セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
≪アダム≫
そう名乗った男から漂う感覚にセレナは不思議と親しみに近い何かを感じていた。
それが何かなのかは分からないが、その不思議な感覚があるからこそ天幕から出ようとは考えもしないのだろう。
「あ、えっと私は―――」
名乗られておいて名乗らないのは失礼だろうと慌てて返答をしようとするが、それをアダムは指で制する。
どうしたのだろうか?と疑問を抱くセレナにアダムは一枚のカードを裏返しで差しだして来た。
「知っているのさ。ボクは。
分かっているのさ。占いで」
裏返してごらん、その言葉に従って置かれたカードを裏返してみると、そこには達筆な文字で≪セレナ≫と刻まれている。
どうして、思わず口から漏れたその言葉に眼の前の男は満足そうに笑みを浮かべる。
「信じてもらえたかな?ボクの占いを。
分からない事などないのさ。ボクには。
何も、ね」
―――はっきり言おう。
この男の言動、態度、行動、全てに置いて彼は所謂気持ちの悪い分類の人間だろう。
一般人であればその悍ましさにさっさと席を立って天幕から飛び出し、何なら110番のコンボアタックを叩きこんでも何も問題が無いぐらいであろう。
だが、だがだ。
此処に居るのはセレナ。
お人好しで優しく、そして過去の記憶が無いせいかそう言う物を理解する力が弱い少女は―――
「おぉ…!凄いですね占いって!!」
不信感マックスの男の占いを信じるのであった。
恐らくこの場に第3者がいれば絶対に思うであろう。
この子、詐欺とかに絶対に引っかかる子だろうな、と。
「信じてもらえたようでうれしいよ。ボクは。
では本題と行こうか。君の」
占いを信じてもらえた、それが嬉しかったのかアダムの機嫌は更に良くなり、ニコニコと笑みを浮かべたまま取り出したのは1つの水晶。
占い屋では定番装備の1つを取り出した彼は水晶に向かって何やらむにゃむにゃと如何にもな姿を見せつける。
そんな姿を純粋無垢な眼で見つめるセレナ。
―――もう一度言おう、この子絶対に詐欺にあう子だと。
「―――むむむ、見えました」
「おお!見えましたか!」
はい、と如何にもな演技感マックスで額に流れる汗を拭うアダム。
占いするだけなのになぜ汗を流すのか、これが分からない。
しかしそんなアダムの一挙一動を真摯な眼で見つめるセレナの前で如何にもな間を置いてから――――
「力になりたいんだね。その人の。
けど受け入れて貰えないんだね。その人に」
―――セレナの悩みを的中させた。
アダムの言葉に思わずドキリと胸が高鳴ったのを感じた。
内容までこそ言わなかったが、それでもその内容はまさにセレナが抱える悩みその物。
それを的中された事に、驚愕と困惑が同時に襲い掛かる。
「……やっぱりすごいですね、占いって」
「凄いとも。占いは。
何でも分かるのさ。占いは」
占いって凄いなと間違えた知識を与えられていると知らずに受け止めながら、セレナは思い返す。
黒いもやから計画の事を教えてもらったセレナは、キャロルに内緒で色々と調べまわった。
キャロルがいずれはセレナを外へと逃がし、平和な生活をさせてやろうと方々に手を回してくれていた事も知った。
その為に必要な全てを時には危うい橋を渡ったりして用意してくれていた事も知った。
全てはセレナの為に、キャロルらしい不器用な優しさを知った。
きっと本当にキャロルの事を思うのであればセレナが取る道はキャロルが望む通りの平和な世界への道だろう。
錬金術も、シンフォギアも、世界の危機も父の命題も関係ない、平和な世界。
キャロルでは歩む事が叶わないその道を、代わりに進む事こそがキャロルの望む事なのだと理解している。
そう、理解はしているのだ。
………それでも、セレナは力になりたいと願うのだ。
キャロルが進む過酷な道を、少しでも楽にし、そしていつかはその過酷な道から解放してあげたい。
けれども……
「…1つ良いかな?」
思考の最中、アダムの言葉が思考を閉ざす様に割り込む。
人を前に考え事をしていた事に失礼だったのでは、と慌てて謝罪しようとするが―――
「どうして力になりたいんだい。君は」
アダムの言葉に謝罪の言葉はあっさりと引っ込んだ。
否、引っ込まざるを得なかった。
どうして、そう問われた疑問に答えようとする口が上手く動かない。
確かにそうだと思った。
どうして私はそこまでして力になろうとしているんだろう?
だって師匠は私を巻き込みたくないって言ってるのに、それでも無理やり巻き込まれようとしているのは私で……
「君はあるはずだ。他の選択が。
選べるはずだ。平和な道を。
なのにどうして君はその道を進む?どうして自ら過酷な道へと行くんだい?」
どうして、どうして…?
様々な理由が頭に浮かんでは消えていく。
善意、弟子としての想い。
様々な答えが浮かんでは消える。
そのどれもが答えであるような気がして、そのどれもが間違いな気がして、
それらは思考の海から延々と繰り返す様に浮かんでは消えていく。
どれが答えなのだろうかと悩み、どれが間違いなのかと悩み、
―――――――その果てにあっけなく答えはあった。
「―――私は」
思い返すはシャトーで目覚めたあの日、ミカさんに追いかけられ、オートスコアラーの皆に敵意を向けられ、初めてシンフォギアを纏ったあの日。
初めて痛い思いをし、初めてのキスを奪われ、散々だった日。
だけども―――
≪そいつの部屋を用意しろ。そいつは暫く俺が面倒を見る事にした≫
私にとって全てが始まったあの日。
私にとって大事な人達が出来た日。
私にとって――――
「私は、ただ家族の力になりたいんです」
そうだ、と理解した。
呆気ない答えに笑みさえ浮かぶ程理解した。
世界解剖とか父の命題とか、そんな物はどうでもいい。
私はただ、家族の力になりたいんだ。
師匠に、ミカさんにガリィさん、ファラさんにレイアさん。
私に居場所をくれた人達の…私の家族の力に、そして家族を守れる力になりたいんだ。
ただそれだけだったんだ。
「…家族の為に自らは危険な目に合うとしても?」
「はい、どんな目にあったとしても」
胸がスッキリとした気分だった。
未だにやるべき事は多く、師匠の説得もそう簡単には進まないだろう。
それでも私はやるんだ。
家族を助ける力になりたい、この想いを果たす為に進むんだ。
「……完璧だ」
え?と聞こえたような小声に返答を返すが、気にしないでおくれとアダムは手を振る。
「少しは力になれたかな。君の。
何時でも来るといいさ。歓迎するよ」
はい!と元気に返事を返し、料金をと財布を取り出すが必要ないと言われ、セレナは何度も何度も頭を下げながら天幕を出ていくのであった。
シャトーへと帰るその顔はどことなく迷いが吹っ切れたかのようにすっきりとし、その胸には師匠を説得するんだと言う強い意志が改めて生まれていた。
誰もいなくなった天幕の中でアダムは小さく笑みを浮かべる。
「様子見のつもりだったんだがね。予定では。
来た価値があったよ。十分に」
天幕から外へ出たアダムが小さく指を鳴らすと、つい先ほどまでそこにあった天幕が跡形も残らずに姿を消した。
まるで最初からそこに存在していなかったように無くなった天幕など気にせずに、アダムは歩む。
その表情は―――狂おしい程に笑みであった。
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「客人、ですか?」
はい、とどこか戸惑うようなエルフナインの案内でセレナは師匠の部屋へと向かっていた。
時間はお昼少し前。
昨日の占いのおかげで自信がついたセレナが昼当たりからもう一度師匠にアタックしようとしていた矢先にエルフナインが師匠からの呼び出しだと部屋へと来たのだ。
そして今、その通り道にてエルフナインの口から師匠の部屋に誰かは不明だけれど客人が来訪しており、きっとその客人と呼び出しに関係があるのではないでしょうか?と説明を受けていた。
「(プレラーティさんかな?)」
客人と言われ咄嗟に浮かんだのはかえるのぬいぐるみが良く似合うあの少女。
来訪する客人が圧倒的に少ないシャトーにおいて浮かぶのはあの人位だろう。
「(けどそれならそれで呼び出しなんて?)」
首を傾げるセレナを不思議そうに見つめるエルフナインの案内で師匠の部屋前へと辿り着く。
どうせなら一緒に、と思ったがエルフナインにも仕事があるらしく、部屋の近くで別れた。
さて、と師匠の部屋へと続く扉をノックしようとして――――
「ふざけるなッ!!何だその条件はッ!!」
部屋の中から聞こえたのは師匠の怒号。
その声から尋常でない怒りを察したセレナは慌てて止めに入る様に部屋の扉を開けた。
部屋の中央、机を挟んで並ぶように置かれた椅子を蹴り飛ばした怒りを表す師匠、そして――――
「ふざけてなどいないさ。ボクは。
何時だって本気さ。代わりなくね」
聞こえてきたその声はつい先日聴いたそれと全く同じ。
え?と困惑する様に漏れた声を聴いたのか、椅子から立ち上がった男は―――いや、
「やあ昨日ぶりだね」
アダムは相も変わらずの笑みを浮かべてそこにいた。
ZENRAはまだ続く――ッ!!