セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
「ちょ、ちょっとキャルちゃんッ!?」
困惑する未来お姉さんの声。
引っ張る腕から伝わる戸惑う感情を感じ取りながら、私は脚を止めずに駆ける。
弓美お姉さん、創世お姉さん、詩織お姉さん、全員が一緒に付いて来ているのを確かめ、会場出口へと駆ける。
此処に居ては危険だから―――
「(ノイズが偶然出現したにしては全てが狙い過ぎている!恐らくこれは!!)」
咄嗟的に脳裏によぎったのは、先の岩国で起きた一件。
まるで演出の様なノイズの出現、そして命令されているかの様に統率された動きに、ノイズの本能である人類種に対する敵対行動の動きが全く見られなかった事。
これらと繋がるのは、ただ1つ。
ドクターウェル、そして彼が奪ったソロモンの杖だ。
ノイズを操るあの杖があるのであれば、このノイズ出現にも納得がいく上に演出されたノイズ出現後のマリアの発言と動き。
この2つの要因が重なれば、誰にでも理解できる。
―――マリア・カデンツァヴナ・イヴとドクターウェルは味方、または協力関係にある―――
この状況がその証拠だ。
実際、通路に設置されている生配信映像からも彼女がノイズを操る力を以て全世界に対し国土の割譲を要求しているのがそのまま放送されている。
彼女は言った、ノイズを操る力だと。
そんな事が出来る物なんてこの世に1つしかなく、それを持つのはあの男しかいない。
―――確定だ。確定してしまった。
「―――ッ!!最低、ですッ!!」
少しでもあんな女性に憧れを抱いた自らに怒りが込みあがる。
ドクターウェルの目的は未だに不明であるが、その為に自らをノイズに襲撃させる自作自演を作り上げ、それに巻き込まれた多くの無関係の命を奪った男。
失われた命が、奪われた家族の悲しみが、怒りとなってセレナの胸を焦がす。
その怒りは同時にマリア・カデンツァヴナ・イヴへも向けられる。
あの男と手を結んでいる、それだけでセレナが怒りを抱くに十分な理由となった。
そこにどんな理由があろうとも、だ。
叶うのであれば、今すぐにあの男を捕まえてやりたいと思うが、今は彼女達の避難を優勢して出口へと向かう。
せめて彼女達だけでも無事に逃がしてあげなければ!
「皆さん後少しで出口ですッ!!」
ひとまず、今の会場内よりかはまだ外の方が安全だ。まずは彼女達を外へと逃し、そこから師匠に連絡を取り対策をーーと駆ける中で必死に考えるセレナ。
しかし出口に近づくに合わせて、見えてきた光景に思考を中断せざるを得なくなる。
「はぁはぁ…きゃ、キャルちゃん?どうした―――」
《静かに》
口に指を当て言葉なくそう伝えると同時に出口を指さす。
恐らくは脱走防止の見張りだろう。数こそ少ないがノイズが数体確認できる。ドアを背後に会場内を見張る様に動くノイズの姿に、背後から息を飲む声が聞こえる。
横目で振り返れば、顔色が恐怖で青くなり、全身が震えているのが分かる。
それも当然だ。数こそ少ないがあそこにいるのはノイズ。
人類だけを殺す事だけに特化した認定特異災害ノイズなのだから、その恐怖は必然だ。
「(…ファウストローブかシンフォギアを纏えれば……)」
この状況を打破する術はこの身にある。
しかしそれを止めるのは後ろにいる守るべき人達。
彼女達に見られる、それは絶対に避けねばならない。
師匠の計画を邪魔しない為に、そして――友人を失いたくない為に、
「(だったら、方法は1つですね)」
幸い此処から出口まではさほどの距離が無い。
僅かにでも引き離す事が出来れば脱出は容易であろう。
その為にも、セレナは一度深呼吸をしてから、指だけで言葉なく伝える。
私が囮になって時間を稼ぎますからその間に皆さんは外へ、と。
その意味をいち早く察してくれたのは未来であった。
彼女もまた指だけで言葉なくそれはいけない、囮になるのなら私が、と伝えてくる。
それがどれだけ危険なのかを理解しているのに―――
「(嗚呼…本当に優しい人ですね)」
セレナは心から思う。
この人と知り合えた事を、あの日縁を結べた事を、友達になれた事を、嬉しく思う。
彼女がいるおかげで迷いが少しだけ振り切れた、信じる事の大事さを教えてもらえた。
だから―――守りたい。
いずれは切れる縁かもしれないけれど、それでも結べている間は守ってあげたい。
だから――――
「―――ッ!!はーいッ!!!!こっちですよ――――ッ!!!!」
セレナは駆ける。
大声を出し、自らに視線を集め、その使命を果たさんと迫るノイズの群れを背に駆ける。
「キャルちゃん!!」
小日向未来は手を伸ばす。
年上である自分が守らないといけないはずなのに、上手く動かせない脚にもどかしさと怒りを感じ、別の通路へと去って行くキャルに手を伸ばすだけしか出来ない自らに悔やみながら、届かぬ手を伸ばし続けた。
そして実感する、己の無力さを、守られるしかない弱い己を、
そして想う、この身に力があれば、守る事が出来る力があれば、
この日、確かに小日向未来の胸中にはその想いが芽生えたのであった。
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「――――ふぅ」
周りを囲むのは灰となったノイズ達
その中心でセレナは身に纏ったファウストローブを解除し、安堵する様に息を付く。
あれから暫く駆けたセレナは周囲に人も監視カメラの類も無い事を確認し、ファウストローブを纏い、ノイズと戦闘を開始したのだが、ファウストローブさえ纏えればノイズなど敵でもなく、瞬く間に殲滅する事が出来た。
「…未来お姉さん達、無事に脱出出来てたら良いけど…」
周囲を見渡すが、完全に見覚えのない場所にまで来てしまったらしい。
傍に貼られている会場案内図によれば出口からは距離がある。
此処から戻れなくもないが、これからどう動くにしてもファウストローブかシンフォギアの力は必要となる。
その際に彼女達が傍に居ては使用する事が出来ない上に、彼女達をノイズとの戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。
安否こそ気になるが、今は近づくべきではないと判断する。
ひとまずは師匠と連絡を取るべきだと錬金術を起動させようとして―――それは聞こえた。
鳴り響く戦闘音。
映像は既に中断され、聞こえるはずのないそれが聞こえる。
もしやと案内図に視線を向けると――此処から会場までさほどの距離がない。
確かにこの距離であれば聞こえても可笑しくはないだろう。
「……翼お姉さん」
風鳴翼とセレナの間には深い関係はない。
1度、たったの1度だけ共に遊んだ、ただそれだけの関係だ。
ショッピングモールを歩き、ゲームセンターで遊び、カラオケで歌を歌っただけ。
けれどもセレナはその一度だけで知ってしまった。
歌姫の彼女とは違う風鳴翼と言う人間を、
冷たい外見とは裏腹に心優しい人間であると言う事を、
ショッピングモールでは愛らしいぬいぐるみに笑みを浮かべ、響によってプライベートでは中々にズボラである事を明かされると真っ赤になって怒ったあの顔を、
カラオケで歌ったあの歌声を、心の底から歌が好きであると誰にでも分かるあの歌声を、魅了されてしまったあの歌声を、思い出す。
そして今、そんな大好きな歌を歌うべき場所で彼女は剣を手に戦っている。
たった1人で、戦っている。
「――――――――」
―――分かっている。
今からしようとしている事がどれだけ師匠に迷惑をかけるのかを、どれだけ計画に支障を出してしまうかを、理解している。
それでも、足は止まらない。
友人、と呼べる程深い関係ではない、
むしろ彼女が私を覚えているのかさえ分からない。
それでも彼女と結んだ縁はこの胸に確かにあるのだ。
たった一度だけでも、されど一度だけでも、だ。
だったらーーー見捨るなんて出来る筈がなかった。
「………ごめんなさい師匠」
セレナは小さく謝ると、また駆け始める、
向かう先はーーー決まっていた。
ナツカシノメモーリアー カウント3