セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話   作:にゃるまる

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第121話

 

――《それ》は偶然だった。

仮面の少女の意識が化物への止めを刺さんとしている状態で、

多くの黒い手はその化物の動きを封じ、残りの黒い手も仮面の少女から離れている状態で、

この場において仮面の少女の味方が誰もいない状態で、

誰が、風鳴翼の刃を止められただろうか。

 

「―――ッ!!」

 

迫る刃の存在に気が付いた時、もう遅かった。

それを防ぐ術はない、それを躱す術はない。

どうやっても、どうしても、それは間違いなく命中する偶然に愛された絶対の一撃。

故に――故に、どうしようもなかったのだ。

 

 

 

 

 

―――《ドウシヨウモ、ナカッタノダ》―――

 

 

 

 

 

「―――か―――は――ぁ」

 

風鳴翼は己の口から零れた《それ》に驚愕するしかなかった。

赤い、赤い血液。

それが流れる、口から、流れる。

ゆっくりと、翼の視線は下を向く。

下を、下を向いて―――腹部を突き破る黒い手を見た。

その先端に剣を生成し、背中から腹部を貫く黒い手を、見た。

 

「-----------------------え?」

 

それを仮面の少女は――セレナは呆然と見る。

目の前の出来事が理解できないと、ただ呆然と流れ落ちる赤い血液を、見る。

深々と突き刺さった黒い手、それがゆっくりと引き抜かれる。

肉を抉り、血を流しながら、黒い手は風鳴翼の腹部から抜け―――その穴から大量の血が流れ落ちた。

 

「――――え?――は―――え?」

 

――黒い手の判断は即座に、そして尚且つこの場において最も正しい選択を下した。

風鳴翼の一撃は躱せない、防げない。

このままでは主に危害が及んでしまう。

拘束する?いや、間に合わない。

主を守る?いや、間に合わない。

ではどうすればその危害を無くせるか?

どうすれば主を守れるか?

――簡単だ、あまりにも簡単で単純な答えだ。

 

 

――その一撃が届くより先に対象を始末してしまえばよい――

 

 

誰も殺しては行けない、そう命じられてはいた。

だが、主の安全と主からの命令。

そのどちらを優先すべきかは、黒い手にとって明白だった。

それがもたらした答えが―――これだ。

 

「―――つ、つば―――」

 

零れ落ちたのは彼女の名前。

目の前で血を流し、ふらふらと覚束ない足取りで立つ彼女の名前。

それが途中で止まったのは、ある意味僥倖だったのかもしれない。

恐らくそれを言い切ってしまえば、風鳴翼は感づいたやもしれない。

仮面の少女の正体に、仮面に隠された顔に、気付いたやもしれない。

けれども―――

 

空を仰ぎ見る様に倒れた彼女に、その可能性は無くなった。

 

「――――」

 

黒い手の一撃は完璧だった――完璧する程に完璧だった。

その一撃は的確に急所を狙い穿っていた。

完璧すぎる程に、人間と言う生命体を殺すのに最も適した場所を貫いた。

故に、風鳴翼は倒れる。

フロンティアを赤く染める様に、腹部から大量の血液を流し、倒れる。

 

「――――ぁ」

 

先程まで化物に感じていた嫌悪感も興奮も、消え去った。

仮面の少女に――セレナに残されていたのはたった1つ、たった1つの感情だけ。

――《絶望》ただそれだけだった。

 

「ぁ……ぁ……」

 

歪む、歪む、歪む。

少女の顔が恐怖と絶望で歪む。

目の前の惨状に、望んでいなかった光景に歪み、そして―――

 

 

ぁぁ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッッッ!!!!!!

 

 

――少女の心は砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《精神に大規模な負荷を感知しました》

 

《理由選定――特定》

 

《対処方法――特定》

 

《対処条件――特定》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《此より機能の一時全開放を以て《セレナ》の敵の排除を執り行います》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――♪!!」

 

二課、そして日本政府の協力により全国に中継されたマリアの歌声。

それを聞きながらも月の落下を防ぐ為に奮闘するナスターシャの表情は暗かった。

 

「…やはり、ですか」

 

歌声と共に発生するフォニックゲインを示す数値はあまりにも少なく、とてもではないがこの程度では月の遺跡の再稼働などできる筈もない。

日本政府からの要請で各国はこの作戦に協力してくれているが……人々の協力が得られていない証拠だった。

 

………予測していた事ではあった。

所詮私達は世界から見ればテロリスト。

そんなテロリストの言葉を鵜呑みにして協力するとは到底思えず、二課と各国の協力を受けられた事だけでも奇跡に近い出来事だ。

現にこの状況だ。

テロリストに協力しようと言う人は………共に歌声を奏でる人は少なく、フォニックゲインは集まらないこの現状こそその証拠だ。

自らが生み出してしまった事態だと理解している。

だがこのままでは……月の落下を防ぐ事が――出来ない。

 

「…自らが犯した過ちの結果…ですね」

 

自らが進んだ道、その過ちに今更気づきながらも、ナスターシャは考える。

どうにかこの状況を打破する策を、人々の協力を得られる策を、考える。

思考を止めてはいけないと、必死に考える。

考えて考えて考えて―――

 

 

《それ》は聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あんた誰よ」

 

ガリスは静かに氷の刃を生成し目の前に立つ月読調に――否、月読調の内部にいる《誰か》に刃を向ける。

下手な動きをすれば命はない、と言わんばかりに。

それを前に調は…調の姿をした誰かはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて―――

 

「…大方予想はついているのだろう?」

 

「…ええ、まあね」

 

恐らくキャロル陣営においてキャロルの次に《彼女》を知っているのはガリスだろう。

マスターの事を知る為に独自に多くの事を調べ、そして行き着いた情報に幾度も出てきたその名前を、ガリスはつぶやく。

 

「――《フィーネ》でしょ、あんた」

 

「正解だオートスコアラー」

 

――その返答と同時にガリスの氷の刃が調の――フィーネの首元に突き立てられる。

明確な殺意を以て、突き立てられる。

ガリスは知っている。

この女のせいで歪んでしまった主の過去を、その末路を、シスターズの中で唯一知っている。

それ故に許せなかった。

この手で殺してやりたい、そう幾度も願っていた。

この女がいなければマスターは……と。

その好機が、今ここにある。

故に、躊躇する理由などある筈もなかった。

 

「…殺すか、私を」

 

「ええ、殺すわ。貴女は知らないだろうけど……貴女私に嫌われてるのよ?殺したくなる程に」

 

交わした短いやりとり。

それが終わると同時にガリスの刃が彼女の首を断ち切ろうとして―――

 

 

 

《それ》が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!――はぁはぁ――!!」

 

マリアは今奏でる事が出来る最大限で歌声を奏でた。

人々に届けと、私に力を貸してくれと、歌った。

けれども―――月の落下は依然として…続いていた。

 

「…ッ!」

 

その事実にマリアは力なく床に座り込んでしまう。

この歌で人を救いたい、そう願った歌声は無力でしかなかったのだと思い知らされたからだ。

 

「…私の歌は誰の命も救えないの…ッ」

 

中継されている、そう理解しながらもマリアは己の口から零れる弱音を止められなかった。

それほどまでに彼女の心は弱まっていたのだ。

理想の否定、家族の暴走、それが彼女の心を追い込み、弱めていた。

もはや立ち上がる気力を無くす程に―――

 

「セレナ…ッわたしは……ッ」

 

零れ落ちる涙。

それを拭う者は誰もいない。

1人涙を流す彼女はただ無力な己を嘆き―――

 

 

 

《それ》を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハ…アハハハハ!!!!!」

 

ドクターウェルは歓喜する。

両手を広げ、掲げ、そして笑う。

込み上げる衝動に身を任せて、笑って笑って――目の前の光景に歓喜する。

 

「嗚呼――嗚呼!!遂に来てくれた!!!!!!!」

 

まるで狂信者の様に、男は目の前に君臨した《それ》を。

黒い球体を突き破って生まれた《それ》を、見上げ、そして喜び―――

 

 

《それ》を拝聴した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴り響く産声、

知る者が聞けば恐怖する声、

それが鳴り響く、戦場にーーフロンティアに鳴り響く。

それが指し示すのはただ一つ

 

 

――今此処に《死神》は蘇った――

 

 

 


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