セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
――立花響は駆けた。
その身にもう一度宿った撃槍を――ガングニールを身に纏い駆けた。
《これは貴女が使いなさい》
思い出す、マリア・カデンツァヴナ・イブの言葉を。
たった1人で民衆の前に立ち歌を奏でようとしている彼女の所へ辿り着いた立花響へと向けた言葉と差し出された撃槍を。
《え、けどこれはマリアさんの――》
《…いいえ、これは貴女の物よ立花響。私は一度この槍を間違えて使ってしまった。悪意を持った者の言葉に騙されて、それが間違えていると知りながらも《悪》を行った。
…その罪から逃れるつもりはないわ。全てが終わった後にその罪を償うわ。だから…この槍はそんな罪人である私ではなくて、貴女が使って。貴女がしたい事を、貴女が望む事を叶える為の力にしてあげて。きっとその槍もそれを望んでるから》
マリア・カデンツァヴナ・イブから受け継いだ想いと力。
それをその肉体に宿し、立花響は拳を構える。
今まさに動き出した《死神》へと向けて、その手が差し向ける2人を救う為に。
「ハアァァァァァァァッッッ!!!!!」
みんなが笑顔で終われる結末を求める為に。
救いたい人達を、仲間を、その手で守る為に。
どれだけ苦しくても耐えて耐えて、その先に幸せがあると信じて突き進む為に。
その為に彼女は歌を力へと変えて、拳を振るう。
――それこそが《立花響》の生き方だと示す様に。
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「――ッ」
風鳴翼は僅かな痛みと共にゆっくりを目覚める。
見えるのは《死神》との戦闘により荒れたフロンティア。
その一角で眠っていた翼は周囲を確認しながらゆっくりと剣を支えに立ち上がる。
「…ここ、は」
目覚めてすぐで脳が上手く動かない。
どうして自分はこんな所で眠っていたのか、それを自身に問い掛けようとして――
「先輩!!」
聴こえてきた声に振り向きながら、思い出す。
あの仮面の少女と戦いの果てに起きた結末を、己の腹部を突き破った黒い手を。
そして――記憶の最後に聴こえた仮面の少女の悲鳴を。
「(……あの声…いや、勘違いだろう)」
翼が抱いた疑問。
それはあの声が、あの仮面の少女の悲痛な叫び声が、
《彼女》に似ていた気がした、そんな疑問だった。
「先輩!!お、おいまだ無理すんな!!」
そんな疑問を勘違いだと解消している間にクリスが傍にまで来ていた。
足早に駆けよってきたクリスは、剣の支え無しではまだ上手く身体を動かす事が出来ない翼を見て迷う事なく肩を貸して支えとなる。
ふらつく身体では断る事も出来ないと素直に甘えながらも、翼は思わず小さく噴き出してしまう。
「あ?何いきなり笑ってんだよ?」
「あ、ああすまない…いやなに、あの雪音が随分と素直になったものだと思ってな」
何の話だ?とクリスが疑問を問いかけようとして、気付く。
今現在進行形で自分がしている事を、密着と言う言葉が甘いレベルで完全に引っ付いているお互いの身体を。
少し前まで――それこそルナアタック事件の頃の自分では想像する事さえ出来なかった行為をしている事に驚き、戸惑い、混乱し、赤面した。
「んぁ!?ち、違うからな!!これは先輩が怪我をしてるから仕方なくだなぁ!!」
「ふふ、こんな素直な雪音が見れるのなら偶には怪我をするのも悪くないな」
まるで日常で語り合う様な平和な会話。
普段は見せてくれない雪音クリスの姿に思わず会話を続けたいと言う欲が浮かび上がるが、今はその欲に従うわけには行かないと翼は自らのスイッチを切り替えた。
「雪音、状況報告を頼む。今どうなっているのかを教えてほしい」
見事なまでの切り替えに一瞬戸惑いを見せたがクリスは求められた通りに語り始めた。
出現した《死神》。
ナスターシャ博士と二課との協力体制と彼女が提案した月の落下を防ぐ手段。
月読調の肉体に一時的に蘇ったフィーネ。
《化物》から元に戻った暁切歌と《死神》との戦い。
この数時間で多くの事があった。
語るだけでもかなりの時間を必要とするだけの多くの出来事が。
クリスはそんな多くの出来事から報告するべき内容だけを取り纏めて説明していく。
「……そうか、私が眠っている間にそれだけの事が…」
状況を纏める限り、今最も優先すべきは《死神》の排除だろう。
月の落下を防ぐと言う目的を叶える、その為には月遺跡の再稼働が必須でそのキーとなるのはマリアの歌声とそれに応じてくれるこの星全ての人々の思いだ。
それを成す為には民衆に恐怖を感じさせている《死神》を排除する必要がある。
だがしかし、それをどう行うかが問題となっている。
「(…どういう理由かは不明だが《化物》から元に戻った暁切歌の攻撃は《死神》に対しかなり有効であったと聞く。ならば暁切歌を主軸に攻撃すればもしや……)」
そこまで考えた瞬間《ソレ》は聞こえた。
自分達が最も知る少女の叫びを、人との絆を信じる少女の叫びを。
その叫びに2人は顔を見合わせた。
「あの声は――!!」
「――ッ!あのバカやっぱり無茶しやがって!!」
情報共有をしている間にフィーネが施したネフシュタンの鎧を用いた治療が効いてきたのだろう、先程よりも楽になった身体は動く分には問題はなく、クリスの支えから離れると自らの脚でしっかりと大地を踏み締めて2人同時に駆けた。
この声の元へ、誰かを守る為に傷つく事が出来る少女の元へ、
大事な仲間の元へと、駆けた。
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最初民衆は戸惑いながらも協力しようと思った。
テロリストであるマリアの言葉を最初は誰もが信じようとしなかった。
だが実際に起きている月の落下、そしてそんな彼女の言葉は正しいと言う各国家の偉い人達。
それらを前にして戸惑う気持ちもあったが、それでも協力しようとした。
聴こえる歌声に、己もまた歌を奏でようとした。
この歌声が月の落下を防ぐのならと。
――けれども、無理だった。
《アレ》の存在を見た瞬間、脳裏を埋め尽くしたのは――《恐怖》だった。
おぞましい姿をしているからと言う単純な理由ではない。
アレを見ていると、まるで飲み込まれそうになるのだ。
記憶が、命が、自分と言う存在そのものが飲み込まれ、消えてしまいそうになるのだ。
だからこそ、見る事が出来なかった。
聴こえる歌声にさえも耳を閉ざし、あの姿を見たくないと誰もが逃げ出した。
「…俺も、そんな人間の1人なんだけどねぇ」
男の名前は――立花洸。
立花響の父親であり、家族を見捨てた男。
《ツヴァイウィング》のノイズ災害で全てを失い、今はその日その日の糧を生きるだけで精一杯の、どこにでもいる弱い人間だ。
最初あの映像を見た時、洸は思った。
全てを見捨ててしまった俺みたいな人間でも、力になれるのかと。
もしそれが出来るなら俺も力になりたい、と。
そう思った時の洸は間違いなく昔の立花洸に戻れていた。
家族を守る為なら何でもする、そう断言できる程の強い意思を持っていたあの頃に戻れていた。
けれど、《アレ》を見た時に思い知らされたのだ。
自分と言う存在が飲み込まれそうになると言う気持ちの悪い感覚に襲われて、他の人々と同じ様に逃げ出して、思い知らされた。
所詮、俺はその程度の人間だって。
家族が崩壊していくのを、その原因が自分自身にある事も理解していた。
根も葉もない噂が自分の人生を滅茶苦茶にして、そんな自分に嫌気が差して酒に逃げて、挙句に家族を見捨てて1人逃げ出した畜生以下の人間。
それが俺だ、それが立花洸と言う人間だ。
そんなバカな男が誰かの力になれる、なんて夢のまた夢の話なんだ。
「……はは、ばっかだなぁ、俺」
何が昔の自分に戻れた、だ。
お前は自分の手でその過去を全部捨ててきた弱虫野郎だろ?
家族も、愛する娘も、なにもかも見捨てて逃げたくそ野郎だろう?
そんな男が今更何夢見てるって話だ。
「…ほんっとうに、ばっかだな俺」
洸は力なく笑いながら酒へと手を伸ばす。
こんな愚かな人間を唯一慰めてくれる物へと手を伸ばし、不意に手がチャンネルに当たり――テレビの電源がついてしまう。
「ひぃ!!!!」
その瞬間、洸は必死に目をそらしながら倒れる様に床に転がった。
《アレ》を見てしまう、その恐怖から逃れん為に。
けれども―――
《み、見てください!!誰かが…誰かが戦っています!!《アレ》と、あの存在と!!》
テレビから聴こえるのは3つの声。
1つは恐怖と戦いながらも中継を継続しているキャスターの弱弱しい声。
1つは1回目の時とは違う、透き通る様な歌声で何か無性に懐かしくなる歌を奏でるマリア・カデンツヴァナ・イブの歌声。
そしてもう1つは―――
《ハアァァァァァァァッッッ!!!!!》
――その声を聴いた瞬間、洸は思わずテレビを見てしまう。
何故なら洸は知っているからだ。
この声を、この声の主を――愛する娘を。
「――――ひび、き?」
其処に映っていたのは、《アレ》と戦う1人の少女。
崩壊させてしまった過去に置いてきてしまった愛する娘――立花響の姿だった。
洸さん初出番