セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
ガリスは基本的には何でもできる。
与えられた膨大な知識がそれを可能とするからだ。
それこそ
ガリィを基礎にセレナの人格情報をコピーされて作られたその人格は清楚にして純粋、そして腹黒。
自らの姉が苦しむ姿に笑みを浮かべ、内心面白い玩具だと姉を完全に見下ろしているガリスであるが、それ以外に対しては基本的に良い人となる。
お手伝いや奉仕、貢献することに喜びを感じ、自らに与えられた知識を活用して他人の力となる。
そんなガリスは今まさにとある人物の力になろうとしていた。
「………ぅぅ………」
目の前に広がるは無数の焦げたパンケーキ。
材料である小麦粉にまみれながら、啜り泣くその人物はエルフナイン。
ガリスに料理を学びに来た心優しき子である。
「パンケーキ、ですか?」
セレナの私室を掃除していたガリスに突然お願いしたい事があると現れたエルフナインは願った。
パンケーキの作り方を教えてほしい、と。
「駄目……ですか?」
「いえ、それくらいならば喜んでお手伝いさせてもらいますが………何故パンケーキを?」
エルフナインの話を纏めると。
事の発端はマスターと錬金術の鍛錬をしていて、休憩時間に見たテレビに映ったパンケーキ専門店が原因であると語る。
色鮮やかな装飾や瑞々しいフルーツと共に映し出される美味しそうなパンケーキ。
エルフナインはその時錬金術の用意をしていて全部は見ていなかったのだが………
《わぁ♪美味しそうですね。こんなの食べてみたいですねー♪》
マスターの嬉しそうな一言を聞いたエルフナインは思った。
普段あまり力になれていない自分が役に立つ時が来たのだと。
だがエルフナインにはパンケーキを買いに行く為の手段も費用もない。
ならば、この手で作れば良いのでは?そう思い1人で挑んだパンケーキ作り。
材料も作り方も本を読んである程度覚え、これならばと挑んだのだが………
「実は………」
恐る恐るエルフナインが取り出したのは、辛うじてそれがパンケーキであったと言う事実を理解できるだけの黒い何か。
試しにフォークを刺してみるが、フォークを通して感じたのはパンケーキの柔らかな感触………ではなくザクッと硬い何かを突き破ったような音。
持ち上げるとポロポロと崩れ落ちるそれは、決して口に入れたいと思う物ではなく、逆にどうしてこうなったのかと追求したくなる程までにパンケーキとは異なる品と化していた。
「………これは強敵ですね」
パンケーキの作り方は単純で装飾とかに拘らなければ初心者向けの料理だ。
それがこうなる……教えると口にした以上仕方ないが、ガリスは待ち受ける困難に僅かに顔を歪ませるのであった。
そして今、どうしてこうなったレベルで悲惨な光景が広がるキッチンの惨状に頭が痛くなると頭を抱えるガリスであったが、原因を突き止める事が出来た。
エルフナインは完璧すぎるのだ。
材料も調理法も、教えた通りに完璧に実践してみせてくれている。
それはさながら錬金術の様だと感じ取れる程に完璧だ。
だがその完璧すぎる故に、トラブル等の流れを崩す出来事に弱い。
調理にはトラブルが付き物だ。
火の調整、材料の微量な分量ミス、時間の問題、数えればきりがない程に生まれてくるトラブル達。
そんなトラブルにエルフナインは対応出来ていないのだ。
1つのトラブルに慌て、それが引き金で次のトラブルを引き起こす負の連鎖。
それがこのパンケーキを真っ黒い何かへと変えてしまっていた原因だ。
これを教えて対応できるようになれば後は問題ないだろう。
……と言ってもそんな料理初心者であるエルフナインが対応できる様に指導するとなると、1日2日では難しい。
調理前、エルフナインは帰って来る彼女に食べさせてあげたいんです、と語った。
時計を見るが、残された時間は決して多くない。
「(マスターが御帰りになるまで後少し…今からエルフナイン様だけの腕では難しいですね)」
時間を考慮するとエルフナインだけだと1枚焼くのが限界だろうが、自分が手伝えば装飾とフルーツのトッピングも間に合うだろう。
仕方ないですね、と手伝おうと一歩前に踏み出そうとするよりも先に――――
「だ、大丈夫です!!1人で出来ます!!やらせてください!!」
聞こえたのは明確な拒絶。
驚くガリスに構う時間さえ惜しいのだろう、すぐに材料をボールに入れて掻き混ぜ始める。
そんな姿を見ながらガリスは思う。
自身でも分かっているだろうに、もう間に合わないと。
分かっているだろうに、手伝ってもらうべきだと。
しかしそれでも何故折れぬのだろうか。
何故頑張れるのだろうか。
そんなガリスの疑問に気付いたのだろうか、エルフナインは誰に言う訳でもなくただ呟く様に語る。
「――ボクは、少し前までは単なる無数に存在するキャロルのホムンクルスの1人でした」
目覚めた時に全てを理解した。
自身はキャロルのホムンクルスで彼女にとって駒でしかないのだと。
シャトーの建造を命じられ、来る日も来る日も完成に至る為に身を費やした。
それが
そんな時に、彼女と出会った。
出会いは最悪だったかもしれない。
無数のモヒカンアルカ・ノイズに追われたあの日は、今でもすぐに思い出せる。
……思わずトラウマに近い恐怖を感じる程に。
けれどもあの日、彼女に―――キャロルの弟子である名無しの彼女と出会った時からそれまでの時間とは違う時間が流れ始めた。
刺激的で、時には困惑させられ、けれどもとても楽しくて暖かい時間。
以前までには無かった、心地良い時間。
そんな時間をくれたのは、間違いなく彼女だった。
お礼をしたいってずっと思っていた。
けれども自身にあるのはキャロルから与えられた錬金術の知識だけ。
たったそれだけしかない自身に出来るお礼なんて、何もないんだって思っていた。
だからこそ―――
「今回だけは、ボクだけの力で完成させたいんです!!何もお礼が出来なかったボクがやっと見つけたこの恩返しだけは絶対に!!」
絶対の意志、とはまさにこの事だろう。
数を成して手慣れた動きで調理を進めていくエルフナインであったが、その動きは先程までと一緒。
これではまたトラブルが起きれば滅茶苦茶になるだろう。
「――――ふぅ」
やれやれ、ですねと息を吐く。
うちのマスターどれだけ愛されてるのやら……
まあ、それが私のマスターなんですけどねと微笑み、静観する。
叶うならばトラブルなんて起きずに無事に成功しますように、と願いながら―――
セレナが部屋に戻ると、待っていたのは笑顔のガリスとその後ろに隠れたエルフナイン。
そして机の上に置かれた―――ちょっと焦げたパンケーキ。
蜂蜜を塗っているのだろう、甘い匂いとパンケーキの食欲をそそる匂いと合わさり、何とも言えない食欲が込みあがる。
「あの、これって…」
「まあまあ、とにもかくにも食べてくださいな♪」
ガリスに背を押され、腰を降ろしてパンケーキへと向き合う。
見た目はちょっと焦げているが漂う匂いはその見た目を十分に補う程の良さ。
ナイフで切り、フォークで口元へと運ぶ。
ゆっくり、ゆっくりと、運ぶ。
ガリスの背にいるエルフナインから向けられた視線にこのパンケーキの正体に気付きながら、それを食べた。
「―――ッ!!」
思わず唸る様に言葉にならない声をあげる。
それをエルフナインは悪い方に捉えたのだろう。
慌ててティッシュを持って来ようとしたが、それをガリスは黙って留めた。
だって、そんな事をする必要なんて―――
「美味しい!!これすっごく美味しいよ!!」
――――ないのだから。
「…まさかエルフナインさんがあの時の言葉覚えてくれてたなんて」
調理で疲れていたのだろう。
パンケーキを食した後、少しの会話の後にまるでスイッチが切れる様に寝てしまったエルフナインを膝に寝かせ、その髪を優しく撫でる。
その身体からはパンケーキの良い匂いがしますね、と微笑んでしまう。
「はい、マスターにお礼したいんだって、ずっと頑張ってましたよ」
そんなエルフナインに毛布を掛けながらガリスが答える。
ガリスとて嬉しい気持ちだ。
エルフナインに教えた料理が上手く出来、それをマスターが褒めてくれた。
嬉しい、とても嬉しい限りだ。
だからこそ――――心が痛む。
「マスター、本当に…エルフナイン様には全てを内緒にされるのですか?」
セレナが計画に参加する事になってすぐに師匠に呼び出され、ある条件を突き付けられた。
≪エルフナインには計画の事も、現段階でエルフナインが知っているお前の情報以上の情報を与えるな≫と。
それ故にエルフナインは知らない。
セレナが既に名を取り戻している事を、エルフナインでさえ知らないキャロルの計画にセレナが加担している事を、知らないのだ。
せめて名前だけでも教えてあげたい、と一度師匠に願ったが却下された。
≪お前が苦しむだけだ≫とだけ言われて……
「…本当は全て話しちゃいたいけど、それは許されないから」
エルフナインに求められる役割が何のかは分からない。
けど、何となくだけれども察していた。
きっと何時かこの子と別れる時が来たら、次に会う時は敵になるんだ、と。
そしてそれは決して遠くはないんだとも……
「…だから今だけは、今だけでも……」
いずれ来る別れが少しでも遠のくように、少しでもそれまでを大事にする様に、セレナは眠るエルフナインを優しく撫でるのであった。