに脆弱な彼らのことを守ってやらねばならなかった。

 

「コナン、一人で先行くなよ!」

 

「来るな! 元太! みんな!!」

 

 コナンの鋭い声が飛んできて、輝夜は即座に須臾の世界に潜り込み、地面を蹴った。死体を運んでいる三人組の男たち。子どもたちに気が付いたらしく、視線はコナンと元太をとらえていた。

 

「あら、ちょうどいいわね」

 

 輝夜は微笑み、鍾乳洞もまた、永遠ではないことに気が付いた。それは小さな綻び。本来なら、長い時を掛けて、徐々にはく奪される永遠。

 

「えい」

 

 いくつかの場所を、ほんのちょっぴり強く殴打した輝夜は、すぐにコナンを抱え、元太を背負った。それから、須臾の世界からするりと抜ける。いつの間にか抱られていた二人は驚いていたが、質問をしている場合ではない。何せ、殺人犯が追いかけてきているのだ。元太とコナンの二人を抱えているにも関わらず、彼女は光彦と歩美の二人まで、軽い動作で抱えた。背中に元太、右腕にコナン、左腕に歩美と光彦の二人である。全く負荷になっていないというような俊足を発揮して出入口まで戻ってきた彼女は、子どもたちを下ろして、にこりと笑った。

 

「は、早く博士のところに戻らなくっちゃ……!」

 

「そうだ、輝夜さん! まだ油断はできねぇ」

 

「大丈夫よ」

 

 輝夜は特別大きな声で言ったわけではなかったが、その言葉はしっかりと少年探偵団に聞こえた。不安がる子どもたちを慰めるような、優しさゆえの「大丈夫」ではないことは、子どもたちにもなんとなく伝わった。

 

「? ……なんでしょうか、この音」

 

「ここは『キケン』な鍾乳洞よ? 長居しなくてよかったわね」

 

 直後、大きな音が彼らの鼓膜を揺らした。それから地面が大きく揺れ、少年探偵団の目の前で、鍾乳洞が落盤したのである。

 

「大変だわ。早く救急車と警察を呼ばなくっちゃ。あなたたち、怪我はない?」

 

 子どもたちは絶句していたが、落盤事故に巻き込まれた男たちの中には重傷を負った者もいたが、幸いなことに全員一命は取り留めたと、後程連絡があった。どうにも男たちは銀行強盗犯だったようだ。一人は顔を見られてしまったため、足手まといと判断されて殺されてしまったらしく、その死体を処分しようとしているところを、コナンと元太に目撃されてしまったというわけだ。

 

 ただ、輝夜としては不幸なことが起きてしまった。強盗犯のあれこれや落盤事故があったせいで、警察に事情を説明したり、周囲の地盤への影響などを調べる必要が出たりして、キャンプが中止になってしまったのだ。

 

「……私の飯盒カレーが」

 

「まあ、キャンプにはまた行けばよかろう。みんなに怪我がなくて、本当によかったわい」

 

 帰りの車の中で、助手席に座る輝夜が珍しくうじうじしていると、ちょうど真後ろの席に座っていたコナンが、彼女の肩をたたいた。

 

「キャンプは今度リベンジするにしても、カレーくらいならすぐできるさ。明日の昼、景色の良いところで飯盒カレーのパーティーしようぜ!」

 

「おおっ、コナンもたまにはいいこと言うじゃんか!」

 

「さんせーい!」

 

「それなら、博士の家に戻ったら、景色の良いところをみんなで調べましょう!」

 

「そうね。ついでに、次のキャンプの日程も決めておく?」

 

 子どもたちの言葉を聞いて、輝夜がうれしそうにはにかむ。

 

「マネージャーに連絡しなくっちゃ。どうせなら、パーティーに呼ぼうかしら?」

 

 落盤させなければキャンプを続行できたかもしれない、という思いがあった輝夜は「回りくどいことしないで、全員殴っておけばよかった」と後悔していたのだが、結果としてカレーパーティーとキャンプという二つの楽しみができたため、「まあ結果良ければ全て良しよね」と開き直ることとした。

 

 

 翌日、マネージャーだけでなく、蘭や小五郎、蘭の友人である鈴木園子という女子高生も呼んで、飯盒カレーのパーティーが行われた。場所は、鈴木家の所有する観光グループが管理する複合施設で、都心から日帰りで行き来することができ、小高いところにあるため、空気も美味しく周囲にアスレチックやゴルフ場、テニスコート、バーベキュー場、キャンプ場、温泉、屋内プールなど様々な楽しみ方ができる。会員制かつ完全予約制の高級施設であるが、園子の友人ならば、ということで突然かつ大人数でも利用が可能となったのだ。

 

「それにしても、あんたらがあの『カグヤ』と知り合いだったとはねぇ」

 

 しげしげと、輝夜と少年探偵団を順繰りに見つめる園子の発言に、歩美が両こぶしを顎の下で握って、ぶんぶんと頭を振った。人によってはファイティングポーズかピーカブースタイルとなるその恰好も、彼女がやると小動物めいていて可愛らしい。

 

「知り合いじゃないもん! 友達だもん! ね、輝夜お姉さん!」

 

「ええ、そうね。友達よ」

 

「はぁー……顔面がここまで美しいと、心まで美しいってか……」

 

 呆然と、吐息のように呟いた園子に、輝夜はくすくすと笑う。

 

「面白いことを言うのね。そういえば、お礼をまだ言っていなかったわ。この場所、あなたのおかげで使えるんですってね。飯盒カレー、とても楽しみにしていたから、うれしいわ。どうもありがとう」

 

「……やばい、蘭。私、女だけど動悸が止まらない」

 

「安心して、園子。私だって初めて会ったときはそうだったもの。今はちょっとだけ慣れたけど」

 

「写真だって本当に人間か疑うくらいきれいだけど、動いてる方が断然魅力的だし、もう声まで完璧じゃない。なんなの? 同じ人類とは思えないわ」

 

 胸を押さえながら蘭に寄り掛かる園子を見て、輝夜がさらに笑っていると、マネージャーがこっそり耳打ちをしてきた。

 

「輝夜さん。前にしりとりで僕が勝ったときのこと、覚えてますか?」

 

「ええ、もちろんよ。なかなか『お願い』を言ってこないんだもの。あなたの方こそ忘れたのかと思っていたわ。それがどうしたの?」

 

「今、確信しました。やっぱり写真だけなんてもったいない。輝夜さんは動いて喋っている姿がより魅力的なんです。芸術品のように美しいのに『生きている』! 僕はその姿を発信したいんです!」

 

「あなたの情熱には驚かされるわ」

 

 拳を握りしめたマネージャーは、「だから、まずはCM出てください」ときびきびとした動作で深く腰を折った。

 

「えっ! 輝夜さん、CM出るの!? 何のCM!?」

 

 聞こえてきた単語だけを拾った園子が、興奮したように詰め寄ってくる。そして「近づきすぎたわ」と言いながら、再び胸を押さえて俯いた。忙しない少女だなぁ、と輝夜は挙動不審とも言える園子の言動を珍獣でも見るような目で見ていた。

 

「『まずは』って言葉がちょっと気になるけど、いいわよ。そういう約束だものね。なんのCM? 歌って踊るとかは嫌よ」

 

「明日いいの見繕っておきます」

 

「それなら、ぜひ鈴木財閥も検討しておいてください! 所有してる会社いっぱいあるんで、選り取り見取りですよ! なんなら輝夜さんのために商品の企画をしたいくらいだわ!! 参考までに、輝夜さんってどんな物に興味があるの!?」

 

 突然の質問と園子のハイテンションにたじろぎながら、輝夜は唇に指を当てながら「んー」と悩む。至近距離でその姿を目の当たりにした園子は、ついに胸を押さえたまま蹲ってしまった。

 

「そうねぇ。珍しい物、美しい物は好きよ。気になる展示があれば、こっそり美術館や博物館に行くこともあるわ。四季折々の景色とか、自然を愛でるのもいいわね。それから、化粧をされるのも嫌いじゃないわ。慣れ親しんだ自分の顔にも新たな発見があって面白いと思うようになったの」

 

 言葉を区切り、輝夜がコナンと灰原をちらりと見る。それからマネージャーを見て、再び質問者の園子に視線を戻した。

 

「あとは――『難題』と、それを解こう、乗り越えようとする人たちの姿かしら」

 

 輝夜の雰囲気が変わる。それは見た者を狂わせる妖しい月のような、挑発的な眼差し、声色、表情。静寂の支配する、誰もが眠った夜半の中で、見てはいけない秘密を覗き見てしまったときのような感覚を与えるものだった。

 

「ふふ。でも、企画をしてくれるなら楽しそうだわ。ねえ、あなたもそう思うでしょう?」

 

 夜半が、昼前のバーベキュー場に戻る。快晴の空の下、さわやかに吹き抜ける風のように、輝夜は全てを一夜の夢だったと思わせるほがらかな笑みを浮かべた。同意を求められたマネージャーは、目を擦って、再び輝夜を見る。

 

「あら、目に何か入った?」

 

「い、いえ……。僕も、輝夜さんが楽しんでできる仕事なら、それで」

 

 目の錯覚だったのか、とその場にいた誰もが安堵したような息を吐いた。そうだ。「カグヤ」は盆栽好きのミステリアスなモデルであっても、蓬莱山輝夜は「世間知らずなお嬢様」、「子どもと仲良くしてくれる心優しいお姉さん」、「『難題』好きの変わり者」。そうに違いなかった。

 

「ねえ。私、早くカレーを作りたいわ。パーティーなんだから、たくさん作るのよね?」

 

「じゃあ、くじ引きで係を決めましょう! じゃじゃん! 出発前に皆さんに名前を書いてもらったあみだくじがあります!」

 

 輝夜に言われて、光彦がズボンのポケットからメモ用紙を取り出す。くじの結果、灰原、元太、博士が野菜の皮むき係、歩美、マネージャー、園子が野菜を切る係、コナンと輝夜がカレーの調理、光彦、小五郎、蘭がご飯係となった。

 

「コナン、喧嘩すんなよ!」

 

「そうよ、コナン君。昨日は何怒ってたか知らないけど、助けてもらったお礼、まだ言ってないんでしょ? ちゃんと言わなきゃだめなんだからね!」

 

「こういうことは、後になればなるほど言いにくくなるんですよ!」

 

 こそこそと少年探偵団に耳打ちされたコナンは、すぐに察した。

 

 (あみだくじ、改竄済みかよ……)

 

 コナンとしては、昨日の騒動で、輝夜に対する怒りはとっくに忘れてしまっていた。輝夜自身も、失礼なことを言ったコナンに対して、気にした素振りもなくいつも通り振舞ってくれている。しかし、改めて言われると、子どもたちを止めるべき立場のコナンが輝夜への反発心から浅慮を起こし、結果的に全員を危険に巻き込んでしまった。怪我人は犯人たちだけだったものの、一歩間違えば、全員落盤事故の犠牲になっていた可能性だってある。バタバタしてしまって言いそびれていた謝罪と感謝を、きちんと伝えた方がいいだろう。

 

 それぞれの係に分かれ、下処理が終わるまでは暇な輝夜とコナンはその場に取り残された。

 

「あのさ……輝夜さん。昨日は、助けてくれてありがとな。それに、オレ、失礼なこと言っちまって……ごめん。鍾乳洞に入ったのも、オレがガキだったからだ。本来ならオレがあいつらを止める立場なのに……。その結果、輝夜さんだけじゃなく、みんなを危険に巻き込んで、すげー反省した」

 

「もしかして、そんなこと気にしてたの?」

 

 輝夜は、きょとんとした後、膝を曲げて、コナンと視線の高さを合わせた。

 

「すっかり忘れていたわ。それに、鍾乳洞のことだって、きっとあなたが入らなくても、あの子たちは入ったと思うもの。それに、止めるのはあなたの役割じゃなくて、あの場では年長者である私の役割だわ。そして私は止めなかった。結果として危険はあったかもしれないけれど、全員怪我もないし、今こうしてカレーパーティーができている。次のキャンプの予定も立てられた。それでいいじゃない」

 

 コナンは「オレ……」と、少し顔を赤くしながら俯く。

 

「輝夜さんに、共感してほしかったんだ。オレの悩みを聞いて、自分だったらどうする、とか、もし輝夜さんが蘭の立場だったら、とか、そういうことが聞きたかった。輝夜さんは優しいから、そうしてくれるだろうって、勝手に思ってたんだ。それで、あんまりあっさりした対応だったもんだから、勝手に裏切られた気になって……」

 

 輝夜はコナンの両脇に手を挿し入れ、小さな子に「高い高い」をするように、腕を伸ばした。突然の浮遊感に目を丸くしたコナンが、自分を見上げる美貌の少女を見て、「えっ? えっ?」と言葉にならない声を上げる。

 

「よく分からないけど、やってみたくなったの。きっとこれが母性というものね」

 

 優しくコナンを下ろした輝夜は、一人で納得したようにうんうんと頷いていた。

 

「コナン君。残念だけど、私は君の悩みに共感できないわ。私は、いつだって自分のしたいように動いているだけだから。その行動が他人にどう思われようと、ただ自分に正直にいるだけ。あなたは私を『優しい』と表現したけれど、私にあなたのような思いやりはないわ。だから、私からあなたの悩みに対して何か言えることといえば、『優しくない』言葉だけよ」

 

 視線を奪われる。蓬莱山輝夜という女性は、いつだって美しい。凛とした白、暗く深い紅。落ち着いた緑に、眩しいほどきらめく若葉。華やかながらも寂しい印象を与えた花束。以前一緒に買いに行ったそれが、今目の前にいる、決してぶれない唯一無二の美と重なって見えた。

 

「――自分が正しいと思う選択をしなさい。誰かのためとか、誰かにどう思われるとか、『誰か』を主語にして逃げることをやめなさい」

 

 細く小さな肩に手を置いて、輝夜は微笑んだ。力強い言葉を、どこか淡々と、どこまでも美しくやわらかな表情で口にする。

 

「輝夜さん。――ありがとう」

 

「お礼を言われるようなことではないわ。でも、受け取っておくわね」

 

 謝罪と感謝が一段落つき、コナンは両腕を後ろに回して後頭部のあたりで指を組んだ。

 

「輝夜さんってば本当に世間知らずだよなぁ。『高校生探偵の工藤新一』って言ったら、新聞にも載ってたし、テレビでも取り上げられたことがあるくらいなんだぜ。そりゃ、今の輝夜さんの知名度と比べたら、はるかに劣るけど……」

 

「聞かせてちょうだい。あなたのお話が聞きたいわ」

 

 それからは、他愛もない話をした。コナンがシャーロック・ホームズ好きであること。蘭とは幼稚園からの幼馴染であること。サッカーが得意なこと。今まで解決してきた事件の数々。宿敵の怪盗のこと。ミステリー作家の父と、元女優の母のこと。

 

 頷き、質問し、続きを促す輝夜があまりに聞き上手なおかげで、野菜を切り終えた灰原、元太、博士の三人に話し掛けられるまで、コナンの話は止まることがなかった。




「輝夜姉ちゃんはすげーんだぞ! オレとコナンが死体見てびっくりしてる間に、いつのまにかおんぶされてたんだ。あっ、コナンは抱っこだったよな」

「そうなの! 歩美たち全員抱えて、外に連れ出してくれたのよ! 足もすごく早くて、かっこよかったぁ」

「輝夜さんには似合わない言葉ですが、あれが『火事場の馬鹿力』ってやつなんだと感心しました! ピンチを切り抜けるときの仮面ヤイバーみたいでしたよ!」

「ハハハ、ガキは物事を誇張するからいけねぇや。輝夜さんの細腕で、四人は無理に決まってるだろ!」

「あら、毛利さん。この子たちの言っていることは本当よ(ニコッ)」
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