セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話   作:にゃるまる

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第114話

 

風鳴翼は警戒していた。

月読調の絶唱、その際に姿を暗ましたあの男に、ドクターウェルの存在を警戒していた。

あの男ならば必ず何か仕掛けてくる、と。

その警戒心には一切の油断も隙もなく、一瞬でもその姿を捉える事が出来ればシンフォギアの力を以て容易く制圧する事が出来た。

 

だが――その鉄壁の警戒心に隙が出来てしまった。

暁切歌の悲しみと怒りに、復讐に身を焦がすその姿に、自らの過去を思い出させるその姿を前に、翼の警戒心は揺らぎ、隙を作ってしまった。

それは時間にすれば数分も無かったであろう小さな、ほんの小さな隙。

なれどそんな隙を、この男は――ドクターウェルは確実に、そして最悪な手段を以て利用してしまった。

 

「ボクは全部見てましたよぉぉッ!!そいつが月読調を!!貴女の大親友であり家族である彼女をその刃で切り殺している所をォォォォッ!!!!」

 

「なッ!?」

 

「酷いものでしたよぉ!!無抵抗な彼女を一方的に嬲るその姿はッ!!彼女の腹部に残るその刃傷こそ証拠ですよ!!ボクも止めようとはしたんですけどねェ…生憎非力なボクでは助ける事が叶いませんでしたよ…嗚呼、可哀想ですねェ…」

 

真実を知る者からすれば彼の証言は出鱈目も良い所だろう。

だが、ウェルの発言に切歌の視線が動く。

彼の証言通りに腹部に残る切傷が――刃物による刀傷が残ったそれを、視る。

 

「――ッ!!」

 

その姿に翼は思わず唇を噛み締めた。

あの傷を残したのは、暁切歌だ。

月読調に残されたその傷を見て一切の表情を変えない所から――恐らくはその記憶を覚えていないのだろう。

 

だからこそ、説明出来なかった。

今の彼女に、復讐と言う感情で満ちている暁切歌に真実を伝えれば――最悪心が壊れる可能性がある。

月読調を追い込む原因を作ったのが自分自身だと知ってしまえば……

 

故に、翼は黙るしかなかった。

否定する事も、説明する事も出来ずに、ただ黙るしかなかった。

その沈黙が―――

 

≪……ソウ、デスカ≫

 

――どう捉えられるかを、理解していながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかぁ!!」

 

雪音クリスは目の前にあった扉を蹴破る。

フィーネによって鍛えられた格闘術、そしてシンフォギアによって底上げされた身体能力が頑丈な扉を容易く蹴破った。

 

「――ッ!?貴女は…」

 

其処に居たのは車椅子に乗った1人の老齢の女性、ナスターシャ。

ジェネレータルームに突如乱入してきたクリスに驚愕し、車椅子に備えられた何かしらのボタンを押そうとするが、代わりに鳴り響いたのは銃声音。

クリスが持つ拳銃が精確にナスターシャが乗る車椅子のボタンを的確に破壊した音だった。

 

「余計な真似はするなよ……あんたがナスターシャってのか?」

 

「…そう言う貴女はイチイバルの装者、雪音クリスですね」

 

互いに自己紹介は無用だと即座に理解する。

距離にして数十歩、距離は十分にありナスターシャが乗る改造された車椅子の最高速度であれば逃げられるやもしれない。

なれど、それを阻むのはジェネレータルームにある唯一の道に立つクリスとその手に握った拳銃。

遠距離戦を得意とする雪音クリスを前に逃走する事は不可能。

逃げ出そうとしたその瞬間には即座に彼女の拳銃が火を噴くだろう。

 

それに――これは好機でもあった。

犯してしまった暴走を、巻き込んで運命を狂わせてしまった優しい子達を解放する。

それが僅かに残された余命を、この命を使い果たす最後の役目とする。

その為にも―――

 

「…えらい素直じゃねえか」

 

ナスターシャは両手を挙げた。

降伏すると行動を以て説明し、そしてそのまま――

 

 

 

 

 

 

「雪音クリス…いいえ、特異災害対策機動部二課の皆さん、どうか私に――私達に協力してくれませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!はぁはぁ!!」

 

立花響は駆けていた。

託された想いを、助けるべき相手を、今自分が出来る事を果たす為に、駆けていた。

胸のガングニールが無くなっても、ノイズと戦う力を無くしても、それでも彼女は前へと進む。

それが立花響だから、それが彼女だから。

なれどそんな彼女の脚が、ふと止まる。

 

「――――ぇ?」

 

振り向くは遥か後方。

地形の関係で見る事は叶わないが、確かに立花響の耳には聞こえた。

悲痛な叫び声を、悲しみと怒りが混じった雄叫びを、

その声に混ざる様に、僅かに自身が憧れを抱いている尊敬すべき友の声を、聴いた。

 

「…翼さん?」

 

響は本能的に理解した。

今あそこで何か悲しい出来事が起きている。

止まった脚は迷う、戻るべきかと。

何も力に成れないかもしれないが、それでも戻るべきかと。

だけど――

 

≪だから行って。胸の歌を信じなさい≫

 

彼女の言葉が、迷いを断ち切る。

唇を噛み締め、立花響は止まっていた脚を再度動かす。

前へ前へと、進むべき道を、辿り付くべき場所を見据えて立花響は駆ける。

それが正しい、そう信じて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸に込み上げる感情、それは怒り。

大好きな親友を、大好きな家族を、大好きな調を、殺した者への怒り。

その勢いは止まる事を知らず、それは無限に沸き上がり続ける。

止める必要などないと、止まる必要などないと、

そしてその怒りを向ける相手は――調を殺した仇は目の前に居る。

 

ならば?そうならば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

≪―――――アア、ソウデスカ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

この怒りを、この憎しみを貴女にぶつけましょう。

この胸に沸き上がる感情を、全て貴女にぶつけましょう。

一切の欠片さえ残さずにぶつけましょう。

だから………そう、だからどうかお願いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――シネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は歌を奏でる。

憎しみを、怒りを歌に換え、濁り切ったその声で歌う。

眼の前にいる敵を――風鳴翼を殺す為に、歌う。

 

明るい歌が好きな彼女には似合わない、怒りと悲しみに満ちた歌を歌いながら、彼女の復讐は始まった。

 

 

 




ウェルのゲス化進行してる…ドウシテコウナッタ(白目)

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