セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
事態の終息からはや数時間。
荒れ果てた部屋の掃除を命じられたガリィとミカ、そしてそれを哀れに思ったレイアとファラが手伝いへと赴き、少女の私室に残ったのは、キャロルと少女のみ。
「………これが思い出せた全てです」
少女ーーー否、《セレナ》が思い出した内容を聞き終えたキャロルは考える。
セレナが思い出したと言う記憶は………さながら穴だらけのパズルと言った所だろう。
名前を思い出したとは言うが、覚えているのはフルネームではなく《セレナ》と言う名前だけ。
誰か大事な人がいた気がすると言うが、それが誰であるのかまでは不明。
どこかの建物で生活をしていた記憶は僅かにあるが、そこがどこで誰と暮らしていたかまでは分からない。
「(曖昧な記憶の回復………あり得るとすれば原因はあれか)」
未だに少女の手に握られているファウストローブとして改造されたニトクリスの鏡。
キャロルが製作したそれは既存のファウストローブとは異なる性質を保有している。
基礎システムにシンフォギアの技術が利用されているのだ。
櫻井理論からシンフォギア開発へと至る道は困難であるが、シンフォギアと言う実物がある以上、ある程度ではあるがその構造の解析は可能であり、キャロルはこれを解析してみせた。
そして解明された技術のほとんどを流用して開発されたのがこのファウストローブである。
そんなファウストローブに施された仕掛けの1つが膨大なロック機能。
億を越える数のロック機能は使用者の実力やバトルスタイル、多種多様の条件によって解放されていくのだが、キャロルはこれを鏡の暴走防止の為に利用している。
考えられるとすればそのロック機能が少女の記憶の再生を妨害しているのだろう。
その証拠にニトクリスの鏡は少女の手にあるが、更なる記憶が呼び起こされる様子はない。
「(鏡の暴走を防ぐ為の機能が仇となったわけだ……)」
しかしある意味良かったのかもしれない。
記憶の完全復元……オレの推測が的中しているのであればそれは………
「………あの師匠?」
「ん、ああ、すまない考え事をしていた」
ひとまずの状況は理解した。
ニトクリスの鏡の暴走は予定外でこそあったが、事なきを得たし、鏡も予定通り少女の………いや、セレナの手に渡った。
それに僅かしかではないが、記憶も戻っている。
………潮時やもしれぬな。
「それでだ、お前これからどうする?」
「………どう、とは?」
「僅かとは言え記憶が、お前の過去に繋がる物が思い出せたんだ。それを追い掛ける事も今のお前ならば可能だ。
………もしもお前が追い掛けると言うのであればオレは全面的に支援してやる、だから………」
ここを出ても良いんだぞ、そう続けようとした言葉が僅かに詰まる。
キャロルとて既に決めていた事だ。
彼女がシャトーに残り続ければ嫌でも計画の存在に気付かれる。
その時に見せるこいつの顔を見たくない、そう思っての判断と言うのに、いざその時を迎えれば躊躇する自身にまるでガキみたいだなと自虐する。
「………はぁ」
これは決まっていた事、後々はしなければならないと決めていた事。
迷うな、言えと己を鼓舞して再度口を開こうとしてーーー
「私は………此処に残ります」
少女が紡いだのはキャロルの求める答えとは逆の、されど本心では望んでいた言葉。
どうして、とキャロルが小声で呟く。
過去へと繋がるきっかけを取り戻せたのだ、そこからキャロルが得ている情報を与えれば彼女はきっとかつての過去を取り戻せる。
なのに、何故?
「………私が名前を、記憶をほんの少しですけれど思い出せたのはきっとこの鏡のおかげですよね?
師匠が忙しい中で作ってくれたこのファウストローブのおかげで私は過去のきっかけを得る事が出来ました。
ですから………今度はそのお礼をしたいんです」
「礼だと………?そんな物気にする事はーーー」
「私、師匠がなにをしようとしているのか知ってます」
今度こそキャロルは思考を完全に停止させる程に驚愕し、そして信じられないと言いたげにセレナを見る。
何故?どこから?
セレナに与えられた知識には、彼女が見える範囲には計画へ繋がる証拠は一切無かったはずだと。
ーーーそこまで考えて浮かんだのは1つの可能性。
「………お察しの通りです」
セレナが取り出したのは………プレラーティから貰ったかえるのぬいぐるみ。
その口の中から取り出されたのは、一枚の手紙。
「此処に師匠がしようとしている計画について、ある程度の範囲ですけれど書き記されていました。
その最後にこれをどうするかはお前が決めろ、とも」
あのくそじじぃめ!!
汲み上げる怒りを抑えながらキャロルは俯きーーー恐れた。
師匠と仰ぐ人物が成そうとしている計画、それを知ったこいつの顔を見るのが怖いとまるで童のように恐れた。
普段のキャロルであれば計画を知られた時点で口封じをするしかないと思うだろう。
されどその相手が自らが育ててきた弟子となると、その考えさえ浮かばない。
「………それで?お前はそいつをどうするつもりだ。
オレを止めるか?そいつだけは例えお前だとしても絶対に………」
口から出るのは虚栄心。
必死に体裁を保ちながら口にするその言葉は僅かに揺れる。
それだけの恐怖に耐えながら紡がれる言葉。
されどもーーー
「いえ、私は師匠に協力します」
少女から出たのは、賛同の声。
は?思わず出た言葉は自らさえも出した事がないと自覚出来る程に呆けた物。
そんな声を出しながら顔を上げたキャロルを、暖かい何かが包む。
それがセレナの抱擁だと気付くのに、さほど時間は必要としなかった。
「………本音を言うと、師匠の計画を知った時はどうにか思い止まってもらおうってずっと思ってました」
セレナと言う少女は優しい人間だ。
心優しく、困っている人がいれば手を差し出す、そう言う人間だ。
だから計画を知った彼女がそう考えるのは当たり前だろう。
ならばどうして………?
「……実はですね、師匠の過去についてガリィさんから聞いちゃったんです」
ガリィが………?
いくらあいつとは言えオレに無断でそんな事を?
「それが師匠にとって辛い過去だと理解してます、けど………お父さんが残した命題はきっと師匠にとって大事な物なんですよね?」
「………ああ、そうだ。父からの命題、それを果たす事こそがオレの全てだ」
セレナは思う。
キャロルの父親が求めた答えはそれではないと。
もっと優しい答えが解答だと、セレナは思う。
だが、それをキャロルは決して受け入れないだろう。
それどころか答えを受け入れたら、きっとキャロルは計画の為に犠牲にして来た過去の重みに耐えきれずに………
だからセレナは彼女に協力する。
自分だけでは彼女を救えない、だれか彼女を救う事が出来る人物が現れるまで、彼女を支えたい。
そう思ったから………
「………だったらその為に私を使ってください」
彼女は進んで道を踏み外そう。
その先に待つのが良くない答えだとしても………