セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話   作:にゃるまる

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第36話

「…理解しているんだろうな。≪そいつ≫に踏み込むその意味を」

 

「ええ、理解しています。それでも…私は踏み込みます」

 

―――もし、もしもだ。

この場が他の人の目が無い場所であればきっとキャロルは込み上げる怒りを形に変えて自らの弟子に≪教育≫を施しただろう。

だが、そうはならない。

炊き出しに協力する人間、炊き出しを待つ人間、復興作業を行う人間。

此処から見えるだけでざっと100は超える人数がこの場にいる。

大勢の目撃者がいるこの場において錬金術など用いれば瞬く間に大騒ぎとなり、その情報は二課へと伝わるだろう。

そうなればもう計画は破綻する。

父の命題を果たす事が叶わなくなるだろう。

 

「……なるほどな。この場はお前の目的を果たす為の場であると同時に、お前の身を守る場でもあると言うわけか」

 

「………ごめんなさい」

 

仕出かしておいて謝るなと具材を切り刻んだ物を鍋に投入する。

グツグツと煮込み始めた鍋に蓋をして、キャロルはセレナへと向き直る。

込み上げる怒りを抑え、眼の前にいる不届き者の馬鹿弟子の言葉を待つ。

此奴は言った、世界を知って欲しいと。

父と全く同じ言葉を、こいつは述べた。

その口で何を語るのか楽しみだと、待った。

 

「―――師匠、師匠から見て人間って何ですか?」

 

問われた内容にハッと笑って見せる。

何故そんなことをわざわざと………まあ良い。

思い返すは過去の記憶。

錬金術で人々を救おうとしていた父を、助けられた人間は恐れて――――

 

「…醜い生き物だ。自らの益だけを求め、欲のままに生き、理解できない物には喜んで拳を振るう、そんな自己主義の塊だ」

 

父は優しい人間だった。

争う事を嫌い、助けを求める人には自ら手を差し伸べ、お人好しと呼べる程に馬鹿で純粋で――けれど大好きだったパパ。

そんな父を奪ったのは、浄化の炎とやらに葬ったのは―――父が助けようとした人間だった。

 

「人間は理解できない物を恐れる。恐れは≪それ≫を排除する建前を作り上げて、馬鹿な人間はそれに喜んで従う。皆大好き神様や信仰………奇跡なんてものがそうだ」

 

父が使う錬金術はとても害がある物ではなかった。

困っている人を助ける為、苦しむ人を助ける為に父が生み出した錬金術。

父が長い間をかけて研鑽したそれは誰かを助ける為に作られた優しい力だった。

だが――そんな優しささえも人々には奇跡(恐れ)としか見えなかった。

 

「―――オレは人間が大嫌いだ。父を殺した神様も信仰も…奇跡もッ!!

オレから父を奪った全てが憎い!!きっと父も同じ想いだ!!だからオレに世界を知れと言い残したんだッ!!」

 

自らの無念を晴らせ、それこそが父が残した命題の答えだと知った。

だからオレは世界を解剖する。

父の命題に答え、世界を、父を奪った全てを解剖し、この世に奇跡などなかったと証明する。

それがキャロル・マールス・ディーンハイムの全てだ。

 

「……………」

 

キャロルの言葉を受け、セレナは沈黙した。

キャロルが体験した過去はきっとセレナでは到底ではないが理解しきれないだろう。

父の命題、ただそれだけを支えに数百年を生きて来た彼女と、僅か数年足らずの小娘とではきっと見て来た世界が違う。

セレナが万の言葉を紡ごうとも、きっと彼女の世界には届かないだろう。

だが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!いい加減にしろよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

セレナの思考を阻んだのは1つの怒号。

視線を向けてみれば炊き出しを待つ列にいた2人の男が声を荒げながら対立していた。

此処からでは距離があって全ては聞き取れなかったが、どうやら片方の男が列に割り込もうとし、それを止めた男との間に発生した衝突らしい。

怒号飛び交う2人、互いに言葉で終わらせるつもりはないらしく既に握る拳には力が入っているのが分かる。

 

「………見ろ馬鹿弟子、あれが人間だ。自らの益を優先し、それを阻むのであれば拳を以て障害を排除する。そういう生き物なんだよ人間は」

 

キャロルの言葉はどこまでも冷たい物であった。

争う2人を感情なき眼で見つめながら語るキャロルに―――セレナは黙って首を横に振った。

 

「確かに、人は愚かな生き物かもしれません。争って、傷つけ合って、殺し合って……もしかしたら人間は争う事を無くす事が出来ないのかもしれません」

 

人の歴史は争いの歴史、誰かがそんな事を言っていたのを思いだす。

人である以上避けられない呪いの様なそれはきっといつまでも人間と共にあり、人間を争いへと導いていくのだろう。

それでも、だとしても――――

 

「―――握った拳を開く事だって出来るって私は思うんです」

 

セレナの視線の先、争う男2人の間に入ったのは1人の女性。

どちらかの家族だろう。

片方の男をしばき、何かを語り掛けると、叩かれた男は申し訳なさそうに握った拳を開いて、手を差し伸ばし、もう1人の男も笑みを浮かべてその手を握った。

 

「―――確かに師匠の言う通りかもしれません。人間は醜い生き物かもしれません。けど…そう思う事で可能性を完全に捨てたくないって私は思うんです。

だから…師匠にも知って欲しいんです。人間を、可能性を……世界を」

 

争いは無くならないかもしれない、とセレナはさっき思った。

だが、それはあくまで≪可能性≫だ。

遠くない未来、いずれ全ての人が手を結び合い、平和な世界が訪れる≪可能性≫だって決してゼロではない。

だからセレナは知って欲しいと思った。

人間にある≪可能性≫を、

それこそがキャロル・マールス・ディーンハイムが父の命題の本当の答えに辿りつける道だと、そう思ったから。

 

「…………ふん」

 

キャロルの反応はあくまで冷たい物だった。

自身の言葉が届いた、とは己惚れない。

所詮セレナの言葉はキャロルの数百年を知らない小娘の戯言程度でしかないのだから。

だが、それでも――――

 

「おいお前ら、さっさと列に戻れ。数だけはあるんだ、揉め事なんて起こさなくても十分に足りる、欲しいならさっさと並べ」

 

―――僅かなきっかけを作れたのであればそれで十分だと思った。

 

 


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