セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
風鳴翼は戸惑いと困惑の中、目の前に立つ仮面の少女を見上げていた。
幾度も見直しても到底《彼女》には似ても似つかないのに、何故か彼女が見えてしまった。
――――
なぜそう思ったのかはわからない。
だが、彼女から感じる既知感はまさに奏と共にいた時に感じたそれと何ら変わりはない。
ずっと忘れられなかった既知感、ずっと恋しかった既知感が彼女から感じられる。
その事実が翼を困惑させる。
懐かしい感覚と困惑に挟まれたながら、翼は疑問を問いただそうとする。
《貴女は誰なのか》と。
恐らく翼だけではない。
二課の誰もが聞き出したいその疑問の答えを求めて翼の口が動こうとする。
だが――――
《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!》
突如鳴り響く咆哮と、周囲に散る土煙がそれを阻んだ。
地に付していた切歌が立ち上がり、己の腕に握る6つの鎌を振るおうとしていた。
風鳴翼ではなく、切歌に無防備な背中を見せる仮面の少女目掛けてそれは振るわれる。
復讐を邪魔する存在である仮面の少女、その排除を優先したのだ。
「ーーッ!!うしーー」
それを目の当たりにした翼は無意識に叫ぶ。
背後から迫る鎌に、命を切り刻む絶対の一撃に、叫ぼうとする。
なれど同時に戦闘経験を積んでいる翼には分かってもいた。
ーー間に合わない、と。
そう思わせる程に切歌の奇襲は完璧だった。
少女の油断と背後と言う死角を狙ったセオリー通りの奇襲戦法。
言葉にすれば単純だが、それがもたらす効果は絶大だ。
このまま切歌の振るう鎌が少女を切り刻み、無防備なその背中ごと真っ二つにしてみせるだろう。
それこそがこの先に待ち受ける結末ーーーだった。
《ーーー?》
不意に、鎌の動きが止まる。
止めたのではない、止まったのだ。
まるで金縛りにあったかの様に鎌が動かないのだ。
――否、鎌だけではない。
脚が、触手が、身体が動かない。
異形と化した暁切歌の持つ人を超越した身体能力、それを以てしても動かないのだ。
どうして、困惑する脳はすぐさま原因と知ろうとして視界を揺れ動かして――――《それ》を目撃する。
《ーーーーーッ!!!?》
己の腕を、身体を捕らえていたのは――無数の黒い手。
周囲にばら蒔かれた反射する破片、そこから伸びている無数の黒い手が切歌の身体を、腕を、鎌を掴み、離さない。
掴まれた場所から感じる気持ちの悪い感触、それにおぞましいモノを感じ取った切歌は振り払わんとするが、黒い手は離さない。
己の主君を守る為に、主君の敵を離さない。
その光景に困惑する切歌であったがーー次の瞬間にはその困惑さえも消えた。
ーー感じたのは《敵意》。
全身を恐怖で揺るがすあまりに膨大で絶対の《それ》はーーいつの間にか振り返り、此方を見詰める少女から放たれたモノ。
仮面越しでも分かる冷たい瞳、その瞳に宿すたった一つの感情が、異形と化し、人を凌駕する生物となった切歌を恐怖に染める。
「あなたが何者で、どうして彼女を襲うのかはわかりません。ですが―――」
少女の手がゆったりと動く。
呼応するのは無数の黒い手。
少女に仕え、少女の為だけに動き、少女の敵を排除するーー少女の為だけの兵隊。
それが動く、少女の手に従い、少女の命令に従いーー
「ーー彼女を害そうとした、それを私は絶対に許す事はできません」
ーー目の前に立つ少女の敵を排除するべく、一斉に動き始めた。
「――――」
遠くで始まった戦闘。
それを確認しながら、ガリスは己の与えられた使命を果たすべくフロンティアを駆ける。
マスターに与えられた使命《ドクターウェルの捕縛》のために。
「…マスター」
本音を言えばあの戦いに参戦し、マスターの力になりたい。
けれども今のガリスは予備躯体で動いている状態。
その実力も従来のものに比べれば劣っている。
これであの戦いに参戦した所で、足手まといになるのはガリス自身が分かっていた。
それ故にガリスは本音を噛み殺して、マスターに与えられた使命を果たすべく駆けだす。
きっとあの男はこの戦いを見ているはずだ。
この近くで、あの戦いの結末を見届けようとしているはずだ。
あの男の性格ならば十分にあり得る可能性。
その可能性に賭けて、ガリスは駆ける。
焦る思いを抑えて、憎き男の姿を求めて駆ける。
どこだ、どこだ、と。
「―――?」
そんなガリスの視界にふと、見覚えのある姿が見えた。
「――あれは…」
周囲から見れば若干死角になる場所、そこでガリスは足を止めた。
そこにいたのは―――
「………嗚呼、やられたんですね、この子」
まるで隠される様に地表で寝かされていたのは、もはや死体となった月読調。
青ざめた肌、止まった呼吸、腹部を染める赤色。
誰の目でも明らかな死体がそこにあった。
「…マスターに見られなくて良かったですね」
丁寧に寝かされたその死体をガリスは抱える。
優しいマスターに彼女を見せない為に、どこかもっと見つかりにくい場所へ連れていく為に、抱える。
抱えた身体は驚くほどに軽く、生前の食生活がどんなものであったのかを難なく想像させてくれる。
そんな軽い身体を抱えて再度ガリスは駆けようとして――――
―――指が、動いた。
「―――――は?」
錯覚か、そう思った瞬間―――月読調の身体が痙攣する。
ドクンッと身体越しに聞こえる鼓動が、つい先ほどまで青ざめていた肌に血色が戻っていく。
まるで時を巻き戻す様に、調の腹部に残された傷跡さえもゆっくりと治癒されていく。
理解できない超常現象、普段錬金術と言う非日常を生きるガリスでさえもその光景には驚きを隠せない。
そして、閉ざされていた瞳がゆっくりと開く。
「―――お前が誰かを問うつもりはない、だが協力しろ。この身体の主を救いたいのであれば」
――黄金色の瞳の少女は命ずる様に口を開く。
まるで別の人格が宿った様に、その口調はガリスの知る月読調とは異なっていた。