セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
《………シ………ラベ………?》
切歌の声は震えていた。
眼の前にある≪現実≫に、認めたくない≪現実≫に、怯えながらも絞り出した声は、震えていた。
あり得ないと、何かの間違いだと。
これは悪い夢か何かできっとすぐに目を覚まして終わるのだと。
そんな想いを抱きながら、暁切歌は豹変してしまった己の腕を伸ばす。
自身が知る姿と掛け離れた己の腕を、伸ばす。
これは夢だから、触れる筈がないと。
何も掴む事無く終わるのだと、そう信じて手を伸ばす。
なれど――伸ばしたその手は触れた。
風鳴翼の腕に抱かれた月読調に、力無く垂れるその手に、優しく触れた。
手の先から感じるいつもの月読調の感触が、体温を失っていくその手の感触が――
少女が抱いていた淡い期待を呆気なく打ち壊した。
≪……ァ…ァァ………≫
少女は理解する、させられる。
眼の前にある≪現実≫に、まだ幼い彼女には重すぎる≪現実≫に、
――月読調の、大好きな家族の死と言う≪現実≫を、理解させられた。
≪……ァ…ァァ……アアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!!!≫
少女の叫びが灰に満ちた戦場に木霊する。
大事な存在を、大事な人を失った悲しみを、その死を救ってあげられなかった後悔を、
全て、全て声と涙に形を変えてさらけ出していく。
「―――ッ」
翼はその叫び声を悲痛な面持ちで聞いていた。
この場において月読調の死を回避する事が可能だった人物は、間違いなく彼女だ。
あの時、迷う事なく彼女の命を優先すればこうはならなかった。
二課で治療を受ければきっと回復していただろう。
――眼の前で泣き叫び、悲しむ少女の死を対価にして――
あの場において翼に与えられた選択はどちらかだったのだ。
月読調か暁切歌、そのどちらかの命しか、あの場において救えなかった。
それを調は察していたのだろう。
だからこそその命の選択を、自らが生き残れるであろう選択を投げ捨て、自ら飛び込んだのだ。
あの戦場に、自らの死が待つ戦場に。
≪ア…ァァ…アアアァ……≫
悲しい咆哮は鳴りやまない。
暁切歌の幼い心から溢れ出る感情を流し、叫び、止まらない。
――今この瞬間でさえも月の落下は継続し、フロンティアの上昇も続いている。
脚を止める時間など、誰かの死に涙する時間など、どちらにもない。
なれど、翼には彼女の涙を止める事が出来なかった。
理解出来るから。
大事な人を失う喪失感や悲しみを風鳴翼は≪知っている≫から。
故に彼女はただ眺める事しか出来なかった。
大事な人を失った少女の嘆きを、ただ眺める事しか――――
≪―――ダレ……≫
「……?」
そんな翼の耳に聞こえたのは切歌の口から零れた僅かな声。
それが何であるのかを問おうとした翼であったが――留まる。
否、思い留まるしかなかった。
何故なら、そこにあったのは――――
≪ダレガッ!!!!シラベヲコンナメニアワセタンデスカッッッ!!!!!!≫
零した涙の代わりに溢れる血涙と、鬼気迫る表情。
そこにあったのはただ≪怒り≫だけだった。
月読調の命を奪った者へ対する怒り。
それこそが、全てを泣き出した彼女に残された唯一の感情だった。
「―――それは」
切歌の叫びに近い問いに翼は真実を答えるべきか迷う。
今の暁切歌に、復讐と怒りに身を染めている彼女に伝えるべきか、その道を進んでしまった先駆者として、迷う。
今この瞬間、もしも真実を伝えれば彼女は間違いなくドクターウェルを殺しに行くだろう。
胸に込み上げる感情を力に変えて、親友の敵討ちを果たすだろう。
その想いは翼には十分に理解出来る。
彼女とて立花響に出会うまでは、奏が死ぬ原因となったノイズに復讐してやるとずっと思っていた。
――そんな事を奏が望んでいないと知っていながら。
だからこそ翼は迷い、そして決める。
「(この子を同じ道に引き込んではいけないッ!!)」
同じ悲しみを知る者として、その道を進んでしまった者として、翼は口を開く。
何とか説得しようとして、言葉を選びながら口を開く。
なれどその言葉は―――――
「決まってるじゃないですかぁ!!!!貴女の大事な親友を、貴女の家族を殺したのはぁ―――!!他の誰でもない、そこにいる風鳴翼ですよぉぉぉぉ!!!!」
突如聞こえた男の声に――ドクターウェルの叫び声に、阻まれた。
うちのウェル博士、原作よりクズいんですけど…(困惑)