セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
――誰もがその映像を見ていた。
一度は《ソレ》がもたらす恐怖に負けて逃げ出した映像を、今は誰もが見ている。
恐怖が消えたわけではない。
胸の中に恐怖と言う感情を抱きながら、見る事に恐怖を感じながら、それでも《それ》を見ていた。
「ハァァァッ!!!!」
映像に映し出されているのは1人の少女が戦う姿。
人々に恐怖を撒き散らし、絶望を与えた存在とただ1人戦う姿。
歌を奏で、拳を振るい、戦う姿が人々の目に映し出されていた。
誰しもがそれを見た瞬間に思っただろう。
無謀だと、勝てるわけがないと、誰もがそう思っただろう。
実際、少女は決して優勢ではなかった。
巨体な身体へ目掛けて歌と共に繰り出す拳。
それらを受けてもなお《アレ》は止まらない。
虫を払うが如く巨体な腕を振り回し、避けきれなかった少女を地面へと叩きつける。
「――勝てるわけ…ないだろ……」
誰がそう呟いたのかは分からない。
けれどもそれこそがこの映像を見ている全ての人間の本音であった。
勝てるわけがない、挑むだけで無駄だ、もう立ち上がらないでくれ、逃げてくれ。
地面に叩きつけられた少女に向けて言葉なくそう伝える。
それこそが正しい結末だと、そう言わんばかりに。
だが――少女は止まらない。
傷ついた身体で立ち上がり、握った拳を構えて、戦いを続ける。
それを見た人々は誰もが思った。
どうしてそこまでして戦うのかと。
どうしてそこまで傷ついてもなお諦めないのかと。
どうして《アレ》と戦う事が出来るのかと。
未だに人々は《アレ》を目視してしまうと思わず目を逸らしてしまう。
自身の存在を飲み込んでしまう様な気味の悪い感覚とそこから生まれる恐怖から逃れる為に。
テレビ越しでこれなのだ、実際に目の前で見るとすれば直視しただけでこの命が消えてしまいそうだと感じる程に《アレ》の存在は人々の心に圧倒的な恐怖と絶望を振りまいていた。
だからこそ疑問に思わざるを得ない。
そんな恐怖と絶望を持つ《アレ》とどうして戦う事が出来るのかと。
怖くないのかと、逃げ出したくないのかと。
「――違う」
そんな人々の疑問の答えを《彼女》を知る人達は知っている。
彼女だって私達と同じなんだと。
怖くない筈がないと、逃げれるのなら逃げ出したいって心の底では思っていると知っている。
彼女は決して特別な人間なんかじゃない。
ご飯が大好きで、歌が大好きで、日常の時間が大好きで、
争う事が嫌いで、誰かが傷つくのが嫌いで、皆の笑顔が消えるのが嫌いで、
そんな何処にでもいる優しい心を持つただの普通の女の子なんだ。
そんな彼女が戦う理由。
それは――守りたいから。
自分が頑張る事で大事な人達を守れるから、自分が頑張る事で助けを求めている人達を助ける事が出来るから、自分が頑張る事で何かを守れるから、自分が手を伸ばす事で誰かを救えるから、だから彼女は戦う。
誰かに強制されたわけでもない、誰かに頼まれたわけでもない。
この力で誰かを守れるから戦う、そんな人によっては歪んでいるとさえ感じる程までに人を想う気持ちを胸に秘めているからこそ彼女は戦える。
《立花響》とはそういう人間なのだ。
「…ほんとビッキーは仕方ないね」
「ですね」
「ほんっと、あの子はアニメの主人公かって話よ」
その姿を前に少女達は――彼女を知る3人は静かに覚悟を決める。
無力な自分達は彼女の代わりに戦う事は出来ないし、戦う力も特殊な力もない自分達には彼女の傍で一緒に戦う事は出来ない。
だったらせめて…そう、せめて―――
「「「――――♪」」」
私達は、私達に出来る事をしよう。
歌声が聞こえる。
1人の歌声から始まったそれは次第に1人、また1人と数を増やしていく。
聴こえる歌声に己の歌声を載せて、映像に映るあの少女の力となるならと恐怖を乗り越えて歌う。
それは止まる事なく数を増やしていく。
国も人種も何もかも関係なく、ただ純粋に少女の力となるならと誰もが歌い始める。
そしてそれは――少女の力となろうとしていた。
「てりゃああああ!!!!!」
少女は歌を力へと変えて《死神》へ攻撃を繰り返す。
誰かを守る為に、ガングニールを渡してくれたマリアさんの想いに答える為に、拳を振るう。
対する《死神》は繰り出される攻撃を受けながらも的確に彼女を狙ってその巨大すぎる腕を振るう。
風鳴翼の大技を振るうだけで破壊してみせた腕、直撃すれば軽傷では済まない、そう理解しているからこそ響はそれを躱すが――
「えッ!?」
次の瞬間、躱した筈の腕が――分裂した。
裂けたと言う表現の方があっているのかもしれない。
中心から十字に裂ける様に別れた4つの腕。
それがそれぞれの軌道を以て立花響に迫る。
《死神》は元より彼女を《敵》として重要視していた。
以前の暴走時の彼女を知っていると言うのもあるが、それ以上に恐れているのは彼女が纏う力。
この場に居る装者5名の中で唯一《死神》を打破できる可能性を秘めた力。
それを《死神》は本能的に察していた。
彼女の持つ力は――あの槍は不味いと。
故に立花響に対しては一切油断をしていなかった。
先程2人を潰そうとした腕を阻まれた時に、《死神》の中ではもうスイッチが切り替わったのだ。
他の有象無象は後にしてこの敵の対処を最優先にすると。
それ故に《死神》は己の持つ力を全て発揮しようとしていた。
《彼女》が戻ってきて間もないと言うのもあって全力を出し切れない状況でこそあったが、それでも可能な全てを用いて目の前の敵の排除を最優先しようとしていた。
その1つがこれだ。
分裂した腕がそれぞれ自我があるかの様に鞭の如くしななりながら変則的な軌道で敵に向けて一斉に迫る。
純粋な腕の一撃に比べれば、威力こそ下がるが数は増やせる。
サイズ差、そして彼女の持つ機動力を潰すにはこれしかない、そう判断したからこその攻撃だった、
ーー確実に目の前の敵を仕留める為に、と。
「それくらい――ッ!?」
そんな思惑の果てに生まれた分裂した腕。
一斉に迫るそれを響は避けようとするが、ここまでの無茶の数々によって生まれた疲弊が僅かに動きを止めてしまう。
時間にすればほんの数コンマレベルだが、その僅かな停滞が響に回避と言う選択肢を奪う。
避けられない、そう判断して迫る攻撃を迎え撃とうとしてーー
「やらせるかデスッ!!」
「させないッ!!」
――迫る腕を一振りの鎌と2つの鋸が阻んだ。
「調ちゃん!!切歌ちゃん!!」
名を叫ばれた少女達は必死の表情で迫る腕の攻撃を阻む。
イガリマが切り裂き、シュルシャガナがそれをサポートしていくが、《死神》はその障害を前に――数を増やしていく。
増える《死神》の腕、それは距離の概念などない事を証明するかのように無限に伸びて少女達を襲う。
数を増していく《死神》の腕、それに対して響のガングニール以外で唯一《死神》に効果的な威力を持っているイガリマが前に立ち、次々と迎撃をしていくが数の差は絶対的だった。
「――ッ!こッッんのぉぉぉデェェェッス!!!!」
必死の形相でイガリマを振るう切歌であったが迫る数を相手にするにはあまりにも手が足りない。
切り裂き切れなかった腕が切歌と言う障害を通り抜け、それを調のシュルシャガナが何とか撃ち落としていく。
だが、その対価と言わんばかりに時間が経つにつれて2人の傷は増えていく。
「ーーッ!?二人とも下がって!!そんな無茶したらーー」
「それをあなたにだけには言われたくないッ!」
「調の言う通りデス!そんなフラフラな身体でなに言ってるデスか!!こっちの心配してる暇があるならーーッ!?」
頬に走る痛みに切歌の言葉が止められる。
イガリマとシュルシャガナ、2つが生み出す切り裂く盾は増える腕を前に崩壊していく。
止められない、そう悟りながらも二人は引けなかった。
目の前にいる《死神》、その内部にいると言う人を助けるにはーー彼女の、立花響の存在は不可欠だからと引かずに切り裂き続けた。
しかしその二人の努力もーーー
「ーーッ!切ちゃん上ッ!!」
それに先に気づいた調が吠える。
切歌の頭上、立花響を狙う他の腕とは違い、唯一切歌自身を狙うその腕は確実に彼女の不意を突いた。
調からの警告にすぐさま対応しようとするが、それを阻むのは前から迫る《死神》の腕。
調のシュルシャガナも同様だ、今前方の守りを崩せば崩壊すると分かっているからこそ動けない。
響のガングニールでは純粋に間に合わない、接近戦主体の彼女では距離を埋める前に腕が切歌の幼い頭部を潰してしまうだろう。
ーー無理だった。
この場にいる三人では誰もが不可能だった。
頭上より迫るその腕を阻む事は誰にも不可能だったのだ。
ーーこの三人だけならばーーーー
「はぁぁぁッ!!」
「喰らいやがれってんだ!!」
聴こえる叫びと共に繰り出されるのは剣による斬撃と銃による射撃の嵐。
それは切歌の頭上から迫る腕へと集中攻撃をし、腕を迎撃する。
それを見た立花響は嬉しさのあまり此処が戦場だと理解しながらも笑みを浮かべて、彼女達の名前を叫んだ。
「翼さん!!クリスちゃん!!」
「相も変わらず……お前は無茶ばかりしてくれるな立花!」
「全くもってその通りだな、ほんとこの馬鹿はアタシ達がいねぇといけねぇな!!」
浮かべる笑みにやれやれとしながらも二人は並ぶ。
いつものように、共に戦う仲間として並びそして前を見据える。
倒すべき相手を、《死神》を見据えてーー
その光景を前に調はやっとと内心安堵した。
フィーネが残した計画、それを果たすのに必要な人達が揃ったと。
だから彼女はーー
「ーーみんな、お願いがあるの」
ーー彼女が残した計画を話す決意をした。