艦物語 ― 君も知らない物語 ―   作:きさらぎむつみ

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マア、ソンナツモリハナイダラフネ、新米クンノ場合。新米クンガドンナ奴カハ、僕ハモフ、ソレナリニハ理解ヲシテヰルツモリダヨ。タダ、モウ少シバカリ、新米クンハ周リニ気ヲ配ツタ方ガイイダラフツテコト。調子コイテルンジヤナインダツタラ、新米クン、余裕ナクシチヤツテルンジヤナイ? モシカシテ、テンパツチヤツテルンジヤナイノカイ?

シカシ……サウダネ、ドツチカツテ云フト僕ハ人間トアチラ側トノ橋渡シガ役割デアツテ、人間ト艦娘トノ橋渡シハ専門ジヤナインダヨナア……ハツハー。参ツタナ。ドウシタモンカ。

ケドマア、今ノ話ヲ聞カセテモラツタワケダケレド、ソイツハ結構大変ナ事態ニナツチヤツテルミタイジヤナイノカイ。

ン? ドウシタンダイ、反応ガ悪イネ――新米クン、キミハ御嬢チヤンノコトガ心配ナノダラフ? 違ツタツケ?

時ニ新米クン、モシカシテ御嬢チヤンハ、ソノ駆逐艦娘ハ、通常ノ吃水線ヨリ沈ンデ航行シテヰタリシテタンジヤナイダラフネ?

ヲイヲイヲイ、新米クン。ソイツハ極メテ重要ナ、其レコソ一番先ニ云フベキ内容ジヤナイノカイ。サウイフトコロガキミノ、新米クンノ気ガ回ラナイトコロダツテ云ツテルンジヤナイカ。

マアヰヰヤ。聞イテヨカツタ。聞カセテモラツテヨカツタ。或ル意味、僥倖トサエ云エルタイミングダヨ。イヤイヤ、コイツハ本当ニ幸運ナンダヨ、新米クン。キミニトツテモ、其ノ御嬢チヤンニトツテモ、ネ。寧ロ、キミハ其レヲ感ジテ僕ニ連絡ヲ入レタトサエ思エルヨ。違ウカイ?

ヨシヨシ、良ク分カツタ。必要ナコトニハ僕カラ手ヲ回シテオコフ。何シロコイツハ、緊急事態トモ云エル状況ダカラネ――非常事態トモ云エルシネ。

今夜、キミハ御嬢チヤンヲ僕ノトコロニ連レテクルンダ。



サウ、云ワレタノダツタ。



          第 參 話

   し ら ぬ い プ レ ッ シ ャ ー




第三話 しらぬいプレッシャー

      001

 

「のしお――のしおさん?」

 

「そう。のしお――“元”提督って名乗ってる」

 

「のしお、ですか――なんだか、さぞかし気弱そうな綾波型駆逐艦みたいな名前ですね」

 

「その手の期待をするのは無駄だぞ。三十過ぎの年季の入った中年提督くずれだからな」

 

「そうですか。でも小さな頃は、さぞかし萌えキャラだったのではないでしょうか」

 

「そんな目で生身の人物を見るな」

 

 どこぞの第501統合戦闘航空団所属のナイトウィッチのこともな。

 

「ていうか、お前、萌えとかキャラとか分かる奴なのか?」

 

「これしき、一般教養の部類です。不知火のようなキャラのことは、ツンドラというのですよね?」

 

「………………」

 

「行った事はありませんが」

 

 不知火は平然と言った。間違っていなかった。

 閑話休題。

 僕や漣、不知火のいる、横須賀鎮守府から船で10分ほど沖へ出たところに、その島はある。

 そこは深海棲艦の出現までは一時、浜遊びの出来る海岸のある手頃な市民の憩いの場として賑わっていたこともある。

 東京湾に浮かぶ唯一の自然島、猿島。

 その歴史は古く、近代以降は、幕末には江戸湾防備のため台場として、明治時代になると、洋式砲台として整備され東京湾防衛の要の一つであった。

 現在は無人。

 市有地。立入禁止。落石注意。

 そんな看板はあるものの、特にこれといって防護柵などがあるわけでもなく、出入りを特に制限されてはいない。もっとも、鎮守府から目と鼻の先のこの島に一般人が寄り付こうとしないだけだ。

 この島に――“元”提督は住んでいる。

 勝手に居ついている。

 春先から数えて、半年、ずっとだ。

 

「しかし驚きです。司令の頭脳に船舶操縦技能が入力されていたなんて」

 

「……提督候補生の実技項目に含まれていただけだ。好きで覚えたんじゃない」

 

 でもなければ、僕がこんな技能を持つことになるとは思えない。

 

「それにしても、あまりいい乗り心地ではありませんね。振動でお尻が痛いです。じんじんします」

 

「済まないな。僕もこうして実際にボートを動かした経験はそれほど多くないんでね」

 

「そうですか。でも、不知火の初体験がこんな痛いばかりだなんて、司令は責任を取ってくれるのでしょうか。もっと優しくしてくれてもよさそうなものですのに」

 

 何か僕が、不知火のとても大事なものを奪った体で話が進められていた。

 

「じゃあ、具体的にどうすれば良かった、と?」

 

「女性側にそれを尋ねるなんて、やはり最低督ですね。童貞督ですね」

 

「お前はまだそここだわるのか」

 

「不知火です。お前呼ばわりはやめてください」

 

「…………」

 

 また片仮名発音で呼んだら、今度はどこを突かれるのだろうか。

 推進器の発する音と風切り音で若干の大声でしていた会話が途切れた。

 だから、僕は操縦に集中し。

 そして不知火をみる。

 不知火は、何も言わず、風に乱れる髪を時折片手で梳い、ボートの進む先へ、暗い夜闇と黒い水面(みなも)の見えない境界線へ、視線を向けていた。

 何を見ているのか、分からない。

 何を考えているのか、分からない。

 僕は操縦を続けて。

 島影が、おそらくは不知火の視界を大きく占めることになっただろうというところで推進器を止めて、桟橋へとボートを近付け係留の準備をする。

 

「司令。前もって言っておきますが」

 

「何だよ」

 

「服の上からではそうと見えないかもしれませんが、不知火の船体(からだ)は、案外、法を犯してまで手に入れる価値はないとおもいますよ」

 

「…………」

 

 不知火の貞操観念の高さは、先ほど船渠(ドック)の脱衣場で嫌というほど思いしらされたが。

 

「遠回しな言い方では伝わりませんでしたか? では具体的に申し上げます。もしも司令が下劣な本性を剥き出しにして不知火を襲った時は、不知火はどんな意見を具申してでも、司令に薔薇族的な仕返しをしてみせます」

 

 恥じらいや慎みはマイナスに振りきれているかもしれない。

 というか本気で怖い。

 

「なんか、今の言葉だけじゃなくってさ、お前の行動、全般的に見て、不知火って自意識過剰ってーか、ちょっと被害妄想が強すぎるんじゃないのか?」

 

「嫌ですね。本当のことでも言っていいことと悪いことがありますよ」

 

「自覚しているっ!?」

 

「それにしても――」

 

 不知火は、夜の中において更に黒くそびえる島の森を見上げて、言った。

 

「なぜ、こんな、何もない小さな島に住んでいるのでしょうか――その、のしおという人」

 

「ああ……随分と、変わり者だからな」

 

 艦娘の不知火と比べるのもどうかと思うけれど、正直なところ、どちらがよりにと評するには判断に迷うところではある。

 

「呼び出された、という話ですが、このような場所に警戒もせず、艤装も身に着けず、というのは些か不用心ではないのでしょうか」

 

「その至極常識的な発言には驚かされるばかりなんだが、一応は安心しても大丈夫だ。むしろ、のしおだけ(・・)しか、いないからな」

 

「どうにも正体不明ですね。そして、司令のその信用ぶりも。一体、何をやっている人なのですか?」

 

「詳しくは僕も知らないけれど――僕や、不知火を含めた“鎮守府絡み”のことを、専門にしているんだって」

 

「そう、ですか」

 

 全く説明になっていない説明だったが、それでも不知火は追求してくるようなことはしなかった。どうせこれから会うのだからと思ったのかもしれないし、訊いても無駄だと判断したのかもしれない。どちらも間違っていない。

 桟橋から続く、歩きやすくコンクリートの敷かれた場所を、島の奥へと向かう方向へ進む。さすがに月灯りでは頼りなくて、僕は右手の懐中電灯を点けた。

 

「不知火は――あ、艦娘は夜目が利くんだっけか」

 

「ええ、探照灯照射も出来ますが――必要ですか」

 

「いや、それはいい」

 

 目が光るのだろうか。見たいような、怖いような。

 以前、観光施設だった頃の管理事務所や海の家と思しき家屋の横を通り、島を縦断する道へといたる緩やかな上り坂の途中、

 

「やあ、新米くん。やっと来たのか」

 

 と。

 のしおは、そこにいた。

 切通しの岩壁が左右にそびえる道の入り口、そこで年季の入ったどころではないほどにボロボロのデッキチェアの上に、胡坐をかいて、こちらを向いていた。

 振り向くと、不知火は――明らかに、引いていた。

 一応事前に伝えておいたけれど、目の前にいる男の風体は予想を大きく超えていたらしい。

 何より、サイケデリックなアロハ服というのがそれを大きく引き上げているのだろう。

 

「なんだい。新米くん、今日連れてきた女の子も随分と美人さんだね。きみは会うたんびに違う女の子を連れているなあ――全く、ご同慶の至りだよ」

 

「やめろ、人を誤解が生じる要素満載の物言いで表現するな」

 

「ふうん――で?」

 

 のしおは。

 不知火を、遠目に眺めるようにした。

 その背後の何か(・・)を見るように。

 

「……初めまして、お嬢さん。のしおです」

 

「初めまして――不知火です。陽炎型駆逐艦二番艦の艦娘で、昨日横須賀に着任しました」

 

 一応、ちゃんとした挨拶をした。

 無意味に誰に対しても毒舌というわけではないらしい。少なくとも年上の人間に対する礼儀礼節は弁えているようだ。

 ……何故、提督で司令官である僕に対しての礼儀礼節が弁えられていないのだろうか。

 もっとも、これに関しては不知火だけに限ったことではないような気もするのだけど。

 

「失礼かもしれませんが――めずらしいお名前ですね、のしおというのは」

 

「ん、そうかい? ああ、そうかもね。いやいや、実際書いてみると簡単なんだけどね。新米くん、その懐中電灯を貸してくれるかい?」

 

「あ、ああ」

 

 そう言って、僕は懐中電灯をのしおに渡す。

 

「漢字で書くとね、こうなんだよ――おっと、逆だね」

 

 のしおは掌で包んだ懐中電灯の先を僕らに向けて振り、光跡で二つの文字を描いた。

 

()()――」

 

「そうだね、最近はそっちの読みが浸透しきった感じだね。名前ってのはそれぞれに意味があるわけで、それを度々間違えられるとホント困っちゃうよね」

 

 と、壬生(のしお)は軽口そのものの調子で言った。

 

「水臭いな。今まで、僕も知らなかったぞ」

 

「あれ、そうだったかい? そいつは多分、新米くんが訊かなかったからじゃないかい。はっはー、訊かれなくっちゃ答えようがないよね」

 

 そう言った壬生は、にやにやと、とても軽薄そうな笑みを、僕に向けた。

 

「それで、本日の用向きというのは?」

 

 不知火が僕に、壬生に、そう訊ねる。

 

「司令を通じて不知火を呼び立てたのは、一体どのような目的からでしょうか」

 

 おっと。

 不知火の声が、目つきが、きつくなっていた。

 あからさまにいぶかしんでいる。

 無理もない。胡散臭い中年に人気のない島へ夜中に呼び出されたのだ。僕だって怪しむ。

 

「何の企みで不知火をこんなところへ呼び出したのでしょうか? 壬生さん」

 

「はっはー。お嬢ちゃん、随分と元気いいねえ。何かいいことでもあったのかい?」

 

 だからなんでお前もそんな挑発するような言い方をするんだよ。それが効果的な相手かどうか、目の前の不知火を見て分からないお前じゃないだろう。

 挑発行動には容赦なく艦砲射撃を以って返すタイプだぞ。

 

「いや、僕は何もしないよ。うん、ちょっと手伝いはするけどね。何かするとしたら――それはきみだよ、お嬢ちゃん」

 

 壬生は茶化すような、僕の知るいつもの口調で言った。

 

「ま、何にせよ。ここじゃあなんだね。準備も出来ちゃいるし」

 

 壬生はそう続けると懐中電灯を僕へと放り投げ、僕が何とか落とさずに受け取った時には背を向けて一歩二歩と歩き始めていた。

 

「付いてきてもらおうか」

 

 僕たちに背を向けたままで、壬生は言った。

 

      002

 

 島をほぼ南北に貫く、左右を垂直な壁で囲まれた道。

 壬生が前もって点けてあったのか、ところどころに焚かれた篝火で進む方向を見失わない程度には困らない明るさの中を、僕と不知火は歩いていた。

 その少し先には、篝火の作る影を、時折僕たちの方へ長く伸ばす壬生の姿。

 せっかく持ってきた懐中電灯も念のためにと前へ向けて、僕と不知火はその後に続く。

 一つ、二つと何度か僕の横を通り過ぎるのは、そんなわずかな灯りなどものともしないで存在する無上の闇。

 道の右手にある、兵舎や弾薬庫跡の入り口だった。

 

「こんな場所があったのですね」

 

「ああ、僕も初めて来たときは驚いた」

 

 何しろ、昼間に来ても生い茂った木々に覆われていて薄暗い。入り口近くが多少覗けるだけで、その奥に居座った闇の深さは変わらない。

 

「おや? “不知火”は浦賀の生まれだろう。お嬢ちゃんは知らなかったのかい?」

 

「猿島は知っていましたが、島の中がこのようになっているとは知りませんでした」

 

「それもそうだね。“艦艇”がそんなことを知っているわけもない、か」

 

 不知火の返答に、壬生は一人で勝手に納得したように呟いた。

 

「ところで壬生、どこまで行く気だ?」

 

 夜の闇よりも更に暗い、黒い闇が広がるレンガ造りのトンネルへと足を踏み入れたところで僕は訊いた。

 

「もうすぐさ。トンネルを抜けた先、君もご存じの場所だよ」

 

 肩越しに、振り向いた壬生が言う。

 

「そうそう、ここにいるんだった。新米くんはいつ以来だったかな」

 

 トンネルのほぼ中間点、僕たちの入ってきた入り口の篝火も、出ていくはずの篝火の光も遠くて最も暗いその場所に、いた。

 そこには、膝を抱えるようにして、少女が、こんな陽の光も届かない場所に全くもって不釣り合いな、ワンピースタイプのセーラー服姿の、長い髪の女の子が、膝を抱えて、体育座りをしていた。

 

「司令、あの子は一体、何?」

 

 ()、というその訊き方からして、少女が何か(・・)であることを、不知火も察しているのだろう。

 

「ああ、あれは気にしなくていいよ」

 

 壬生よりも先に僕が、不知火に説明した。

 

「ただあそこで座っているだけで、別に何もできないから――何でもないよ。燃料も弾薬もない、名前も艤装もない、そういう“艦娘”」

 

「いやいや、新米くん」

 

 そこで壬生が割り込むように言った。

 

「燃料と弾薬、それに艤装がないのはその通りだけど、名前は先日、つけてやったんだ。夏にはよく働いてくれたし、それにやっぱり呼び名がないと、不便極まりないからね。それに、名前がないままじゃ、いつまでたっても彼女は凶悪なままだ」

 

「へえ――名前をね。何て名前を?」

 

 不知火を置いてけぼりの会話だったが、興味があったので、僕は訊いた。

 

初春(はつはる)と名付けてみた」

 

「初春――ふうん」

 

 思い切り和風な名前だな。

 この場合、どうでもいいことなのかもしれないけれど。

 

「僕や新米くんが会うよりも先に、まだ寒い頃に来ていたというからね。それに、これは駆逐艦の名前でもある。彼女の強さを“縛る”にも都合がいい」

 

「いいんじゃないか」

 

「ですから」

 

 いい加減業を煮やした感じで、不知火が言う。

 

「あの子は一体何なのですか」

 

「だから――何でもないんだってば」

 

 美しき鬼姫の成れの果て、といっても仕方のないことなのだから。

 

「何でもない、ですか――では構いません」

 

「…………」

 

 随分と淡泊だった。

 

「さて、お二人さん。もうすぐだよ」

 

 トンネルを抜け、生い茂る林の中の道を進み、僕たちは少し開けた場所へとやってきた。

 その昔、昔というにはそれほどでもない頃、8cm単装高角砲の据え付けられていた場所。

 幾つかの篝火で囲まれたその広場に、白木造りの祭壇が設けられていた。

 ぱちっ、と焚かれていた木の弾ける音が、やけに大きく聞こえた。

 

      003

 

「さて、ここからの主役はお嬢ちゃんだ。僕も、新米くんも、手伝うだけ、見てるだけ」

 

「……不知火に――何をさせる気ですか?」

 

 不知火は不機嫌さを隠さず、どころかありったけの怒気を込めて言った。

 

「んー……お嬢ちゃんに何かしてもらうつもりはないんだよ。そう、全く、これっぽっちもないよ」

 

 壬生は言う。

 

「勘違いしないでもらおう、お嬢ちゃん。きみはすでにして(・・)いるんだ。勝手に、身勝手に、知ってか知らでかして(・・)いるそれを、もうやめろよって話なんだよ、これは」

 

「……え」

 

 思わぬ言葉に、確かに、不知火は動揺した。

 確かに、壬生は初めからそう言っていたけど。

 僕にも意味が分からなかった。

 

「まあ、そんなことだろうとは思っていたよ。見当はついていたよ。だろうね、うん。しかし、そうだな――そうすると、まずはその辺りを自覚してもらうところから始めようかな」

 

 不知火の途惑いも、僕の疑いも、壬生は関せず、我関せずを貫いたまま、続けて言った。

 

「その方が、乱暴じゃないしね」

 

「おい、壬生――」

 

 乱暴じゃない、と言いながら僕たちに向けた壬生の表情があまりに物騒に思えて、僕は思わず言葉を発したがその後が続かなかった。

 

「自覚――とは、何のことですか」

 

 その不知火の言葉からは、僕はもう動揺を感じ取れなかった。

 そんな不知火を、壬生は、

 

「へえ」

 

 と、感心したように見た。

 

「さすがはなかなか。立派な艦娘じゃないか。てっきり、ただの自己陶酔の強いお嬢ちゃんかと思ったけど」

 

「どうして――そう思ったのですか」

 

「きみみたいな状態に陥る艦娘は、大抵そう(・・)だからだよ。やろうと思って出来ることじゃないし、通常、し続けられることでもない。そこを無理すれば――」

 

 壬生は気楽気に、然も当然とばかりに続けた。

 

「艦娘じゃいられなくなる」

 

「…………っ!」

 

 僕は、意識した言葉を発することが出来なかった。

 

「では、どうすればいいと?」

 

「正しくは、どうしなくなればいいか、かもね。まあ、これは捉え方の違いでしかないか。自覚さえできれば、理解は簡単だ」

 

 壬生は飄々と、そう言ってのける。

 

「じゃ、さっさと済ませてしまおう。こうして、準備も整っているしね。お嬢ちゃん、まずはその祭壇の正面まで進んでもらえるかい?」

 

 壬生の言葉に、一瞬の逡巡の後、不知火はその言葉に従って、篝火の明かりに照らされた祭壇の前へと歩み出た。

 

「ああ、そうだ。そこでいい。じゃあ、まずは落ち着こうか」

 

 不知火に背を向かせたままで、壬生は言う。

 

「落ち着くことから始めよう。まずは、認識だ。自分の状態、状況を改めて見つめ直す――最終的にはお嬢ちゃんの気の持ちよう一つだからね」

 

「気の持ちよう――」

 

「リラックスして。周辺警戒は無し、解除だ。ここは安全海域、きみが何の心配もなく、落ち着いていられる港。頭を下げて、目を閉じて――数を数えよう。一つ、二つ、三つ、四つ――」

 

 まるで何かのまじないのような、暗示をかけるみたいな言葉に、思わず僕も同じように付き合って。目を閉じ、数を数えてしまう。

 そう、催眠暗示。

 壬生は認識といったが、それは自己ではなく、自己も含めたその周りを、自分から一歩引いた位置より見ることを示しているようだった。

 僕は、そっと、目を開けた。

 周囲を窺う。

 篝火。その灯りが、微風に揺らぐ。

 その灯りに照らされている、僕と、壬生と、不知火。

 

「落ち着いた?」

 

「――はい」

 

「そう――じゃあ、質問に答えてみよう。きみは――“不知火”は、僕の質問に、答えることにした。お嬢ちゃん、きみの艦名は?」

 

「陽炎型駆逐艦、二番艦、不知火」

 

「現在着任しているのは?」

 

「横須賀鎮守府」

 

「竣工日は?」

 

「12月20日」

 

 一見、意味が分からないというよりは全く意味がないような、質問と、それに対しての回答が続く。

 淡々と。

 変わらぬペースで。

 壬生は、不知火の後ろから言葉を掛ける。

 不知火も、背を向けたまま、頭を垂れている。

 息遣いさえ聞こえそうな静寂。

 

「竣工当時の艤装は?」

 

「主に50口径12.7cm連装砲3門、25mm連装機関砲2門、61cm四連装魚雷発射管2門」

 

「初出撃時、どう思った?」

 

「単純に艦艇としての役目を果たしに行くのだと思いました。その為に建造されたのですから」

 

「お気に入りの艦長さんなんているかな?」

 

「言いたくありません」

 

「今までの艦歴(じんせい)で」

 

 壬生は変わらぬ口調で言った。

 

「一番、辛かった思い出は?」

 

「………………」

 

 不知火は――ここで、答に詰まった。

 言いたくない――でもなく、沈黙。

 それで、壬生が、この質問だけに意味を持たせているのだと、僕は知る。

 

「どうしたんだい? 一番――辛かった、思い出。記憶について、訊いているんだ」

 

「……き」

 

 沈黙を守ることのできる――雰囲気ではなかった。

 言いたくないと、拒絶もできない。

 自己を――認識させられていた。

 手順通りに――ことは進む。

 

「キスカ島沖で――」

 

「キスカ島沖で」

 

「艦隊が、雷撃を受けたこと」

 

 自分の編成された艦隊への攻撃。それが一番、辛かった思い出。

 でも――それは。

 

それだけかい(・・・・・・)?」

 

「……それだけって」

 

「それだけじゃ、大したことではない。戦時中、敵艦に雷撃を向けられない艦隊なんて、まずはない。戦地なら尚更だ」

 

「………………」

 

だから(・・・)――それだけじゃない(・・・・・・・・)

 

 壬生は――力強く、断定した。

 

「言って御覧。何があった」

 

「何がって――か、艦隊が――攻撃を、雷撃を受けて――被弾して――」

 

「艦隊が敵艦に雷撃され被弾して――そのあと(・・・・)

 

 そのあと。

 不知火は、肩を震わせ始める。

 

「お――同じように、雷撃され、被弾した、一緒に停泊していた、霰も、霞も、被弾して」

 

「駆逐艦“霰”。駆逐艦“霞”。被弾して、どうした?」

 

「は――反撃を、霰は主砲で砲撃しようとして」

 

「反撃? 反撃しようとしたんだね? そして――どうなった?」

 

「でも、更に雷撃を受けた――霰――が」

 

 不知火は、苦痛の入り混じった声で言った。

 

「あ――霰は、目の前で、その船体は二つに折れて。そう、不知火の、不知火たちの目の前で――」

 

 色んなものに耐えるように、不知火は続ける。

 

目の前で霰が(・・・・・・)――沈没したわ(・・・・・)

 

「……そうかい」

 

 壬生は静かに――頷いた。

 不知火の――

 不自然なほどに強い警戒心の強さや――

 攻撃的姿勢と失態に対する自身への厳しさ。

 そこに、僕は思い至った。

 

「でも、きみは助かった」

 

「助かりました」

 

「良かったじゃないか」

 

でも(・・)――責任を取った人がいた(・・・・・・・・・・)

 

 不知火は――淡々と。続ける。答える。

 

「駆逐隊司令は――自決を遂げられました」

 

「それ――だけ?」

 

「違う――不知火たちも、不知火と霞も大破して、駆逐隊の被害はあまりにも大きくて」

 

「大きくて、第十八駆逐隊は解隊した(・・・・)

 

 壬生は、不知火の台詞を先回りした。

 ここは提督であれば次の予想が出来る、そんなシーンではあったが――不知火にとって、それは効果的であったらしい。

 

「はい」

 

 と、不知火は、神妙に――肯定した。

 

「無事なのは“陽炎”だけだったんだから――当然だね」

 

「はい。不知火も、霞も、翌年まで海軍工廠で修理を受けました。霞は、一時、予備艦にもなりました」

 

「辛いかい?」

 

「辛い――です」

 

「どうして、辛い? あの大戦はもうとっくに過去のことじゃないか」

 

「考えてしまうのです。もしもあの日不知火たちが、不知火が――敵艦を見つけていれば(・・・・・・・・・・)、少なくとも――あの濃霧の日には、そうはならなかったのではないか、と」

 

 壊れなかったんじゃないか、と。

 解かれなかったんじゃないか、と。

 

「そう思う?」

 

「思う――思います」

 

「本当に、そう思う?」

 

「……思います」

 

「でもそれ(・・)は、随分と大きな思い上がりだよ、お嬢ちゃん。己を買い被りすぎってもんだ」

 

 壬生は言った。

 

「きみたちが、きみが、はたしてそれを出来たかどうか、誰にも分からない。ましてや、それは過ぎ去った、すでに史実となった現実だ。誰にも変えられない」

 

「過ぎ去った――史実」

 

「そもそも、きみは“艦娘”だ。過去に存在していた“艦艇”じゃない。きみと“不知火”は、同一の存在じゃない。たとえ今、どんな思い(・・・・・)に囚われていようと、それをきみが背負っちゃいけない。他人が勝手に背負っちゃ(・・・・・・・・・・・)――いけないね」

 

「他人が、勝手に――」

 

「それを踏まえて――ちゃんと状況を(・・・)認識してみようか(・・・・・・・)。お嬢ちゃん、目を、開けて御覧」

 

 壬生がそう言って、不知火は――

 

「い――いやあああああっ!」

 

 大声を上げた。

 不知火は、頭は上げ、その目を見開き、自分の周囲の様に戦慄き――船体(からだ)を震わせ――取り乱していた。

 あの――不知火が。

 

「何か――見えるのかい?」

 

 壬生が問う。

 

「も、燃えている、あのときと同じ――同じように、周りが、海が、私が――燃えている」

 

「そうかい。僕には全く見えないけどね」

 

 壬生がそう言って振り返り、僕へ向く。

 

「新米くんには、何か見えるかい?」

 

「見え――ない」

 

 見えるのは、ただ、揺らぐ篝火の灯りと、照らされている祭壇と、不知火。

 その船体に、何かが起こっているようには、全くみえない。

 

「何も――見えない」

 

「だそうだ」

 

 不知火に向き直る壬生。

 

「本当に見えているのかい?」

 

「は、はい――はっきりと。見えます。不知火には(・・・・・)

 

「錯覚じゃない?」

 

「錯覚ではありません――本当です」

 

「そう。だったら――」

 

 壬生は不知火を促すように言葉を続ける。

 

「そいつは、ちゃんと降ろさなくちゃいけないね」

 

「降ろ――す」

 

 不知火が振り向いて、僕たちの方を、壬生を見る。

 

「オオクチバス――“グロウラー”」

 

 壬生は、「やっぱりね」と頷いた後、ふと思いついたような響きで、そう言った。

 

「グロウラー?」

 

 思わず、僕は訊き返した。

 

「おいおい、きみが知らなくてどうするよ、新米くん。きみは今や、提督なんだぜ。少しはその辺のこと、史実ってやつを勉強しなくちゃいけないだろ」

 

 心底呆れ果てたように言う壬生。

 

「潜水艦“グロウラー”。そいつにやられたのさ。あの日、“不知火”は。“不知火”のいた護衛隊は」

 

「それが――史実」

 

「そう、史実。そして、過去の現実。それが今、お嬢ちゃんが見せられているもの、勝手に背負ってしまっているものの正体だ」

 

「勝手に、背負って――いる」

 

「そう。勝手に、身勝手に、自ら背負いこんでいるんだよ、お嬢ちゃんはね。ああ――それと、あれだ。新米くんが電話で言っていただろ、転覆したのは久里浜海岸だって」

 

「ああ――それが?」

 

「あそこには平作川が流れ込んでいる。ギリギリ汽水域だ。バスが居てもおかしくはない。もっとも、お嬢ちゃんが勝手に見間違えた他の魚影かもしれない。盃中の蛇影、疑心暗鬼を生ずってやつだね。それがなお一層、強く思いおこさせたのかもしれない。いや、それとも、“敷波”って艦娘が新米くんのところに着任したことの方かな」

 

「え――それが、どうして?」

 

「“敷波”もやられているんだよ、“グロウラー”に。二年後だったかな」

 

「……だから、それで?」

 

「だからそれで、だよ。そして――だからこそ、でもある」

 

 僕は不知火に目を向ける。

 不知火は、慌て、狼狽し、何かから避けるように、振りほどくように、その船体()を踊らせている。

 燃えている、と不知火は言った。

 自分を焦がす、周囲を焼く、炎が。

 

「あ……あ、ああ」

 

 怯え、と――恐れ。

 けれど――僕には、変わらず、何も見えない。

 不知火が、一人で途惑い、まとわりつく何かを振り払おうとしているとしか。

 だけど、だけどしかし――不知火には、見えているのだ。

 

「仕方がないな。やれやれ、強情なお嬢ちゃんだ。ここまできても背負ったまま(・・・・・・)とは。強気で、生真面目で、てのは嫌いじゃないけどこいつはいただけないよ。もう、その辺にしたらどうだい、お嬢ちゃん」

 

「な――何を、ですか」

 

「悲劇のヒロイン気取りが気に食わねえっつってんだよ、お嬢ちゃん」

 

 唐突に、辛辣な言葉を、壬生は放った。

 

「身勝手に、自分勝手に、人の物を背負っておいてそれはないだろってことだよ、お嬢ちゃん。そいつはきみの背負うべきものじゃない。背負っていいもの(・・・・・・・・)じゃ、ないんだよ」

 

 壬生は、駄々をこねる子に言って聞かせるように、静かに、重く、言葉を放つ。

 

「そんな思い(・・)を背負って戦えるほど――深海棲艦は甘くない」

 

 不知火が、見えているという炎を忘れて、見失って、壬生の言葉に呑まれていた。

 

「お嬢ちゃんにも分かっているんだろう。それ(・・)は、きみの想いじゃない。悔やんで、抱えた、“艦艇の魂(かのじょ)”の思いだ。それを勝手に、きみが抱えちゃいけない。だから、降ろして、返すんだよ」

 

「………………」

 

「きみが背負うものはちゃんと別にある。今と――そしてこれから、だ。決して誰かの、他の誰かの過去じゃない。お嬢ちゃんが背負っていいのは、きみ自身だ。背負うべきは、背負わなくちゃいけないものは――それだけだ」

 

 不知火は呆けたように、けれど、今まで見えていたものがまるで見えなくなったように、見失ったように――自分の船体(からだ)を見て。

 そして――

 

「何……て、言えば――」

 

「普通に――謝ればいいよ」

 

 こともなげに壬生は言った。

 

「……わかりました」

 

 もう不知火に、火は、炎は、見えていないようだった。慌てずに、揺らがずに、不知火はきちんと足を揃えて、深々と礼をした。

 

「――ごめんなさい」

 

 まずは、謝罪の言葉だった。

 

貴女(あなた)のものを、勝手に――背負って、申し訳ありませんでした」

 

 そして、続けた。

 

「“私”にそれは背負えません。“私”は、貴女の名前を頂いて――継いで、けれどそれは“私”には荷が重すぎます。背負えきれません」

 

 更に、続けて――

 

「“私”は、“私”だけ背負います。貴女を識って、わかって、けれどちゃんと“私”だけを背負っていきます」

 

 最後に、心から悔いるように。

 

 

 

「謹んで、お返しいたします」

 

 

 

 ぱん。

 篝火に焚かれた木が爆ぜたような、にしてはやけに甲高く響いた音が耳をうった。

 返したのだろう。還ったのだろう。

 

「――ああ」

 

 身じろぎもせず、何も言わない壬生と。

 過ちを認め、謝って、許しを乞おうと礼をしたまま、しかしわずかに船体(からだ)を震わせて、一つ、また一つ、雫を零す不知火を離れた位置から眺めるように見て。

 ああ、きっと不知火は、決して絶対に確実に、ツンドラなんかじゃないんだなと、そんなことを、なんとなく、考えていた。

 

      004

 

「ああした思い(・・)を、思い(・・)まで、引き継いでしまう艦娘は少なくないんだ。一概にそれらを全て、いけないものだとは言い切れない。それが強さに、決意に繋がる場合も多いからね。でも、それに“引き摺られ”るようじゃいけない。そういう艦娘()はいずれ“引き摺られ”続けて――行きつく先は、深くて暗い――深淵の水底(みなそこ)だ」

 

 壬生は言った。

 

「誰かさんは、そうして沈んだ思い(・・)が歪んで、捻じれて――そして、深海棲艦になる、なんて言ってる。それが本当にそうなのか、どうなのか、僕にはそうかもしれない――違うかもしれない、としか言えない」

 

 壬生は皮肉でも、自嘲でもなく笑みを歪めた。

 

「でも、まあ、必要のないものを背負っている必要はないよ。そんな余裕なんて、誰にもない。人間にも、艦娘にも。背負えるものは、誰だって自分(・・)くらいだ」

 

 それなのに。

 それでも。

 それだから。

 不知火は――背負った。背負うことを選んでしまった。

 間違えた。

 誤り、謝って、返した。

 同じ“不知火()”の、彼女が持っていた思いを。

 不知火が何故そうして、そうなったのかは僕には分からないし、おそらくわからないままなのだろうけど、そして、壬生の言う通り、それを止めただけで、本来あるべき不知火へとなっただけなのだろうけど――

 何も変わらず、本来のかたちになっただけなのだろうけど。

 

「何も変わらず、なんてことはありません」

 

 不知火は、言った。

 双眸を潤ませ、雫を溜めて、僕に向かって。

 

「少なくとも一つ、確実に変わりました。不知火は、大切な存在を一つ、得ることができました」

 

「それは、何?」

 

「貴方のことです、司令」

 

 とぼけたように訊いた僕に対して、照れもせず、それに、遠回しにでもなく、堂々と――不知火は、胸を張った。

 

「ありがとうございます、司令。不知火は、貴方にとても、感謝しています。今までの失礼、全て謝罪します。――そして、図々しいかもしれませんが、これからも司令の指揮下で、艦隊に加えていただけるなら、旗艦を任せていただけるなら、不知火は、とても嬉しいです」

 

 不覚にも――

 不知火からのその不意打ちは、僕の胸を、ど真ん中を、確実に、撃ち抜いたのだった。

 

      005

 

 後日談というか、今回のオチ。

 翌日、朝食の席で、僕と不知火は向かい合う。

 食堂の、食卓に上がったのは、間宮さんに頼んで急遽用意してもらったメニュー。

 白身魚のムニエル。

 オオクチバスだかどうかは、僕にはわからない。でも、多分違う。

 こんなことに大した意味は、おそらくない。ないこともないかもしれない。

 特に深く考えた、というわけではない。

 でも、まあ、気分というか、験を担ぐというか、そういうこともありかと思った、それだけだ。

 不知火が、見事な箸捌きで奇麗に、薄っすらと色付いたその身をほぐして、つまみ、口に運ぶ。

 ほむ。

 淑やかに口にして、吟味するように、味わって。

 そして、口にする。

 一言、あら、と。

 

「美味しい」

 

 




 とにかくどうにか書き終えることができました。艦物語しらぬいシリーズ、“しらぬいビルド・バス・プレッシャー”。
 次回作は、どの誰が誰になるか。なんとなく決めて、それなりに構想しております。
 ご期待いただければ幸いです。
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