セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「おい。さっさとマスターの治療をしろ」
背後から聴こえるかなりの不機嫌な声に、呆然としていた意識が戻る。
マスター。そう呼ばれると言う事は、やはり目の前に眠るセレナこそが、ボクが焦がれた英雄の正体なのだろう。
無論、その正体がなんであれボクのこの気持ちが消える事は決してない。
この幼い身体にあの力が宿っている。そう思うだけでも興奮さえ感じる程だ。
ただ、気になる事がいくつかあるのも事実ではある。
「(…どうやってあの惨劇を生き延びたのでしょうか?)」
その中でも群を抜いて気になるのはそれだ。
ネフィリムの起動実験の結末は全て知っている。
研究所が危うく完全破壊されかねない事態になった事、そしてそんな暴走するネフィリムを目の前で眠る彼女が絶唱を用いる事で再度眠りにつかせた事も、その絶唱の負荷と建物の崩壊によって死亡しているであろう事実も、全て知っている。
ネフィリムの再封印後に行われた彼女の捜索ではその死体は発見される事は無かった。
ネフィリム暴走時に発生した火災。それによって死体が残る事なく焼けた、と言うのが捜索後に造られた報告書に記載されていたが、その内容と目の前の光景は異なっている。
「(研究員の誰かが彼女の生存を秘匿していた…?いや、それならばナスターシャのババァが気付かないわけがないし、マリア達にその事実を説明している筈…単独で逃げ出したってのが最も納得のいく形にはなりますが、それは色々と納得がいかない点が多すぎる…)」
色々と考える事が出てきてしまったが、とにもかくにも今やる事はただ1つだろう。
帰還してからずって眠ったままの彼女の治療。それこそがボクがあの幼女に生かされている理由であり、此処で成果を挙げれば生存への希望も繋がる。
それに治療する相手はボクが憧れ続けてきていた英雄なのだ。
例え先の理由がなくても、全力で当たるのは必然だと背後にいる人形に気付かれない様にニッタリと笑みを浮かべながら治療を始めた。
「(あーさっさと殺したい。どう殺そうか?マスターに触れたその手を吹き飛ばしてからは絶対案件として、その後をどうしよう?とりま生首にしよう、そうしよう)」
……背後から感じる殺意に満ちた視線を浴びながら――
ぼんやりと意識が覚醒していくのが分かる。
長い時間を眠っていた。そう理解しながら目を覚ましていく。
「おいこら。マスターの治療初めて3日目だけど一向に目を覚まさないんだけど?なに?手を抜いてる?ならそんな手を切り飛ばしても問題はないわよね?」
「ボクが英雄の治療に手を抜くなんて絶対にあり得ません!!此処はこのボクに全てを任せて外野は口を挟まないでくれませんかねェ!!」
「…こいつウザい、です。やっぱり切り捨てる方が良い、です」
「いやいやー☆一応マスターのマスターが殺すなって言ってるし我慢我慢だよファリっち☆」
「そうだよー☆ウザいし殺したいのは同感だけどね☆」
「……ファリっちではないです。ファリスです。いい加減修正してください」
「マスタぁー、速く起きるんだぞー」
聴こえてくる皆の声(1人誰だろう?)
それに誘われる様にゆっくりと瞼を開けていく。
「――ッ!!みんなー!!マスターが起きたんだぞー!!」
ミウの声に皆が一斉に此方を振り向き、そして一斉に詰めかけてきた。
「マスター!!嗚呼…ご無事で何よりです…痛い所はありませんか?違和感等を感じたりは?食べたい物や飲み物等は如何でしょうか?このガリス、すぐにご用意させていただきます!!」
「…マスター。良かった、です」
「ヘイ☆マスター!!ご機嫌は如何~☆アタシもレアもマスターが目覚めたから超ご機嫌ですよ~☆」
「そうだよー☆マスター目覚めてくれたアタシもレイも超ご機嫌で~す☆」
「マスター!!マスター!!マスター!!」
詰め寄ってくるのは私が生み出した愛しい子達。
よほど心配させてしまったのだろう。それぞれが喜びを露わにして抱き着いてくる。
どうして心配させてしまったのかは分からないけれど、心配させてしまったお詫びにと1人1人の頭を優しく撫でていく。
「……?」
頭を撫でていきながら、ふとどうしてレアとレイ、それにミウが起動状態になっているのだろうと疑問を感じる。
彼女達はまだ未完成の筈なのに、と。
けれど夢から目覚めたばかりのぼんやりとした感覚と、目の前で抱き着いてくる彼女達の愛しさについそれを聴く事を忘れて、ただその頭を優しく撫でてしまった。
「はぁ…もう、本当に心配したんですからねマスター!!心優しいマスターですから私達に余計な心配をさせまいと、単独で小日向未来の事を助ける為に飛び出したんでしょうけれど、そちらの方が心配になります!!次からは絶対に私達に声を掛けてから――」
――――?
今のガリスの言葉に疑問を感じる。
何だろう?と考えてから、嗚呼と答えに至る。
答えに至った疑問。私はそれを深く考える事なく――
「ねえ、ガリス」
「はい?どうなさいましたマスター?」
「――小日向未来…さん?って、誰の事ですか?」
――そう聞いていた。
「―――は、い?」
そう問いかけた瞬間、皆の様子が変わった。
笑顔が凍り付いた、と言うべきだろう。
何だろう?私はそんな可笑しい事を聴いてしまったのだろうか?
「えっと…ごめんなさい…あの、小日向未来さんってもしかしてガリスの外での関係者だったりするの?その人を私が助けに行った…って事かな?そこで何かトラブルがあって眠ってたって事で良いのかな?」
記憶が上手く思い出せない。
目覚めてすぐのぼんやりとした感覚。それと一緒に感じる記憶の空白感。
その2つが、私が記憶を思い出す事を拒絶していく。
「…あ、の…マスター?それは何かの御冗談で…?」
ガリスが恐る恐ると言った感じにそう問いかけて来る。
けれどそう問われても、私の記憶の中に《小日向未来》と言う人物は存在しない。
それでもなおその人物に至るであろう記憶が無いかと思い出そうとすると――
「――ッ!?」
――不意に頭痛が襲い掛かる。
まるでそれを思い出す事を許されないかのようなその痛みに思わず声にならなない悲鳴を挙げててしまう。
「マスター!!?」
ガリスの心配する声が聞こえる。
どうして急にこんな頭痛が、と混乱する中で私は無意識的にそれでも記憶を探そうとしていた。
この頭痛の先にきっと何かがある。そんな感覚を感じて。
何度も感じる痛み。けれどもそれを耐える様にしながらその先へと至ろうとする。
必死に、必死に。
けれどもそんな必死な思いは――
「セレナさん。ボクの眼を見てください」
不意に現れた1人の白衣を着た男性によって止められた。
「――ッ!?…あ、貴方は…?」
「ボクの事は後で説明いたします。それよりも今はボクの眼をじっとみて深く深呼吸をしてください」
――僅かに感じる抵抗感。
けれどもジッと見詰めて来るその瞳に負けたのか、私はその指示に従う様に瞳を見ながら深く深呼吸をすると、先程まであれだけ感じていた頭痛が嘘の様に消えていくのが分かる。
「――落ち着きましたか?」
「あ、は、はい…その、貴方は…?」
「ボクですか?ボクは…貴方の主治医であると同時に貴方に付き従う従順な僕だと言っておきましょうか」
「…主治医?それに僕…ですか?」
なッ!?と驚愕するガリス達であったが、マスターが苦しんでいたのを治してみせたその実力を前に、今は我慢だと苦虫を嚙み潰した様な表情で様子見にとどめる。
そんな事を露も知らないセレナは、呆然とした表情で目の前にいるウェル博士の言葉を聞いていた。
「そちらの経緯についての説明は後程にさせていただきます。今はボクの質問にゆっくりとで構いませんので、答えてもらっても良いですか?」
「は、はい…」
其処からドクターウェルはいくつかの質問を行った。
眠る前に覚えている最後の記憶について。そして装者を始め幾つかの人名を挙げて知っているどうかの確認等を含めて問い掛けていく。
「(……ふむ)」
その結果分かったのは――彼女の記憶から小日向未来の存在だけが消えている事実。
消えている――と言うよりはそこだけ《抜け落ちている》と言った方が正しいだろう。
彼女の記憶、その何処からも《小日向未来》の存在のみだけが欠けている。それが今の彼女の記憶状態の答えだ。
その影響からか、フロンティアを巡る戦いについても記憶の抜けが多い。
簡単に言えば、フロンティアを巡る戦いがあり、其処に自分が参加したと言うのは覚えているが、何故其処に至ったのか、そこで何が起きたのかが思い出せないと言う。
それに他の件についてもあやふやな部分が多い。
今は呆然としている影響もあるのだろうが、ドクターウェルの存在さえも上手く認識できていないのがその証拠だ。
「(……これならば)」
まさにチャンスとはこういった事だろうと静かに笑みを浮かべる。
今の彼女ならば、と。
ならば自分がすべき事はただ1つだとウェルはすぐに行動を始めていく。
「セレナさん。今からゆっくりと過去に起きた事を説明していきます。質問や疑問があれば全然気にせずに問い掛けてきてください。安心してください。ボクが全力で貴女を治して見せましょう」
――愛する英雄に取り入る行動を――