セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
去年は大変な一年でしたが、今年は少しでも状況が良くなる良い年にしたいと切に願っております。
どうか皆様も体調に気を付けて良いお年をお過ごしください
「な、なんデスと!?あの中に人が居るって……それ本当デスか調!?」
「うん、間違いない」
未だに動きを見せない《死神》
その前でいつ動き出しても対応出来る様に警戒しながら切ちゃんに私が知る限りの情報を伝える。
あの中に人が存在している事、そしてその人をフィーネが救おうとしていた事。
それらを全て話していたが、何故かその内容に彼女の――《ガリス》の名前が出る事はない。
自分でもどうしてとは思う。
シンフォギアとは違う異なる力を用いて戦う謎の少女。
フィーネの事を知っていて、フィーネも彼女の正体を知っていた。
そんな彼女の存在も話すべきだと思っている。
思ってはいるけれど――何故かそれを口にしようとすると躊躇ってしまう。
《話すべきではない》と言葉が出てこなくなってしまう。
きっとその原因はフィーネの記憶にあるのだろう。
彼女から引き継いだ記憶、今の私では全てを見る事が出来ない《其処》に何かがあるのだろう。
その理由を知るべきではあると思うけれど、今優先すべきは目の前の状況だ。
彼女が救おうとした人を私が助ける。
彼女がやり残したからではなく、私が助けたいから助ける。
マリアや切ちゃんが私を助けてくれたように――
その為には切ちゃんやマリア、そして二課の人達の力が絶対に必要となる。
だからこそ必死に説明し、そしてお願いする。
「だからお願い切ちゃん、その人を助けるのに力を貸して」
調からの必死の願い。
それを前に切歌は戸惑いを見せる。
《死神》の中に人がいてそれを救おうとする、それ自体は良いし、力になる事に何も意見はない。
確かに《死神》に対しては様々な感情があるが、それでも調の頼みとあれば何とか飲み込む事が出来た。
だが、1つだけどうしても飲み込む事が出来ないのは―――
「(あのフィーネが人を助けようとしていた…デスか…)」
彼女がそんな事をしていたと言う事実、それだけがどうしても受け止められない。
切歌にとって…いや、白い孤児院と言う地獄を経験した者にとって彼女がそんな事をするとは到底思えないのだ。
あの日々を思い出す。
白い孤児院に集められ、来る日も来る日も過酷な訓練と薬の投与による苦痛。
肉体も精神も、全てがボロボロになって幾度も死を連想したあの地獄の日々を思い出す。
そしてそんな地獄を作り上げた当の本人は――私達に目を向ける事は無かった。
万が一の場合の器、フィーネからすればその程度の認識しか私達に無かったのだろう。
お前のせいでこんな地獄にいるのに、そう憎んだ事も幾度もあったし、今もその憎しみを忘れてはいない。
だからだろう。
彼女が誰かを救おうとしていたと言う善意に満ちた行動を疑ってしまう。
その裏に何かあるのではないのか?もしかして調を騙そうとしているのではないのか?
その疑いが私に戸惑いを生む。
その選択を受けて良いのかと、迷い、踏みとどまらせる。
「…切ちゃん?」
そんな切歌に何かしらを感じたのだろう。
心配する様に顔を覗き込んできた調に切歌は慌てて咄嗟的に返事をしようとして――――
《轟音》が鳴り響いた。
「――これならば」
好機だと、そうナスターシャは捉えた。
動きを見せない《死神》、《死神》と切歌との戦いの衝撃に巻き込まれて姿が見えないドクターウェル。
今しかない、そう判断したナスターシャの動きは素早かった。
「お、おい何してんだ?」
「《死神》がいるポイント周辺の防衛設備の管理権限をドクターから奪取しています、ドクターが居れば容易く阻まれてしまいますが今ならば―――良し。これらの威力では倒す事は出来ませんがフロンティアから突き落とすには十分です。後は重力操作で海底奥深くにまで沈めればいくら《死神》であろうとも…」
さほどの時間を有する事なく《死神》周辺にある防衛設備の管理権限を奪い取るとそれらの攻撃対象を《死神》にセットしていく。
その動きは手早く、そして無駄がない。
そんな動きをナスターシャの護衛として近くにいたクリスは呆然と眺めていたが―――
「――うッ!!」
当然ナスターシャが口元を抑える様にして酷く咳き込む。
その姿に慌ててクリスはナスターシャの背中をさするが、その時に見てしまった。
口元を抑えていた手、其処にある大量の吐血を。
「お、おいそれって…」
「……見られてしまい…ましたか…ええ、貴女の想像通りです。私の命は…もう永くありません」
淡々とナスターシャは自らの肉体の限界を告げる。
彼女の身体を蝕む病気によって、残された命の灯はあとわずか。
その上に本来ならばすぐにでも医療機関に入院するべき状態であるにも関わらず、肉体を過労し過ぎた影響もあり―――彼女の命はあと数日、どれだけ長くても次の週を迎える事は出来ないだろう。
「なに余裕ぶっこいてんだ!!すぐに二課に連れてってやる!!あそこなら治療だって――」
「では、誰が此処を管理するのですか」
ナスターシャの言動にクリスは言い淀むしかなかった。
この場において此処を管理できるのはナスターシャしかいないのも事実。
仮にクリスがこの場に残ったとしても、いったい何が出来るだろうか。
クリスとて決して無力ではない。
多少の機械操作は出来るし、フィーネと一緒に居た時に彼女から学んだ異端技術の知識だってある。
最低でも装者3名の中では間違いなくそう言った技術に特化している、そう断言しても良いだろう。
だが、それだけの知識があるクリスだからこそ逆に分かってしまった。
自分では何も力になれない、と。
それほどまでに目の前にあるフロンティアの異端技術は彼女の知識の上の上を行っていた。
自身が持っている知識などでは何も出来ない、そう自覚してしまう程に。
だからこそクリスは己の無力を痛感し、そこから生まれる苛立ちで奥歯を噛み締めた。
今なお命が燃え尽きてしまいそうな彼女に託すしかない、この状況に苛立ち、噛み締めた奥歯が砕けそうになる程に、強く、強く、噛み締めた。
「……貴女は優しい人ですね、雪音クリス」
ナスターシャの言葉に思わず笑ってしまいそうになる。
優しい人間?そんなわけないと。
何故なら今まさにクリスは一人の命を奪おうとしているのだから。
目の前でその命を燃やそうとしている人がいるのに、それを助ける事が出来ないのだから。
そんな人間が優しい筈がない、そう笑って否定しようとする。
「いいえ、貴女は優しい人です。だって……私の様な間違えた人を泣いてくれるのですから」
泣く?その言葉の意味が理解出来なくて何気なく目元に手を持っていくと、其処には確かに涙があった。
自分でも気づかない程に無意識に流していたそれに思わず驚いてしまう。
幼少期から過酷な人生を生きてきたクリスにとって涙などとっくの昔に枯れ果てたものだと思っていた。
それが今流れている、目の前の命が失われようとしている事実に、流れている。
そんなクリスを優しい面持ちで見ていたナスターシャは、不意に言葉を漏らす。
「…貴女を……いえ、貴女達を見ているとあの子を思い出してしまいますね」
あの子?
それはいったい誰の事なのか、思わずクリスがそう問おうとした瞬間にナスターシャが捜査していた異端技術から音が鳴り響く。
ナスターシャが奪取した防衛設備、その全ての狙いが《死神》に定まった事を知らせる警告。
それを聞いたナスターシャは先程まで見せていた優しい面持ちを消して、真剣な表情で機材に目を向けると同時に――
「雪音クリス、貴女にお願いがあります」
「え、あ…な、何だよ」
あまりにも見事な切り替わりにクリスの返事が僅かに戸惑い、遅れる。
しかしそんな遅れなど気にする事なくナスターシャは願いを口にする。
「私の護衛はこれ以上必要ありません、ですから貴女はあの子達の…切歌や調の元へ行ってください、あの子達には貴女の力が絶対に必要になります」
「な、何言ってんだ!!アタシがいなけりゃどうやってノイズを迎え撃つってんだ!!」
クリスに与えられている命令は護衛。
ナスターシャの裏切り、それをドクターウェルが気付かない筈がない。
いずれあの男はノイズを送り込んでくる、それに備えてクリスは護衛として残っていた。
今の今まではノイズが来なかったのはあの男の目が《死神》に向いていたからで、その《死神》に対し攻撃を仕掛ければ、間違いなくあの男の目はこちらを向く。
《死神》に傷つけた敵として、敵意と殺意を向けるだろう。
その時に送られてくるノイズを装者なしで撃退する等出来る筈もない。
だからこそクリスは反対する、与えられた任務を全うする為に、そして今なお命を燃やしている彼女を守りたいと願う己の心に答える為に。
「…安心なさい。貴女が出た後に此処の隔壁を閉めて籠城します。フロンティアの中枢に近い此処はどうやらノイズの侵入を阻む特性の壁である事を先程確認しました。恐らくは破壊を防ぐ為に作られた物なのでしょう。ですから大丈夫です」
ナスターシャの言葉通りならば確かに籠城はありだ。
なにも何日も籠城するわけではない、数時間程度ならば食料等を気にする必要もない。
事を終えて救援に来れば万事解決の素晴らしい提案だ。
だが―――
「――本当、だな」
「ええ、本当です。ですから行ってください」
此方に一切表情を向ける事無くそう告げるナスターシャ。
クリスはそんな背中を静かに見つめて、何かを葛藤する様に少しだけ迷うと――振り返って走りだした。
「良いか!!絶対に此処に立て籠もってろ!!全部終わらせたら絶対に助けに来るからな!!」
そう叫んでクリスは向かう。
あの戦場へ、自身を救ってくれた仲間がいるあの戦場へと、向かった。
「―――行きました、か」
静かになった室内、ナスターシャは端末を操作して隔壁を下ろす。
《ノイズの侵入を阻む特性》、そんなものあるわけもないただの隔壁を下ろす。
「……我ながら凄い嘘ですね」
ナスターシャはずっと気付いていた。
あの戦場の映像をずっと見つめるクリスを、あの場へと向かいたいと思っている感情を必死に我慢して護衛と言う任務についていてくれた事を、知っていた。
こんな私を守る為に我慢してくれていた事を、知っていた。
だからこそ、行かせたのだ。
こんな命が燃え尽きそうな老婆を守るよりも、彼女が本当に成したい事を――
彼女が本当に守りたい人達、その人達がいる戦場へと。
「…マリア、調、切歌」
そんな優しいあの子ならば、あの子達ならばきっと私の可愛い子達も守ってくれる。
切歌や調、そしてマリアを、守ってくれる。
だからもう―――後悔はない。
「――システム起動、対象《死神》へ攻撃を開始してください」
そして轟音が鳴り響く。
《死神》に向けて一斉に放たれる防衛設備の咆哮が、そして――私の最後を知らせる音が、鳴り響く。