セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「――ッ!!」
繋いだ手から伝わる絶唱の負荷。
多少緩和されているとは言え、本来ならば一歩間違えれば死へと繋がる可能性のある膨大過ぎる負荷だ。
その負荷を受けていると、どうしても思い浮かんでしまう。
この負荷によって命を失われたあの人の姿をーー天羽奏の姿を。
怖くない、と言えば嘘になる。
脳裏に浮かぶ彼女の最後の姿、そして今まさにこの身を苦しめている絶唱の負荷が嫌でも結び付き、最悪な結末を連想させてくる。
その最悪な結末が嫌でも彼女に恐怖を与え、全身に冷たい汗を流させる。
手を離せ、そう心の中で冷たい感情が囁いてくる。
ここで逃げても仕方ないと、逃げても誰も責めないと囁いてくる。甘く優しい口調で語られるそれはあまりにも魅力的な提案で、その提案を受け入れて繋いだ手を離してしまっても良いのではと僅かに心を揺さぶってくる。
だが、彼女はそれでも手を離さなかった。
繋いだ手から伝わってくる負荷、逃げ出したくなる程に辛く、重く、苦しいそれを彼女は逃げずに受け止めていた。
「――ッ!!くぅぅッッ!!!!」
奥歯が砕けるのではないかと思う位に強く、強く噛み締める。
5人分の負荷をなんとか受け止めるが、響に掛かる負荷はこれまでの訓練で行ってきた3人分のそれよりも遥かに多く、そして重い。
意識を刈り取りそうになるほど圧倒的な量の負荷、一瞬でも気を緩めればその瞬間に意識が暗転するであろうと、そうなればどんな結末が訪れるのかが誰にでも安易に分かる。
だからこそ響は歯を噛み締めて、耐える。
どれだけ辛くても、どれだけ負荷がこの身を砕こうとしても、どれだけ痛みが全身を襲おうとも。
それでも耐えて、前を見据えて、繋いだ手を強く握りしめる。
絶対にこの手を放してなるものかと。
もう絶対に誰一人とて死なせてなるものかと。
そう覚悟を決めて前を見据えて歌を奏でる。
《――――ッ!!!》
しかし目の前の《死神》が無防備なその姿をただ傍観する愚行をするわけがない。
5人が何をしようとしているのかを即座に理解した《死神》はその巨大な手を振るう。
絶唱中で動けない5人を横なぎで払い、一斉に始末せんとその手を振るう。
「(もう…少しなのに…ッ!!)」
負荷に苦しみながらも溜めたS2CA発動に必要なフォニックゲインはもう間もなく溜まりきる。
けれどもその僅かを目の前の攻撃が許してくれない。
迫る腕、絶唱の負荷で動く事さえままならない5人に出来るのはただそれを見つめる事だけ。
迫る結末をただ見つめる事だけだった。
――そう、この5人は、だ。
「――はあぁぁぁッ!!!!」
聴こえる叫び声と共に《死神》の腕に砲撃が撃ち当たる。
白い砲撃、それに直撃した《死神》はうめき声の様な物を挙げながら振らんとしていた巨大な手を下げた。
その光景を見つめる二課の3人であったが、そんな3人とは異なり調と切歌は後ろを見ていた。
先程聴こえた声の主、それが誰であるのかを理解しているからこそ2人は前を見るより先に後ろを振り返ったのだ。
あの白い砲撃が飛んできた先を、あの白い砲撃を放った人物を、
そんな2人の視線の先、其処に居たのは――
「「マリア!!」」
白い装束と1振りの短剣を手にしたマリア・カデンツァヴナ・イヴの姿だった。
「ふふ!ぐふふ!!やっぱり僕は天才だなぁ!!」
白い装束に――アガートラームを身に纏ったマリアを遠目にドクターウェルは己の才能を再認識しなおし、高らかに笑う。
己の知識を、己の有能を示した事に満足する様に大声で笑う。
その傍に見張りとして立っているガリスは気味悪そうにその様子を見ていたが、当の本人は気にする素振りさえ見せずに笑っていた。
当然である、今のウェルの目はガリスでも《死神》でもなく、マリアへと向けられているのだから。
正確に言えば――彼の手で修復されたアガートラームに、だ。
「ぐふふ!!あのナスターシャでさえも果たせなかったシンフォギアの再生を僕は遣り遂げたんだ!!アハハっ!!やっぱり僕は天才だぁッ!!!」
ナスターシャがシンフォギア《アガートラーム》を隠し持っている事に気付いたのは本当に偶然であった。
ナスターシャの治療の際に偶然、荷物の中に眠っているアガートラームの存在に気付いたウェルは驚愕させられたものだと懐かしむ。
ウェルがそう思ったのも無理はないだろう。
何故なら――シンフォギア《アガートラーム》はもうこの世に存在する筈のないシンフォギアだから。
かつてF.I.S.で行われたネフィリムの起動実験。
成果を出す事が出来ずにいた一部職員のごり押しによって実行されたこの実験だったが……
結果はネフィリムの暴走と言う愚かな結末を招き、大失敗。
下手をすれば施設諸共破壊し尽くされても可笑しくない程の大失敗であったこの実験結果だが、それでも被害が最小限で済んだのは1人の装者のおかげだった。
《セレナ・カデンツァヴナ・イヴ》
マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹であり、幼くしてシンフォギア《アガートラーム》の適合者となった少女。
彼女の奏でる絶唱がネフィリムを鎮める事で被害は最小限となったが、その対価に彼女は絶唱の負荷によってまともに動く事さえままならずに燃え盛る炎に焼かれて死亡した。
その時、アガートラームは消滅した事にされていた。
他の誰でもない、ナスターシャの手によって。
今に思えばネフィリム起動実験の報告書――それも死亡した装者セレナ関連において不審な点が多かった。
遺体並びにアガートラームの完全消失、そしてその結果に誰も不信感を抱かなかったと言う事。
これも全てはF.I.S.内で高い権力と職員から厚い信頼を得ていたナスターシャならば可能だ。
彼女が嘘を付き、独自に内密でアガートラームを確保していたとしても《ナスターシャ》と言う人物を知る者達は彼女を疑う事なく、彼女の言葉を受け入れるだろう。
その証拠に、現にアガートラームは彼女の手にあったのだ。
これ以上の証拠はないだろう。
――だがまあ、これはあくまで仮説でしかない。
他の理由があってナスターシャの手に渡った可能性もあるが、そんなものどうでもよかった。
僕にとって大事なのは、万が一の場合の武器が1つ増えたと言う点であり、武器があるならば使わない理由はない。
だから、修理した。
ナスターシャの手にある段階では無理だったが、隙が多いマリアの手に渡ると幾度も機会があった。
その機会の度に徐々に修復を果たしていき、そしてフロンティア浮上の計画実施時には既に大方の修理を終えていた。
だが、それでもアガートラームがシンフォギアとして再稼働するには1つだけ足りない物があった。
それは――膨大なフォニックゲイン。
歌を力に変えるシンフォギアだが、元々はあの女…フィーネが作り上げた物だ。
異端技術において彼女を上回る研究者はおらず、そして誠に遺憾であるがそれは僕でも同様だ。
彼女が作り上げたシンフォギア、それを完全に再生する事など不可能。
なので――作り直した。
ブラックボックス当然の基盤となるメインシステム類は手元にあるのだ。
ならば破損しているシステムを僕の技術で補える物に転換していけば良い。
その考えは正しく、いくつかのシステムを僕が作り上げた物に転換し、作り直したのだ。
その結果必要になったのが膨大なフォニックゲイン。
シンフォギアとしては生まれ直したが、起動に必要なフォニックゲインの量はこれまで以上の物となってしまった。
もう少し時間があれば改良出来たのだが…まあ、当初は付け焼き刃程度の武器になれば良いと思っていたし、フロンティアを優先していたのもあって、そこで手を止めてしまった。
使う事はないだろう、そう思っていたアガートラームだったが問題であった膨大なフォニックゲインを装者達が奏でるS2CAによって補う事で無事に稼働している。
その姿に僕は少なからず歓喜していた。
己の研究成果が上手くいった事、そして何より――
「これなら――――」
その瞬間にはウェルの目はマリアから外れ、愛しの《死神》へと向けられる。
そして――笑みを浮かべる。
先程の笑みとは違う、それはさながら愛しい人と出会える恋する人の様に。
「――嗚呼、どうか今少しだけお待ちください―――我が王よ」
もうすぐ、もうすぐだとウェルは込み上げる感情を抑えきれないままただ静かに笑って準備を始めた。
囚われのまだ見ぬ王と、王の望みである世界を救うために。