セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「………あん?」
《それ》の存在に最初に気づいたのはドクターウェルだった。
自身の腕と一体化しているネフィリム、そのネフィリムと繋がっているフロンティアが警告してきたのだ。
上空、高高度より《何か》が迫っていると。
ウェルはその警告に対し、舌打ちをする。
せっかく面白いショーが行われているのに、と。
「…ま、仕方がないですね」
ウェルにとってフロンティアは自身の願望を果たす為に必要な存在だ。
彼が英雄として君臨する世界、それを作り上げるにはネフィリムとフロンティアの力は絶対に不可欠。
万が一にでもフロンティアがダメージを負う事態は避けなければならない。
だからこそウェルは目の前で行われている復讐劇から視線をそらす。
ウェルにとって憧れであり、愛する英雄《死神》を模倣した粗悪品となった暁切歌と、もはや傘下に収まるつもりのない二課の風鳴翼。
男からすれば邪魔でしかないこの2人を始末するのに最高の舞台と最高のシチュエーションを作り上げた者として最後まで見届けたいと思う気持ちはあるが、ウェルが今優先すべきはフロンティアを守る事だ。
だからこそ名残惜しい気持ちはあったが、視線をそらし空から迫る《何か》の正体を知るべくネフィリムを通してフロンティアのシステムにアクセスし、調べ上げる。
「(この反応…ミサイル?いえ、それにしては小型な…)」
迫る熱源反応は30弱。
そのどれもが小型サイズでミサイルを始めとする兵器類とは到底思えない。
降下作戦によるフロンティア上陸を狙った行動かと思ったが、それにしてはいくら何でも高度が高すぎる。
この高度からの降下となると、もはや大気圏突入と何ら変わらないだろう。
とてもではないが、いくら装備を積んだとしてもこの高度から生身の兵士が降下出来るとは到底思えない。
では、《これ》はなんだ?
「…米国のバカども辺りが最新鋭兵器でも用意してきた、という所ですかねェ」
その正体こそ不明であったが、ウェルは素直に着眼点は良いと相手を褒めた。
フロンティア真上、それも此方に気付かれない様に高高度からの降下。
防衛設備等があっても対応できるように数を用意してきたのも賞賛に値するでしょう。
だが、とウェルはもはや自分の手足と同じ様に自由に動かせるフロンティアに命じる。
起動するは、上空に向けられた対空防衛設備の数々。
確かに上空、それも真上に向けての防衛設備は少ないーー少ないが、存在はするのだ。
フロンティアは元々カストディアンが星間航行する為に作り上げた宇宙船。
無論、彼らと分かり合えない敵との戦闘に備えた装備も充実している。
その設備の1つが、これだ。
「(半数は直撃を許してしまうでしょうが…まあ、この規模の兵器ならばフロンティアの防護機能で対応できますね)」
迫る《何か》に向けて防衛設備の狙いを定めていく。
距離があるので若干の狙い難さがあったが、十分であった。
ウェルの掲げた手がゆっくりと落ちていく。
今から始まる防衛設備からの攻撃の合図を、どこぞの国が撃った最新兵器が役に立つことなく終わりを迎える合図を、ゆっくりとゆっくりと降ろしていき、そしてーーーーー
止まった。
「-----くひ」
見えた、見えた、見えたのだ。
「--くひ、くふふふ」
空から迫る《何か》に紛れる1つの反応を。
男が、ウェルが求めてやまない愛しい存在が、男にとって初めての《愛》を向ける相手が。
「くふふ!!くっふっふふふふぅぅぅぅぅッ!!!!」
ーー仮面の少女が、《死神》が、見えたのだ。
「嗚呼!!嗚呼嗚呼!!!!来た!!来てくれたあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
男は歓喜する、愛しい存在が迫っている事に。
男は抑えきれない喜びを表にさらけ出す、まるで子供の様に。
もしもこの場にこの様子を見ている第3者がいれば、間違いなく正気を失ったと思える狂気を、男は躊躇すること無くさらけ出す。
それほどまでに嬉しい出来事、それほどまでに喜びを見出せる愛しい存在。
それがもうすぐ此処に来るのだ。
この場所に、男が己の願望を叶える為に用意したこのフロンティアに。
「嗚呼!!歓迎するよ僕の英雄!!!!」
即座にウェルは彼女たちに向けていた全ての防衛設備を解除する。
撃たれるはずだった弾丸は無く、火花を散らすはずだった火器は全てフロンティア内部へと消えていく。
全てだ、全ての防衛設備は跡形もなく形を消し、空から迫る彼女達に対する障害を全て排除してしまった。
少し考えれば誰の目にも明らかな愚かな行為だ
仮面の少女はウェルの手から小日向未来を救うために既に彼と敵対している。
そんな彼女がウェルに味方する可能性など欠片もないのに、
彼女を上陸させる事で己が英雄となる世界を作り上げる計画が破綻するかもしれないのに、
彼女が、ウェルを殺害する可能性だって十分にあるのに、
そんな危険な可能性しかないであろう彼女の上陸を男は許した。
迷うことなく、躊躇することなく、許した。
愚か極まりない行為、なれど男は後悔しない。
彼女の傍にいられる、その幸福に比べればーーー己の夢など安いもんだと。
男は見上げたまま両手を広げる。
迎え入れる様に、歓迎する様に、抱き締める様に、広げる。
もはや、正気とは思えない瞳で《彼女》を見つめながらーーー
「ようこそ!!!!!僕の英雄!!!!!!!!」
男は《彼女》を、己の夢を打ち砕く者を迎え入れた。
「-----?」
セレナは迫るフロンティアに起きた異変に首を傾げる。
フロンティアの防衛設備が動いたと思ったが、それが即座に消えたのだ。
理解出来ない行動、だが好機であるのは間違いない。
攻撃してこないのであればとセレナは即座に指示を出す。
「全アルカ・ノイズは予定通り443への帰還ルートへ!!私とガリスはこのままフロンティアへ向かいます!!」
《了解しました!!どうかご武運を!!》
セレナの指示に従い、アルカ・ノイズがセレナ達から離れていく。
帰還ルートへとコース変更していくアルカ・ノイズ達を見送るセレナの周りにいるのは、ガリスと彼女達をフロンティアへと運んでくれているアルカ・ノイズ2体だけ。
随分減ってしまったともの寂しさを感じながらも、セレナは目指すべき場所へ、フロンティアを見据える。
「---あそこに」
一連の事件、その最終決戦が今あそこで行われている。
F.I.S.をーーードクターウェルの暴走を止める為に、響さんや翼お姉さん、クリスさんがあそこで戦っている。
自分があそこに行っても何も力になれないのかもしれない。
けれども、セレナはあそこを目指す。
1人でも多く救う為に、そしてフロンティアから感じるこの感覚の正体を確かめるために。
《マスター!!そろそろ降下ポイントです!!》
アルカ・ノイズの報告にセレナは気合を入れる。
向かうは戦場。
降下と同時に戦闘だってあり得るからと覚悟を決めてーーーーー
「----え?」
ーー《それ》を見た。
異形に襲われる風鳴翼を、向けられた刃に対して、どこか諦めた面持ちをした彼女を、見た。
《マスター!!?》
その瞬間、彼女は飛び降りていた。
予定されていた降下ポイントよりも遥かに早く、数秒でも早く到達できる様にと。
その胸に込み上げる《怒り》に身を任せて、失ってたまるかと彼女は飛び降りる。
「はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
ーーその瞳を《赤》へと変えながらーーー