セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 作:にゃるまる
――思えばあの異形を死神と呼んだのは、理解していたからだろう――
絶対の強者として大地に君臨し、
見る者から勝利と言う幻を呆気なく奪い去り、
本能から嫌悪感を抱くその姿に、
心の奥底から理解していたのだろう。
―――≪あれ≫と≪人間≫では≪世界≫が違うと―――
光
光が爆ぜる。
何物も何人も関係なく包み、壊す、破壊の光。
あの光の前では全てが平等。
善人も悪人も、子供も老人も、有機物も無機物も、全てが関係なく平等に――壊される。
そこには≪破壊≫と≪慈悲≫しかない。
己の前に立つ敵に対する死神のせめてもの慈悲。
圧倒的実力の差を理解出来ぬ愚か者に捧げる破壊と言う名前の慈悲。
苦しみも、死への悲しみも、現世への名残も、全てを抱かせる事なく破壊する死神の慈悲。
それが死神が見せた≪優しさ≫であった。
「……………」
無音、二課を包む圧倒的絶望を前に誰もが口を閉じる、閉じるしかなかった。
装者達の全力を込めた一撃、それは確かに死神に命中し、勝利となるはずであった。
―――だが、そうはならなかった。
迫る攻撃を前に死神は右手に出来上がろうとしている何かを掲げ―――そして、光が爆ぜた。
破壊の光が、慈悲の光が、装者を、大地を、全てを……破壊した。
装者の状態を確認している機器からはどれも警報音を高々と鳴らしている。
画面に表示される装者の状態はどれもが――最悪。
今すぐに救急搬送して処置を受けねばならない重症ばかりだ。
幸いな事はシンフォギアが持つ防御機能のおかげで3人とも即死とはなっていなかった事だ。
だが、それを幸いと思えるのは…恐らくこの場にいる人間達だけだろう。
≪ああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!≫
クリスの悲痛な叫び声が通信機越しに二課に鳴り響く。
右足関節から突き出ている骨と全身の怪我から流れ出るおびただしい出血と激痛が彼女を叫ばせる。
光が爆ぜる直前、クリスは本能的にリフレクターを起動させていた。
光の威力にリフレクター自体はすぐに崩壊したが、それがクリスへのダメージを減らしていた。
だが―――減らしてもこれなのだ。
残る2人は―――
≪―――――――≫
≪―――――――≫
2人の通信機から聞こえるのは――無音。
激痛への叫び声も、苦しみ悶える声さえ、何も聞こえない。
機器が知らせる異常、そして無音。
最悪の可能性、そこに至る事でやっと弦十郎は意識を取り戻した。
「―――ッ!!すぐに響くんと翼の状況確認をッ!!藤尭ッ!!使える火器を全て起動させてあの死神目掛けて攻撃させろッ!!僅かでも良い、奴の注意を此方に逸らさせろッ!!その隙にクリスくんを回収させるんだッ!!」
弦十郎の咆哮に近い指示にやっと二課が再起動し始める。
それぞれが与えられた役割を果たし、状況の改善が起きると信じて動き始める。
だが同時に想っていた。
どうにもならない、と。
「―――――ッ――――ぁ―――」
風鳴翼は剣を支えに震える身体で立ち上がっていた。
頭部から流れるおびただしい血液、腹部に刺さる瓦礫の破片、だらんと垂れ堕ち動かせない右手。
重症だ、これ以上の戦闘行為どころか動く事さえも命の危機となるだろう。
幸いな事にシンフォギアの防護機能が破片をギリギリの所で押し止めてくれたおかげで、臓器に至っていない事だろう。
だがそれが最後の幸いだ。
あの光によって通信機は破損、その身は既に重症であり動く事さえもやっとの限界状態だ。
なれど、風鳴翼は歩む。
剣を支えに、一歩、一歩と幾度も崩れ落ちそうになりながらも前へ前へと進む。
歩み度に血は流れ、歩む度に腹部の破片が揺れ動く。
それでも尚も歩み続ける。
「―――わ―――た――し―――は……わ…たし、は……」
その視線の先には、死神。
ガングニールを、天羽奏のみが持つ事を許された白い撃槍を手に佇む死神。
震える足取り、なれど怒りを込めた眼で死神を睨みつけながら翼の脚は止まらない。
大地を踏みしめ、友の歌を、友の擊槍を、好き勝手に扱う死神に向けて防人が吠える。
「―――わたしは………私は防人ッ!!…この國を、人々を、そしてーーー友を守る剣だッ!!」
頭から、口から、腹部から、全身から、
ありとあらゆる所から血液を流しながらも翼は死神へと剣を向ける。
闘った所で勝機など欠片も無いと理解しながら、そしてもしもそれでも勝機を望むのであれば―――
「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」
―――命を燃やす歌しかないだろう。
「――――ッ!!この歌声…それにこの歌って…!!」
痛みに苦しみながら、何とか応急処置を施していたクリスの耳に聞こえてきたのは、自らが先輩と呼び慕う女性の命を燃やす歌。
いけない、動かせない右足を激痛に耐えながら無理やり動かして歌声の先へと急ぐ。
「駄目だ駄目だ駄目だッ!!やめろ先輩ッ!!今そんなの歌ったらッ!!」
血液が巻いた包帯を呆気なく赤く染めてゆく。
常人であれば―――否、誰であろうが気絶しても可笑しくはない激痛。
それをクリスは歯茎が壊れそうなまでに噛み締めて耐えながら歌声を阻止せんと急ぐ。
「――――――ッ!!翼ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
叫び声を聞いた。
悲痛な叫び声を、可愛い後輩の叫び声を聞いた。
「(―――やっと名前で呼んでくれたか)」
分かっている。
この重症の身体で絶唱を歌えばどうなるか…分かっている。
だがもはやこれしかない。
この異形は――此処で仕留めなければならない。
あの異形を生かしておけば世界の禍となる。
この国と、守るべき人々の、そして友の禍となる。
大勢の人が死に、多くの大地が破壊される。
それを防げるのであればこの命を燃やす事も―――躊躇しない。
「(冥土への道、私と共に逝ってもらうぞッ!!)」
命を燃やす悲しき歌が戦場に鳴り響く。
その果てにあるのが自らの死だと理解していながらも翼の悲しい歌声が戦場に鳴り響き、そして――――
歌が、止まった。
高まったフォニックゲインは散り、命を燃やしていた歌は止まる。
否、止まらざるを得なかった。
≪―――――――――≫
眼が、向いていた。
向けられた赤い眼が、無感情のまま向けられたその瞳が、圧倒的力の差を嫌でも叩き込んでくるその瞳が、
風鳴翼の絶唱を止めた。
「――――――――――――――ぁ」
想えば、想えばそうだったと翼は気づく。
この死神は戦場に現れてから一度たりとも―――――
私達に視線を向けただろうか?
否、否、否だ。
戦場に現れた時も、あの化物を一撃で仕留めた時も、奏の歌を歌った時も、奏のガングニールで破壊した時も―――死神は一度たりとも私達に目を向けてさえいなかった。
だから、思えたんだ。
勝てる、と。
勝機はある、と。
諦めなければ絶対に、と。
―――だが、違う。
知らなかっただけなのだ。
あの瞳を向けられると言う事を、あの死神に≪敵≫と認められる事の意味を、知らなかっただけだったのだ。
目を向けられて――≪敵≫として見られて分かった。
奴にとって≪敵≫ではない私達は、虫でしかないのだ。
足元を見れば幾らでもいて、その時の気分で殺したり生かしたりするだけの弱弱しい脆弱な存在でしかなかったのだ。
「――――は…はは……」
理解する、理解する、理解する。
≪あれ≫と私達は――違う。
力が、存在が、世界が、違う。
どう足掻いても、どうもがいても、どうやっても、勝てないのだ。
勝てると言う想いを抱く事こそ間違いだったのだ。
≪――――――――――――――≫
乾いた笑みを浮かべる翼に、死神は思ったのだろう。
嗚呼、これは≪敵≫じゃないと。
定める視線は翼を無視し、この場において最も警戒すべき相手に―――獣であった者に向く。
光のダメージによって暴走状態が解除されたのだろう、2人に比べれば軽傷でこそあるがそれでも一般的に見れば重症レベルの負傷を負った気絶したままの立花響にガングニールの矛先が向けられる。
集うは光、先程のそれと全く同じ光が矛先に集い、立花響へと向かって放たれんと収束している。
確実に、正確に、決定的に、殺す為に―――
集まる光を前に立花響は目覚めない。
受けたダメージが、そして誰も知る由もない内部で侵食するガングニールが、彼女から体力を奪い、目覚めるきっかけを奪い去る。
集う光、それはある程度の大きさとなって立花響目掛けて放たれんと槍が振り下ろされようとして―――――――
「ああもうくそったれッ!!こんなんあたしの役割じゃねぇってのにッ!!合わせなさいなガリスッ!!」
「合わせるのはお姉さまですよッ!!!!」
突如聞こえて来た第三者の声と共に、死神に膨大な量の水が襲い掛かった。
忘れた頃にやってくるー