遊戯王Arc―Ⅴ The Revenge of Blue-Eyes   作:青眼

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  ―――失ったものは数多く。ままらならないことも多くあった。
 覇王竜との戦いの末、あと一歩のところで乱入者が現れたあの戦いから既に半年。意識を取り戻した俺が降り立ったのがこの世界だった。自分が知る『デュエルモンスターズ』というカードゲームは、覇王に従う4種のドラゴンのように多くの召喚法が介在していたはずだった。しかし、この世界にはその中で『エクシーズ』という同じレベルのモンスターを重ねて召喚する方法しか存在していない。他の召喚法といえば、この間の『破滅の女神ルイン』のような儀式召喚のみ。
 では、今までの記憶が夢だったのかと聞かれたら答えはNOに尽きる。何故なら―――

「そんなことだったら、こいつらが存在しているはずがねぇしな」

 誰に届くはずもない独り言を呟きながら、腰に差したデッキホルダーからあるデッキを取り出す。それは、このエクシーズしか用いない世界において異端とされる別の召喚法を行う本来のデッキ。青い眼が特徴的な白き龍がデザインされている。その後ろにはエクシーズが漆黒のフレームをしているのが特徴的なように、紫と白を基調とした全く別のカードが収められていた。




運命の宝札

 

 

 

がみがみと似たようなことを捲し立てる同僚の言葉を聞いて流すことを繰り返し、今日のノルマを果たすためにタブレットに言葉の羅列を付け加えていく。自分達の方が先輩なのにもかかわらず無視をしているから怒っているのではなく、彼らが秋人に食って掛かっているのは、先日の決闘で撃退した男の事だった。

 どうやら、あの時の男がそこそこ良い家の出だったらしく。息子が酷い目に遭ったからその件で秋人に謝罪させろだとか、責任を取って退職させろだのと圧力をかけてきたらしい。どこの世界にも自分が世界の中心気分な大人がいるものなんだと感心しながら、秋人は何食わぬ顔でキーボードに指を滑らせる。

 

「――――聞いているんですか! 桐原教諭!!」

「んぁ? あ~……えっと、どこまで進みましたっけ?」

「だ~か~ら~! 貴方の辞職の件ですよ!! このままだと貴方、無職になってしまうんですよ!?」

「はははは。ご冗談を。――――ちょっと、呼び込み行ってきますね」

「誰か桐原教諭を止めろぉ! お礼参りに行くつもりだぞあの人!?」

 

 データの上書き保存を完了させ、ノルマを果たした秋人が休憩がてら外回りの宣伝に向おうとするも同僚たちに数人がかりで止められる。ぶつくさ言いながら元の席に戻る俺を尻目に溜め息を零すのはテーブルの中央、その隣に座る黒髪の女性だ。

 

「………あのですね。桐原先生。今月に入って何回クレーム来ましたか?」

「え~と……確か、4回、でしたか?」

「あははは。随分おめでたいですね? 17回ですよ。そして、今回で今月は18回目になりました。自己ベスト更新ですよ良かったですねぇ?」

「いや、あの………すいませんでした」

 

 流水の如く怒っているというのはこのことなのだろうと、目の前の女性が優しく窘めるように、けれども語気を強くしながら口にするのを目の当たりにして彼はようやく悪かったなと反省する。確かに問題を起こしたのは事実だが、その大半は藤原と一緒にいたからなのだと反論したが、爽やかに笑みを浮かべながら有無を言わせようとしない女性の迫力に気圧され、たまらず目を背けてしまう。

 

「あのですね、別に問題を起こしたことに関して怒っているわけではないんですよ? そりゃあ、藤原さんと一緒に居ることが悪目立ちして彼女のファンクラブの方々と接触、その場の勢いで決闘になって撃退。別に何の問題もありません。ですが、毎回脅迫じみたことを言ってから解放するというのはいくら何でもやりすぎだと私は言ってるんです」

「そのくらいしないと懲りないんだよあいつら。こっちだって、いい加減うんざりしてるんだ。寧ろ、俺の方が被害者なんだから慰謝料とかふんだくりたい――――」

 

 一方的に攻められ続けてイライラしてしまい、つい本音を零してしまう。確かに、彼には藤原とその家族には返せない程の恩義がある。けれども、それをだしに使われたとしてもこれまで藤原にかけられた迷惑やらを色々と考えてもこっちが色々と文句を言いたいくらいなのだと主張する。指をテーブルの上に叩いて威嚇すると、急に辺りが静かになる。よく見ると、目の前の女性もやってしまったと言わんばかりに口元に手を当てて目を丸くしている。何に驚いているのかと後ろを振り返ると、黒いスーツに身を包んだ男性が真後ろに立っていた。

 

「―――私の愛娘が、何だって?」

「ヒエッ」

 

 振り返った先に居た男性。少しだけ髭を生やしたままにした、見た感じ40歳前後の頭髪が白みがかった彼を見た時。全身が氷水に漬けられたような寒気に襲われる。にこやかに笑いながらずいっと顔を寄せるその表情は女性より明るいが、それ以上に圧倒的な威圧感が秋人を襲う。

さっきから話題になっている藤原、雪乃を愛娘と呼ぶ彼こそはその実父であり、この建物。プロデュエリスト育成校の学長でもある《藤原夏目》その人である。

 

「……藤原塾長、今日は娘さんの大事なタッグデュエル大会なのでは? その為に有給を使ったとそう記憶しているんですが」

「そんなもの事務に頼んで半日休に変えてもらった。大事な部下がまたやらかしたって聞かされたら、飛んで行くのがトップの務めだからな。それでどうした、今度は一体なにやらかしたんだ? うん?」

 

 顎鬚をジョリジョリと音を立てながら搔きながら肩を組む塾長にどう言い訳した物かと言い淀む。別に、秋人が藤原……雪乃と一緒に居たことから面倒ごとが起こったのは、さっき言った通り今回に限った話ではない。だが、それが原因とはいえ多大な迷惑をかけてしまっているのは事実なのだ。申し訳ないと思いつつも、ことの顛末を素直に伝える。ところどころで吹き出してはいたものの、理由を把握した塾長は快活に笑いながら秋人の背を思いっきり叩いた。

 

「なぁに、それぐらいのことならいつものことだ。後は俺に任せておけばいい。車の手配をしてくれ、俺が直々にお話に行ってくる」

「了解しました。……あの、くれぐれも丁重にお願いしますよ?」

「言われるまでも無いさ。なぁに、ちょっと真面目なお話をするだけさ。あぁ、そういえば桐原先生。私はこれから件の生徒の下に向かうから、娘の決闘を観れそうにない。だから―――後は分かるね?」

 

 静かに片目を閉じてこちらに察して欲しいと合図を送る塾長に、申し訳なさと面倒くささが入り交ざった溜め息を一つ零す。けれど、もっと面倒なことを彼に強いるという裏面もあるのでそれを快く引き受けることにした。

 

 

「了解しました。娘さんの決闘、私が謹んで録画させていただきます」

「よし、物わかりの良い部下を持つのは嬉しいぞ! あ、お前ら。愛娘の結果如何だが、俺の驕りで今度焼肉行くから予定空けておけよ?」

「「「マジっすかぁ!?」」」

 

 

 

 デュエルスクール・スペード校。エクシーズ召喚のみが流通しているこのおかしな世界、ひいては秋人が拠点としているこの街。《ハートランド》の東西南北のそれぞれ展開されている教育機関である。デュエルという名がついている通りこの学校では《デュエルモンスターズ》についての教育を施すようになっている。無論、一般教養も教えてはいるが。それでもどちらか多いかと言われればやはりデュエルモンスターズだろう。

 正直なところ、桐原秋人は今更になって学園の中に足を踏み入れるのが億劫になっていた。塾長に面倒ごとを押し付けてしまったことと、元から今日は藤原―――雪乃とその友達。星野のタッグデュエルを見る予定ではあった。だが、開催される会場であるこのスペード校に行きたくはなかったのだ。というのも、ここには浅からぬ因縁というより、一方的に敵視してくる男がいる為である。

 ―――まあ、こんなに人が多い中で遭遇することなんて極稀だろう。というか、一般生徒の見学場と来場者の観客席とかは流石に分けたりするはずだ。自分にそう言い聞かせながら、臆することなくスクールへと歩を進める。入り口付近で持ち物検査をしているのか、少しだけ長い人の列に並ばされたが、ようやく秋人の手番が回ってきた。

 

「お手数ですが、招待状の確認と危険物のチェックをさせてもらいますね。貴重品以外はこの籠に入れてください」

「分かった。あぁ、俺はこの招待状をもらった人の代理なんだ。そっちに連絡が行ってるはずだから、確認をお願いしたい」

「分かりまし………あれ?」

 

 中に入るための手続きを済ませるべく事情をあらかじめ説明しておく。すると、目の前の少女が手を止めた。こちらを見上げる形ではあるが顔を覗き込む仕草に眉を寄せると、見覚えのある顔がそこにあった。

 

「えっと、確か桐原先生でした、よね? 兄さんの通ってる育成校で先生をやってましたよね?」

「あ~………えっと、確か黒咲の妹さんだったか?」

「はい! 黒咲瑠璃です! 覚えててくれたんですね!」

「そりゃお前の兄さん面倒くさ……情熱的だからな。一緒にいるのよく見るし、何となく顔ぐらい覚える」

 

 げんなりとした表情を浮かべる秋人に瑠璃は苦い笑みを返す。黒咲兄妹……特に、兄の隼は秋人が教鞭を振るうプロデュエリスト育成校の生徒である。特筆して関係を上げることは普通は無いのだが、藤原雪乃に次いで彼の中で問題児と挙げられるのが彼なのである。いや、意図的ではないとはいえ因縁を作ってしまったのは秋人自身にも問題がある。それ故に彼が突発的に仕掛けてくる勝負ごとを毎回受けているのである。

 

「いや、お前の兄ちゃん凄いよ。どんだけ凹まされても次に日にはまた挑んでくるんだもの不屈の精神っていうのか? いやもうあれは鉄だ。絶対折れねぇ鉄の意思だ」

「あはは。兄さん、一度決めたことは絶対に譲らないですからね。あ、確認取れたみたいですね。今日は私も参加するので、見ていて下さいね!」

「そうなのか。ま、悔いのないように頑張るこった」

 

 ひらひらと手を振りながら秋人は校内へと足を踏み入れる。多くの人が今回の大会を楽しみにしているのか、大きい歓声が辺りに飛び変わっている。人込みの中に紛れるのは楽だが、終始こんなところにいるのも気が滅入る。

 ―――人の多い所っていうのはどうにも慣れないな。あっちでも、自分の試合の時にはいつも溜め息ばかり零してたし。ふと実経験を振り返り、それに彼は自重するように笑みを浮かべた。

 まるで、遠い昔になった思い出を思い返すような哀しい笑みを浮かべながら。

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

―――秋人はさ。どうしてプロになろうと思ったの?

 

 少女がこちらの顔を覗きながらこっちに迫る。もはや慣れ親しんだ俺と彼女との距離だが、未だに臆せずこちらの領域にずかずかと侵入してくる彼女の気の強さに苦い笑みを浮かべながら、適当にはぐらかす。

 

―――別になんだっていいだろ。好きだから、じゃあ理由にならないか?

―――ならなくはないけど、正直ピンと来ないんだよね。というか、わざわざ幼馴染の私をマネージャーにするってどういうことよ。そういう感情があるって思って良いの?

 

 からかうように意地の悪い笑みを浮かべ再び問いを投げてくる。あまりにもストレートな物言いに堪らず飲んでいた水を吹き出す。タイミングが悪かったこともあってか咽て息がし辛くなり、それを見た彼女も悪いと思ったのか背をさすってくれる。それをジト目で睨みながら、溜め息を零す。

 

―――まあ、お前が俺の事を一番わかってくれてるしさ。俺とお前が揃えば、最強だろ? タッグデュエルだってほぼ完勝だしな。

―――無敵って言わないあたり貴方らしいのよね。ま、自分の実力に自信を持ってないってわけじゃないんだし。どこまでも冷静なのはいいんだけどさ。ちょっと達観しすぎてない?

―――最近読んだ本で、戦況とは読むモノではなく俯瞰して見るモノだってある本で書いてたから。ちょっと上から目線で周りを見るようにしてるんだ。だからじゃねぇの? どうだ、かっこいいだろ?

―――はいはいかっこいいかっこいい。それでもう少し肉体的に成長すれば結構良い線いくんじゃない?

 

 さする手を止め、その手を今度は肩を抱くように引っ張られる。突然のことで態勢を維持できなかった俺は後ろへとよろめき、硬い地面へと尻餅を着かされる。小さい悲鳴をあげて、後ろに居る少女に抗議しようと振り向くが、その前にぎゅっと後ろから抱きしめられた。所謂あすなろ抱きという奴で、突然の事にまばたきを繰り返す。

 

―――あの、当たってるんだけど

―――ふふっ、当ててるのよ?

―――どうしたんだよ。らしくないぞ?

 

 小学校、中学校、高校と。俺と彼女とはすでに10年以上の長い付き合いだ。だから、こうしてスキンシップが激しいこともあるし、公平な勝負ができる《デュエルモンスターズ》で決着を着けたり。それこそ取っ組み合いの喧嘩までする仲だ。

 だからこそ、後ろの少女がらしくないと思える。まるで、何か大切な物を愛でるように。壊れそうな物を保護するような包容力を彼女は垣間見せている。それは、今まで彼女と一緒に居た俺にとっては見た事のない新しい一面だ

 

―――ねぇ、秋人? 秋人は。秋人は変わらないでね。何がっても、絶対に。これまでの秋人はでいてね。

―――本当に、らしくねぇなぁ。怖い夢でも見たのか? 

―――茶化さないでよ。私、本気なんだから。

 

 茶化すように朗らかな声を漏らすと、抗議するように抱きしめる力が強くなる。本気で俺の事を心配しているということに気付いた俺は、その手を優しく包み込む。出来るだけ優しく、けれど誓うように回答する。

 

 

―――約束するよ。俺は絶対に変わらない。何があっても…………

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

懐かしい頃の記憶を思い返していた。あれは、今からもう4年は前のことだ

ろうか。あの時、パートナーともいえる少女と交わした約束からかけ離れたことをしている自分に嘆息する。売店で二本ほどペットボトルを購入したのち、塾長に手渡されたチケットに記された指定席に向かう。たかが学生の校内のメンバーによる大会だというのにここまで大規模な形にするのかと秋人はぼんやりと考える。ただ、それに耽っていたせいか。曲がり角からやってきた少年とぶつかってしまった。向こうの方が程度のことだが、形だけでも謝罪しておかなければ振り返った。

 ―――そして、秋人は鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「す、すまない。こちらも少々急いでいた。俺が一方的にぶつかってしまったようだが、大丈夫だっただろうか?」

 

 目の前に立つ少年はごくごく当たり前の事を言っていた。いつもの俺であればそれを片目に見て会釈する程度で席に向かっただろう。だが、それが出来なかったのはひとえに信じられないモノを見てしまったような感覚に陥ったからだ。秋人の中に眠っていた、決闘者としての野生の様なものが警鐘を鳴らしていた。このまま、目の前にいる少年を無視してはいけないと。

 だが、初対面の相手に何を馬鹿なと自分で一蹴する。確かに、顔だけを見れば見たことがある。だが、声音も表情がどうも彼に結びつかない。当たり前のように会釈をし、当たり前のように謝辞を述べてその場を後にする。

 

「ああ。こっちも考え事をしていた。悪かったな」

「いや、こちらも焦っていたので。見た所、外部の方ですか? 迷惑をかけてすいませんでした」

「そこまで畏まらなくていい。俺は代理できたものだからそんなに偉い人という訳でもないんだ。だが、そうだな。せっかくだから名刺を渡しておこう。何か困ったことがあれば連絡してくれ。微力ながら手を貸そう」

 

 懐から連絡先の入った物を手渡しその場を後にする。少年は名刺をもらったのが初めてだったのか少しだけ頬を緩ませていて、その表情からも秋人の知る彼とは別人なのだと結論付けた。だからきっと、顔を見た時に沸いてしまったあの警戒心はきっと勘違いなのだと頭の中から消すようにガシガシと頭を掻き、観客席に向かって歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 




「……ん、遅かったな。何かあったのか?」
「いや、ちょっと人とぶつかってしまって。互いに不注意だったから何事も無かったのだが、相手の方が律儀な人だったんだ。わざわざ名刺を渡してくれたしな」
「何? 誰からのだ?」
「えーと………『プロデュエリストセミナー・ウィストーリア』って書いてあるな」
「……俺の通っているセミナーだな。ちなみに聞くが、講師の名前はなんだ?」
「桐原秋人って書いてあるな。人気の講師なのか?」
「……………ガタッ」(無言に起立)
「どうした?」
「―――ちょっと、手洗いに行ってくる。先に観戦しておいてくれ」

―――ユート。

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