人が少なくなった――とは言っても、明らかに関係者ではなく、野次馬として残った生徒も少なからずいる体育館の中で、警察が誘導される。小五郎と平次が現場の状況を説明し、検死官が近づいて、死亡の確認と原因の調査を始めた。
「……あなた、もしかして犯人が分かっているんじゃないの?」
現場から少し離れたパイプ椅子に座る輝夜に対して、こっそりと「コナン」が尋ねる。輝夜は「ええ」と、興味もなさそうに、両目を瞑りながら答えた。
「私、『勘』がいいもの。だけど、殺した方法は分からないわ。餅は餅屋。工藤君がいろいろと調べているみたいだから、任せましょう」
「『事件』が起きて、彼が首を突っ込まないわけがないと分かっていたけど……くれぐれも目立つようなことはしないでいただきたいところね」
平次と小五郎、それから目暮警部があれやこれやと話していく中で、死亡の原因は青酸カリ、容疑者は四人というところまで絞ることができた。容疑者たちからそれぞれ話を聞いていく中で、青酸カリが混入していた可能性が最も高いと疑われていた飲み物のカップからは毒物の検出がされなかったこと、被害者が先週、卒業したら結婚する予定だった女子高生に婚約を解消されていたことなどが明らかになる。それらを踏まえ、他殺から自殺の捜査に切り替える、と目暮警部が宣言したその時だった。
「いいえ、これは殺人よ」
パイプ椅子に座ったままの輝夜がハッキリとそう告げたのだ。
「誰だね、君は?」
「あら、私の顔をお忘れかしら? 滅多に人に忘れられることがない顔だと思っていたのだけれど」
マスクと眼鏡を外し、悠然と微笑む輝夜。その様子を見て、目暮警部を始めとし、彼女が変装していたことを知らなかった者たちから、歓声のような、悲鳴のようなどよめきがあがった。
「『カグヤ』君じゃないか! どうしてここに?」
「蘭ちゃんと園子ちゃんに誘われて、劇を見に来たのよ。それで、もう一度言わせてもらうけれど――これは殺人よ」
断定的な口調の輝夜に、目暮警部は「ふむ、そこまで言うのなら何か証拠が?」と説明を促す。その目には、表向きには呑口議員暗殺未遂事件を解決したことになっている輝夜に対して、期待の色が濃く浮かんでいた。
しかし、輝夜は「証拠なんてないわ」とにっこり笑った。そういう答えは想定していなかったのだろう。目が点になってしまった目暮警部は、それから口元を引きつらせて「そういう冗談は、やめてくれないかね」と怒りを押し殺すように言った。
「やはりこの件は自殺として――」
「いいえ。輝夜さんの言う通りです、目暮警部」
目暮警部の言葉を遮ったのは、蘭たちのクラスが上演していた「シャッフル・ロマンス」において、ヒロインである蘭の相手役、「黒衣の騎士」だった。今までどこへ行っていたのか、体育館の入り口から現れた彼は、ゆっくりと歩を進めた。
仮面に隠れて表情の見えない「黒衣の騎士」は、この件は毒を用いた殺人であることを語りながら騒動の渦中、殺人現場へと近づいてゆく。輝夜は意味深に微笑みながら、「コナン」は睨むようにして、彼を見つめていた。
「ねえ。彼、黒衣の騎士になりきっているのかしら?」
「よくああいう風に語っているわよ」
あまりに詩的な表現に、昔は和歌で違和感なくやりとりをしていたはずの輝夜も、さすがに気になったらしく、「コナン」へ尋ねていた。もちろん、和歌とはまた違った詩的表現であるというのも理由の一つだが、輝夜にとっての「普段の彼」はそういった話し方をするイメージがなかっため、困惑してしまったのだ。何せ、普段の彼は小学生と一緒に遊んでいるので。
極めて冷静に返事をした「コナン」は、自身もまた詩的表現を多用するため、さほど気にした様子はない。それよりも「目立つべきではない人物が、自分から仮面をはぎ取って推理ショーを始めようとしている」ことに憤りを感じているようだった。
「工藤君!?」
「工藤!」
「新一……!?」
仮面を取り、素顔をさらした「黒衣の騎士」改め工藤新一は、彼を知る人々から口々に名前を呼ばれ始めた。さらには「工藤が来たなら解決したも同然だな!」と「工藤コール」を受けている。そして、盛り上がってきたところで「シッ」と口元に指を当て、本人は至って真面目な顔をして言葉を続けた。
「静かに……祭りの続きは、この血塗られた舞台に幕を下ろした後で……」
(それとも、これが和歌に代わる現代の詩的表現なのかしら?)
それにしては、あまり使っている人を見たことがないな、と輝夜は思った。
詩的表現についてはともかく、新一は事件について、一つ一つ説明をしていった。カップに反応を残さないように毒を盛る方法、それを実現させうる被害者の癖、犯人がどのように証拠を隠滅しようとしたかなど、犯人の逃げ道を潰すように。
やがて、逃れられないと悟った犯人が動機を語り始める。そして、新一が「雨」という偶然を抜きにしても犯人は誰なのか分かっていた、と伝えると、犯人は全てを諦めたような、しかしどこかすっきりしたような表情になった。
「同じ高校のOGとして、あなたのこと誇りにさせてもらうわよ」
輝夜はOBとかOGとかいう言葉を知っていた。園子から学園祭に来てほしいと誘われたときに「毎年OBOGの先輩たちもたくさん来てくれて、すっごい盛り上がるんだから!」と言われていて、分からなかったその単語の意味を聞いたからだ。だからこそ、警察に連れられて犯人が出て行く前に、声を掛けた。
「――なぜ、『同じ高校のOGとして』後輩の頑張りに対して配慮できなかったのかしら?」
ぽつり。パイプ椅子から立ち上がった輝夜の呟きは、丸く収まったかのような雰囲気を醸していた体育館を、冷え冷えとした空気へと変えた。その言葉は、相手に同情して語り掛けるようなものではない。殺人という罪を犯したことを後悔しなさい、と訴えかけるような説教臭いものでもない。
「蘭ちゃんや園子ちゃんは、一生懸命練習したと言っていたわ。自信作だから見に来てほしい、とも。医者の風上にも置けないから殺した? 勝手にすればいいわ。けれど、何も関係のない、学園祭を成功させようと頑張ってきた彼女たちの努力を、あなたが踏みにじって良い理由にはならない。劇は中止、学園祭も中止。あなたは、多くの『高校生』たちの思い出を、ひとつ台無しにしたのよ」
ふつふつと湧き上がる、マグマのような。あるいは、食べれば猛毒に冒される前に、触れたところを壊死させる絶対零度の氷ような。――そんな静かな怒りだった。
「人の一生は短い。努力が報われるとも限らない。与えられた『難題』を解けないことだって、数えきれないほどあるでしょう。それでも、だからこそ――乗り越える姿が、美しいのよ」
誰も動けない。「美しいから」だけではない理由で、誰も彼女から視線を外すことができなかった。悠然と犯人のもとへと歩み寄り、輝夜は犯人の正面で立ち止まった。
「あなた、『天誅を下した』と思っているのかもしれないけれど、ただの自己満足だってこと自覚しておきなさいね。まあ、殺人なんて自己満足以外の何物でもないけれど」
輝夜は暗く深い赤茶の目を、まっすぐに犯人へと向ける。「ひぅ」と、小さく、音のような声のようなものが犯人の口から漏れた。
「私はただ、学園祭を、劇を見に来ただけだけど――台無しにしたあなたのこと、許さないわ」
射貫く。その視線はまさに人を死に至らしめるほどの圧を持ったものである。しかし、輝夜の許可なしには心臓すら動くことを禁じられているかのようなプレッシャーは、他でもない輝夜がにこりと微笑んだことで、消え去った。
「まあ、だからと言って私はあなたを殺さないわよ。安心してね」
犯人は、警察に縋るようにして、体育館から出て行った。
(おっかねー!)
直接怒りをぶつけられた犯人とは違い、周囲の人間は「目で殺される」錯覚には陥っていない。ただし、その怒気は当然のように伝わっている。輝夜の怒りを近くで目の当たりにしてしまった新一は、輝夜だけは絶対に怒らせないようにしようと心に誓ったのであった。
*
事件を解決してすぐに新一が胸を押さえて倒れてしまい、保健室に運ばれてしまった。今は険しい表情をしたまま眠っている彼を見届けた輝夜は、心配そうな顔で見舞っている蘭たちに声を掛ける。
「私は『工藤君』と面識はないし、さっき目立ってしまったから、先に帰るわね。『コナン君』も体調が悪いみたいだし、警察に同行した毛利さんも、彼に付き添う蘭ちゃんもしばらく帰らないだろうから、阿笠博士のところへ送っていくわ。学校から帰るときに、迎えに来てあげてちょうだい」
「あ、はい……。輝夜さん、ありがとうございます」
心ここにあらず、といった表情の蘭にひらりと手を振って、輝夜は更衣室に向かった。そこで制服から自分の洋服へと着替え、外で待たせていた「コナン」を連れ立って、帰路につく。
「さあ、博士の家に行きましょうか。いろいろと聞きたいことがあるの」
「あなた、自分のことは話さないくせに、調子がいいわよね」
「話しているわよ。受け取り方の問題でしょう?」
輝夜が阿笠邸にお邪魔すると、博士がにこにこしながら二人へ話し掛けてきた。
「蘭君のところの学園祭はどうじゃった? 楽しめたかのう?」
「楽しめるどころか……殺人事件が起きたせいで、輝夜さんが怒っちゃって大変だったわ。あれだけ忠告したのに、工藤君は思いっきり目立ってたし。散々よ」
マスクと眼鏡を外し、変装を解きながら、灰原が盛大なため息を吐いた。そんな灰原の言葉に、博士は「はて」と首を傾げる。
「輝夜君が怒った?」
「怒りもするわ。学園祭が中止になったのよ。学園祭って、一年に一回しかないらしいじゃない。私、劇を見たあとは色々女子高生の恰好をしていろいろ見て回る予定だったのに!」
頬を膨らませた輝夜に灰原が「あら、似合ってたからこれからも着ればいいじゃない」と茶化すように笑う。
「私はただ制服が着たかったわけじゃないのよ」
つん、と顔を逸らした輝夜は、「月の軍服に似ているから、制服そのものに魅力は感じないし」という言葉を心の中で続けた。そしてその言葉を思い浮かべると同時に、少年探偵団に名前を酷評されてしまった玉兎のことを思い出す。そういえば、この世界の「女子高生」を見てずっと引っ掛かっていたのだ。輝夜はようやくそれがつながって、喉に引っかかっていた魚の小骨がすっきり取れたような感覚になった。もしかしたら、「女子高生」になろうと思わなかった理由の一つに、軍服に似た制服を着るのはちょっと……という無意識が働いたのかもしれないと今更ながらに思い至る。
「まあまあ。それは災難じゃったな。どれ、お茶でも用意しようかの」
「私、温かいお茶がいいわ」
「うむ。輝夜君もそれでいいかね?」
「ええ。どうもありがとう」
ソファに腰を掛けた輝夜は、「それで?」と灰原に問い掛けた。
「どうしてコナン君は工藤君になっていたの? まあ、あなたがコナン君に変装していた理由は、『工藤新一と江戸川コナンが同時に存在しているところを蘭ちゃんに確認してもらって、彼らが同一人物だという疑いを晴らしたかった』ってとこでしょうけど」
「……以前から、私と彼が縮んだ原因となった薬の解毒薬の研究は進めていたの。今回は、工藤君のわがままに付き合って、その試作品を提供しただけよ。もちろん、失敗すれば命はないと伝えてね。彼、今頃死んだり、あの人たちの目の前で縮んだりしていないかしら?」
灰原は、輝夜の隣に座りながら、その横顔を眺める。完璧な曲線。全てのパーツが黄金比で成り立ち、その配置も全て黄金比でなされている、現実味が薄く感じられるほどの美。
「少なくとも、死んではいないと思うわよ」
「美」は微笑む。安易な慰めなどではない、確信を持った表情で。灰原は彼女のこういった表情に、心強さと、表現しがたい胸のざわつきを感じる。それは決して甘酸っぱいものではなく――計り知れないものへの恐怖と似た感情として、灰原に警戒心を抱かせるのだ。
(輝夜さんは、組織から私を守ってくれたのよ)
ふるり、と胸に渡来した感情を振り払うように、頭を振る。しかし、振ったところで思考はまた同じところへ戻ってくるだけだった。
(だけど、それが演技でないと、どうして言い切れるの?)
そんな心の葛藤を、灰原は恥じる。もっと強い気持ちで、人を信じることができたら。もっと冷酷に、場に惑わされずに判断できたら。もっと単純に、己の気持ちに従えたら。もっと、もっと――。
「ほれ。温かいお茶じゃよ」
博士がテーブルにお茶とお茶請けを置いたことで、灰原は自分が思考の海に沈みかけていたことに気が付いた。ハッとして輝夜の方を見れば、彼女は博士に礼を述べたのち、今初めて灰原の視線に気が付いたかのように目を合わせてくる。そして、いつものように、どこかのんきな印象を与えるやわらかな微笑みを浮かべた。
「工藤君……私になんて言ったか、分かる?」
「いいえ。なんて言ったの?」
無邪気な子どものように、輝夜は首を傾げる。長い黒髪が、その動きに合わせてさらりと揺れた。そこそこの時間みつあみにしていたはずの髪の毛は、そんな過去はありませんでしたと言わんばかりに、すとんと真っ直ぐだ。灰原の話に興味があるのかないのか、彼女は湯呑に手を伸ばし、緑茶の香りを楽しむように顔に近づける。灰原は、輝夜がまだ熱いお茶に口を付けるのをどこかぼんやりした気持ちで眺めながら、言葉を続けた。
「あの子を危険に巻き込みたくないけど、安心させたいからどうにかしろって言ってきたのよ。しかも、昨日電話で。私、解毒薬の試作品はあるけど、死ぬかもしれないこと伝えたわ。そしたら彼……」
輝夜の白い首が、緑茶を飲み込んだのに合わせて動く。その当たり前の動きに、少女は自分がほっとしていることに気が付いた。飲食とは生きるためになくてはならない行為である。彼女の体がその機能を有していることに、彼女も自分と同じ「生き物」であるのだと思うことができたのだ。
――「宝石のように美しいだけの無機物かもしれない」。他人に話したら鼻で笑われそうなことを、蓬莱山輝夜という女性を見ていると、本気で考えてしまうことがある。もう何度も目撃しているはずの小さな「当たり前」を改めて目の当たりにすることで、灰原は自分の愚かしい考えを否定をすることができた。
「『たとえ死んだとしても、オレが今、そうしたいんだ』って。それから『一緒にキャンプに行く約束をしてるから、オレはまだ死なない』ともね」
キャンプへ行く前に、コナンが灰原と博士に相談しに来たときとは全く違う口調だった。自分の選択に絶対の自信をもっていることが、電話越しでもよく分かる明朗な喋り方。それは、彼が自らの推理を周りに聞かせるときとよく似たものだった。きっと、彼の「謎」に、彼女が「ヒント」を与えたのだろうと、灰原は確信している。その証拠に、あのカレーパーティーの後、彼は憑き物がおちたかのようにすっきりとした表情をしていた。
「そう。……ふふ、でも工藤君は勘違いをしているわね。私がキャンプに行く約束をしたのは、コナン君よ。たとえ彼が死ななくても、小学生の「江戸川コナン」に戻らなければその約束は果たされないわ。哀ちゃんは薬の効果をどう思っているの?」
湯呑を置いて、気負わない雰囲気で輝夜が尋ねる。灰原は一度お茶で唇を湿らせてから、己の作った薬のデータを脳内で照合し始めた。輝夜には、コナンに対してしたように、大袈裟な脅しは必要ない。
「アレはまだ試作品だから……完全な解毒に至るとは思っていないわ。長くて一週間、短くて一日ってところかしら。江戸川君の姿に戻ったときの副作用なんかは、まだ分からないけど」
そう答えると、輝夜は彼の身に起きているあらゆる問題を差し置いて、両手の平を顎の先で重ねて喜んだ。その子どものような仕草は、少し前に帝丹高校の体育館内で、その場に居合わせた人々の心を恐怖で底冷えさせた人物と同一であるとはとても思えない。
「それなら、キャンプの約束は大丈夫そうね。よかったわ」
「あら、意外ね。あなたは彼が工藤新一に戻ることを応援しているのかと思っていたのに」
ただ、そういった印象を呑み込んで、灰原は努めて冷静に聞こえるように会話を続けた。つかみどころのない輝夜との会話は、相手は何も考えていないとしても、灰原にとっては神経を使う。
ふと、灰原は輝夜のお茶がなくなったことに気が付いた。そこで、おかわりを淹れに行こうかと視線を台所の方へ向けると、博士が灰原に隠れるように高級そうな缶に入ったクッキーを食べているのを発見してしまう。
「もちろん、応援はしているわよ。ただ、私は『友達』との『思い出』を大切にしたいだけ……ふふっ」
灰原と目が合ってしまったことで、明らかに焦り出した博士に輝夜も気が付いたようだ。その証拠に、灰原の問いに対する答えの後半は声が震えていたし、何より言葉の切れ目で笑い出してしまっている。
「博士……?」
「ち、ちがうんじゃ哀君。わしは別に、哀君が輝夜君との会話に夢中だからチャンスだと思ったわけではなくっ……輝夜君の口に合いそうなものか、確認してから出した方がいいかと思っただけなんじゃ!」
「いいからそこに座りなさいっ! 今週はもうお菓子抜きよ!」
阿笠邸には「そんなぁ……」という、初老の男性のもの悲しい呟きがとけて消えた。
*
マネージャーと鈴木財閥が園子を経由してつながってしまったおかげで、輝夜は柄にもなく忙しい日々を送っていた。カレーパーティーのときの話が膨らみ、本当にCM出演をすることが決まったところまではよかったのだが、鈴木財閥側が妙に張り切ってしまっているのだ。既存の製品や企業のPRではなく、輝夜のプロデュースのためにCMを作っていると言っても過言ではない程度に、あらゆる企画について話し合いの場が設けられ、それに参加しなくてはならない輝夜は、だんだんと会議疲れを感じていた。
「……それ、私がいなくちゃ進められない会議なのかしら?」
「輝夜さんが出演するCMの企画会議なんですよ?」
「鈴木財閥側がやりたいっていうCMの種類が増えていくだけだから、そろそろ遠慮したいわ。私、CM出演をするとは言ったけど、たくさんやるとは言ってないもの」
うんざりしたように言う輝夜を、マネージャーが「まあまあ」と宥める。
「これなんかどうです? 化粧水のCMで、キャッチコピーは『永遠の美を、あなたに。』ですって。輝夜さんにぴったりじゃないですか!」
「あの鈴木相談役が関わっていない企画ならなんでもいいわ。あの人が顔を出して以来、話がどんどん大きくなっていってる気がするのよ。だったら、さっさとCMを撮ってしまって、あなたの『願い』はそれで終わり。もともとしりとりの罰ゲームなんだから、一本が妥当でしょう?」
「ええ……もったいない……。輝夜さんが気乗りしないというなら無理にはすすめられませんが……。そういえば、蘭さんと園子さんの高校の文化祭に顔を出したこと、かなり大きな話題になってたじゃないですか。あれのおかげでまたファンが増えちゃって……ファンクラブを開設してほしいって要望が多く届いてるそうです」
「文化祭じゃなくて、学園祭よ。でも、よくあれだけ一つの出来事を膨らませられるものね」
その話に、輝夜は苦い顔をした。学園祭を訪れた際に無断で撮られた写真が流出し、今なお大騒ぎの状態が続いているのだ。「『カグヤ』は帝丹高校の生徒だった!?」という誤解は、通っている人々の証言ですぐに解けたようだが、高校生だけでなく、学園祭に来ていた人々が誇らしげにその時のエピソードを語るものだから、尾ひれ背びれ胸びれ、ヒレというヒレがしつこいくらいについてしまい、ニュース、ワイドショー、流行を扱うバラエティー番組等々、そこかしこで輝夜の意図しない話が流れている。
これが輝夜の容姿を褒めたたえるだけの「大騒ぎ」であるのならば、彼女とてさほど気にしなかっただろう。しかし、「『カグヤ』は学園祭を台無しにした殺人犯に怒ってくれた人格者」やら「美人だから怒ると迫力がありすぎてヤバイ」やら「探偵もののドラマやってほしい」やら、あの殺人事件と絡めて好き勝手に言われているのを耳に入れてしまうと、「なんだかなぁ」とうんざりした気持ちになってしまうのだ。
「まあ、収穫はあったから、いいけどね」
「工藤新一」と「江戸川コナン」。灰原からの連絡により、既に彼が小学生の姿に戻ったということは知っている。そして、学園祭のときに感じていた「難題」の手掛かりから、輝夜はひとつの仮説を立てていた。
「え? すみません、今何か言いましたか? 聞き取れなくて……」
「なんでもないわ。ファンクラブは作らない。『カグヤ』は永遠の存在ではないもの」
――この歪な「永遠」の世界においては。
輝夜は残念そうな顔をするマネージャーの肩をぽんとたたき、「帰るわよ」と笑い掛けた。
「化粧水のCM、だったかしら。その話、進めておいてちょうだい。さっさと終わらせてあの相談役の提案から逃げ切りたいから、撮影のスケジュールは早めがうれしいわ」
この「歪な永遠の世界」に来て、「江戸川コナン」という少年と「灰原哀」という少女を目にしたとき、輝夜は彼らこそが「難題の鍵」なのだと感じた。しかし、それは間違っていたと今では考えている。
もしもこの世界に、運命を操る吸血鬼がいたとしたら、たとえほんの少しの時間だとしても「工藤新一」に戻った「江戸川コナン」を見て、何と言っただろうか。
輝夜は自信を持って言える。あの永遠に紅い幼き月ならば、こう言うだろう。――「運命が動いた」と。
しかし、もし輝夜の仮説が正しいとしたら、彼女にとってはほんの少し厄介なことになってしまった。慌てて携帯電話を取り出し、歩きながら会社に連絡を入れているマネージャーを横目に、輝夜はそっと息を吐いた。
まあ、「運命」というべき「難題」がどうであれ、それは次のキャンプの日が来るまでに考えよう。輝夜としては、キャンプの約束を果たすまでは、「彼」をどうにかしうる「難題」には手を出さないでおく予定だった。