僕のお父さんは円卓最強の騎士 作:歪みクリ殴りセイバー
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※追記 10月5日の日刊ランキング35位に載りました! ありがとうございます!
突然だが、TSというものをご存知だろうか。一言で纏めるなら『(性別が)入れ替わってるぅ!?』という状態のことであり、創作物においては物語にスパイスを加えるため、しばしば用いられる手法である。なぜ僕がその話をするのか? 答えは単純だ。
「面をあげよ」
「はっ」
見上げれば、ブリテンの王であるアーサー・ペンドラゴン(♀)が玉座に座していた。そう、♀である。
♀なのである!
———————————いや、なんでぇ……?
昔の物語に解釈や説話が数あることは常である。それはアーサー王物語も例外ではない。だが、ギャラハッドの知っている限りではアーサー王女性説なんて聞いたことすらない。いや、そもそも奥さんも子供もおるんじゃろ? だが女だ。
数多くの男の娘に騙されてはそれでもいっかと許容してきたギャラハッドにとって、性別の識別など実に容易いことだった。
———————————-クッ、(女)王様……もう結構お年を召してるはずですけど、胸部装甲の望みは捨ててはいけません……! 見た目もお若いし、きっと成長ホルモンが出てないだけなんや……。
ギャラハッドは思わず涙を零した。王の将来への希望が限りなく薄いこと、王妃とのあまりの経済格差にこの世の理不尽すら呪った。山がないことにここまで悲しくなったのは生まれて初めてである。
周りの騎士達は急に泣き出したギャラハッドを珍妙に思いながらも、特段王に害を与えたり、不敬なことではないのでスルーした。念願叶って騎士になり、王の尊顔を見て感極まり涙を流す者も少なくはない。ギャラハッドもそういう類の人物だと思われたのだ。
「どうした、ギャラハッドよ。なぜ泣く。遠慮することなく言うといい」
「……ならば王よ。不躾ながら申します。僕は未来も、夢も、希望も見出すことが出来ませぬ」
ギャラハッドの余りにも不敬な一言に、場内がざわつく。一般的な王の守護騎士はもちろん、あの円卓の騎士ですらあっけに取られていた。
「——静まれ」
王の玲瓏な声だけで動揺は鎮火していく。
アーサー王は、ギャラハッドが言いたいことを理解していた。国の中心、王が住まうこの城に来て、彼は未来も夢も希望も見出せない、と言った。これはギャラハッドがこの国の現状を憂いているのだ。
未だ終わりが見えぬ戦争に、広がり続ける戦火。救世主と呼ばれて誕生した
突然慇懃無礼なことを言い出したこの子供に、王はどんな裁定を下すのか。部屋中の騎士が耳を澄ませる。
「……ギャラハッドよ、貴殿の言いたいことは理解した。ランスロット卿の言っていた通り、まさに穢れなき騎士だ。しかし最早国をも覆う戦火の最中で、国を守り、民を守り、誇りを守る。そんな理想を成すためには力があらねばならぬ。この現実を踏まえた上で貴殿は何を成そうと言うのだ?」
「……王よ。僕には王のような凄まじい聖剣はありません。ランスロット卿のような武勇もございません。僕にあるのは、多くの愛情を注がれて育ったこの体と、盾と、鎧だけです」
王としての風格を出したアーサーに全く引くことなく、王の問いに答え始めるギャラハッド。一体なぜ、自分達の半分にも満たない歳の子供が王に臆することなく話せるというのか。
「ですが、それで充分なんです。僕には敵を屠る剣など必要ありません。僕には理想を成す力なんていりません……ただ、この盾さえあれば良いのです」
「……それで、その盾一つでどうやって守ると? それだけで民を、街を、国を、全てを! その盾だけで、ブリテンに住まう人々全てを救うと、救えると言うのか!?」
「王命とあれば、喜んで」
アーサー王は苦しんでいた。国、騎士、民、王。彼女には守らなければいけない立場と、人々がいる。全てを守れるなら、誰もがそうしている。それが出来ないから彼女は選んで来たのだ。救うべき民を、土地を、命を。自分勝手に命の価値を決め、生かす命を選んで来た。
今のギャラハッドとそう変わらぬ歳の時に王位に就き、突きつけられたのはその選択ばかりだ。今まで幾つの命を見殺しにし、その度にアーサー王から離れていった騎士達も決して少なくない。当たり前だ。己の故郷を守らぬ王に付き従う部下はいない。
だというのに、この若き騎士は盾と鎧、我が身だけでブリテンの全てを守ってみせるなどとのたまう。
————————————ふざけるな。ならば、私が今までして来たことはなんだというのだ!?
心の中の
あまりの憤慨に
「……面白い。本当にその身と盾と鎧で、我が国の全てを守れるなどと言うならばやってみるといい。もし出来たのならばギャラハッド、貴様が望む恩賞を何でも与えてやる」
「しかと承りました」
アーサー王らしからぬ無理難題に、しかしギャラハッドは微塵も臆することなく了承した。始めはランスロット卿が推薦したというギャラハッドのただの騎士任命式であったはずが、なぜこうなったと誰もが胸中で呟いた。……ギャラハッドも例外ではない。
—————————————どうしてこうなったか、と言われれば、僕が一国の王様に馬鹿正直に「胸……ないですね。希望もないですね」なんて失礼なことを言ったからだろう。遠慮なく言ったら罰せられる世知辛い世である。
というか、アーサー王は何故急に国の話を始めたのだろうか。胸の話を暗号化して怒っているのかと思ったけど、さっぱりわからなかったのでマジメに答えておいた。
そう、僕に剣なんて要らないんだ。どうせ扱えないし、盾と鎧と健康な体で充分である。だというのに、何故国の全てを守れるかどうかの話になっている!? いや、出来るか出来ないかで問われたら出来るけど、やりたいかやりたくないかで言えばやりたくない。だって国全体を守れるくらいの魔術の展開は疲れるし。
でも上司、それも一国の主から言われたらやるしかないのが騎士の悲しいところ。というか原典でもあったかもしれない出来事な以上無視できないんだよね、強制イベントっぽかったし。
よぅし、キャメロットの騎士ギャラハッドの初仕事はブリテンの全てを守ることだ! あれ? もしかして騎士ってブラック……?
私が出した条件は二つ。ギャラハッドの騎士任命の翌日から数えて一週間、戦死者を出さないこと。さすがに餓死や病死などはフェアじゃないので条件に付け加えることをしなかった。
そしてもう一つはギャラハッドの力だけで一つ目の条件を満たすこと。私はもちろん、他の円卓の騎士やマーリン、果ては末端の騎士まで彼に手を貸すことを禁じた。
出来るものならやってみるといい。そんな子供じみた感情で王命を出したものの、当のギャラハッドは城下で人助けに勤しんでるようであった。
「ランスロット卿は愉快なやつを連れてきたな」
「……サー・ケイ」
「相変わらず堅物だなお前は。昔みたいにケイ兄さんでいいんだぞ?」
「私は……王ですから」
「そうかい」と呟くと、ケイはボンヤリと窓から見えるギャラハッドを眺めていた。その横顔はかつてとは違い、歳を重ねた証のシワがところどころ見えていた。
老けたな、とアルトリアは思った。聖剣を抜いた時から成長を止めた己の身体はこれ以上胸が膨らむことなく、女らしい身体つきになることもないため性別を偽るにはちょうど良かったが、幼き頃から共にいた義兄は老けて行き、己はそのままの姿だと取り残されている気分になる。
「ん」
「……これは?」
「報告書。お前が八つ当たり気味にギャラハッドに突っかかって勝負を持ちかけた経過報告。ストレスを貯めるくらいなら小出しに発散しろ。ちなみに戦死者はゼロだとさ。とんでもねぇ人材が現れたもんだ」
渡された報告書に目を通せば、確かに昨日の戦死者は一人もいない旨が書かれている。いや、たまたまだろう。戦死者が一人もいない日が今までなかったわけではないのだから。
「……偶然って顔してるけどな、この数字は間違いなくギャラハッドの力だぞ。国全体を覆うほどの馬鹿でかい魔力の盾と、国民一人一人に似たような魔力の盾を展開してる。しかも民を混乱させないように隠蔽までこなしてやがる。バカげた魔力だよ、全く」
衝撃的な内容にアルトリアは目を見開く。本当にやったというのか、国全てを守るなんてバカげた所業を。誰もが為し得ぬ偉業を、あんな子供が。しかし、それだけでケイの報告は終わらなかった。
「ただ、あんなバカげた規模の魔力の展開が長続きするわけがねぇ。必ずガタが来るだろう。お前が負けを認めず、くだらん王としてのプライドを張り続けるなら、アイツは魔力が干からびるまで続けるだろう。文字通り、命懸けで、な」
「話はそんだけだ」と言い捨て、ケイは執務室から去っていった。
ケイの話が頭の中をぐるぐる回っていた。王としての体面、ギャラハッドの命。まただ。幾度となく繰り返しても慣れることのない
「私は……どうしたら……」
久しく流すことのなかった涙が、手の中の報告書を濡らした。
私とギャラハッドの勝負の五日目。
ケイの言う通り、ギャラハッドは日を追うごとに憔悴していく。その様子を見ながらも、アルトリアは動き出すことが出来なかった。
その日の夜、執務を終えて摂れなかった夕食を食べに行った時、食堂にギャラハッドがいた。何やら料理を作っていたようだが、食堂の入り口で立ち尽くすアルトリアを見ると火を止め、即座に拝礼の姿勢をとった。
「王よ、気づくのが遅れて申し訳ありません」
「……いえ、たった今来たところなので問題ないです。誰か残っている料理人はいますか?」
「お気遣い痛み入ります。……もう夜も遅く、料理人は残らず休息に入ってしまいました」
「……そうですか」
確かにもう労働時間をだいぶ過ぎていて責めるのはお門違いなのだが、やはり聖剣の担い手で不老であってもお腹は空くものだ。近年は食事だけがアルトリアの楽しみだっただけに落胆は大きい。
気を緩めてしまったからだろうか、キュルキュルと空腹を訴える音が二人きりの食堂に鳴り響いた。さしものアルトリアも頰を朱に染める。
「……ちょうど良かった。王よ、専属の方には到底及ばないでしょうが、私が作った料理をお召し上がりになりませんか?」
「……いただきます」
どんなに意地を張って、気を張ってもアルトリアも人間である以上食欲からは逃れられなかった。ギャラハッドは既に厨房に戻っており、作りかけの料理を完成へと近づけていくにつれていい匂いが嗅覚を刺激した。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「……貴方の分はどうしたのですか?」
置かれたのはアルトリアの分だけ。もともと一人分しか作っていなかったのだから、アルトリアに料理を渡したらなくなるのも当然だった。
「……お食べなさい。人の食材を奪ってまで自らの腹を満たすほど落ちぶれてはいません」
「いいえ、それは違います、王よ。それは僕が王のために拵えた料理です。貴女以外に食べられてはその料理の価値は無くなってしまう。僕の腕不足は重々承知の上で、召し上がってはいただけないでしょうか?」
押し出した皿を押し戻される。見れば、ギャラハッドは再び席に着くことなく立っていた。たかが一騎士が、王と同じ食卓に着くなどあってはならないことくらい新参者のギャラハッドですら理解していた。
「……わかりました。ですが席には着きなさい。もともと貴方が先にいたのですから、私は構いません」
「……それでは、失礼します」
渋々ではあるがギャラハッドが同じ卓に着いたのを見て、アルトリアは最後に卓を共にしたのはいつだろうかと思い浮かべる。公的なものを除けば、恐らく自分が王になる前……いや、選定の剣を抜く前だろう。
……忙殺されていた日々に押し潰されて今まで忘れてしまっていた思い出を、彼が作った料理を食べるたびに思い出す。何も難しいことを考えず、ただ剣を振るい、パンを食し、怒って、笑って、泣いていたあの頃を。
「……ッ!」
堪える間も無く熱くなった目頭から涙が滴る。醜態だ。臣の前で涙を流すなどあってはならない。わかっているのに、涙は引っ込んでくれなかった。
ギャラハッドは、何も言わなかった。それが何よりもアルトリアには有難く、声を殺して静かに泣き続けた。
王の命令から五日過ぎた。
僕の心境を叫びたい。そう、限界なんだ。
————————————眠い!
王の怒りとか魔力枯渇とかそんなチャチなモノじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。ちょっと騎士っぽい言い回しをしたくてカッコつけて「王命とあれば」とか言った自分をぶん殴りたい。
国を覆う規模の防御魔術の展開はちょっと疲れるだけだから問題ない。維持のために消費する魔力も大した量じゃない。だが、この術を展開してる限り寝れないのだ! 寝ても出来るなら騎士じゃなくて魔術師になってるってんだよ! バーカバーカ! (五徹のテンション)
当然王命は絶対なので、これ以外の仕事を回されることもなく暇だ。暇すぎて、「暇があれば人助けしなさい」という母さんの教えで城下を駆け回り、趣味でヒーローやってました。母さん、元気ですか? 僕は眠いです。
そんな感じで色々限界が近かったその日の深夜に王様とかち合う。眠い。
何かを話していたのは覚えているが、もう脳みそは半分寝ていた。次に意識がはっきりしたのは再び調理器具を握っていた時である。そうだ、思い出した。なんか王様に料理を作る話だったっけ?
失礼のないように王様の目の前に料理を置き、卓に着くことなく立っていた。座ったらもう夢の世界にダイブする自信しかない。さすがにそれはやばいって思うんですよ。王様結構怒りっぽいらしいし。
……あ、座れ? 私は気にしない? ……は、はい。王命とあれば(自虐)
———————————あ、さよなら世界。僕は夢の世界に旅立ちます。帰ってきたら首がなくなってたなんてのは勘弁して下さい。
その、二日後の話であった。
「ギャラハッドを、円卓の騎士第十三席に迎える!」
なんでさ!?
ギャラハッド十六歳。円卓の騎士第十三席に迎え入れられる。
今回の原典解説
・ランスロットに連れられ、アーサー王と出会ったギャラハッドは王から出された難題を達成し、円卓の席に着く
・円卓の第十三席はマーリンの魔術により、相応しくないものが座ると呪われたらしいが、ギャラハッドはモノともしなかった
幕間でやるなら?
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円卓の騎士時代の話
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特異点の話
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カルデア(事件前)の話
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それ以外に出てくるキャラとの絡み