蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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複題:穢れを纏う隠者

 蘭と園子に誘われた帝丹高校の学園祭に行くため、輝夜は毛利探偵事務所に向かっていた。帝丹高校の場所を知らないと言った彼女の言葉を聞いていた小五郎が、一緒に行くことを熱心に誘ったのだ。探偵事務所に着くと、マスクをしているコナンに、「オメーは家で寝てろ!」と小五郎が頭をぐりぐりと撫で(と表現するには、いささか力が強いかもしれないが)、説得している最中だった。

 

「あら、風邪でも引いてしまったの?」

 

「か、輝夜しゃん!」

 

 事務所の扉を後ろ手に閉めながら輝夜が声を掛けると、小五郎が全身から喜びのオーラめいたものを放出して歓迎した。だらしない表情から一変、きりりとした表情になる。

 

「そうなんです。小僧のやつ、風邪を引いちまって……。うつしてはいけないので、ここは我々二人で向かいましょう」

 

「私なら心配いらないわ。それで……コナン君は行くつもりなの?」

 

「うん。約束してるから」

 

 普段の彼よりは、端的でばっさりした口調に、輝夜は少しだけ目を細めた。それは、喉が痛いから話すのが億劫で、というような感じではない。輝夜は月人であるため、普通の人間より身体能力はもちろん、五感も優れている。口調など「コナン」の様子だけでなく、その声を聞いてはっきりとした確信を抱いていた。

 

(なるほど。哀ちゃんが彼に変装しているのね。では、本物の彼はどこへ……?)

 

 輝夜の耳には、しっかりと「変声機で変換された江戸川コナンの声」と「変換される前の灰原哀の声」が届いていた。加えて、輝夜は超常的な力を持つ者として、第六感ともいうべきものも非常に発達している。表面は誤魔化せていても、声に始まり、におい、気配など、誤魔化せないことは多い。

 

 とはいえ、小五郎もいるこの場で追及するようなことでもないだろう。輝夜は「じゃあ、行きましょう。つらくなったら言うのよ」とだけ言って、「コナン」の手を取った。小五郎が羨ましそうな視線を少年に向け、それから少しだけ困惑したような視線を輝夜へ向けた。輝夜は、その様子にくすりと笑う。

 

 口ではなんだかんだ言っていても、鬱陶しそうな素振りを見せてはいても、小五郎は「風邪を引いている子どもは家で休ませるべきで、無理をさせない方が良い」と考え、心配しているのだろう。一方、輝夜は体調を崩している子どもを心配する様子もさほどなく、外へ連れ出す始末だ。非常識と謗られても仕方のない行動だが、彼は眉を八の字にしたまま、事務所の戸締りをしてから、小走りで二人に追いついた。

 

「輝夜さん、本当にそいつを連れて行くつもりですか?」

 

「ええ。だって、行くって約束しているんでしょう?」

 

「うん」

 

「ほら――きっと、『大切な』約束なのだわ」

 

 そう言われ、小五郎は反論の言葉が出なかった。それは美人に弱いから、というよりは、輝夜の口調があまりにもきっぱりとしたもので、有無を言わせない雰囲気があったからだ。

 

「ボク、劇だけ見たら帰るよ」

 

 枯れた声で「コナン」がそう言うと、小五郎は頭をかいて「しゃーねぇなぁ」と呟く。それから、車道側に回って、二人の隣に並んで歩き始めたのだった。

 

 帝丹高校に到着した三人は、生徒たちの手作りと思わしき門をくぐり、体育館へ向かう。学生たちの熱気がすごいな、と見慣れない「お祭り」をきょろきょろと眺めながら輝夜が歩いていると、「ねぇ、あれってもしかして……」「絶対そうだよ!」と、周囲がざわつき始めた。

 

「あの! 『カグヤ』さんですよね!? まさか本物に会えるなんて……! サインもらっていいですか? 写真も!」

 

 勇気を出したらしい一人の女子生徒に話し掛けられると、それに便乗するように人だかりができてしまった。三人はどうにもこうにも動けなくなり、顔を見合わせる。三人を取り囲んだ者たちの多くは、許可など取らずそのまま写真を撮っており、他人への迷惑を顧みない態度に対して、小五郎は怒鳴りつけようと口を開いた。

 

 しかし、彼の行動に待ったを掛けた人物がいた。他でもない、輝夜である。彼女は小五郎の唇に人差し指を押し当てると、身動きの取りにくい人混みの中で周囲を見渡したのち、口を開いた。

 

「残念ながら、サインは事務所に禁止されているの。それに、今日の主役は私ではなくあなたたちだわ。私は学園祭を楽しみたいから、ここを写真撮影の会場にするつもりはないの。ごめんなさいね。あなたたちも何かやるんでしょう? 頑張ってね」

 

 声を張り上げたわけでもなく、音量としては友人に話し掛ける程度のものだっただろう。しかし、彼女の言葉は滲み渡る水のように、静かに周囲へと届いたようだ。間近で彼女から激励の言葉と完璧な笑顔を向けてもらった学生は、男女問わず頬を赤らめた。ある者は熱に浮かされたようにぼうっとし、ある者はごくりと喉を鳴らし、ある者は自らの動悸の激しさを校内に大型バイクでも侵入したのではと勘違いして周囲を見回し、ある者は呼吸困難に陥っていた。

 

 その反応を見てくすくす笑った輝夜は、ひらり、と手を振ってから「コナン」の手を握った。それから、輝夜の指が唇に触れたことで思考停止していた小五郎へと、微笑む。

 

「私、周囲が落ち着くまでコナン君と時間を潰しているわ。毛利さんは先に行っていてちょうだいね」

 

 ふ、と輝夜が屈んで混沌状態の人混みの中に自ら体を滑り込ませる。あまりの人口密度に「コナン」がくらりとしたのもつかの間――「コナン」以外の誰にも、彼女を認識できなくなってしまったかのように、あれだけ目立っていた人気モデルは、誰にも声を掛けられるどころか、視線すら向けられなくなってしまった。

 

「どういうこと? 輝夜姉ちゃん」

 

 気付かれないように人混みを脱出して、人気の少ない校舎裏まで来ると、「コナン」が訝し気に輝夜を見上げた。

 

「何が起こったの?」

 

「あなたこそ、無理にコナン君のふりをしなくてもいいわよ。ここなら誰にも『気付かれない』もの」

 

「……なんとなく、あなたには気付かれると思ったのよね。なぜ分かったの?」

 

「私、耳が良いのよね。何かの機械で変えているんでしょう? それに、前に博士の伯父さんの別荘を見せてもらったときに、声を自由に変えられる発明品を紹介してもらったわ」

 

 くすくすと笑いながら言う輝夜に、灰原はため息を吐いた。

 

「ダイヤルの調整は完璧だと思ったんだけど。まあいいわ。それで? どこにいようと目立たないわけがない『カグヤ』は、どうやってあれだけ大勢の人たちに気付かれないようにしたの? まるで、誰も私たちのことが見えていないみたいだったわ」

 

「見えてないんじゃないわ。だって、私たちはあそこにいて、移動をして、ここまで来たんだもの。誰も『気が付かなかった』だけ。何かに気を取られていると、『一瞬』でいろいろなことを見逃してしまうものでしょう? 私はその『一瞬』を移動するのが上手いだけよ」

 

「随分な理屈だわ」

 

 灰原が肩をすくめると、輝夜はぱちりと片目を瞑った。何もかもが絵になる。そして、あらゆることを有耶無耶にできてしまう。それが蓬莱山輝夜という人物なのだと、灰原は世の不条理を感じた。

 

「でも、それじゃあこの雰囲気を楽しめないわよね。早く体育館へ行きましょう」

 

 どこかうきうきとした様子で灰原の腕を掴んだ輝夜は、長い髪を弾ませながら軽やかに歩き出したのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 体育館のステージに着くと、蘭と園子は髪の毛をポニーテールに結った女の子と、その子に寄り添うように立つ色黒の男の子と話をしていた。輝夜と「コナン」に気が付いた園子が手を振ると、それにつられたように、輝夜にとっては見知らぬ二人が振り返る。

 

「なんや、工藤。風邪引いてもうたんか?」

 

「工藤?」

 

 輝夜が首を傾げると、色黒の男の子が慌てて両手をぶんぶんと振り始めた。

 

「ちゃ、ちゃうねん! せやから……すぐ体調崩して、くどい風邪やなぁっちゅーことや! なあ、コ……コナン君?」

 

 少年のあまりに下手くそな弁明に、輝夜がくすくすと笑う。「コナン」はごほんと咳をして、返事の代わりとした。輝夜としては、「あなたはコナン君の正体を知っているの?」という疑問から首を傾げてしまっただけなのだが、この少年はコナンと工藤新一のつながりを勘付かせないように必死なのだろう。それにしては随分迂闊であるが。

 

「コナン君、来てくれたのね。無理しなくてもよかったのに……」

 

「……約束だから」

 

「まあ、しんどくなったらすぐ保健室行くのよ、ガキンチョ。それよりちゃんと輝夜さん連れてきて偉いじゃない!」

 

 園子のうれしそうな言葉に、ポニーテールの少女と色黒の少年が同時に輝夜へと視線を向ける。現在輝夜は、「コナン」から分けてもらった使い捨てマスクをして、簡単に髪をまとめた状態だ。マスクを取った彼女は、にっこりと笑って蘭の手を両手で包んだ。

 

「か、輝夜さん……?」

 

「ちょお待ちぃ。かぐやって……『カグヤ』……?」

 

「アホかい平次。こんな絶世の美女、この世の中に『カグヤ』以外いてたまるかい。……って、えっ、『カグヤ』? ……『カグヤ』ぁー!?」

 

 頬を赤らめて困惑顔の蘭に、思わず指を差して慄く色黒の少年。そんな少年の反応を笑ったのち、改めて輝夜本人に目を向けて、叫び出すポニーテールの少女。

 

 園子と「コナン」は珍しく、顔を見合わせた。

 

「輝夜さん。蘭姉ちゃん、困ってるよ」

 

「はいはい、そこの二人も落ち着いて。気持ちは分かるけどね。今の声で周りがざわつき始めたから。一旦場所変えましょうか」

 

 呆然とする蘭と、注目されているはずなのにそれに関しては全く意に介した様子のない輝夜の腕を掴んで、園子が歩き出す。それについて行こうとして、「コナン」が思い出したように振り返りながら「行かないの?」とパニック状態の二人組へと話し掛けた。

 

 案内されたのは、蘭たちのクラスに割り当てられた控室だった。本番前なので他の生徒は体育館で機材や大道具のチェックをしたり、着替えに行ったりしていて、利用者はいない。「時間がないから、手短に」と園子に前置きされ、輝夜はとりあえず、知らない二人を無視して蘭に要件だけを告げた。

 

「劇の間、蘭ちゃんは制服を着ないでしょう? 私に貸してもらえないかしら。この恰好だと、とても目立ってしまって学園祭を楽しむどころではなくなってしまいそうなの。だから、この学校の生徒に変装すれば、少しは目立たなくなるかと思って」

 

 輝夜以外の全員が言葉に窮した。全員が理解していた。輝夜が目立っているのは恰好のせいではない。本日の彼女はクリーム色のブラウスに、赤いロングスカートを身にまとっており、それらのアイテムは特段奇抜なものではなく、むしろデザイン的にはシンプルな物なのである。

 

「……だめかしら?」

 

「好きに使ってください」

 

 蘭は考えるよりも先に答えていた。口に出した後、「まあいいか」と思い直して、時間もないし、ということで一緒に更衣室へ向かう提案をする。

 

「ヤバっ! 私もそろそろ行かなくちゃ! それじゃ、みんな楽しみにしててねー!」

 

 輝夜と蘭が去り、園子も去った後で、二人組は同時に口を開いた。

 

「なんで『カグヤ』がここにおんねん」

 

 それに対して「コナン」は「説明したいのは山々だけど、ボクは喉が痛いから小五郎のおじさんに聞いて」と説明を丸投げした。それから、クールな「少年」はすたすたと体育館へ向かう。あの人だかりの中置いてけぼりにされてしまった不幸な迷探偵は、観客席にいるだろうか。そんなことをちらりと考えながら、「コナン」はマスクの中であくびをかみ殺した。

 

 

 

 *

 

 

 

 蘭の制服を借りた輝夜は、更衣室の姿見で何度も自分の姿を確認していた。普段彼女がはいているロングスカートとは違い、撮影のときにしかはかないような短いスカートで行動すると思うと、少し恥ずかしい気もする。しかし、「女子高生」の間ではこれが普通なのだろう、と無理やり納得することとした。一応「カグヤ」とは印象を変えるために、普段髪の毛を自分で結うことがない輝夜は、時間がない蘭に頼み、手早く髪の毛を左右に分けて二本のおさげにしてもらった。それから、今回の劇では使用しないが、演劇部から厚意で貸し出された小道具セットの中にあった眼鏡を掛け、マスクをすることで、顔をできる限り隠す。

 

「完璧な『女子高生』だわ!」

 

 にっこり。マスクで隠れた口元を綻ばせた輝夜は更衣室を出て、ふとあやしい恰好をした人物と出くわす。口元のみを露出させた兜のような仮面を被り、体をマントで覆ったその人物を見て、輝夜はためらいなく声を掛けた。

 

「あなた、『工藤君』よね?」

 

「えっ」

 

 あやしい人物改め、工藤新一は小さく声をあげた。露出された口元が、見事に引き攣っていて、大抵の感情を仮面で隠せるはずであるのに、全く隠せていない。

 

「そうでしょう? そういう『雰囲気』がするもの」

 

 周囲に人がいないことを分かっていた輝夜は、遠慮なく言葉を続ける。突然の質問に固まっていた新一は、輝夜の顔をまじまじと見たのち、安心したように息を吐いた。

 

「あー、びっくりした。輝夜さんか。一瞬誰か分からなかったぜ。ところで、オレが『黒衣の騎士』って言うのは、周りのやつらには内緒にしておいてくれよ」

 

「どうして?」

 

「今日は校外からも見に来てる人がいるから、どこでやつらに『工藤新一が生きてる』って漏れちまうか分からねーだろ? 蘭にだけ、オレと『コナン』が同じ場にいるって分かればいいんだ」

 

「ふうん。分かったわ。それより、あとでちゃんと説明してほしいところね。お芝居、楽しみにしているわ。頑張って」

 

 人の気配が近づいてきたのを感じ取った輝夜は話を切り上げ、ひらりと手を振る。新一は手を振り返して、なるべく怪しまれないように堂々と歩き出した。

 

 既に人でいっぱいになっている体育館の観客席側に向かうと、輝夜の姿に気が付いた「コナン」が手を上げて居場所を知らせてくれた。

 

「真ん中の席なのね」

 

「か、輝夜しゃんのミニスカート……! おっほん! この毛利小五郎、輝夜さんと娘の蘭のため、一番良い席を確保しておきました」

 

 「コナン」と小五郎の間に用意された空席に腰掛けた輝夜が呟くと、表情を引き締めようとはしているものの、鼻の下がのびきっている小五郎が真面目ぶった態度でそう言った。

 

「それはどうもありがとう。ところで、コナン君はこの場所で見える?」

 

「うん。前の席と間隔があいてるし、ちょうど隙間から見えるよ」

 

 「それならよかったわ」と微笑んだ輝夜に、会話に入り込む隙間を窺っていたらしい色黒の少年とポニーテールの少女が、「コナン」の隣からひょっこりと顔を覗かせる。輝夜は彼らに対して首を傾げて要件を促すと、彼らは周囲への配慮か、こそこそとした声で話し掛けてきた。

 

「オレ、服部平次いいます。工藤の親友で、まあ、そこのボウズとも知り合いや」

 

「あたし、遠山和葉いいます! 蘭ちゃんの友達で、平次とは幼馴染です。あの、握手してもらっていいですか!?」

 

「私は蓬莱山輝夜よ。よろしくね」

 

 平次と「コナン」の二人が間にいるにも関わらず身を乗り出した和葉は、輝夜と握手した右手を感動したように眺めていた。

 

「アタシ……あの『カグヤ』と握手してもうた……」

 

「なにアホ面しとんねん、和葉。もう始まるで」

 

 平次の軽口にムッとしたように頬をふくらませた和葉だったが、ちょうど開始のアナウンスが流れ始めたため、仕方なく口をつぐんだ。

 

 劇は滞りなく進んだ。輝夜は劇の内容というよりは、一生懸命練習したのだろうなと分かる、真剣な表情の蘭や、他の生徒たちの姿を観察することを楽しんでいたが。ちなみに、演劇に野次を飛ばす小五郎と和葉に「コナン」と平次は心底迷惑そうな顔をしていたが、輝夜としてはありがたい存在だった。というのも、彼らが目立ちに目立ってくれるおかげで、観客も演者も二人を見るか、逆に視界に入れないようにするか、という行動をとったため、その傍らにいる輝夜には全く視線を注がれないのだ。

 

(マスクも便利ね。今度マネージャーに買っておいてもらうこととしましょう)

 

 輝夜がそんなことを考えていると、蘭と新一が互いの顔を近づけ始めて、キスシーンになろうとしていた。小五郎が悲鳴をあげながらステージへ向かおうとするのを、平次と和葉が止めている。そんな中、他人のふりを決め込む「コナン」は輝夜がぴくりと動いたのを感じ、彼女の方へ顔を向けた。輝夜はほんの短い間だけ不愉快そうに眉を寄せ、それから「コナン」の視線に気が付いたのか、にこりと微笑みを浮かべた。

 

 直後、会場に悲鳴が響き渡る。小五郎の物とは比べ物にならない、尋常ならざるその悲鳴は、周囲の視線を集めただけでなく、ステージ上の演者の動きを止めるほどのものだった。不安そうな表情の蘭を庇うように立った新一は、悲鳴の上がった方向を見やる。そこには床に倒れ込む男性と、立ち上がって彼を心配そうに見つめる人々がいた。

 

 すぐに動き出したのは平次と小五郎だった。倒れた男性の元へ駆け寄り、周囲に救急車の手配やAEDの用意など指示を飛ばし、二人で意識や呼吸の有無を確認する。

 

「こりゃ、救急車は必要ないわな」

 

「ああ……死んでる……」

 

 ざわざわと騒がしかった会場に、沈黙が落ちた。平次と小五郎が顔を見合わせたのと同時に、近くにいた女性が「そんなっ……」と顔を伏せる。輝夜は以前見たテレビで、「死亡の判断は医師がするもの」という発言を聞いたことを思い出していたが、(まあ誰が見ても死んでいるものね)と、即座に警察を呼んだ二人に対し、特に疑問を抱かなかった。

 

 教師たちが騒ぎを聞きつけ、生徒を教室へ戻そうと声を張り上げ始める。突然起こった悲劇を受け止められず、泣き出してしまった生徒もおり、体育館の中は混乱を極めた。

 

「病気なのか他殺なのかも分からへん。近くにおったやつや、舞台の上から会場を観察できたやつらは残しといた方がええやろ」

 

 そんな中、平次が冷静に教師へ意見すると、てんやわんやの状況にイライラした様子の教師が「なんだね、君は!」と眉を寄せ、怒鳴り声をあげた。

 

「オレは西の高校生探偵、服部平次や」

 

 平次がそう名乗ると、教師は鼻白んだ様子を見せた。自分の学校にも高校生探偵がおり、数々の事件を解決してきたため、「探偵」という言葉には弱いのだ。

 

「私も同様の意見ですね」

 

 そこに、名探偵として有名な毛利小五郎の鶴の一声である。教師は意見を聞き入れ、関係のないと思われる生徒を体育館の外へ誘導し、騒ぎを収めるために再び奔走を始めた。

 

 輝夜は、冷ややかな目で犯人を見つめる。輝夜には、犯人がなぜ被害者を殺害したのか、そんなことはどうでもよかったが、その舞台を学園祭――しかも、演劇の上演中にしたということには、少しばかり憤りを感じていた。

 

 輝夜は学校に通ったことがない。当然である。彼女は月の民で、蓬莱人で、幻想郷の住人だ。永遠亭の主である彼女には必要のないことだし、そもそも、外とのつながりを絶って数百年を過ごしていたから、「学校」というもの自体をよく知らない。当然、学園祭なるものがあるということも、蘭と園子に聞いて初めて知った。

 

(時と場を考えなさいよね)

 

 体育館から去る生徒たちや、不安そうに立っている生徒たちを横目に、輝夜はパイプ椅子に座ったまま、動こうともしない。ちらり、と彼女はステージ上に立つ新一へ視線を送った。「劇が台無しにされちゃったわね」という憤りへの同意を求める、普段の輝夜と比べると剣呑な表情である。輝夜の視線に気が付いたらしい新一は、「任せろ」と口形のみを動かして返事をした。輝夜は、答えが噛み合っていないことに「絶対分かっていないでしょう」と、むくれた表情をしてステージを睨みつけた。


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