セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話   作:にゃるまる

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第86話

 

「……来た、来た来た来た来たぁぁぁぁぁッ!!やはり来てくれましたかぁぁッ!!貴女を待っていたんですよぉぉぉ!!!!」

 

F.I.S.が保有するヘリ、そのコクピットにおいて男は――ドクターウェルは歓喜する。

待ちに待った存在が、今この瞬間小日向未来が放った一撃を無数の黒い手で喰い止めている仮面の少女が現れた事に歓喜する。

傍でマリアが困惑とした表情をするが、今の彼にはそんなことどうでもいい。

すぐに彼の手は機材へと延びる。

観測機器が彼の指示通りに彼女のデータを観測、数値へと変換して画面へと表示する。

映し出された数値はマリアには理解出来ない物で、彼が何をしようとしているのかは一切分からない。

けれども1つだけ分かる事もある。

それは―――

 

 

 

 

 

「やはり…やはりだッ!!僕の想像通りだッ!!やっぱり彼女とあの死神は―――ふふ、ぐふふふふッ!!」

 

 

 

 

 

――まともな事ではない、それだけははっきりと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面の少女―――セレナはキャロルの薬で多少和らいだ全身の苦痛をなんとか堪えながら、眼前に迫る光に向けて無数の黒い手を差し向け続ける。

反射する物さえあれば彼女の視界範囲でこそあるが何処でも幾らでも呼び出し、そして一度捕まれば脱出は困難となる力と切っても千切っても再生して見せる圧倒的な再生力を以てマリア達F.I.S.の装者達を苦しめた黒い手。

セレナが持つ純粋な力においては恐らくトップの実力を持つ黒い手。

二課からもF.I.S.からも危険視されているその黒い手は―――小日向未来の光の前に次々と≪消失≫していった。

 

「――――――――ッ!!!!」

 

再生する事もなく、光に消されていく黒い手。

セレナは理解する。

魔を払う力を持つ神獣鏡と黒い手を操るニトクリスの鏡。

恐らく――いや、間違いなく相性は最悪だと。

あの光に接触した時点で黒い手が次々と崩壊し、消失していく。

今は圧倒的な数を以て耐えているが、恐らくすぐに崩壊するだろう。

 

「(耐えるのは不可能…でしたらッ!!)」

 

耐えきれない、そう判断したセレナは大量の黒い手を呼び出し、それらを一斉に光へと差し向けると同時に後方へ駆けた。

背後で黒い手が次々と光に飲み込まれて消失していくのを感じ取りながら、彼女が向かうのは――突然のセレナの出現に困惑する雪音クリスと軍人数名の下。

耐えるのが不可能であれば避けるしかない。

だがクリスも軍人達も見捨てる事等出来ないと全速力で駆ける。

 

「な、なんだぁッ!?」

 

「動かないで下さい!!」

 

すぐそばに居たクリスを抱え上げながら黒い手を呼び出す。

船の横に設置されていた緊急用の脱出ボート、それを繋ぎ止めていたローブを引き千切らせ、海へと放り投げた後にその脱出ボート目掛けて次々と軍人達を放り投げていく。

出来るならば丁寧に降ろしてあげたいが、余裕が無い現状では止む無しと内心謝罪しながら軍人達を放り投げるが、同時に彼女の背後を守護していた黒い手の壁が崩壊した。

 

「ッ!?おいやべぇぞ!!」

 

抱え上げた体勢のおかげか、いち早く黒い手の壁が崩壊した事に気付いたクリスが叫ぶ。

近場に居た軍人達の避難(投擲)が終了したのが幸いだったが、迫る光を前に横へ躱す余裕はない。

かと言って光と真逆へ逃げてもすぐに追いつかれるのは目に見える。

前も後ろも横もダメ……ならば―――逃げる先はただ1つ!!

 

「舌を噛まないでくださいね!!」

 

注意勧告を出しながら足下に出現させたのは黒い手。

バネの様に何重も折れ曲がったそれに飛び乗ると同時にーー一気に身体が空へと舞った。

 

「え、ちょ、まッ!?」

 

抱き抱えられたクリスが何かを言っているが、今はそれに答える余裕はない。

空へ舞い上がり、崩れかける体勢を何とか整えながらクリスを手放さない様にしっかりと抱える。

普段であれば無理だが、ファウストローブの補助がある今だからこそ出来る行為だろう。

抱えると同時に自然と顔に近づくクリスのたわわなお山の大きさに内心傷つきながらも、先程までいた場所を見下ろす。

 

光、光がただそこにあった。

船の甲板を壊しながらも放たれた光の一撃。

これまで無敵と言っても過言でなかった黒い手を消滅させたあの光にもしも飲み込まれていたら―――

考えるだけで寒気がする話だ。

セレナはゆっくりと降下しながら、近くにいた別の船の甲板へと着地する。

抱えていたクリスを丁寧に降ろし、自らは小日向未来の下へ急がんとして―――

 

「動くな!!」

 

――背中に突き付けられた銃口がその動きを止める。

ゼロ距離、いくらファウストローブを身に纏っているこの状況でも撃たれればただでは済まないのは明白だ。

ドラマで良く見た展開だな、と乾いた笑みを浮かべながらセレナはゆっくりと両手を挙げる。

降伏する為ではない、敵対する意図が無い事の証明とこの窮地を脱する為の時間稼ぎの為だ。

クリスはそれを理解しているのか、いないのか…両手を挙げた仮面の少女に対して銃口を逸らす事なく突き付ける。

逃がす気はない、そう言わんばかりに―――

 

「………抵抗しようなんて考えないでくれ。助けてくれた事には感謝してるし、恩人相手に銃口突き付けるなんて真似本当はしたくねぇ……けどあんたを此処で見逃すってのは出来ねぇんだ。頼む、このまま大人しく捕まってくれ…そうすりゃ痛い目とかには合わないで済むからさ」

 

――本当に優しい人だなと思う。

この状況で、彼女からしたら敵か味方も分からない私を相手に気遣う優しさ。

雪音クリスと言う人間の不器用な優しさが伝わってくる。

僅かにその優しさに甘えて捕まるのも悪くないと思える位に―――

けどそうは行かない。

此処で捕まる事は師匠に多大な迷惑が掛かるし、未来お姉さんを止める事が出来なくなってしまう。

捕まるわけには行かない、覚悟を決め直しどうにかこの窮地を脱する案を考える。

 

まず浮かんだのは黒い手による脱出だが…少々難しい。

黒い手を呼び出す条件としているのは2つ。

反射する物がある事、そして自らの視界内にある事だ。

この2つだけだが、実際の所後者は絶対ではない。

自らの視界外に反射物さえあれば呼び出す事自体は出来る。

だが、自らの視界外で呼び出した黒い手は――命令に曖昧にしか従わない。

 

例えばの話だが、黒い手に≪親指だけ伸ばしたままグーにしろ≫と命令する。

視界範囲内にある黒い手はその命令通りに行動出来るが、視界範囲外は違う。

≪親指だけ伸ばしたまま≫と言う細かい部分の命令を無視し≪グーにしろ≫と言う部分だけしか出来ない。

詰まる所精密な命令には従ってくれないのだ。

だからこそもしもこの状況で呼び出し≪雪音クリスを手加減して襲え≫と命じても恐らく手加減と言う精密部分を取り除いた≪襲う≫と言う命令となって全力で彼女を襲うだろう。

それは避けたい、黒い手の全力はF.I.S.の装者を苦しめてみせた折り紙付き。

もしも、もしも黒い手がクリスを傷つけたとなったら――――

 

「(駄目…それは駄目…!!)」

 

ならばどうする?

武器を作り出して…いや、無理だ………

この距離であれば下手な動き1つですぐに彼女はトリガーを引いてしまうだろう。

だったらファウストローブを解除してアガートラームの機動力で……いや、それも無理だろう。

アガートラームは使用を禁止されているし、それに恐らくこの状況を二課は映像として記録している筈。

ファウストローブを解除してしまえば、連動しているこの仮面も解除され素顔を映像と言う形になる物で撮られてしまう。

それは不味い、不味すぎる。

それがもたらすのはキャルとしての日常の崩壊。

私にとって師匠達と過ごす時間とは違うもう一つの温かい時間。

いずれは消え去ると覚悟していても、それでも手放したくないと願う優しい時間。

失いたくない、消したくない。

いずれはと理解はしている、けれどもまだ失いたくはないと心が叫んでいる。

未熟だと、弱い心だと理解しても―――私はまだあの時間の中に居たいと思ってしまうのだ。

 

だからと言って他に選択肢があるわけでもない。

クリスさんを傷つけてもなお未来お姉さんを助けに行くか、

キャルとしての日常を全て捨ててでも未来お姉さんを助けに行くか、

それとも全部投げ捨てて諦めるか、

浮かぶのはどれも選びたくない選択。

けれども選ばなければならない。

この中で、何かを失わなければならないこの選択の中で、

 

迷う、迷う、迷う。

時間にしたらたった数秒足らずの時間が今は数時間にも感じる。

それだけ迷っているのだと理解する。

悩みに悩み、考えに考え、その果てに―――

 

「――――」

 

覚悟をする、しないといけなくなる。

選んだ選択がもたらす結末を、結果を、覚悟を以て理解し、選ぶ。

 

――選んだのは自らの、キャルの日常の放棄。

 

クリスさんを傷つけたくない、未来お姉さんを助けたい、その願いから選んだ選択。

自分だけが苦しむだけで他の皆は救われる、自己犠牲の選択。

ポケットから取り出すはシンフォギア≪アガートラーム≫。

これを使うのは師匠の言い付けを破ってしまう事。

きっと物凄く怒られるだろう。

 

「(…今更、ですね)」

 

小さく笑う。

今自分が仕出かしている行動を考えたら本当に今更だと笑う。

手に握るシンフォギア、胸に浮かぶは聖詠。

口を動かす、ゆっくりと浮かび上がった聖詠を奏でようとする。

 

「(――さようなら、温かい時間。さようなら、キャル)」

 

別れを告げる。

あの日常と、そしてキャルとしていられた自らに。

覚悟と共に決別し、セレナは聖詠を奏で――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

《トゥラトゥラトゥゥラァァァーー!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

聴こえてきたのは謎の雄叫び。

それが何かを理解できるのはこの場においてセレナだけだろう。

まさか、その思いが胸に浮かび上がると同時にセレナの身体が僅かな衝撃と共に急速に空へと飛んでいく。

自身で飛んでいるのではない、彼女を背に乗せて空を飛ぶ存在がいるのだ。

 

《マスターご無事ですか!!》

 

そこにいたのは、戦闘機の様なデザインをしたアルカ・ノイズ。

日の丸印が特に目立つ緑色の戦闘機の形をしたそれはセレナが作成した空戦担当のアルカ・ノイズ。

その背に乗せられたセレナは困惑しながらも呟く。

 

「……ど、どうしてここに………?」

 

――セレナは今回の勝手な出撃においてアルカ・ノイズを一切連れてきてはいない。

自らの身勝手な行動に彼らを巻き込めないと思ったからだ。

唯一自分の足取りを知る入口にいた見張りのアルカ・ノイズにも他言無用とだけ伝えて飛び出してきている。

アルカ・ノイズは基本的には自由を許可しているが、命令には絶対としている。

それ故に彼らが口を割ったとは到底思えない。

だから彼らが自分の居場所など知るはずもないのに、それなのにアルカ・ノイズが此処にいる。

それが理解できずに呆然とするセレナに、アルカ・ノイズは教えてくれた。

 

 

見張りのアルカ・ノイズが自らの意志でマスターの命令を破り、戦闘班のアルカ・ノイズ達にマスターが飛び出したのを伝えたのだと。

 

 

傷つき、キャロルの薬で痛みを抑えて戦場へと向かうその姿に耐え切れなかったのだと。

たった1人で傷つくその姿に耐え切れなかったのだと。

見張りでしかない自分では助けにならないからと命令に背いてまで語ってしまった事。

 

≪――最後に伝言です。≪どのような処分でも受ける≫と≫

 

―――嗚呼、と笑う。

本当にこの子達はと笑う。

母親の気持ち、と言うのはこんな感じなのかと笑う。

命令を破る、命令は絶対としている彼らがそれを破るのはどれだけ大変な想いで、どれだけ苦しんだのか。

そんな思いをしてもなお私を助けてくれる選択を選んでくれた可愛い子達に、笑顔を見せる。

そして―――

 

 

 

 

 

「――7742、此処に来てるのは貴方だけ…じゃないんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪無論です。彼らの――2288と2289の想いに答えたのは――――私だけではありません≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7742の背中の上で、遠くの水平線からやってきた彼らを見つめる。

 

ある者は巨大すぎる身体を揺れ動かしながら、

ある者は水中を駆けながら、

ある者は空を飛びながら、

ある者は水上を走りながら、

ある者は海底を移動しながら、

ある者は運ばれながら、

 

 

 

 

 

 

セレナが作り上げたアルカ・ノイズ戦闘班総勢6万3千がそこにいた。

 

 

 

 




次回は彼らが主役です

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