「うっ、ぐぅ...」
薄暗いダンジョンに弱りきった冒険者の呻き声が響く
「大丈夫?」
右足を負傷したヴェルフに、肩を貸しているベルが心配そうに尋ねる
「ああ、すまん。たく、ついてないよな。早く上に戻りたいってのに縦穴に落ちちまうなんてな。」
「あの崩落の中全員が生きているのは奇跡です。」
「うん、ヘルハウンドの群れを切り抜けられたのも、サラマンダーウールのお陰もあるけど、本当に運が良かったよ。」
アドバイザーと類い希なる幸運に感謝しながら優真がリリの言葉に反応する
こんな状況でも、なんとか平静を保とうと考えていたが目の前の角を曲がったところで思わず顔をしかめてしまう
「行き止まり...。」
ベルが呆然と呟いた通り、目の前には只ゴツゴツした壁が広がるだけだった
何度めとも知れない行き止まりは、まるでダンジョンが逃がさないと行っているかのようであり、否応なしにこちらのメンタルを削ってくる
「一旦休もう。」
全員の疲労が無視できない程に高まってきていることと、ヴェルフの怪我の様子を診るため、優真は休みを取ることを提案し、ベル達も頷いたため休憩にはいる
アイテムの確認等をしているベル達を尻目に、優真はヴェルフの右足の容態を確かめていく
ヴェルフは足は骨が砕けてしまっており、本来なら直ぐにでもちゃんと治療をしたいのだが、道具がなく、武器の鞘を添え木代わりにして包帯を巻くことしかできず、その事に不甲斐なさを覚えてしまう
「悪いな、足引っ張っちまって。」
「気にしないで。」
謝ってくるヴェルフに気にするな、と言いながら包帯をきつく巻き直していく
一巻き事にヴェルフは痛みに喘ぐが、今は我慢してもらうしかない
「ヴェルフの怪我はどう?」
「結構不味い。できれば早くちゃんとした治療をしたいけど、アイテムが足りない。」
リリとの作業を終えて、ヴェルフの容態を聞いてくるベルに優真は苦々しげに答える
ベル達によると、残っているアイテムは
「お前ら、いざとなったら俺を置いていけ。」
「何バカなこと言ってるんですか...」
「そんな事出来ないよ!」
要らない忠告をするヴェルフにリリは呆れたように、ベルは声を荒げて反対する
「どのみちこの様じゃ足を引っ張るだけだろ。」
「ダメだよヴェルフ。絶対に皆で帰るんだ!」
「っ!いだっ....」
尚もくだらない事を言ってくるヴェルフに反論しながら、巻いている包帯を気持ち強めに絞める
ヴェルフが恨みがましい目で見てくるが、知らないったら知らない
「とにかく全員で帰るための方法を考えよう。」
ベルの提案に全員が頷く
そして、1番ダンジョンの知識や経験が豊富なリリが最初に口を開く
「ベル様、優真様、ヴェルフ様、落ち着いて聞いて欲しいのですが...。リリ達が今いるのは15階層の可能性が高いです。」
「.....!」
その言葉に優真達は背筋が凍るような感覚を覚える
一刻も早く上層に戻りたい状況で、自分達の想定より不味い状況に陥っていたという事実が精神を蝕んでいく
「ですが本題はここからです。上層へ戻るということが絶望的なこの状況で、敢えて下の18階層へ向かうという手があります。」
「....っ!」
何を言われているのか分からない、というようなベル達の横で、リューに教えを請いていた優真はハッとしたように呟く
「アンダーリゾート...」
「その通りです。」
「どういうことだ?全然分からないぞ、説明してくれ。」
優真の発言を肯定するリリに対し、話ついていけてないヴェルフが説明を求める
「18階層というのは、ダンジョンの中でもモンスターが生まれない珍しい階層です。そのため下層へ向かう冒険者は間違いなく拠点にしているはずです。なので、そこへ行けば安全は確保されます。」
リューとの特訓の合間に、ダンジョンの話を聞いていたので知っていた優真は、最初は成る程と思ったが1つの疑問が生まれる
「リリ待って、この階層からも生きて帰れるか分からないのに、さらにしたの階層に向かうなんて....」
それはベルも同じだったらしく、優真の思っていたこととまったく同じ内容の質問をする
しかし、それはベルの質問への返答で氷解した
「縦穴を利用します。現在地も分からない今の状況で1つしかない上層への階段を探すよりも、中層の至るところに在る縦穴を利用して下へ向かった方が遥かに効率的かと。」
「階層主はどうする?17階層だろ、あのデカブツが居るのは。」
リリの的確な分析に納得している優真達の横で、足の痛みに耐えながら、ヴェルフが階層主について言及する
その名の通り通常のモンスターとは規格が違い、『
「階層主は遠征に向かったロキファミリアが倒しているはずです。復活するまでのスパンを考えてもギリギリ間に合うはずです。」
今ならまだ間に合うかもしれない
反対に、今を逃せば次はない、リリは言外にそう告げていた
「本気か、お前...?」
いきる残るために敢えてより危険な場所に飛び込むというリリに、ヴェルフが呆然と正気を疑う
「あくまで選択肢の一つです。ベル様のおっしゃる通り上層へ向かった方が、取りあえずは安全なことに変わりはありません。もしかしたら他のパーティーに助けを求めることもできる可能性はあります。」
しかし、その可能性は限りなく低い
上層と違い、中層は上級冒険者が主なため、そもそもの数が少ない
その上それらは全て『運任せ』になってしまう
それ故の18階層へ向かうという提案だったと理解する
「このパーティーのリーダーはベル様です。ご決断はベル様に任せます。」
リリがベルを真っ直ぐに見据えて放った言葉の後に、ベルが息を呑む音が聞こえてくる
「何で...ゆ、優真は...」
ベルが縋る様に此方を見てくるが、その期待には答えることが出来ない
「俺をパーティーに誘ったのはベルだし、このパーティーの精神的支柱は間違いなくベルだよ。だから、責任を押し付けるようで悪いけど、ベルが決めてくれ。ベルが決めたことなら俺は文句は言わない。」
「でも...」
ベルは尚も悩みヴェルフに視線をやる
「いい、決めろ。どうなったって俺達はお前を恨みはしない。」
ヴェルフは笑いかけながらベルに選択を託す
ベルが緊張しているのは優真から見ても明らかだった
パーティー全員の命を背負うのだから相当なプレッシャーなのだと思う
それでもベルは瞼を閉じて、開くと強い意思を持って全員に告げた
「進もう。」
▼▽▼▽▼▽▼
空が茜色に染まり、夜に備えて人々が忙しなく動いている頃、ミアハファミリアのホーム『青の薬舗』にミアハ、ヘスティア、ヘファイストス、タケミカヅチとその眷属達が集まっていた
「では、この者達が優真達にモンスターを押し付けたと言うのだな。」
ミアハの視線の先には神友であるタケミカヅチとその眷属が立っていた
「こいつらも必死だったとはいえ本当にすまない、ヘスティア、ミアハ。」
「「.....」」
タケミカヅチの謝罪にヘスティアは目を瞑り、ミアハは苦々しい顔をする
命達はタケミカヅチの後ろで懺悔するように俯いて立っていた
優真達が帰ってこない事で、ミアハやヘスティアは都市中を走り回り、ギルドでクエストを発注した後、タケミカヅチに助けを求めに行ったところでパスパレードをした相手が優真達のパーティーだと発覚、事の顛末を打ち明けたことにより今に至った
そんな中、今まで黙っていたヘスティアが青みがかった瞳を開き、子供達の顔を見回しながら告げる
「もしベルくん達が戻ってこなかったら、君達の事を死ぬほど恨む。でも、憎みはしない。約束する。」
その言葉に命達は驚いたように顔を上げる
それに対し、ヘスティアは慈愛に満ちた顔で子供達に己の願いを告げる
「今はどうか、ボクたちに力を貸しておくれ。」
「仰せのままに。」
一糸乱れぬ動きでタケミカヅチの眷属達は膝を床につけ、頭を垂れる
そんな子供達の行動にタケミカヅチ目を細め、ヘファイストスは普段とは違う神友に笑みを送る
「では話を進めよう。今は時間が惜しい。」
前に出たミアハの言葉にヘスティアも頷く
「捜索隊、だったな。ヘスティアやミアハの子供が生きていることは間違いないんだな?」
「ああ、生きていることは確かだ。」
「ボクの方も同じだよ。ヘファイストスはどうなんだい?」
「ちょっと待ちなさい....ええ、生きてるわ。」
タケミカヅチの確認がミアハからヘスティア、ヘファイストスに渡り、ほぼ全員が生きていることが確定した
そんな中ミアハがヘファイストスに尋ねる
「ヘファイストスの子に協力は頼めないか?」
「生憎腕利きの子はロキの所の遠征に預けちゃってるの。今いる子じゃ少し心許ないわね。」
「ごめんなさいね」、と頭を下げてくるヘファイストスをミアハとヘスティアが必死に止める
「うちから送り出せるのは桜花と命、後はサポーターとして千草だけだ。他はどうしても足を引っ張ってしまう事になると思う。悪いな。」
「ううん、充分だよ。ありがとう、タケ。」
「でも、3人だけというのも不安です。」
「確かにな。」
中層で死の淵をさ迷った経験の在るナァーザの言葉にミアハだけでなく、全員が頷く
「だったら俺も協力するよ、ヘスティア、ミアハ!」
全員の訝しげな視線が集まるなか、そんなものはどこ吹く風とでも言うように、その神ヘルメスはヘスティアとミアハの前に颯爽と到着する
「やあ久しぶりヘスティア、それからミアハも。」
「ヘルメス...何しに来たんだい?」
目の前に来たヘルメスにヘスティアは怪しげな視線を向け警戒する
対してヘルメスは口端をつり上げ、懐から1枚の羊皮紙──ヘスティア達が出した
「困っているんだろう?俺が力を貸すよ。」
「.....」
ヘルメスの狙いが分からず何も言えないでいると、代わりにタケミカヅチが問いかける
「何故ベル=クラネル達を助ける?言え、ヘルメス。」
「おいおい、俺はヘルメスだぜ。神友のヘスティアやミアハが困っていたら助けるのは当たり前だろう。」
「そう言う割には貴方、下界に来てから碌にヘスティアと関わり持ってないじゃない。ミアハとも暫く会ってないんでしょ。」
「これは痛いところを突いてくるな、タケミカヅチ、ヘファイストス。」
神友だ何だと胡散臭いヘルメスにタケミカヅチとヘファイストスから呆れた声がかけられる
しかし、ヘルメスは「でも」と付け加えてから真面目に顔になってヘスティアとミアハに告げる
「オレもベルくんを助けたいんだよ。勿論優真くん達もね。どうかな?ヘスティア、ミアハ。」
ヘスティアを見つめながら笑いかけるヘルメスに、数秒見つめ合った後、ヘスティアは口を開く
「分かった。お願いするよ、ヘルメス。ミアハもそれでいいかい?」
「勿論だ。今は優真達の安全が最優先だからな。私からも頼むぞ、ヘルメス。」
「ああ、任されたよ。」
了承するヘスティア達に対し優男の笑みを向け、隣にいるミアハの肩をバシバシと叩きながら今後の話を再開する
「捜索隊にはこのアスフィを釣れていく。うちのエースだ、安心してくれ。」
その一言でアスフィの同行が決定し、当の本人は周りの目を気にすることもできず重いため息をついていた
「となると、出発は今夜辺りね。」
「桜花、命、千草、お前達はもう準備を進めろ。」
「はい!」
タケミカヅチの号令のもと命達が準備に取り掛かり、ミアハはヘファイストスと細かい時間に関して打ち合わせを行っていく
「ボクも連れてけ!」
その最中、ヘスティアの声が聞こえてきたため、何事かと聞いてみれば、ヘスティアとヘルメスが捜索隊同行するつもりらしい
「ベルくんの事を誰かに任せておくなんて出来ない!ボクも助けにいく!」
「あんたねぇ...」
「無理するなよ。」
ヘスティアの意志が固いことを悟ったヘファイストスとタケミカヅチはヘスティアに呆れと苦笑いをそれぞれ浮かべる
「ミアハはどうするんだい?一緒に来るかい?」
「いや、私は大丈夫だ。行ったとしても優真やナァーザに怒られそうだからな。その代わり伝言を伝えてほしい。」
「分かったよ。」
ミアハからの頼み事にを了承し頷くヘスティアに、ナァーザが袋を持って話しかける
「ヘスティア様、これを。」
彼女の手から渡されたのは何らかのメモとポーションが沢山入った
「私はこれ位しか出来ないから...優真とベルの事、よろしくお願いします。」
「充分だよ。ありがとう、ナァーザ君。」
心に傷を負い、モンスターにトラウマが有るため、直接ダンジョンに入ることの出来ない少女の、出来る限りの心遣いに感謝する
「私からもこれを渡しておくわ。」
「お、おおっ!」
ヘファイストスからヘスティアに白布に包まれた長い棒状の物が渡される
「危なくなったら使ってもいいけど、ヴェルフを見つけたら渡してちょうだい。伝言付きでね。」
そのヘファイストスの言葉にヘスティアは辛うじて頷く事しか出来ない
非力なヘスティアにはあまりにも重すぎたらしい
「不味いなぁ...」
一方で、その輪の外にいるヘルメスはポツリと呟く
「俺とヘスティア、二人同時に守りきれるか?」
「正直保証しかねます。」
ヘルメスの問いかけに、アスフィは淡々と事実だけを告げる
「だよなぁ~。」
同意の言葉をだし、やや黙考した後、しょうがないとでもいうかのように呟く
「もう1人連れてくるか。」
そう言ったヘルメスの脳内には、とある酒場で働く1人のエルフの姿が浮かんでいた
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ヘルメス
ヘルメスファミリアの主神で旅の神でもある
普段はオラリオの外をフラフラと旅をしながら情報収集等をしている
中立を気取るヘルメスファミリアは多くの団員のレベルを詐称している
アスフィ=アル=アンドロメダ
ヘルメスファミリアの団長にしてレベル4の冒険者
二つ名は『
貴重な発展アビリティ『神秘』を有している希代のアイテムメーカーでもある
ヘルメスの我が儘にいつも振り回されて団員達からもかなり心配されているらしい