セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話   作:にゃるまる

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第65話

衝突してしまった人物――雪音クリスを前にセレナは硬直してしまう。

彼女が転入生としてリディアンに来ているのは知っていた。

だが広い敷地に多すぎる生徒、よほどが無ければ出会う事はないだろうと高を括っていたのが運の尽きだろう。

現に目の前に彼女はいる、いてしまった。

どうしよう、そう焦るセレナであったが、不意に今の会話に違和感を抱く。

 

「(あれ…今、私の事をキャルって…)」

 

それは可笑しい。

今の私は師匠から貰ったこの装飾品がある限り、そこに内蔵されている術式によって≪大人の私≫に見えているはずなのに、その姿を見ているはずの彼女はキャルだと言った。

 

―――まさか―――

 

浮かび上がった可能性を確かめる様に胸元に手を持って行けば、そこに装飾品の姿はない。

何処へ、咄嗟的に周囲を確認すればそれはさほど離れていない所に落ちている。

先程の衝突の際に外れてしまったのだろう。

決して遠くはない、手を伸ばせばすぐに届く。

実際見つけた安堵感から手は自然とそれを掴もうと伸びていた。

だが――――

 

「雪音さーん!!」

 

聴こえてきたのは数人の女性の声。

見てみると制服を着た学生が3人ほどクリスが駆けて来た道から此方へと迫ってきている。

どうしたのだろう?と疑問を抱きながらも装飾品を回収しようとして――――その手をガッシリと掴まれた。

 

「え?―――え、えええええええええ!!!!」

 

何故急に手を?と言う疑問が言葉になるより先にセレナの手を掴んだクリスが再度駆け始める。

当然な事に装飾品は回収できず、段々と遠く離れていくそれに無意味に手を伸ばしながらも、倒れてはいけないと彼女の駆ける速度に合わせて此方も駆ける。

 

「く、クリスさん!?い、いきなりどうしたんですか!?」

 

「巻き込んじまってわりぃけど、今はそれどころじゃねえんだ!!とにかく逃げねえと!!」

 

逃げるとは……後ろの彼女達からだろうか?

クリスの駆ける脚は速い、流石は日頃から装者としてノイズと戦っているだけはある足の速さだ。

だがそんな速さに追いつけはしないが、離れる事もなく追いかけてきている後ろの学生達の足の速さも凄いと言うべきだろう。

 

「雪音さーん!!お願いだから待って!!」

 

「ちょっとだけだから!!ちょっとだけだから!!」

 

「恥ずかしくないからー!!」

 

―――何でしょう、彼女達の言動から察すると、とても良からぬ気配しかしないです、とセレナは首を傾げる。

しかしとセレナはこの状況をどうした物かと考える。

師匠の術式が込められた装飾品は遥か後方ですし、そもそもクリスさんが手を放す気配を見せません…

かと言ってこのまま一緒に逃避行、なんてすると装飾品の回収が夢のまた夢になってしまいます。

…無くしたとか言ったら絶対に師匠キレますし……これは、仕方ないですよね。

 

「――――」

 

小声で紡ぎ起動するは簡単な錬金術。

床の材質を簡易変換し、クリスさんの脚に引っかかる様に小さな窪みを生成する。

そんな窪みに気付く気配さえなく全速力で駆けるクリス。

結果は――ー予想通り。

 

「ほぇ!?」

 

見事に窪みに脚が引っ掛かったクリスがバランスを崩し、転倒しようとする。

しかし怪我をさせるつもりまではなく、倒れそうになるクリスをセレナは精一杯の力で引き上げ、その勢いで此方側に向けて倒れるクリスをセレナは受け止めた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「お、おう。わりぃな…」

 

――年下の少女に受け止められる年上の女性――

それもお互いに顔が近いのもあってか、どこかいけない雰囲気を醸し出している。

そんな光景を前に、追い付いてきた女学生達はどこか顔を赤らめながらも感動する様に拍手を送る。

何故か拍手を送られている事に困惑するセレナであったが、視線が此方に集中している事にこれ幸いと再度錬金術を起動し、窪みを戻しておいた。

 

「って、そうだった!!お願い雪音さん!!もう時間がないの!!」

 

完璧に戻った窪みにこれで証拠隠滅出来ましたと安堵している間に、クリスは3人の女学生に囲まれる。

顔を真っ赤にしながらもやだ、とか断る、とか言っているクリスとそれでもなお懇願する女学生達の話を纏めてみると……

 

「えっと、つまりは皆さんはクリスさんにカラオケ大会に参加してほしい、けれどもクリスさんは恥ずかしいから嫌だ、と」

 

「恥ずかしいからじゃねえ!!」

 

何時の間にかごく自然と両者の仲介役になっている事に自分自身でさえも困惑するが、やってしまったからには仕方ないとセレナは両者の言い分を纏めていく。

学生達からすればクリスが日頃から歌を楽しそうに歌っているその姿とその歌声さえあれば優勝間違いなしなので是非とも出てほしい。

だがクリスからすれば照れくささと恥ずかしさが前に出てしまい、参加したくない、と。

 

「お願い雪音さん!!雪音さん本当に楽しそうに歌うから絶対に楽しんでもらえるって思ってるの!!だからお願い!!」

 

「だ~か~ら~!!あたしは今それどころじゃねんだって!!」

 

「雪音さんどこか行きたい出店とかあるんですか?」

 

「え、あ~いや…そうじゃなくて……と、とにかく無理なもんは無理なんだ!!」

 

揉める両者の様子を見て、セレナは嗚呼、とクリスの言いたい事を理解する。

恐らく彼女はフィーネと言う敵が出現し、自分達しか戦える力がないのにこうして日常を過ごす事に抵抗があるのだろう。

こうやって日常を過ごしている間に犠牲になっている人がいるかもしれないのに、自分達はこうして日常を過ごしても良いのか?と。

 

「(……分かるなぁ、その気持ち…)」

 

セレナとて、いずれは彼女達と敵対する日が来る事を理解している立場だ。

立花響と、風鳴翼と、雪音クリスと、争う日は絶対に訪れるだろう。

それがさほど遠くも無い、と言うのも理解している。

それなのにこんな日常を過ごすのに抵抗が無いのか?そう問われれば――答えはNOだろう。

抵抗なんてあるに決まっている。

こうして笑顔で過ごし、共に笑い、共に遊び、共に時間を過ごして来た相手にいずれは剣を向けねばならないのだから。

これで抵抗を感じるな、と言う方が無理だろう。

日常を過ごす度にセレナの胸に後悔と疑問が募る。

辛くなるだけだと、苦しくなるだけだと、そう理解しても何故日常を過ごすのか?と。

幾度も抱いた想い、幾度も感じた疑問。

それは募りに募り、セレナの心を埋めていった。

 

 

 

 

 

それでも―――セレナはそれでも日常を過ごす。

いずれこの記憶が辛い想い出となろうとも、いずれこの想い出が辛い枷となろうとも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、間違いなくセレナと言う人間が得た想い出だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛い事も悲しい事も、楽しい事も嬉しい事も、

選んだ選択も、選んだ答えも、

全てがセレナと言う人間が生き、経験し、得た想い出(証明)

それが残る事はきっと、そうきっととても大事な事だから―――

だから――――

 

 

 

「――クリスさん、私からもお願いです。出ましょうよ、カラオケ大会」

 

 

 

この世界に生きた証を刻む様に、この世界に生きたと言う証拠を残す為に、

セレナは、抱える感情と共に日常を過ごせるのだ。




セレナ…お前、消えるのか(困惑)

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