電波女、青春男   作:すなどけー

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 病院の、緊急手術室の前の椅子に女々さんと座って待つ。

 

 正直、絶望的だそうだ。海に近いマンションの屋上から飛び降りたそうで、救急車が来たときには既に瀕死の重体だったそうだ。

 

「あの子ね。宇宙に帰りたかったみたいなの」

 

 女々さんがポツリとそう言った。

 

 なるほど。確かにあいつのことだから多分、自殺がしたかったわけではないのだろう。ただ宇宙に帰りたかったんだと思う。一度目は自転車で海に飛んで失敗したから、次はもっと高いところから飛んだとかかも知れない。

 

 だけどやっぱり、自称宇宙人は自称宇宙人らしく、重力に捕まって地球に墜落した。そりゃあ当たり前だ。お前は地球人なんだから。

 

 だけどそんな当たり前なことも、あの布団に包まれた小さな世界に引きこもっていたあいつには分からなかったんだろうな。

 

 胸の奥のもやもやとした何かが際限なく広がっていく。理由は、やっぱり分からなかった。

 

 手術中のランプが消えて、中から手術を行っていたと思われる人が出てくる。

 

 女々さんががばっと立ち上がって縋りつくように医者にエリオの容体を聞いた。

 

「……残念ながら、我々は最善を尽くしましたが―――」

 

 あぁまただ。激しい耳鳴りと、ノイズがかかったような視界。現実感のなさが加速する。

 

 しっかりしやがれと自分の頬をバチンと叩いたが、まるで効果はなく、ただ鈍い痛みが遠くに走っただけだった。

 

 

 

 それからの記憶は余りない。

 

 気が付いたら俺は学校にいて、授業を受けている。

 

 まるで何もなかったように俺は日常に帰還していた。

 

 エリオは女々さんが親族に隠していたこともあって、葬式は行われなかった。火葬して骨になったあいつは当然粒子を放つこともなく。女々さんが骨を片付ける為につついた時のザクザクという音が嫌に耳に残っているくらいか。

 

 今でもふと、エリオの部屋の前を通る時にその辺にふらっと現れるんじゃないかと思ってしまう。

 

 自室で音楽を聴いていたら、現れてイヤホンを片方奪っていったり。海へ連れて行けと催促したり。

 

 ふと、あの日の光景が脳内にフラッシュバックした。

 

 トボトボと去っていくエリオ。手を伸ばすも、何も掴めない俺。

 

「……くそっ」

 

 小さくぼやいた。授業は全く頭に入ってこない。もやもやとした何かが胃の辺りからせり上がり、全身を包むような感覚に陥る。

 

 俺に、何ができたというんだ。

 

 自己弁護するように心の中で嘆く。

 

 俺はただの青春がしたい一般人で、あんな宇宙人をどうにかすることなんてできない。事実できなかった。

 

 なのに、なんでこんなにも俺は。

 

「…………っ」

 

 休み時間になったタイミングで、かばんに荷物をまとめて家に帰った。リュウシさんや前川さんが何か言いたげな顔をしていたが、気づかないふりをしてサボりを決行した。

 

 進まない自転車を必死に漕いで、逃げるように家に帰る。

 

 そして何故か、俺は自室ではなくエリオの部屋に入った。

 

 部屋の主を失った部屋はどこか物悲しい雰囲気で静寂に包まれている。

 

 座り主を失ったボールチェア。長いこと使われてなさそうなホコリかぶった天体望遠鏡。

 

 いくら部屋の観察を続けても、特に得るものなどないはずだ。むしろ不快感が増したような気すらする。

 

 一体何のために俺はこんなところに。

 

「……あ」

 

 ベットに、菖蒲柄の布団があった。誰かがそれを巻いているわけではない。でも、一瞬だけエリオがそこにいるかのような錯覚を起こして。

 

 

 いてもたってもいられなくなって、逃げるように部屋を出た。

 

 鞄を玄関に放りだして、再び自転車に乗って走り出す。

 

 目的地などない。ただどこでもいいからこの感情の持っていき場が欲しかった。

 

 漕いでも漕いでも進まない自転車に乗って、ただがむしゃらに進む進む進む。

 

 全身に疲労感を感じながら、考える。

 

 あいつは、エリオは、一体何を考えながら生きていたんだろう。

 

 勿論布団を体に巻いて過ごしたことのない俺に想像などできるはずもない。

 

 だけど、あの日、寂しそうにトボトボと去っていった背中を思い出して、こう思わずには居られない。

 

 もしかしたらあいつは、一緒にいてくれる誰かを待っていたんじゃないだろうかと。

 

 そして、自惚れかも知れないが俺にその可能性を見出していた。俺の代わりは見つからず、エリオは一人で宇宙を目指して飛んだ。今度は自転車で海へでもなく、生身でマンションの屋上から。

 

 俺は中途半端に関わって、結局何もせずに、言い訳しながら関わることをやめた。

 

 あいつの期待を、裏切ってしまったのだ。

 

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