セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
今回どうしてこうなった方針で書いてみました。
いや、ほんとうにどうしてこうなった(困惑)
私はいつもの通りのおちゃらけ誕生日を書くつもりだったのに……(困惑)
あと無印とG編だけタグ分けしてみました。
誕生日関連とシャトーの日常だけは…うん、分けようとしましたけど、これよくわかんないのでやめておきます。
力不足の作者で本当にごめんなさい…
風鳴翼は基本的に多忙な日々を送っている。
装者として、歌姫として、学生として、
その日程スケジュールは秒刻みで計算されており、はっきり言って多忙のあまり身体を壊さないかと心配になる人が出てくる始末だ。
しかしそんな心配は無用だとさせてくれるのは我らが緒川さん。
多忙なスケジュールの合間にきっちりと休暇を作っており、膨大な仕事が彼女の身体を壊さない様に配慮されている。
中にはどうやってこの休暇時間を作ったのかと思わせるレベルで獲得が難しい休暇を難なく得る事が出来る辺り、やはり流石は緒川さんだ。
その見事な手法は流石は日本のトップ歌姫である風鳴翼に付くマネージャーだと周囲を驚かせている。
おかけで他の社からの勧誘が引く手あまたであるらしいが…どれだけ素晴らしい好待遇を条件にしても当の本人から返る返答は毎回決まっていた。
「すみませんが、風鳴翼の傍から離れるつもりはないので」
こんな風にバッサリである。
なので勧誘に来た人の多くは早々に引き上げ、上司へ「あれは無理です」と報告するのが当たり前となってしまった。
さて、そんな多忙の日々を送る風鳴翼だが…彼女のスケジュールには必ずと言って良い程に数日だが、決まった日に休暇日が作られている。
他の誰でもない、翼自身の希望で、だ。
そしてその日の意味を知る緒川もこの休日を作る事に全力で協力してくれる。
否、緒川のみならず、二課の司令である弦十郎も、翼の父でもある八紘もだ。
そうして出来上がったのが必ず数日ある休日。
その一つである七月二十八日。
風鳴翼は暑くなり始めて天候に汗を流しながらも、その手に掴んだ荷物をしっかりと抱えてある場所へと向かっていた。
二課の管理する建物の1つ、現在は誰も使用していないそこを翼は慣れた足取りで進んでいく。
一歩一歩踏みしめる度になるギィギィと鳴る音はこの建物の寿命の近さを知らしめてくれる。
その事実に翼は寂しいなと小さく呟き、奥へと進んでいく。
――どれだけ歩いただろう。
踏み締める度に軋む床をゆっくりと進む事数分、空調なんてもう動いてもいないこの建物での暑さは並大抵のものではない。
垂れる汗を拭い、荷物が無事であるのを確かめた後、翼の足取りは気持ち早くなる。
そうしてたどり着いたのは、1つの扉。
そこだけ手入れされているのだろう、周りの景色の中でその扉だけが綺麗なままで置かれている。
まるでここだけ時間から取り残されたかのように――
そんな扉を前に翼は取り出した鍵でゆっくりとその扉を開ける。
軽く軋む音を鳴らしながら開く扉、翼はその扉を潜り抜けて中に入ると―――
「…また来たよ、奏」
彼女の視界に移るのは、綺麗にされた部屋。
懐かしい香りがするその部屋を、翼は慣れた足取りで歩き、そして机の上に《それ》を置く。
《天羽奏》そう書かれた位牌を、だ。
「…………」
この部屋は、かつて翼が天羽奏と共に過ごした部屋だ。
まだギクシャクしていた最初の頃から、あのライブの日までずっと一緒に使っていた部屋だ。
この部屋で多くの事を語り合ったのを今でも覚えている。
大好きな歌の事、装者として戦う事、何気ない日常話の事、
この部屋で一緒にご飯を食べた事も、2人で入るには少し狭いお風呂を一緒に入った事も、全部…全部、覚えている。
だからこそ――辛かった。
奏を失ったあの日から、そんな思い出が残ったこの部屋で暮らす事が、辛かった。
奏を失ったあの日の事は、今でも忘れない。
絶唱の影響で身体さえ残さずに亡くなった奏。
二課の情報隠匿の為に墓を作る事さえも許されずに、残されたのは中身のない位牌だけ。
その位牌を抱きしめ、この部屋で泣き続けた。
己の力の無さを、己の不甲斐なさを、己の未熟さを、
それらが奏を殺したのだと、泣き続けた。
その数日後には――翼はこの部屋を出た。
幸せな思い出に満ちたこの部屋を、もう取り戻せない時間に満ちたこの部屋を、出た。
その思い出が風鳴翼を壊してしまう前に、出た。
そこからの日々はただ駆ける毎日だった。
奏を失った事で生じる問題。
ツヴァイウィングの世間からの目、ただ1人でノイズと闘わなくてはいけない日々。
それらが一斉に翼を襲い、そして翼はただ耐えて、駆けた。
奏と共に歌ったこの場所を守る為に、奏を奪った憎いノイズを殺し尽くす為に、駆けた。
その駆けた先で――翼は出会った。
奏のガングニールを受け継ぐ少女、立花響と、
少し口うるさいが、可愛い後輩の雪音クリスと、
いつも仲睦まじく、皆を笑顔にしてくれる暁と月読と、
共に歌を奏でるマリアと、
優しく、けれどどこか大人びた少女のセレナと、
その出会いが、翼を変えた。
復讐に囚われていた翼が、今の姿に変わる事が出来たのは間違いなく彼女達のおかげだろう。
その変化が、翼にもう一度この部屋と向き合う勇気をくれた。
幸せな思い出に満ちたこの部屋と、取り戻せない時間に満ちたこの部屋と、
――最初は辛かった。
この部屋にいるだけで蘇ってくる記憶が、辛かった。
もう戻れないんだと、嫌でも知らしめられた。
けれども、それでも向き合った。
もう逃げたくないんだと、奏との思い出に向き合いたいんだと、向き合った。
初めて奏とステージに立った記念日、初めて奏と装者として戦場に立った日。
懐かしく、けれども絶対に忘れない記念日の度に翼はこの部屋に来ていた。
部屋と向き合うと言う理由もあったが…翼はこの部屋の中だけでは1人の少女で居られた。
防人としての翼でもなく、歌姫としての翼でもない。
1人の少女である翼で、居られた。
「…ほら、これ奏が食べたいって言ってたケーキ。覚えてる?ライブの時間が間に合わないって言うのに奏が食べたいって騒いでたあれ、奏あの店のケーキは絶対に人気になるって言ってたけど、それ当たってたよ。このケーキ買うのに結構並んじゃった」
位牌の前に置かれたのは1つの小さなケーキ。
奏の誕生日を祝う為に購入した品だ。
保冷剤を入れていたのだろう、この暑さの中でも少しひんやりと冷えているそれを、翼は位牌の前に置く。
決して食べられる事のない位牌の前に、置く。
「…今日は何の話をしよう?立花の話はもうしたから…嗚呼、雪音の話をしよう。聞いてよ奏、私にも可愛い後輩が出来たんだよ。少し口の悪い子だけど――」
誰もいない部屋の中で翼はただ1人語る。
位牌を相手に、ただ語る。
部屋と向き合う事を知った弦十郎の手配のおかげでこの建物の中で唯一冷房類が生きているこの部屋の中は涼しい。
その心地よい涼しさが翼の口を促す。
もっと語ってもよいんだと、優しく促す。
どれだけの時間を語り続けただろう。
翼が気付いた時には、外はもう夕日は落ち、星空が空に浮かんでいた。
「…もう、帰らないと、だね」
翼は名残惜し気に立ち上がろうとする。
だが、不意に体のバランスが僅かに揺らぐ。
どうしたのだろうか、と僅かに戸惑う翼だったが、嗚呼と理解する。
昨日の歌姫としての仕事、今日の休日を得る為とは言え、少しばかり無理な組み方をしていた。
その疲れが今来たのだとすぐに分かった。
「…ちょっとだけ」
翼は2人で良く座ったソファに腰かけて少しだけと目をつむる。
ほんの少しだけ休んだら帰ろう、と静かに目をつむる。
そうして訪れた沈黙の世界。
1人の少女の静かな寝息だけが鳴る部屋で―――――
「よ、翼」
―――その姿を見た瞬間、嗚呼これは夢かと理解する。
何故なら貴女が其処にいるから。
手が届く所に、私の視界に、いるから。
その燃える様な赤い髪も、懐かしい瞳も、優しい顔も、
もう思い出の中でしか会えないという事を理解しているから、
だから、これは夢でしかないのだと理解させられた。
「あー…なんかあれだな、予想通りの反応っていうか…まあ、翼らしいっちゃ翼らしいか」
その反応に小さく微笑む。
嗚呼、奏だ、と安心の笑みが自然と浮かぶ。
これが夢だと理解していても、それでも奏とこうして向き合えるその喜びが嬉しくて…けれども、寂しかった。
所詮これは夢なのだと理解しているから、いつか終わりが来ると理解しているから。
そう思うと浮かべた笑みが崩れていく。
自然と力が抜けて、崩れていく。
そんな私を見て、奏はやれやれと首を横に振ると――――
「いきなりだけど!!翼に言いたい事ベスト100スタート!!!!」
―――なんか、突拍子もない事をいきなり始めた。
「え…あ、あの…か、かなで?」
「まず第1!!翼はもうちょい異性を警戒しろ!!翼は普通に美人なんだから何気ない動作1つで男を魅了してしまうんだからそこら辺要注意しろ!!てかアタシが男なら襲う!!絶対に襲う!!そして第2!!翼はもう少し掃除を覚えろ!!あれ全然改善してないっていうかむしろ悪化してるし!!緒川さんに頼りすぎずにもうちょい掃除するようにしろ!!んで第3に―――」
夢がこんなに長いと感じたのは初めての経験だった。
奏は相も変わらず私に言いたい事ベスト100を続けている。
たまに数字が前後しておかしくなったりする所とかは、やっぱり奏だなと笑ってしまう。
同時に、理解していた。
この夢の終わり、それはこのベスト100を言い切る事で迎えるのだと。
そして、遂にそれは目前に迫っていた。
「―――てわけだ。さて、第100…ってもう最後か、意外と速かったな。正直まだ言いたい事とかもっとあるけど……まあ、仕方ないか」
「…うん、仕方ない、よね」
夢の中の奏もこれで終わりなのだと理解しているのだろう。
どことなく残念そうに、けれどもいつも通りの迷いのない笑みを浮かべて、最後の言いたい事を――口にする。
「――翼、無理だけはするな。お前は昔っから強がりで負けず嫌いだから、無理を1人で背負おうとする。けど、1人で背負うな。お前にはもうアタシ以外にも頼れる仲間がいるだろう?そいつらを頼れ。1人で背負おうとしないで一緒に背負う事を覚えろ。それが――アタシが最後に言いたかった言葉だ」
言葉の終わりと共に世界が揺れる。
夢の終わり、それを知らしめる様に揺れる中で、翼は奏と向き合う。
「…奏」
――本当は離れたくない。
永遠に夢の中にいても良い、それでも良いから奏の傍にいたい。
けれども…奏がそれを望んでいないのを理解しているから、本当の気持ちに蓋をする。
奏のいない現実、その辛さに耐えながらも、それでも生きる道を選ぶ。
それが、奏の望みだと知っているから―――
「…そんな顔するなよ、翼。これで永遠の別れってわけじゃないんだ。アタシはいつもお前を見守ってる。いつも、どこでも、見守ってる。例え翼から見えなくても、それでも傍にいる。だから…ずっと一緒だ。ツヴァイウイングは2人で1つ、だろ?」
奏の送り出す言葉に、翼は込み上げる涙をこらえて、笑みを浮かべる。
奏に心配させまいと、必死の笑顔で見送ろうとする。
そんな笑みに安心したのか、奏は背を見せて、去っていく。
光の向こうへと去っていこうとして、不意に足を止めると―――
「嗚呼、そうだった。翼、誕生日ケーキありがとな、美味しかったよ」
気持ちの良い笑みで、そう言い残して夢は終わりを迎えた。
「―――――」
窓から差し込む朝日に、風鳴翼は目を覚ます。
幸せな夢を見ていたせいだろう、少しだけ眠るつもりだったのが、朝まで寝てしまった。
今日もスケジュールが埋まっており、やる事は多くある。
翼は眠気が残る目を擦りながら、片づけをする。
持ってきた私物を、そして机の上に置かれた位牌とケーキを取ろうとして―――
「----------え」
思わず零れた声が、静かな部屋に木霊する。
机の上にある光景が、そして夢の最後に聞いた言葉が、その声を零す。
けれども、翼は静かに笑みを浮かべると、後片付けを終えて部屋を後にしようとする。
机の上に置かれた空の皿と、《次はもっと大きいの頼むな》と書かれた机を残して――――