艦物語 ― 君も知らない物語 ―   作:きさらぎむつみ

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 ご無沙汰しておりました。
 また少しずつ書き進めて参りますのでよろしくお願いいたします。


第十五話 てんりゅうブレード(陸)

      008

 

 しばらくは天龍の話。と言っても、僕が大淀と龍田の話を聞き、それを統合しての場面回想なので、実際とはおそらく違いがあるだろうけれど。

 僕が不知火に愛情籠った拉致監禁をされている頃、天龍は鎮守府の来賓室を訪れていた。

 このところ追っていた、鎮守府の艦娘にまことしやかに囁かれる『噂』の発端であるらしい『犯人』と、ついに対峙することになったのである。

 

「ようこそ、お嬢さん。俺は哀木。悲哀の哀に、枯れ木の木だ。お前の名前を聞こうか」

 

「天龍だ」

 

 来賓室で待ち構えていた、漆黒の軍装の男に対して――天龍は正々堂々、名乗りをあげた。

 

「天龍型軽巡洋艦一番艦の艦娘、天龍だ」

 

「いい艦艇の魂(たましい)を降ろせたな。建造妖精(ようせい)に感謝しておけ」

 

 特に感情を感じさせない、重い口調。

 天龍は一瞬気後れしかけたが、しかしすぐに気を引き締める。

 

「それで、お前を“選抜”した提督はどうした。それともお前は秘書艦で――誰かを“紹介”するのか」

 

「どちらでもねえ。あんたをぶっ飛ばしに来た」

 

 天龍は言った。

 聞くだけならば、余裕の台詞である。

 もちろん、本当のところ、余裕などない。

 天龍は感じている。

 哀木軽舟の不吉さは――しっかり感じ取っている。

 強くても、知らないから。

 偽物だから。

 感じ取っていても、気付けない。

 

「ぶっ飛ばしに来た、か。ほう。つまりは俺を嘘の新米提督の名で呼び出し、罠にはめたということか。その理由を聞こうか」

 

「あんたのやってることはすげえ迷惑なんだ。いちいち説明しなくてもわかるよな?」

 

「何が迷惑だ。俺はお前達の望んだ“機会”を与えてやっているだけだぞ。それ以上は甘えだろう」

 

「なにが甘えだよ。ふざけんな、艦娘をあっちこっちに引きずり回して、最後には解体で退役させるようなことばっかりしてるんじゃねえか。どういうつもりなんだよ」

 

「どういうつもり、か――深い問いだな」

 

 哀木は静かに頷く。

 それは天龍にとって予想外の反応であった。

 そもそも、就役間もない艦娘にあることないこと吹き込んで配置換えを希望するようにさせたり、着任直後に退役を促して解体したりするようなことをする小物は、こうして直に会って糾弾すれば、向こうはしどろもどろになって取り乱し、殴る前にみっともなく謝罪してくるものだと――天龍はそんな風に想定していたのだ。

 だって。

 彼女にとって、悪とはそういうものだから。

 悪が、強く、したたかであるなど――それは、決してあってはならないことだから。

 

「しかし残念なことに、俺は深い問いに対して浅い答えを返すことになる。それはもちろん、戦果のためだ」

 

「……せ、戦果?」

 

「そう、俺の目的は戦果だ。それ以外にはない――大本営の評価というのは戦果が全てだからな。お前はどうやら、くだらん感傷でここに来たようだが――惜しいことをしたものだ。その行為、一海戦分の資材の無駄だ」

 

 哀木は、当然のように――そう値踏みする。

 天龍の行動を鑑定する。

 

「今回の件からお前が得るべき教訓は、艦娘は海に出なければ役に立たない――だ」

 

「そ、それとこれとは話が別だ」

 

 天龍は言う。

 気圧されないように――虚勢を張る。

 

「俺は誰かに頼まれてこんなことをしているわけじゃねえし」

 

「そうか。(おか)での行動で良かったな。資材を無駄に消費しないで済んだぞ」

 

 哀木は言う。

 不吉さはまるで消えない。

 来賓室という閉鎖環境が、むしろそれを加速させているようにも思えた。

 どんどんと――色濃く、不吉が満ちてゆく。

 

「天龍。お前は俺の目的を訊いたな。そして俺は曲がりなりにもそれに応えた。今度はお前の番だ。お前の目的は何なのだ?」

 

「もう言っただろ。あんたをぶっ飛ばしに来たんだ」

 

「ぶっ飛ばすだけか?」

 

「砲撃もするし雷撃もする」

 

「とんだ暴力だな」

 

「正当な武力だ。そうして俺はあんたのやっていることをやめさせる。まだ卒業前の女学生にまで声掛けやがって、何考えてんだ。それでも提督か」

 

「これでも提督だ。それに、優秀な艦娘になる女生徒を余所よりも獲得したいというのは当たり前だ。提督なら皆がそうだ」

 

 哀木は言う。

 

「…………」

 

 天龍は引きつつ――糾弾する。攻める言葉を繰り出す。

 

「年端もいかない女学生や艦娘相手に――恥ずかしくないのか」

 

「別に。世間知らずだから誘いやすい、それだけのことだ。しかし、天龍よ。俺のやっていることをやめさせたければ、砲撃も雷撃も取りあえずは無駄だな。それより資材を持ってくるのが手っ取り早い。次回の期間限定出撃に対して俺が前もって稼いでおく各資材目標額は燃料弾薬鋼材八万、ボーキ六万に修復材五百だ。他の鎮守府との折衝にも一月以上かけている。――最低でもそれくらいは備蓄しておかないと割に合わない。とはいえ、天龍……どうしてもと言うのなら、オレも全額とは言わん。その半分でも支払うなら、俺は喜んで身を引こう」

 

 哀木は少し――笑った。

 何がおかしかったのか。

 今のが失笑なのか苦笑なのか――嘲笑なのか。

 

「あんた――それでも軍人かよ」

 

「生憎だが、これでも軍人だ。大切なものを命を賭して守りたいと思う――ただの人間だ。お前たち艦娘は経験を積むことで強くなり心を満たし、俺はお前らに勝利を積ませるせることで戦果を重ねて評価をあげる。それにどれほどの違いがある?」

 

「ち、違いって――」

 

「そう、違いなどない。お前はお前の行為によって自己満足を得るかもしれない――しかしそれは、俺が提督として稼いだ戦果を利用して、自己評価を上げるのと何ら変わりがないのだ。今回の件からお前が得るべき教訓は、感傷で解決しないことはあっても、評価で解決しないことはないということだ」

 

「…………っ」

 

「俺の『勧誘』や『引き抜き』で『選抜』された連中にしてもそうだろう。連中は俺に従って引き抜かれた。それは取引の対価として“戦える海”を求めたということだ。お前だってそうだろう、天龍。それともお前は、自分が艦娘になるとき、無理矢理この道を選ばされたのか?」

 

「…………」

 

 天龍は言葉が続かなかった。それでも、話の主導権を握ろうとする。

 

「いいから結論を出せ。俺にぶっ飛ばされたいのか、それとも――」

 

「ぶっ飛ばされたくはない。砲雷撃もごめんだな。痛いのは嫌いだ。だから」

 

 哀木は。

 不意に――動いた。

 どうしてなのか――艦娘の天龍が、ただの人間であるはずの哀木にまったく反応できなかった。油断していたわけでも、構えていなかったわけでもないのに――

 

「お前は少しの間、海に出るな」

 

 決して、哀木は天龍に向かってきたのではなかった。むしろ、通せんぼするかのように扉の前に立ちはだかっていた天龍の脇をすり抜けるように、動いてきただけだった。

 しかし――とん、と。

 すれ違いざまに、哀木は左手の人差し指で。

 天龍の額を――軽く突いたのだった。

 

「……? ……?? ……!?」

 

 まずは驚く。額を突かれたことに。

 続いて驚く。何故、拳でなく指で、重くでなく軽く、殴るでなく突いたのか。

 そして。

 三度目の驚きは。

 

「…………っ!!」

 

 その場で膝をつくほどの――急激な嘔吐感。疲労感。倦怠感。

 そして何より、身体が熱い――まるで、溶鉱炉の中に身投げした気分だ。

 

「がっ……あ、あえっ?」

 

 喉が焼けるように熱くて、言葉もうまく紡げない。

 そんな天龍を見下ろして、

 

「効果覿面とは、随分と思い込みの激しいタイプのようだ」

 

 と言った。

 

「今回の件からお前が得るべき教訓は、何者であろうと相対したら警戒を厳にせよということだ。俺が許しを請うとでも思っていたのなら愚かだ。俺を改心させたくば資材を積め。各資材五万から議論してやろう」

 

 その声ははっきり聞こえた。

 意識はしっかりしている。

 けれど――身体がついてこない。

 腕も足も頭も、目も耳も口も、艦娘としての諸々も、全てが正常に機能しない。

 

「な……何、しやがった」

 

 何かをされた。

 何をされた?

 それは全然わからない。

 

「俺に――何をしやがった」

 

「良くないことだよ。勿論有料なんだが――お前からの払いは期待していない。提督へつけておいてやろう」

 

 言って哀木は、身動きの取れない天龍を置いて、

 

「さて、俺は、誰かが来る前にとんずらするとしよう。勿論、“活動”は続けさせてもらうが――しかし、横須賀ではもうあらかた終わったな、武山の陸軍にでも足を伸ばしてみるか。ではさらばだ」

 

 うずくまったままの天龍を振り向こうともせずに――来賓室の扉を開けて、出ていった。

 

 


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