セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「――――――え?」
肉体に感じたその感覚は、痛みと呼べる程の物ではなかった。
最も表現するに近い言葉を以て言うのであれば――そよ風だろうか。
外を歩いていたら時折あるあれだ。
ああ、涼しいなー位の感覚に近い、あれだ。
実際調はそう思った。
汗ばむ身体に涼しい風が吹いた、その程度の認識だった。
故に――月読調は理解が追い付かないままにただ≪それ≫を見ていた。
己の腹部から零れるおびただしい量の血液を。
「―――――きり、ちゃん?」
何が起きたのか、それを理解出来ぬままただ呆然と名前を呼ぶ。
こぽりと赤い液体を口から零しながら、それでもその名前を呼ぶ。
其処に、目の前に居る筈の自らの親友の名前を、大好きな家族の名前を、呼ぶ。
そうすればいつもみたいにこの手を握ってくれるから。
そうすればいつも通りの光景が見える筈だから。
そうすればいつもの切ちゃんがそこにいるから。
なれど―――
≪それ≫はもう≪暁切歌≫ではなかった。
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≪ただ一緒に居たかった≫
暁切歌の願いはそれだけだった。
世界を救うのも、その為に悪になるのも、それはあくまでおまけでしかなかった。
ただ、一緒に居て、そして守りたかった。
大好きな調を、マリアを、マムを、皆と過ごす日常を守りたかっただけだ。
美味しい食事を満足に食べる事が出来ない日々でも、
節電の為にエアコンも暖房も使えない貧しい日々でも、
娯楽なんて全く無縁の生活の日々でも、
シンフォギアを纏っていつ死ぬか分からない戦場で戦う日々でも、
それでも大好きな家族と居られるのだったら、それだけで良かった。
なのに、どうしてこうなったのだろう?
どうして大好きな調と戦わないといけなくなったのだろう?
どうしてマリアやマムが苦しい思いをしなければいけなくなったのだろう?
どうして……こんな辛い思いをしなくちゃいけないのだろう?
どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――――――
ド ウ シ テ
≪―――――――――――――≫
そんな切歌に聴こえたのは――声。
聴くだけで悍ましく、肌から体温が奪われていく様な冷たく、冷酷な声。
なれどその声が教えてしまった。
暁切歌の求める答えを、歪んで間違えた答えを、
それを聞いた切歌は――微笑む。
その答えに満足する様に微笑み、そして手を伸ばす。
暗闇の底へと誘う無数の手へと――――
≪――イラッシャイ≫
そして悪魔はーー微笑んだ。
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聴こえたのは雄叫び。
大地を揺るがす程に高々と鳴り響いたその声が、周囲を支配する暴風を吹き飛ばし――そして、≪それ≫が姿を見せた。
其処に居たのは――とてもではないが人と呼べる生物ではなかった。
馬を連想させる力強く大地を踏みしめる4つの脚、
見上げる程の巨体な獣の身体、
そして――獣の身体の上にある人の形をした≪何か≫。
全身真っ黒に染まったそれにあるのは、6つの腕と6つの鎌、そして背中に生え触手の様に揺れ動く無数の刃。
誰もがそのおぞましい姿を見て、そしてその生物を口を揃えてこう呼ぶだろう。
≪化物≫と
そう呼称せずして何と呼べと言うだろう。
「―――――――――――――」
その化物を月読調はただ見上げていた。
腹部から零れる血液を右手で押さえながら、ただ見上げるしか出来なかった。
眼の前にいる圧倒的存在感を放つその化物を、暁切歌が居る筈の場所に君臨している化物を、困惑しながら見上げていた。
「………きり、ちゃん?」
呟く名前はある種の願いが込められていた。
こんな化物が切ちゃんの筈がない、と。
なれどその願いを打ち砕いたのは、他ならない調自身。
彼女だけに分かる、化物から漂う感覚。
大好きな家族と、大好きな切歌と全く同じその感覚が、目の前の化物の正体が誰であるのかを明確にし、自らの願いを打ち砕いていく。
そんな調に向けるのは、化物が握る6つの鎌。
翠色の鎌が、切歌が持っていたイガリマと全く同じ形をしたその鎌がーーー
《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》
雄叫びと共に振り下ろされた。
きりしらきりしら