セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
セレナは自室で疲れて眠る師匠を置いて1人部屋を後にする。
師匠も最近の働きすぎと今日の騒動にと色々とあって疲れたのだろう。
その眠りは深くよほどでなければ起きないであろう。
だから、ちょうど良いと思った。
「ガリィさん、そこにいますね?」
通路の奥、人の気配さえ感じない通路に響くセレナの声。
声に答える者はおらず、なれどセレナの眼は一点を捉えたまま揺らがない。
そして―――
「…はぁ…はいはい降参降参、なんでわかるのかしら?」
セレナの視線の先が揺らぎ、姿を現したのは掃除を命じられていたはずのガリィの姿。
その周りにあるのは水。
視界を水で歪ませてあたかもそこに存在しないように見せるガリィが得意とする手法の1つである。
「何となく…ですけどね。ガリィさんとの付き合いも長いですから」
「ええ、本当に長い付き合いよねぇ?けど……」
「残念だわ、此処で終わるのだもの」
ガリィが向けた氷の刃がセレナの首筋に突き付けられる。
僅かに皮膚を切り裂いたのだろう、氷に赤い血液が流れる。
氷を伝う赤い血液は静かに流れ落ち、廊下に小さな血溜まりを作る。
されどセレナは動かずにただガリィを見つめていた。
「…さっきのマスターとの会話盗み聞きさせてもらったわ」
「ですよね。これもまた何となくだけど予想が出来てました」
一触即発、ガリィが僅かにでも手を動かせばセレナの首が床を転がっても可笑しくない緊迫した状態が続く。
ガリィとてこの様な事を仕出かすつもりなどなかった。
セレナの事が気になったのでちょちょいと潜入し、話の様子を見て何時もの様にからかってやろうとつい先ほどまでは思っていた。
だが…セレナが口にした内容はそんな予定を滅茶苦茶にした。
「あんた、さっきマスターにあたしがマスターの過去を話したって言ったわよね?……聞かせてもらえるかしら。それは≪何時の話≫?」
こいつが語ったマスターの過去。
それを知るのはマスターに知識と記憶を与えられているオートスコアラーである自分達とマスター自身、そして記憶をコピーされているエルフナインだけである。
それを少女は語って見せた、マスターの全てである御父上の命題の事を語って見せた。
知るはずのないそれを、だ。
彼女はあたしが話したと言うが、とんでもない。
話した覚えも、話すつもりもなかったそれを知っている。
それは、ガリィが刃を突きつけるに至る理由となった。
「……あたしはね、自分でもちょっとどうかなー?って思うぐらい性格悪いわよ。マスターの嫌がる顔とか困ってる顔とか大好きだし、ちょっかいかけたりすると面白いって思うくらいは性根が腐ってるわ。でもね、そんなあたしでも望んでいるのはマスターの為……マスターの力になる事。その為にこの身を犠牲にする覚悟だってとうの昔に出来てる。それがあたしの製造理由だもの、そこに疑問も違和感もくそもないわ」
セレナは答えない。
沈黙を保ったままガリィに向けられた刃を首筋に突き付けられたまま、ガリィの言葉を聞き続ける。
「…正直言えばあんたの事も多少は信頼してる。最近のマスター、あんたと出会ってから本当に明るい顔を見せてくれるようになったわ。以前までだと想像も出来ないくらいに……だから、あたしはここではっきりさせておきたいの」
「あんたはマスターの味方なの?それとも―――マスターの敵なの?」
答えは二択。
それ以外は許さないと言わんばかりに突き付けられた氷の刃が僅かに深く突き刺さる。
首から溢れる血液、感じる痛み。
されどセレナはそれを表情に現す事なく―――答えた。
「……今から話す内容は絶対他言無用でお願いします。もしもそれが駄目ならどうぞ、その刃で私を斬ってください」
突き付けられた条件にガリィは眉を潜める。
条件を提示出来る状況ではないと理解しているだろうに、それでも提示する…否、しなければならない程の情報を彼女は持っている。
ガリィは考える。
提示された条件はあくまで他言無用。
それさえ許容するのであれば得られる情報と、この場で彼女を斬り殺した場合のマスターの精神的負担。
どちらを取るかは、明白だった。
「……分かったわ、その条件を聞き入れてあげる。
ただしその内容がマスターの害になると判断した場合は約束を守れないと付け足しておくわ」
「…構いません、でしたら―――お話します」
「………信じられない、が本音かしらね」
セレナの会話を聞き終えたガリィが呟いたのはそんな言葉。
彼女が語って見せたその内容はガリィの…いや、世間一般で言えば信じろと言う方が難しい内容ではある。
だが、それならば説明がついた。
彼女がマスターの過去を知っているのも、マスターの計画を知っているのも、納得はできる。
それが嘘である可能性もあるにはあるが……
「信じられないと言われたらそこまでなんですけどね…
けどガリィさん、これだけは約束します」
セレナの眼を見据えたガリィ。
ガリィの眼を見据えたセレナ。
2人の間に流れた時間は1分少し、なれど体験する2人にとっては永遠に続くのではないかと思う位に長い時間。
そんな時間の果てに……ガリィは刃を降ろした。
「…疑いが晴れたってわけじゃあないわ。
何か変な事したらあたしがあんたを始末する、その条件でなら見逃してやるわよ」
「…分かりました。無いとは思いますけど、その時が来たらバッサリとお願いしますね」
可愛くない子ね~といつもの調子に戻ったガリィはくるくると回転しながら、少女の周りを滑る様に回る。
くるくると、回る。
見せつける様に、自らの存在を示す様に、回る。
「あんたとの約束も守ってあげるわ。
さっきあんたから聞いた内容はガリィの胸だけに閉まっておいてあげる。
だから、さっさとマスターの所に戻ってあげなさいな。
そろそろ目を覚ますんじゃないの?」
指摘され、時計を確認すればそこそこの時間が経過していた。
師匠であるキャロルは基本的に睡眠時間が短い。
なので起きていても可笑しくはないな、と教えてくれたガリィに感謝しようと視線を向けるが…そこに姿はもうなかった。
「……ふう」
緊張感から解放され、一息つく。
首結構痛かったなと触れようとして、首から流れる血液が止まっている事に気付く。
触れてみればそこにはガーゼの感触。
何時の間に…と驚かされるが、処置してくれた相手は1人しかいない。
「……ガリィさんらしいですね」
手当に感謝しながらセレナは今後を考える。
事情を話すべき唯一の相手として選んでいたガリィとはとりあえずでこそあるが事情を知る共有関係となった。
キャロルについた嘘、それが判明するとなればガリィの口からしかないと思っていたセレナにとってこの共有関係は助かる。
失った信頼はこれから努力して取り戻せばいい、時間はあるのだから…
しかし、とセレナは先ほど自身の口で話した内容を思い返す。
―――何とも嘘っぽい話であろうか。
これを一応の形でこそあるが聞き入れたガリィには感謝しかないだろう。
「けど、それが事実ですからどうしようもないんですよね…」
部屋へと戻る通路を歩きながら、セレナが取り出すのは一枚の手紙。
プレラーティが計画を書き記した――――とされた手紙。
それを開くが、中には何も書き記されてなどいない真っ白な白紙しかなかった。
「…今度プレラーティさんにも謝らないと」
まるで証拠を隠滅するかのようにバラバラに引き裂き、手紙だったそれを懐に戻しながら、その視線は―――真横を向いていた。
「…貴方はいったい誰なんでしょうか……」
セレナの視線の先、他の人が見れば何もないその空間。
なれど彼女の眼にだけは見えていた。
「―――――――――――――」
言葉なく揺れながら存在する、人の形をした黒いもや。
セレナに言葉なく計画を、そしてそれに至る原因となった全てを教えてくれたもやにぶつけた疑問を、答える者はいなかった。