セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
――時間は少し遡る――
暁切歌は戸惑っていた。
ほんのつい先程まで戦いを繰り広げていた相手――《死神》
二課の装者を徹底的を追い込み、力の限りを以て暴れ、今や世界全体に恐れられる畏怖の象徴。
その力を、その恐ろしさを知っているからこそ切歌は覚悟を以て戦った。
大好きな調を守る為、その恐怖を飲み込んで謎の力を借りてまで戦った。
もしも、と言う最悪な可能性を胸に抱きながら、戦った。
――そんな相手が今、目の前で動きを止めている。
切歌の放った技を喰らい、その身に大きな傷跡を残したまま一切の動きをせずに固まっている。
その姿はさながら彫像とでも呼称するべきだろうか。
「どういうこと…デスか?」
切歌の放った技は確かに相当な威力を保有していた。
《化物》がイガリマに変化した事、頭の中に今も響く誘う歌声。
その2つがもたらした力は、かつて二課の装者3名を徹底的にまで追い込んだ《死神》に対して有効であった。
これならば《死神》を倒せるのでは、そう思う位に。
しかし、その結果がこれだ。
技を受け止めた《死神》は謎の静止を引き起こし、以後動きを全く見せずにいる。
これが自らが持つイガリマによって引き起こされたのか、はたまた《死神》自身に何かしらの問題が発生してこうなったのか、その謎の答えは誰にも分からない。
けれども、1つだけ分かる事があるとすれば―――これが絶好の機会だと言う事だ。
「――調ッ!!」
切歌は調の名を呼ぶと同時にイガリマを再度構えなおす。
コンビネーションが力となる2人にとって絶唱以外で最も高威力な技は連携技において他にない。
更には今の切歌ならば普段の倍以上の力を発揮する事が出来る。
この状態の連携技ならば《死神》を倒せる、そう判断したからこそ切歌はこの絶好の機会を生かす為に調の名を呼び、連携技を以て打倒そうとする。
だが、その呼びかけに調は迷いを見せる。
迷いの源はフィーネがあの少女――ガリスと交わした約束にある。
フィーネが交わした約束、それは《死神》の中に眠るとされる人物の救助を約束するもの。
その対価として彼女…ガリスと呼ばれる女性はフィーネに協力していた。
その正体が何で彼女が扱う力が何なのか、それについての記憶は残されていなかったのが残念ではあるが、彼女はその約束を見事に守り通した。
そして次はその約束にフィーネが答える番と言う段階で彼女は――いや、私の魂が限界を迎えた。
このままでは一体化して私の魂は消滅してしまう状態となり、彼女はそんな私の魂を救う為に自らこの肉体から消滅してしまった。
その際にフィーネは記憶を残してくれている。
どうすれば《死神》の中に眠る人を助ける事が出来るのかも、どうすれば月の落下を防ぐ事が出来るのかも、全て残してくれている。
これに従えば《死神》の中にいると言う人を助ける事が出来るだろう。
だが、今それを行うべきかを調は迷っていた。
《死神》は謎に満ちた存在だ。
何処から来たのかも、何故私達を襲うのかも、あの力の正体さえも全てが謎に満ちた存在。
そんな《死神》の中に眠る人は――果たして私達の味方なのか、と。
仮に助け出したとして今度はその人物が襲ってくるのではないのか。
もしもその人物が《死神》以上の力を所持していたら私達は勝てるのか。
それにそんな人物をマスターだと仰ぐ彼女がもしもそのままこちらと敵対すれば、と。
周囲を見渡してみる。
先程まで見えていた彼女の姿は何処にも見えない。
恐らくは切ちゃんと《死神》との衝突の際に姿を隠し、今はどこかから此方を様子見しているのだろう。
本当に約束を守るのかどうかを。
「………」
迷う、迷ってしまう。
最初は受け継いだ記憶通りに助けようと思っていたのに、その想いを目の前の魅力が阻む。
今ならば確実に止めをさせる、そんな魅力的な状況が月読調に迷いを与える。
約束を守り助けるか、約束を反故にして《死神》を倒すか。
その2つの選択肢が調を迷わせ、足を止めさせる。
そんな月読調を2つの視線が見つめる。
1つは暁切歌のもの。
自身の呼びかけに反応せずに何故か迷っている月読調を困惑しながら見つめる。
もう1つは調の予想通りに先の戦闘時のいざこざに紛れて姿を隠したガリスのもの。
月読調が見せた迷い、目の前の状況からその迷いの正体を理解し、彼女がどう判断するのかを見つめていた。
――仮に反故にすると言うならばその首を吹き飛ばしてやろうと思いながら。
月読調は迷う。
目の前の魅力的な状況に、フィーネから託された想いに挟まれて迷う。
迷いに迷い、そして――――
「切ちゃん!!」
叫んだのは親友の名前。
呼ばれた少女は突然の大声に一瞬驚きを見せるが――
「――お願い、切ちゃんの力を私に貸して!!」
親友からの願いにその表情はすぐさまに真剣なものへと戻っていった。
「―――ッ」
ドクターウェルは軽い頭痛と共に目を覚まして辺りを見渡す。
少し離れた所に見える自身の憧れであり、全てである偉大なる姿を目視して安堵の息を吐きながら、自身がどうしてこんな所に眠っていたのかを思い出そうとする。
「――嗚呼、あのくそがきか」
思い出したのはつい先程起きた戦闘の事。
何故か元の姿に戻った暁切歌が偉大なる英雄に刃を向け、その際に生じた衝撃破によって吹き飛ばされて気絶してしまったのだと思い出す。
「本当にこれだからガキは嫌いなんですよ…」
どうやってあの状態から元に戻ったのかは分からないが、元の姿に戻った彼女が生み出していたフォニックゲインやシンフォギアの稼働数値は以前の倍以上になっていた。
きっと元の姿に戻る際に何らかの出来事があり、その結果ああなったのだろうと簡単に推察できる。
同時に、その危険性もまた推察出来ていた。
「…万が一って可能性がありますからねぇ」
ソロモンの杖を手放さずに気絶していた不幸中の幸いだろう。
今頃あのガキは僕の英雄を相手に戦いをしているのだろうが、倒されてしまうわけにはいかない。
あの邪魔なガキをこの手で始末し、残った二課のくそ共も殲滅して、さっさと全てを終わらせよう。
そうして迎え入れるんだ、あの英雄を。
「間違いなく彼こそが王となるべき御方だ…ッ!」
一度は自分が王に、英雄になろうと思った。
多くの人々を支配し、慕われる英雄になろうと憧れ、その為にこの計画を企てた。
だが、違ったのだ。
本当に王になるべきは僕じゃない。
あの御方こそ――あの英雄こそが本当の、本物の英雄だと思い知ったのだ。
だからこそ男はあの英雄に全てを捧げる。
自分が企んだ計画も、自分の腕を犠牲にしてまで呼び起こしたネフィリムも、そして男の命さえも捧げる。
今のドクターウェルは《死神》を崇める狂信者だ。
《死神》を守り、《死神》に尽くし、《死神》に命を捧げる。
その全てに一切の迷いはなく、その全てに一切の後悔はない。
――故に狂信者であった。
「―――――あん?」
そんな彼が今なお英雄を邪魔しているであろう切歌達を排除せんと向かおうとして、不意に自らの腕と一体化しているネフィリムを通してフロンティアに起きている小さな異常に気付く。
フロンティアの防衛設備、その一部分の管理権限が何者かに奪取されている事に。
そして奪取されたその防衛設備の位置は――――
「―――ッ!!!!あんのくそばばぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」
全てに気付いた男は駆けだす。
怒りを力に変えて駆けて向かう。
脳裏に浮かぶ老婆の姿に怒りを抱きながら、自身の英雄を守る為に駆けだした。
駆けだせ僕らのウェル博士!!