セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
―――この世の誰もが忘れても、私だけは絶対に忘れるものか―――
研究所の傍に作られたセレナの粗末な墓を前に誓った決意を思い出す。
あの子を、セレナを、他の誰もが忘れても私だけは絶対に忘れないと誓ったあの日を、思い出す。
―――今でも思い出す事が出来る―――
マリア姉さんと甘えてくる姿を、
髪を整えてあげると嬉しそうな笑みを見せてくれた事を、
2人仲良く歌を奏でたあの頃を、
思い出せる、思い出せる、思い出せる。
マリア・カデンツァヴナ・イヴにとってこの記憶は決して色褪せる事のない永遠の想い出だ。
思い返す度に胸が温かくなり……辛くなる想い出。
あの子がいたから辛い研究所の生活を耐える事が出来た。
セレナを守らないといけないと言う想いがあったからこそ耐える事が出来た。
―――けれども失われた―――
燃え盛る炎の中、ネフィリムの暴走を止める為に絶唱を奏で、血を吐き、血涙を流し、傷つきながら、炎に飲まれたセレナの姿がこの胸に刻まれた、最後の姿。
――幾度後悔しただろうか。
何故あの時手を伸ばさなかったのか、と。
何故あの時ほんの少し勇気を振り絞らなかったのか、と。
何故、代わりに私が死ななかったのか、と。
大好きだったセレナ。
私の全てで、私が絶対に守らないといけなかったのに、私は―――見殺しにした。
助ける事が出来たのに、救えたのに、誰も助けてくれないと分かっているのに助けを求めて、その挙句に―――
死ぬべきは私だったんだと思った。
あの時、私が犠牲になるべきだったんだ、と何度も思った。
この身を犠牲にしてでもあの子を助け出すべきだったんだ。
あの子は、最後の最後まで私を信じていたのに、それなのに―――!!
一度、たった一度だけだが教会に行った事を思い出す。
自らの妹を見殺しにした私に神様が見向きもしないと分かっていたけれど、それでも願ってしまった。
―――セレナにもう一度会いたい、と―――
「――――――――せ――れ――――な?」
向かい側の通路を駆けるその姿を、懐かしさを抱かせるその姿を、誰が間違えるだろうか。
その髪を、その瞳を、その顔を、その姿を、
誰が、間違えるだろうか。
「マリアさん?そろそろ開幕で―――ってマリアさんッ!!?」
駆ける、駆ける、駆ける。
走り難いステージ衣装をもどかしく感じ、通路に置かれた物全てが邪魔だと感じ、駆ける。
「―――ッ!!待って!!ねえ!!待ってッ!!!!」
此方に気付く様子さえなく、彼女は先へ先へと進んでいく。
その姿に追い付く様に必死に駆け、おかしくなるのではと思う位に腕を伸ばす。
駆ける、駆ける、駆ける。
ライブとか計画とか、そんな物が吹き飛んでしまいながらマリアは駆けた。
「お願いッ!!待ってッ!!」
振り絞る声、悲鳴を上げる身体。
それがなんだ、それがどうした。
今目の前にあの子がいる、伸ばせば届く所にあの子がいるんだ。
声?勝手に枯れ果てろ、身体?勝手に砕けろ。
今こそ全てを投げ打たなくてどうする。
伸ばす、伸ばす、伸ばす。
あの子を求めて、失ったあの子を求めて、伸ばす。
「――セレナッ!!!!」
扉を開ける。
気付けばかなりの距離を駆けていたのだろう。
スタッフ専用通路から駆け出る様に出た先は、会場の入り口。
周辺にいた観客らしき人達が此方を見て騒ぎ立てるが、そんな事どうでもいい。
探す、ひたすらに探す。
あの子を、セレナを見つけ出さなくてはと探す。
≪マリア、どうしたのです。もうライブの時間が――≫
「マムッ!!今、今居たのッ!!あの子が―――セレナが居たのッ!!」
≪――――なに…を………何を、言っているのですかマリア≫
「だから居たのッ!!あの子が、セレナが居たのッ!!ついさっきまで眼の前にッ!!」
マムとの通話をする時間さえ惜しみながらその姿を探す。
向けられるカメラの光さえ鬱陶しいと感じながら、セレナを探す。
群がる民衆を押し退け、歌姫マリアとしての役割を完全に破棄しながら、探す。
≪――落ち着きなさいマリア。それは幻――≫
「幻なんかじゃないッ!!確かにいたのッ!!眼の前に、あの子がいたのッ!!」
そうだ、確かに居たんだ。
あの子は、セレナは確かに居たんだ。
幻でも幻想でもない、私が間違える物か!!
他の誰もが間違えても―――私だけは間違えるものかッ!!
「どこッ!?どこなのセレナッ!!」
いない、いない、いない。
さっきまでいたんだ、手が届きそうになる程近くにいたんだ。
居るはずだ、絶対にいるはずなのに―――!!
≪―――いい加減にしなさいマリアッ!!忘れたのですかッ!!あの日、ネフィリムの暴走を止める為に命を燃やしたあの子を…あの子の最後を忘れたのですかッ!!≫
―――マムの叫びに近いその声に、高まる感情が一気に冷めていくのを感じた―――
思い出す、あの日を、
炎に飲まれ、死体さえ残らずに、唯一残ったのがネフィリムとセレナのアガートラームだけだったあの日を………
切歌と調、そしてマムと一緒に誰も眠っていない粗末な墓を作ったあの日を、思い出す。
≪――計画前で緊張しているのも分かります。ですが……あの子は、セレナはもういないのです≫
――思い出す――
泣き崩れる調と切歌を、声も無く静かに涙を流すマムを、
セレナの死を受け入れられずに、粗末な墓の前でただ涙を流し続けるしか出来ない無力な自分を、思い出す。
≪……マリア、貴方にどれだけの負担を掛けてしまっているのかは理解しています。その負担が貴方を苦しめているのも…分かっています。けれども、私達は成さないとならないのです。正義では守れない人達を守る為に、あの子の死を無駄にしない為に≫
―――そうだ、そうだった―――
あの子は、セレナはもういないんだ。
もう、いないんだ。
「……ごめんなさい、マム。すぐにステージに戻ります」
駆け寄って来たスタッフ達の案内で進んで来た道を戻る。
理解していた、分かっていた。
あの子は死んだのだ。
もういない、生きているはずがない。
先程見たのは幻だったのだろう。
今から始まる罪の意識が見せた、幻でしかなかったのだ。
「―――――セレナ」
最後に、振り返る。
多くいる民衆の中にその姿はなく、マリアは気持ちを切り替える様に、歌姫マリアを演じる。
「――皆!!今から始まる私のステージを楽しみにしていてくれッ!!」
歓声が沸き上がるのを背にマリアは進む。
歌姫マリアの最後の道を、フィーネマリアの始まりの道を、進む。
「…ッ!!はぁ…はぁはぁ……」
ビックリしたな、とセレナは乱れる呼吸を整えながら騒ぐ観客達を見つめる。
スタッフ専用通路でキャロルに帰還するのが遅れる事を告げ(忙しかったのかそうか、とだけ返答されました)客席に戻ろうとして迷子になってしまい、ひとまず道なりに進めば辿りつけるだろうと進んでいたら――急にあの人に追いかけられた。
スタッフ専用通路を勝手に歩いている此方が悪いのだけれど、捕まったりしたら未来お姉さんに迷惑を掛けてしまうと全速力で逃げてしまいましたが……何とかバレずに済みました。
「あの人…私のステージって言ってましたよね?さっきのパンフレットにあった海外で有名な歌姫って、もしかしてあの人の事なんでしょうか…?」
考えてみれば確かに衣装とか如何にもって感じでしたし、それに美人でした。
あんな美人の大人になりたいなぁ…と考えている間にライブが始まる時間が迫っているのに気付き、慌てて観客席へと向かおうとし、
「………?」
胸の奥に感じたもやもやとした感情に首を傾げながら、急いで向かう。
終わりと始まり、2つの意味を持つステージへと―――
まだだ――愉快するのなら徹底的にやってやるデス―――(笑顔)