セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
仕事忙しくて…すみません…
歌が聴こえる。
荒々しく、雄々しく、けれどどこか悲しみを感じさせる歌が聴こえる。
「くふ………くふふ!!」
男はそんな歌声を聞きながら、眼下にて繰り広げられる光景に堪えきれない笑みを浮かべる。
自身が引き起こした理想通りの光景に、暁切歌の復讐の場と化した戦場に、もはや誰にも止める事が出来ない争いに、醜悪な笑みを以て笑う。
≪アアアアァァァッ!!!シネェッ!!シネシネシネデスッ!!!!≫
暁切歌が握る6つの鎌が、その背から伸びる刃の触手が、眼の前に居る仇に、風鳴翼目掛けて迫る。
目の前の敵を、風鳴翼を切り刻まんと迫る。
迫る鎌と刃、翼はそれらに対し舌打ちをしながら前へと進む。
6つの鎌と刃を討ち落とす為に、その手に握る愛剣を手に翼は進む。
「はぁぁッ!!!」
暁切歌の怒りを込められた無数の斬撃を、風鳴翼は一振りの刃と歌を以て答える。
暁切歌の数を以て攻める斬撃の嵐、風鳴翼の速度を以て数の差を埋める斬撃。
両者の攻撃は激しくぶつかり続け、接触する度に戦場を彩る火花が散る。
其処に一切の手加減はなく、常人ではもはや視認する事さえ困難な程に激しく、速い衝突は続く。
かたや親友を殺された復讐を果たす為に、かたや託された少女を救う為に、歌声を奏で、力へと変えて戦い続ける。
ぶつかり合う両者は一歩も引かず、その戦いは一見すれば互角に見える。
だがその衝突の嵐の中で――翼の表情が歪む。
「――くッ!!」
いくら歴戦の猛者である翼とは言え限界がある。
切歌の斬撃の嵐、それを迎撃するのに限界だと判断した翼は迫る斬撃を躱し、一度大きく後方に飛び退く。
そんな翼を相手に切歌は――動かない。
切歌は追い打ちを掛ける事はせず、生まれた両者の距離を保ち続ける。
その距離は決して近くはない、シンフォギアで身体能力が強化されている翼でもこの距離を埋めるには数秒を必要とするだろう。
そんな距離感を保ちながらも警戒を崩さずに荒れる呼吸を整える翼は、この打ち合いで判明してきた彼女の情報を頭の中で纏めていく。
――異形と化した暁切歌の武器は大まかに分けて3つ。
1つは6つの腕に握る6つの鎌。
これが主武装と見て間違いないだろう。
威力も速度も大きさもある上に鎌と言う武器ならではの変則な攻撃も可能。
おまけに1つでも厄介極まりないそれが6つもあるときた。
間違いなく最も警戒すべき武器はこれだろう。
だが、警戒すべき理由はそれだけではないと翼は考えていた。
あの鎌には何かあると、だからこそ翼はあの鎌を最大に警戒しておりーーそして翼の感は正しかった。
翼も、そして切歌自身も知らない事ではあるがあの鎌にはーーイガリマの特性が付与されている。
イガリマの特性は魂に直接ダメージを与える力。
その特性が最大発言する彼女の絶唱はあらゆる防御を無視して魂を切り刻み、破壊して見せる力を発揮する。
まさに究極の一撃と言った所だろう。
そんな力が僅かとは言え発動しているのがこの6つの鎌。
絶唱時の様に最大発動しているわけではなく、防御を無視する力も、一撃で魂を破壊して見せる程の力があるわけでもない。
だが、それでも直撃すれば間違いなくあの鎌は対象の魂にダメージを与える、それだけの力がある。
故に警戒すべきはあの6つの鎌であると言う翼の感は正しい。
なれど、そんな翼の警戒を邪魔するのが―――
≪サッサトォ――シニヤガレデェェスッ!!!!≫
切歌の咆哮と共に彼女の背から伸びる複数の刃の触手。
これこそが彼女が持つ2つ目の武器。
鋭利な刃を持つ触手は切歌の感情に答える様にその数を増やしたり減らしたりしており、その総本数が何本であるのかは不明なまま。
現時点で分かっているのはこの攻撃が切歌を中心に広範囲に攻撃が可能と言う事と、6つの鎌に比べれば威力も低く、動きも単調な事から捌くのもさほど苦ではないと言う事。
現に伸びて来た触手を相手に翼はその全てを躱し、打ち落としてみせる。
呼吸を整える時間があったとは言え、疲れている状態でこれだ。
戦闘経験を持つ人物、または相当に鍛えられた人物――それこそシンフォギアを持たない緒川や弦十郎でも十分に捌けるだろう。
だが―――
「――ッ!!」
触手を相手にしながらも感じた背筋に伝う冷たい感触。
その感触が意味するのをすぐに察した翼は、まさかと振り替える。
翼の視界に映ったのはーー一瞬で距離を埋めて来た切歌の姿。
振るわれる鎌を身を捻って何とか躱し、反撃に剣を振るうがその時には既に遥か後方に距離を取られている。
そう、これこそが切歌の持つ3つ目の武器――圧倒的な機動力。
神話の生物、ケンタウロスを連想させるその姿から繰り出されるのは4つの脚を使った機動力。
俊敏に、尚且つ細々として動きを可能とするこの機動力こそが先の2つの武器と重なってその脅威を発揮していた。
触手による散発的な攻撃、鎌による本命の斬撃、機動力による奇襲と撤退。
大まかに数えればこの3つこそが彼女の――異形と化した暁切歌の武器だろう。
その武器を前に翼は苦戦を強いられる。
異形と化した暁切歌が強い、と言うのもある。
だがそれ以上に――翼は彼女に剣を振るう事を躊躇っていた。
その理由はただ1つ――戦場と化した此処から離れた場所で安置されている月読の存在だ。
己が命を投げ捨て、助けた相手。
その相手に刃を振るう、命を投げ捨てた少女の想いを踏みにじるその事実が翼に迷いを生んだ。
ただでさえ異形化と言うイレギュラーが起きている切歌に攻撃を仕掛ける。
その場合どうなるかが分からない。
シンフォギアの力が彼女の命を奪い獲る可能性だって十分にある。
だからこそ翼は迷う。
命を燃やした月読の想いを踏みにじってまで戦う様な真似をする己に、迷う。
その迷いが、一瞬の隙を作った。
≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫
「――ッ!!しま――ッ」
迫るは6つの鎌の1つ。
直撃すれば魂にダメージを与える絶対の一撃。
迷いに気を取られた彼女にもはやこの一撃を躱す術はない。
迫る刃、迫る死。
それを前に切歌は笑う。
醜悪な獣の様な笑みで笑う。
やったと、獲ったと。
調の仇を討ったと。
対する翼は迫る刃を前に、想う。
復讐に身を焦がす想いを経験した者として、切歌が行おうとしている復讐とは違う形で復讐を忘れた者として、想う。
これは当然の報いなのだ、と。
ウェルの言葉は確かに嘘だらけではあったが、1つの事実だけは嘘ではなかった。
月読を、彼女の命を救えなかった、その事実だけは間違いなく真実だ。
故に――翼は目を閉じる。
この命を奪う事で、その復讐が、身を焦がすその感情が少しでも消えるのであれば、と。
動く時間の針は無慈悲に現実を進める。
通信機越しに聞こえる翼を呼ぶ声が、復讐を果たせる事に喜びを見出す切歌が、その復讐に討たれる覚悟をしてしまった翼が、ゆっくりと進んでいく。
誰もこの時間を止める事は出来ない。
此処で1人の少女は命を絶たれ、1人の少女は復讐を果たす。
ものの数秒後にはそうなる事実が誰の目にも明らかだった。
そう、その声が聞こえるまでは―――
「はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
聴こえるは翼でも切歌でも通信機から聞こえる二課の誰の物でもない。
それは空から聞こえる、右手に黒い異形の手を、死神の手を携えた者から聞こえる。
声に反応した切歌が見上げるが、もう遅い。
人の手の何倍もの大きさをした死神の手がその無防備な頭部を叩き付ける。
一切の慈悲もなく、力任せに叩き付ける。
その威力は絶大であり、拳を受けた切歌は轟音と共に地面に食い込む様に倒れる。
翼を狙った鎌が何処かへ飛んで行く程に、倒れる。
「――お前は」
その姿を翼は知っている。
ほんの数時間前まで奇妙な共闘関係にあった人物に、もはや見慣れてしまった仮面に、零れる様に声が出る。
その声を背に少女は地面に降り立つが、彼女は切歌に目も向けずに翼へと足早に近づくと―――
その頬を引っ叩いた。
手加減もなく、全力で振るわれたそれは乾いた音を戦場に鳴らす。
「――――ぇ」
叩かれた翼は呆然と眼の前に立つ少女を見上げる。
其処にあるのは仮面。
無機質で表情の変化が全く分からない仮面。
だが、何故か…そう、何故か理解出来た。
少女は怒っていると、そして――――
「≪――生きるのを諦めるなッ!!!!!!≫」
その姿は全くと言って似ていないのに――何故か彼女が懐かしい親友に見えた。