蓬莱山輝夜お嬢様がコナンの世界入りした話   作:よつん

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虚題:神鳴る前の澱み

 波の音に耳を傾けながら、輝夜は長い黒髪を潮風に遊ばせていた。快晴の空の下、きらきらと太陽の光を反射する水面に目を向ける。本土から離島に向かう船の上、「連絡船では他の利用客が混乱するから」と、輝夜たちは船を借りて、悠々と船旅を楽しんでいた。

 

 楽しみたくても船酔いでダウンしてしまって船旅を全く楽しめていないマネージャーによると、今回のCMで使用されるキャッチコピーは以前伝えられていたものから変更はないまま、「永遠の美を、あなたに」。

 

 そこで、美國島という別名「人魚の棲む島」として有名な島が撮影場所に選ばれたらしい。CMのパターンは三つあり、朝昼晩と見せる顔を変える海をテーマにしているそうだ。「時間にとらわれず、潤い輝き続ける肌」というのを表現したいらしい。加えて、PRする化粧水には海洋深層水が使用されているようで、「不老不死の人魚」と「美しい海」という二点がイメージにぴったり、とのことだった。芸能界というものはげんを担ぎたがるものらしく、「『カグヤ』の初CMは絶対に成功させたい」という当人を除いた関係者の気概が感じられる。

 

(不老不死の人魚、ねぇ……)

 

 輝夜にとって、その話の真偽はどうでもよかった。どちらにせよ、一目見れば分かることだ。それに、分かったところで、輝夜には関係がない。

 

 美しい海を見る気も失せ、輝夜は踵を返して船室に戻った。

 

「嵐がきそうね」

 

 扉を閉めながらそう呟くと、室内で休んでいたマネージャーが顔を上げる。

 

「……外は快晴ですよ?」

 

 顔を青白くしながら、椅子にもたれるような恰好のマネージャーは窓の外を確認して、眉をひそめた。輝夜はそんな彼にコップに水を入れて差し出してやりながら、「いいえ、来るわ」と意味深な視線を空へと向ける。

 

「今日とは言わないけど、そんな予感がするの」

 

「お水、ありがとうございます。天気予報じゃ、ただの雨っぽかったですけどねぇ……」

 

 くすり。輝夜は魔性の笑みを浮かべた。ただでさえ体調を崩しているのに、そんな笑みを真正面から見てしまったマネージャーは、手を滑らせ、せっかくもらった水を床にぶちまけてしまった。

 

「あらあら、何をやっているのよ。本当に大丈夫なの?」

 

「あ……今のはちょっと、全身の力が抜けただけで。船酔いとは全く関係ありません。御迷惑お掛けしてすみません」

 

「気にしなくていいわ。もうすぐ到着するみたいだけど、陸に上がってもつらいようなら、無理はしないでちょうだいね」

 

 恥じるように顔を赤くしたマネージャーへ、今度はペットボトルのまま水を渡す。今度は彼も取り落とすことはなく、ゆっくりと嚥下していた。

 

 島に到着した輝夜たちは、宿に荷物を預けてさっそく撮影に向かう。明日には天気が崩れるだろうから、と海で行われる「昼」のパターンと「夜」のパターンを今日中にやってしまおう、とのことだった。ちなみに、「朝」のパターンは明日早朝に行われる予定だそうで、朝陽が撮れそうになかったら別の脚本を用意するらしい。

 

「夏だったらぜひカグヤさんには人魚に扮してもらいたかったんですけどねぇ」

 

「寒い中無理させるわけにもいきませんから」

 

 スタッフの雑談に、輝夜は微笑みを返すことで返事とした。

 

 

 その日の撮影は滞りなく終わり、輝夜は島の名物だという海鮮丼をいただいて、夜はゆっくりと休んだ。結局、「夕日に照らされる横顔が美しい」だとか「オレンジと紫に混ざって、藍色になりかけている混沌とした空模様と相まって最高にミステリアス」だとか「想像通り月明りの下にたたずむだけで神秘的」だとか、いろいろと好き勝手に褒めたたえられながら三つどころか何パターンも撮られて気疲れしたため、宿に戻ってからは「一人にしてほしい」と言って部屋に引きこもることにしたのだ。明日は天気が良ければ早朝の撮影。良くなければ、撮れ高は十分だからとゆっくり休めることになっている。

 

 朝の撮影があるにしろないにしろ、輝夜はこの島にもう数日滞在する予定だった。というのも、海が荒れるかもしれないことを考えて余分に日程を取っていたことと、明日の夜「儒艮祭」というお祭りが開かれることから、「せっかくならば観光も楽しんではいかがですか」とスタッフに気遣われたためだ。

 

(観光を楽しむと言っても、人魚にはそれほど興味がないのよね)

 

 ふう、と宿のベランダで月を眺めながらため息を吐く。本物に会いたければ、幻想郷に戻ってから顔の広い博麗の巫女にでも紹介してもらえば良いのだ。その人魚が、輝夜のような不老不死であるとは思っていないが。

 

 

 

 *

 

 

 

 次の日、輝夜は早朝の撮影も終えて、だんだんと暗さを増す空と荒れ始めた海を見つめていた。観光と言っても、人魚にさほど興味のない輝夜はどこへ行くわけでもなく、海沿いをぷらぷらと歩いている。この島ときたら、どこもかしこも人魚人魚人魚、ジュゴンジュゴンで、聞いてもいないのに「命様」という不死の老婆の話をしてくるのだ。話し掛けている方としては、「『カグヤ』となんとか会話を続けたい」、「この島に興味を持ってほしい」と必死なのだが、その話題を出されれば出されるほど、輝夜としては会話を終了させたくなり、のらりくらりと周りの人物から逃げてきたところだった。

 

 一応、マネージャーには「散歩をしてくるわ」と声を掛けてあるし、その「散歩」が「輝夜にしか存在しない歴史」だとしても問題はないだろう。

 

 天気は良くないが、港は賑わっていた。それというのも、美國島の「儒艮祭」というお祭りはかなり有名なものらしく、観光客たちが一気に押し寄せていたのだ。「儒艮祭」では「命様」の念を込めた不老長寿のお守りである「儒艮の矢」を授けてもらえるそうで、たった三本しか用意されないらしいそのお守りを求めて、遠方からも人が訪れてくるのだという。

 

「お祭りは『ハレ』であるはずなのに、島には穢れが漂っているわね……って、あら?」

 

 ふと、輝夜は連絡船から降りてくる人混みの中から、見知った顔を発見した。

 

「コナン君! それと、蘭ちゃんに毛利さん。あと……服部君に、和葉ちゃんだったかしら?」

 

 突然目の前に現れた輝夜に対し、声を掛けられた少年たちは目を見開いていたが、各々ニュアンスは違うながらも、すぐにうれしそうな顔になった。

 

「輝夜さん! どうしてここに?」

 

「ちょうど撮影があったのよ。撮影自体はもう終わっているんだけど、天気も崩れるようだし、今夜はせっかく『儒艮祭』があるからってことで、もう数日滞在することになっているの。あなたたちは?」

 

 輝夜が微笑み掛けながらそう尋ねると、ぐいぐいと少年たちを押しのけた小五郎が「事件の依頼がありまして! しかしこんなところで会うとは、もはや偶然とは思えません。そう、これは運命……!」と胸を張りながら話し始めたが、輝夜は「事件?」と前半のみ拾って、首を傾げた。

 

「せや。オレが受け取った手紙に物騒なことが書かれとってな。ま、ここじゃ人も多いさかい、場所移しましょか」

 

「あら、それなら私が泊まっている宿に案内するわ。お祭りで浮足立っている人たちに、あんまり物騒な話を聞かせるのも気が引けるものね」

 

 輝夜は非常に目立つが、それでも学園祭のように取り囲まれることはなかった。学園祭で彼女がはっきりと「サインは事務所で禁止されている」という旨の発言をしたことが広まっていることと、あくまで撮影で島を訪れていることが知れ渡っているため「邪魔をしてはならない」という意識が島民にあるようだ。観光客も多いため、声を掛けられること自体は避けられないが、「ごめんなさいね、急いでいるの」と微笑むだけで、周囲の人の時を一瞬止めることができるため、さほど苦労はせずに宿まで辿りつくことができた。

 

「輝夜さんの笑顔は特殊能力とちゃいますか、ホンマ」

 

 感心しているのか呆れているのか、そのどちらもなのか、平次がそう言って息を吐く。輝夜に割り当てられているのは広い部屋で、一人で寝泊まりしているのにも関わらず、宿で一番いい部屋を融通してもらったのだろうな、ということは簡単に想像がつく。

 

「あら、そんなことないわよ。効かない人もいるもの。それで、事件って言ってたわね。ちょうど暇を持て余していたの。差支えなければ、詳しく聞かせてもらえないかしら?」

 

「ああ――オレんとこに、一通の手紙が届いてな。それが気になって、わざわざ福井まで来たっちゅーわけです。『このままじゃ人魚に殺される 助けて』……そんな手紙が」

 

「たしかに、穏やかではないわね。差出人は分かっているのよね?」

 

「もちろんや。ただ、二回目以降は何度掛けてもつながらへんのです。一回目は、つながりはしたんやけど……女のうめき声と波の音が聞こえただけで、すぐに切れてまいましたわ」

 

 輝夜は顎に手を当てて、考えるように少し俯いた。

 

「それなら、こんなところで時間を使わせてしまって悪かったわね。役に立つかは分からないけれど、これ、この島の地図よ。宿の人にもらったの。私は使わないから、あげるわ」

 

「おおきに」

 

 平次は輝夜から地図を受け取り、ズボンの尻ポケットにしまう。

 

「輝夜さんは行かはらんのですか?」

 

 和葉が期待を込めたように小さく挙手をしながら尋ねると、輝夜がにこりと微笑んだ。

 

「私は少々目立ってしまうけれど……そうね。ご一緒させてもらおうかしら。蘭ちゃん、また髪の毛を結うのを頼んでもいいかしら?」

 

 スタッフに頼むと、やたらと小洒落た感じにされてしまうため、逆に目立ってしまうのだ。変装用に頼んでいるのに、それでは意味がない。

 

 今日の輝夜は低い位置でのシニヨンで髪をすっきりとまとめ、マスク着用、普段はあまり身に着けないジーンズとスニーカー、マウンテンパーカーというカジュアルな服装に身を包んで、印象をがらりと変えた。蘭としては低い位置のシニヨンではなく、高い位置のお団子にまとめたかったらしいのだが、輝夜の髪の毛がとても長いことやさらさらすぎることから、まとめるのが難しい、ということで妥協した結果らしい。

 

「オレらはまず、役所で門脇沙織さんについて聞いてくるさかい、そこらへんで人魚について聞いといてくれ。あ、輝夜さんも頼んます」

 

 前半は和葉に向かって、後半は輝夜に向かって声を掛けた平次に対して、「なんやねん、平次のやつ!」と返事も聞かずに役所に入って行ってしまった男性陣の背中――というよりは、某色黒の少年を睨みながら、和葉がむくれた表情になる。

 

「いっくら輝夜さんが美人やから言うて、デレデレしすぎとちゃう!? ホンマ、学園祭のときの工藤君を見習ってほしいわ!」

 

「まあまあ、和葉ちゃん。服部君だって人類だからしかたないよ……」

 

「初めて聞く言い回しだわ。私にデレデレしない人類だっているわよ」

 

「そんな人存在するとは思えません!」

 

「せやで! 輝夜さんは自分のことやさかい、毎日見る顔で新鮮味がないとか思ってはるかもしれへんけど、とんっでもない美人なんやで! そんな人いるわけないですやん!」

 

 軽い気持ちで否定しただけなのに、女子高生二人からものすごい剣幕で否定に否定を重ねられ、輝夜は困ったように頬をかいた。

 

(そんなこと言われても、幻想郷では私の顔を見たって特別な反応をしない人間なんて珍しくなかったけど……)

 

 こうも容姿を褒めたたえられると、随分と昔、輝夜がまだ「外の世界」で老夫婦と暮らしていたころのことを思い出す。あの頃も周囲の盛り上がり方がすごかった。それも、この世界のようにメディアが発達しているわけでもないのに、輝夜の話は遠い地まで広まってしまい、各地から求婚者が後を絶たなかったことをよく覚えている。まあ、そのほとんどが、輝夜が難題を突き付けると、試しもせずにすごすごと諦めていったわけだが。

 

「まあ、ともかく、人魚のことを調べましょう?」

 

 少女たちはきゃあきゃあと盛り上がりながら、島の人たちへと人魚について聞いて回り始めた。その内容のほとんどは輝夜が事前に島の人々から聞かされていたものと重複していたが、土産物店の店員である黒髪でショートヘアの女性は、特に「命様」の不死の力を信じているようで、クールな見た目に反して熱のこもった口調で語っていた。

 

 女子高生たちは素直に反応しつつ、熱心に聞いていたので、「そんなに気になるなら、美國神社に行ってみるといい」と提案されている。黒江奈緒子と名乗ったその女性は、自分は美國神社の巫女と幼馴染で、自分の名前を出せばいろいろと教えてくれるだろう、とも言っていた。あまり興味のない輝夜は一歩引いてその様子を眺めていただけだったが。

 

 神社に行くなら男性陣を待って一緒に行こう、ということになり、三人は雑談に花を咲かせ始めた。

 

「輝夜さんは、不老不死になってみたいって思わないんですか?」

 

 蘭が興味深そうに輝夜の顔を覗き込むと、問われた方は特に悩みもせず、頭を振る。

 

「昔は思っていたけれど、今は思っていないわね」

 

「なんでですか?」

 

 輝夜の答えに被せるように発言したのは和葉だ。蘭と和葉、二人揃うと遠慮のなさが増すことを輝夜は痛感していた。蘭と園子の組み合わせなら、園子の挙動不審な行動を蘭があたたかく見守りつつ、失礼な発言をときに諫めるなど、ストッパー役になっているイメージが輝夜にはある。少年探偵団といるときの蘭は「お姉さん」然としており、グイグイと輝夜に質問するというよりは、探偵団の無邪気な質問に乗っかってくることが多い。

 

 しかし、蘭と和葉という組み合わせは、急に――なんというか「きゃぴきゃぴ」し始めるのだ。なぜかは分からないが、そのノリに慣れていない輝夜は、少しだけたじろいでしまう。とはいえ、「なんで」と聞かれても、その質問に対して輝夜は答えをひとつしか持ち合わせていないので困りはしないが。

 

「必要がなくなったからよ。それに――不老不死を手に入れたとして、幸せになれるかどうかは人によるでしょう。すべての人がそうだとは言わないけれど、人間は異物を排除したがるものよ」

 

 そう答えたところで、男性陣が役所から出てくる。手紙の差出人である門脇沙織さんが行方不明であること、一週間前から「儒艮の矢をなくした。このままでは人魚に祟られる」と怯えていたことが分かったそうだ。女性陣の提案で、一行は地図を見ながらお祭りの会場でもある美國神社に向かうこととなった。

 

「二百歳なんてとんでもない! うちの大おばあちゃんは、今年でちょうど百三十歳。戸籍を調べればすぐ分かります!」

 

 美國神社に到着し、行方不明になった門脇沙織さんと、「人魚」のことを尋ねて回ると、それなら――と、沙織さんの幼馴染であり、美國神社の巫女である島袋君恵という女性を紹介された。「命様」の曾孫だという彼女に話を聞くと、少し呆れたような様子でそう答える。

 

「ちょっと長生きしてるからって、みんな大騒ぎしちゃって……」

 

「ちょ、ちょっとって……」

 

 君恵の言葉に、蘭が困惑したような言葉を漏らす。百三十歳は、人間にしてはかなり長命だろう。少なくとも、輝夜が幻想郷の外の世界で暮らしていたとき、その年まで生きている「人間」は目にしたことがなかった。

 

「ほんで、その大おばあちゃんはどこにおんねん」

 

 平次の言葉に、君恵が「今部屋で、祭りで授ける矢に念を込めているところです」と答えると、小五郎が「じゃあ……大おばあさんは、本当に人魚の肉を」と真剣な顔で問う。その発言に、君恵は目を丸くした後、大笑いし始めた。

 

「この世に人魚なんているわけないじゃないですか。あんなの嘘っぱちですよ」

 

 小五郎が顔を赤くして己の発言を恥じている中、「そうかしら?」と口を開いたのは輝夜だった。

 

「この島の伝説とかあなたの大おばあさんについてどうこう言うつもりはないけれど、『人魚なんているわけない』と言い切るのはどうなのかしらね。あなたの見えている物、信じているものだけが世界の全てではないと思うわよ」

 

「アハハ……それを言われたら、確かにそうなんですけど。あなたも不老不死を信じているんですか?」

 

 輝夜は微笑んだ。それは「サンタさんって本当にいるの?」と小さな子に聞かれた親のような、寛大な笑みだった。

 

「さあ、どうかしらね。まあ、たとえ不老不死になったとして、その先に待ち受けているのが幸せか不幸せかは、人によるとは思うけれど」

 

 そう言葉を切って、「ところで」と話題を変える。

 

「人魚はいないと言い切るなら、『儒艮の矢』のことはどう思っているの? 島内外の人がありがたがっている物だし……現に、あなたの幼馴染だという沙織さんは、矢を失くしたことに怯えて、行方不明になってしまったと聞いているわ」

 

「あ、そ、そうですね……」

 

 マスクで隠れているとはいえ、輝夜の美貌はそれだけで曇るものではない。細められた赤茶のその奥、吸い込まれるような光を持つ目に、それを縁取る長い睫毛。見る者を狂わせるその視線を真正面から受けた君恵は、多少たじろいだように、言葉を詰まらせた。

 

「もともとは『呪禁の矢』という魔除けの意味が込められた矢だったそうなんですけど、人魚の伝説にあやかって、『儒艮の矢』と呼ばれるようになったって、死んだ母が言っていました」

 

「亡くなられたんですか、お母さん……」

 

 蘭が眉を下げて痛ましそうに呟くと、君恵は落ち着いた様子で、五年前に両親が海で亡くなり、祖父母も彼女が生まれる前に海で行方知れずになったらしいという話をした。

 

「家族がみんな海で亡くなるなんて、やっぱりなんかあるんちゃうん?」

 

 心配するような、怖がっているような顔で尋ねる和葉に、君恵は安心させるように微笑んだ。

 

「何にもないわよ。この前も沙織と船で本土に行ったけど、何にもなかったし」

 

 その言葉に食いついたのは男性陣である。彼らは行方不明の沙織さんの調査をしに来たのだから、当然だ。君恵の話によると、沙織は四日前に君恵の歯の治療に付き合い、本土の歯医者に行ったのだという。矢を失くして怯える沙織に君恵が「そんなことない」といくら伝えても聞かなかったと、彼女は眉を寄せて困ったように言った。

 

「お馬鹿さんね。それは君恵が、命様のパワーを信じてないからでしょう?」

 

 突然声を掛けてきた長い黒髪の女性に、君恵が「寿美……」と顔を向ける。

 

「彼女はマジ本物。本当に人魚の肉を食べちゃったのよ」

 

 薄紫色のワンピースを着て、白いパンプスを履いた彼女は、口元に手を当てながら薄く微笑んでいた。

 

「ふぅん。家族である君恵さんが信じていないのに、あなたは『命様』のことを信じているのね。何か理由があるのかしら? ――例えば、『命様』が死んで生き返ったところを見たとか」

 

 輝夜の発言に顔色を変えたのは、突然そんなことを聞かれた寿美だけでなく、君恵も同様だった。ただし、君恵はすぐに困惑したような顔に変わっていたが。

 

「い、いえ……あなた、知らないの? 三年前にマジで人魚の遺体が出てきたの、ニュースにもなっていたと思うんだけど」

 

「悪いけど、知らないわ」

 

 汗をかくような気温でもないのに、うっすらと額に汗を滲ませた寿美は「世間知らずね!」と八つ当たりのように声を荒げて、それから息を吐くと、冷静さを取り戻したようにあやしく微笑んだ。

 

「骨が異様な形に砕けていた、グロテスクな遺体……」

 

「よせ、寿美!」

 

 彼女の言葉を遮ったのは、浅黒い色に日焼けした短髪の男性である。肩に手を置かれた寿美は「禄郎」と男性の名前を呼んだ。男性は「島以外のモンにそれ以上話すことはない」と厳しい表情をしており、輝夜たちを睨みつけ、「沙織を探してるなら、さっさと沙織の家に行ったらどうだ」と言葉を続けた。

 

「随分な言い方ね。私は知らなかったけれど、ニュースになったというなら、それなりに広く知られていることだと思うのに。それに、『家に行け』なんて簡単に言っているけれど、私たちは『島以外のモン』よ。当然、沙織さんの家がどこにあるのかなんて知らないわ。そんな風に言うのなら、あなたが案内してちょうだい」

 

 不快そうに眉をひそめた男性は「なんで無関係のオレがそんなことをしなくちゃならないんだ」と輝夜を睨む。

 

「それなら、私たちが沙織さんや人魚のことを調べていたところで、無関係のあなたに止められなくちゃならない理由はないわね。あなたがどこのどなたかは知らないけれど、失礼な言動は自分にかえってくるものよ」

 

「禄郎、彼女の言う通りだわ。ごめんなさいね。彼は私と沙織の幼馴染で、福山禄郎というの。この島で漁師をやっているわ。その隣が、海老原寿美といって、同じく私たちの幼馴染で、禄郎の許嫁でもあるのよ」

 

 剣呑な雰囲気を醸す禄郎と、まるで気にしていないようにその視線と雰囲気を受け流す輝夜の間に、君恵が割って入るように口を開いた。

 

「二人とも、紹介もせずに悪かったわね。こちらは名探偵の毛利小五郎さん」

 

 小五郎が紹介されたのを皮切りに、蘭やコナン、平次と和葉も簡単な自己紹介を始める。輝夜もそれに倣い、マスクを外してにこりと微笑んだ。

 

「私は蓬莱山輝夜。『カグヤ』という名前でモデルをやっているわ。御存知かもしれないけれど、この島へは撮影で来ていて、たまたまお友達のコナン君がいたから、一緒に行動していたの」

 

「マジ!? 本物!? 超感動なんですけど! 『カグヤ』が島に撮影に来てるのは知ってたけど、マジで会えるなんて!」

 

 興奮した様子の寿美に、禄郎は呆れたような視線を送っている。握手に応じる輝夜は、寿美にその絶世の美貌をまじまじと見つめられ、「何か?」と首を傾げた。

 

「あなたみたいな顔に生まれたら、人生思い通りなんだろうなーって思って。マジで羨ましい!」

 

 輝夜は握られていた手を離し「顔は関係ないわ」とやわらかく言う。他の人々よりも、少しだけ輝夜との付き合いが長いコナンは、先ほどまでの「ファンの握手に応じるモデルの『カグヤ』」から、彼女の雰囲気が変わったように思えた。

 

(ま、いくら輝夜さんが美人でお嬢様だからって、思い通りの人生なんてあるわけないしなぁ)

 

 寿美の浅慮な発言に思うところがあったのだろう、と納得して、コナンは空いた彼女の手を引く。

 

「輝夜姉ちゃん、疲れてない? もう宿に戻る?」

 

「気を遣わせてしまって、悪いわね。大丈夫よ。それで、結局今から沙織さんの家へ行くのかしら?」

 

 いつもの、どこかのんきでほんわかとした空気を纏う輝夜へと戻り、少年は内心でホッとする。学園祭でのことがちょっとしたトラウマになっているようだ。

 

「祭りが終わった後で良ければ、私が案内しますけど……」

 

「そういえば、お祭りってどんなことをするんですか?」

 

 蘭の疑問に、慣れた様子の君恵が簡潔に説明を始める。禄郎は自分から話題が離れたと思ったのか、「じゃ、オレはこれで」とさっさと背を向けて去って行ってしまった。寿美は名残惜しそうに輝夜の方をちらちら見ながらも、許嫁を追い掛ける。

 

 そんな二人へ困ったような笑みを向けた後、君恵は気を取り直すように明るく笑った。

 

「そうだ! 今朝急にキャンセルした老夫婦がいて、番号札が余っているんだけど、あなたたちも加わってみる? 二枚しかないから、誰が参加するかは仲良く決めてね」

 

 木でできた札を二枚取り出し、女性三人に視線を送る。輝夜はすかさず、「私には必要ないから、あなたたち、もらったら?」と提案した。

 

「輝夜さんは不老不死に興味ないねんもんな。ほんなら、ありがたくいただきます」

 

「まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦。もしかしたら、みんなが言うように、永遠の若さと美貌が手に入っちゃうかもしれないわよ。……まあ、輝夜さんレベルの美貌になるのはいくら『人魚の力』が手に入ったとしても無理だとは思うけど……」

 

 番号札をそれぞれ受け取った蘭と和葉は「そんなご利益はさすがに期待してませんよ!」と笑う。話がひと段落つき、輝夜は宿に戻ることにして携帯電話を取り出した。今から戻るということと、儒艮祭には興味がないと言っていたが、気が変わって見学に行くことにした旨をマネージャーに伝えておくためだ。

 

 電話が終わり、輝夜はふと小さな少年へと視線をやった。

 

「どうかしたの、輝夜さん」

 

 輝夜は彼の頭にぽんと手を置き、いつものようにその美貌に笑みを浮かべる。

 

「私――前に言ったことがあったわね。『あなたたちといると事件に巻き込まれる』って。それで、あなた、私にこう答えたわ。『輝夜さんといると怪奇現象に巻き込まれる』って。ねえ、今回はどちらかしら?」

 

 コナンは言葉に詰まった。輝夜が浮かべているのはいつもの、のんきでやわらかな笑みだ。けれど、纏う雰囲気はその表情とは一致しない。見上げた先の絶世の美貌と、その背後にある曇天が、コナンに背筋の凍るような「何か」を感じさせた。それは単に悪寒ではなく、恐怖でもなく、畏れでもなく、――たとえば、武者震いのような。

 

「……それって、普通の質問? それとも――『難題』?」

 

 輝夜は答えない。ただ微笑みだけを浮かべるだけだ。そしてコナンは、それを答えと受け取り、牙をむくように不敵な笑みを返した。




服部(工藤のやつ、あんな絶世の美女の手をなんの躊躇いもなく握っとった……信じられへん……)

小五郎(小僧のやつ……輝夜さんとひそひそ仲良さそうにしやがって……! 一体何を話していやがるんだ!?)

和葉・蘭「男って……」

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