セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「何故貴様が此処に居る!!ドクターウェルッ!!」
恐らくは誰もが抱いた疑問をぶつける様に翼は吠えた。
フロンティアを巡る一連の事件の主犯であり、二課が最優先捕縛対象としているドクターウェル。
フロンティア内部の安全な場所に潜んでいると推測されていた男が――そこに居る。
眼の前に、手の届く範囲に。
その事実に困惑こそしたが…同時にこれは好機だと思った。
此処で捕らえれば全てにケリがつく。
その想いで剣を構える翼、なれど―――
「貴女の質問に答える前に私から1つ助言をしてあげます。ボクは現在其処に居る目に入るだけで不愉快極まりないあの≪贋作≫の始末を優先しているだけで別段貴女達と仲良くするつもりはありません。なのでぇ…もしもボクに危険が迫ると言うのであれば、ボクは遠慮なくノイズを貴女に向けますよぉ。あそこで≪贋作≫の相手をしている子達も、です。そうすればどうなるかは…お分かりですよねぇ?」
ウェルの警告、そしていつの間にか周囲を包囲するように出現しているノイズの群れに翼は舌打ちをしながらもやむ無く剣を降ろすしかなかった。
ただでさえ傷ついた月読を抱えての状態。
もしも今敵対行動を取ればこの包囲しているノイズが一緒に襲い掛かってくる上に、異形と化した暁切歌を押し留めているノイズも来るだろう。
そうなれば押し留めている異形もまた、絶対に此処に来る。
異形と化した暁切歌の存在だけでも十分に脅威だと言うのに、これ以上敵を増やしては勝ち目がない。
故に翼に残された選択は目の前にいる男に対して剣を下げると言う屈辱でしかない選択のみだった。
「そうそう、それでいいんですよぉ~、おぉえらいえらい」
小馬鹿にしたような言動に翼は苛立ちを募らせるが、それでも耐えた。
此処で戦闘を行えば腕の中で気絶している月読の命が危うくなる。
その事態を避ける為ならばと怒りを堪え、耐えて見せた。
「んで?ボクが此処にいる理由でしたっけ?さっきも言いましたけど、わざわざボクが此処まで来たのは――そこの見るだけで苛立つ不愉快な≪贋作≫を始末する為、ですよぉ」
≪贋作≫
先程から幾度から出てくるその言葉が誰を指しているのかはこの状況が教えてくれた。
間違いなく彼の言う贋作が後ろでノイズと戦っている異形と化した暁切歌を指した言葉であるのは間違いないだろう。
なれど、その言葉の意図が分からない。
贋作…つまりはあの異形を偽物扱いするその意図が――
「贋作…だと?それはどういう事だ?」
少しでも情報を得たい、その想いで聞いた質問に対してウェルは――
「贋作は贋作ですよぉぉッ!!!!大方ボクの英雄を人工的に作り上げようとでもしたんでしょうがぁ!!こんな奴ボクからすれば不愉快極まりない贋作でしかないんですよッ!!ボクの英雄に似せようとしたその醜い見た目だけでも吐き気がするッ!!だからボクが来たんですよぉッ!!ボクの英雄を馬鹿にするその贋作を始末する為にィィィッッッ!!!!」
返ってきたのは荒く激しい怒りの言葉。
なれど、翼からすればウェルの発言内容に一切の理解が出来なかった。
ボクの英雄と言うのが何者であるのか、そいつはこの男の味方なのか。
浮かび上がる疑問、なれど今問い詰めるべき話はそれではない。
今問い詰めるべきは―――
「お前は…お前は彼女を殺すつもりなのかッ!!お前の味方である筈の暁切歌をッッ!!!!」
男は語った、始末すると。
今なおノイズと戦っている異形を…暁切歌を始末すると。
味方である筈の彼女を始末すると。
思わず翼は問い詰めてしまう。
味方である筈の暁切歌を、それもまだ幼い彼女を始末すると言ったこの男の正気を疑う様に、その心に問いかける様に厳しい言葉を以て問い詰める。
心の片隅で、外道であるこの男にも人を想う善なる心が残っている、そんな僅かな可能性に賭けて。
なれど、帰ってきた返答は――
「あぁ?そりゃあ――殺しますよ」
淡々とした偽りのない残酷な言葉であった。
「大方どこかの誰かさんに騙されるかなんかされてあんな糞みたいなLiNKER隠し持ってたんでしょうが…まあ、騙された方が悪いって事ですよ。それにマリアやナスターシャはともかく、あの子に関してはさほど利用価値も無かったですし、ボクの作る楽園で反旗を翻す可能性が高かった彼女の処分もいつかはしないといけないって思ってたんで丁度良いです。なのでぇ―――とっととくたばれってんだこの贋作がぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!?≫
この男の善に期待した己が馬鹿だった、そう悔やむ翼の後ろで聴こえたのは咆哮。
なれど先程まで聞こえていたそれとは違い、苦しむ様なその声に翼は背後を振り返る。
其処にあったのは、無数のノイズに群がられその肉体を炭へと変換されている異形の姿。
異形と化した暁切歌も鎌を振るい、刃の触手を以て撃退しようとしているがそれを上回る数を以て迫るノイズを相手に苦戦している。
このまま放置すれば勝利するのはどちらか、それは誰にでも分かる事だった。
「やめろッ!!貴様は心が痛まないのかッ!?共に戦った仲間を、まだ幼い彼女を手に掛ける事にッ!!」
「痛みませんよぉ!!だってボクからすれば必要なのはボクとボクの英雄だけぇッ!!他の連中なんて使い捨ててポイするだけの存在ですからぁ!!まあ、マリアはまだ使いようがあるので生かしておいてあげますけどねぇ!!それに貴女達だってボクに従うってんなら生かしておいてあげても良いですよぉ!!なんだかんだ言ってもボクは貴女達も評価してるんですよぉ」
ですから、そう続けた言葉と共にノイズに動きがあった。
周囲を囲んでいたノイズがゆっくりと動き、その包囲に1つの穴を作る。
その行動意図が理解出来ないと警戒する翼であったが、ふとそれに気づいた。
包囲が解かれた方角、その先にあるのは――二課の潜水艦だと。
「今すぐに選択しろ、と言った所で正しい選択が出来るとは思えないので時間をあげますよ。ボクがこいつを始末する間はボク側から一切貴女達に攻撃しないと約束しましょう。フロンティアの防衛システムも止めておきますよ。なのでその間に彼女を連れて帰って治療でもしてからゆっくりと選択してください。どちらが正しい選択なのかを、ねぇ。期待してますよ風鳴翼さん、そして通信機超しに聞いてるであろう二課の皆さん」
話は終わりだと言わんばかりにウェルの視線は翼から異形へと向けられる。
完全に、無抵抗な背中を見せて――
「(今奇襲を仕掛ければ…いや、駄目だ)」
ウェルの注意こそ此方に向いていないが、周囲を囲んでいるノイズは以前此方を警戒している。
今動きを取れば一瞬で包囲は作り直され、このノイズ達は襲い掛かって来るだろう。
そうなれば月読を守り切れないだろう……
故に、残された選択は―ー1つ。
「(分かっている…分かってはいるがッ!!)」
この状況において最も優先するべきは月読の治療だ。
包囲を抜け出し、月読の治療を終えてから再度ドクターウェルの捕縛を目指す、それが選択するべき道だと分かってはいる。
だが―――
≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛エ゛エ゛エ゛ッッ!!!!≫
聴こえる咆哮。
痛みに耐え苦しみに耐えながら吠えるその悲しい咆哮に風鳴翼は迷う。
あのような姿になったと言っても、刃を交える敵であっても、幼い命が失われても良いのか、と。
普段の翼であれば迷う事なく助けに向かう選択を選んだであろう。
なれどその選択を阻むのは、腕に抱えた月読の存在。
このまま何もせずに時間が進めば失われるかもしれない命の重さ。
その重さが、迷いを生んだ。
「(どうする…ッどうすれば…ッ!!)」
迷う時間、それさえも彼女を焦らす。
今この瞬間にも命を失いかねない月読、ノイズに殺されるかもしれない暁切歌。
今の翼に出来るのはそのどちらかを救い、どちらかを捨てる事。
本音を言えば両方助けたい、なれどそれは不可能。
どちらかを選ぶしか、ないのだ。
「(どうしたら…どうしたら良いんだ…奏ッ!!)」
「―――ありがとう、切ちゃんの為に悩んでくれて」
聴こえたその声に思わずえ?と声が零れると同時に、腕にあった温もりと重みが消えた。
まさか、驚愕する翼の視界に映ったのは傷ついた腹部から血を流しながらもギアの力で一気にウェルのすぐ傍まで迫った月読の姿。
「なッ!!?」
これにはウェルも驚愕するが、月読はその勢いのままウェルを拳で殴ると同時に懐から何かを奪い獲るやいなや、脚部のローラーを展開し、地上を高速で駆ける。
向かう先はただ1つ、ノイズに群がられる切歌の元へ。
「ッ!!こんッのクソガキがぁぁッッッ!!!!」
殴られたウェルは赤くなった頬を擦りながらもソロモンの杖を構える。
ノイズに指示を出して月読調を始末しようとして。
なれどそれを阻むのは――
「はぁぁぁッ!!」
咆哮と共に迫る翼の剣。
咄嗟的にウェルは自らを守る様にノイズを盾にするが、それによって生じた隙が調を切歌の元へと向かわせる時間を作り上げた。
「退いてッ!!」
調のギアから射出された小型の丸鋸。
それが異形と化した切歌に群がるノイズを蹴散らし、彼女の元へ辿り付かせる道を作り上げた。
彼女は迷う事なく、その道を進む。
迫るノイズをギアで討ち倒しながら、進む道を自らの血液で赤く染めながら。
なれどそんな彼女の努力を以てしても切歌に群がるノイズを排除しきれない。
圧倒的数を以て切歌に群がるノイズ、それに対して調の攻撃はまさに焼石に水状態であった。
≪ア゛ア゛……ア゛ッ!!ア゛エ゛……ッ!!≫
聴こえる咆哮は時間が経つにつれ弱くなっていく。
群がるノイズが確実に彼女の命を奪い獲って行っている証拠であった。
急がなくてはいけない、なれどそれを邪魔するのは群がるノイズ。
今の彼女1人ではこれを短時間で排除するのは不可能。
そう、≪今の彼女≫であれば、だ。
「……切ちゃん」
調は思う。
私の記憶にある全てにおいて、切ちゃんの存在はずっとあった。
白い孤児院時代の生活でも、マリア達と一緒に辛い道を進むと決めた時も、どんな辛い時も苦しい時も、いつも笑顔で皆を勇気づける切ちゃん。
そんな彼女みたいになりたいと、密かに彼女に憧れを持っていた。
いつも一緒で、いつも優しくて、いつも可愛くて――
そんな切ちゃんだからこそ、ずっと一緒に居たいって思えた。
絶対に離れたくない、ずっと一緒に居たい。
切ちゃんがいない世界なんて考えられない。
だから――うん、だから―――
「……私、迷わないよ」
その手に握るはLiNKER。
ドクターから奪い取った複数のLiNKERを―――自らに突き刺す。
過剰摂取なんて言葉さえ甘い程に、何個も突き刺した。
「――まさか…ッ!!やめろ月読!!今のお前の身体では――ッ!!」
聴こえる声に、調は優しく笑顔を浮かべる。
やっぱり彼女の仲間だなぁ、と。
マリアやマム以外の優しい人達。
そんな彼女達だからこそ、安心して頼める。
私が居なくなった後の事を……
だから―――もう迷わない。
月読調は静かに笑みを浮かべたままに――歌う。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
己の命を燃やす、最後の歌を。
きりしらきりしら