艦物語 ― 君も知らない物語 ―   作:きさらぎむつみ

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第四話 しらぬいホリデェイ(壱)

      001

 

 その艦娘と遭遇したのは、十月の第二日曜日、休日のことである。

 休日が嫌いな人でも平日が好きで好きでたまらない人でも、兄弟姉妹と仲が良い人でも仲が悪い人でも、暦通りに、カレンダー通りに生活をするならば、休日だということを受け入れなくてはならない。

 たとえどれだけ拒絶しようと、世間は休日で、公共機関は休日ダイヤで動いて、民間企業もサポート受付などやってはくれない、そんな週に一度の強制的にして自動的なのがこの日曜日であることは、確かだった。

 今の横須賀鎮守府には、艦娘の艦隊を率いる“提督”が複数名存在する。休日は、僕を含めたその全員が持ち回りで休みを取る。

 本日の僕は、半舷休息ではなく全休の日であった。僕と、僕が指揮する艦娘全員が丸々一日の休暇を与えられていた。

 そんな日。

 そんな日の、午前九時。

 僕は最近になって半ば休日の指定場所と化した横須賀鎮守府近くの公園で、街路樹の木陰で、ベンチに座っていた。馬鹿みたいに青い空を、馬鹿みたいに見上げながら、さして何をするでもなく、見知らぬベンチに座っていた。見知らぬ誰かがいつ設置してくれたかも分からない、そんなベンチだった。

 三笠公園と、入り口にはあった。

 それを『みかさ』と読むのは、さすがの僕にも明白だった。何に由来するものなのかも、だから当然、分かる。勿論それは、正面の岸壁に繋がれた歴史的資料価値の高い、それでいてさほどお固くもなく、結果として市民に憩いの場を提供してくれている古い艦艇の存在が大きな理由だ。

 もっとも、たとえそれが分からなかったとしても、どうということもなく、何の問題も生じない。僕は確固たる目的があってその公園に来たわけではなく、ただ単に、でたらめに、気分気ままに足の向くままにその公園に行きついてしまったという、あくまでもそれだけのことなのだから。

 来訪と到着の違い。

 当人の僕にしか、その違いはないのだろうけれど。

 結構広い公園だった。

 ――提督(にいちゃん)が。

 そこでふと――妹の言葉が思い出された。

 鎮守府内提督私室を飛び出てくるときに、僕の耳に、電話越しに投げ掛けられた言葉。

 ――提督(にいちゃん)がそんなことだから――

 ああ。

 畜生、と、僕は、さっきまで取っていた雲を見上げる姿勢から、今度は地面を一直線に見詰めるような、頭を抱える姿勢を、取ることになった。

 暗い気分が、あたかも波打ち際のように押し寄せる。

 空を見て大分落ち着いてはいたのに、今更のように、自分の卑小さが嫌になる。自己嫌悪とはこういう感情を言うのだろう――普段僕はあまりそういうことで悩むタイプではないのだが、ごくたまに、そう、あの春先のような、または今朝のような、そういうイベントじみた日には、何故か大抵、そういうコンディションになってしまう。特殊な状況、特異な設定。そういうものに、僕は酷く脆い。落ち着きを失ってしまい、浮き足だってしまうのだ。

 ああ、平日最高。月月火水木金金万歳。

 早く明日になってくれ。

 そんな微妙なコンディションから――駆逐艦娘(かのじょ)にまつわるそのエピソードは、軽巡洋艦娘(かのじょ)たちとあの提督(おとこ)にまつわるあのエピソードは、始まったのだった。

 裏を返せば、僕がそんなコンディションでさえなければ、あるいは、どちらか片方は、始まりさえしなかったエピソードだったのだろう。

 

      002

 

「あらあら、これはこれは。三笠公園の木陰に犬の死体が捨てられていると思ったら、なんだ、司令ではありませんか」

 

 横須賀市政史上恐らくは初めての試みになるであろう奇抜な挨拶が聞こえた気がして、地面から顔をあげると、そこにいたのは我が艦隊所属の艦娘である不知火だった。

 さきほどの言葉通り、本日の我が艦隊は全休日である。

 不知火は平服だった。といっても、普段着ている『駆逐艦不知火』としての軍服と、デザイン自体には全く何の違いもない。違うのは素材くらいのはずだ。

 艦娘は、特にこれと決めた特別な用件でもなければ平時でも軍服を、もちろんそれは艦隊行動の際に着用するものとは違いごく一般的な服飾素材のものであるが、それらを好んで着用する傾向にある。もっとも、艦娘の、特に駆逐艦娘の軍服はデザインが女子中高生の学生服に酷似したものが多く、不知火のそれも例外ではない。

 そもそも、セーラー服っていうもの自体、出自は軍服由来な訳だし。

 普段身にしている軍服との違いは外見上は皆無、のはずなのだ。だが、それなのに、その平服姿の不知火が纏う雰囲気に、いきなりの犬の死体呼ばわりに何か言い返してやろうかと思った僕は、思わず目を奪われてしまった。

 うわ……。

 漏れそうになった声を、何とか飲み込む。

 

「何でしょう。ただの挨拶ではありませんか。冗談ですよ。そんな、本気で鼻白んだみたいな顔しないで欲しいです。司令は、ユーモアのセンスが決定的に欠如しているのではありませんか?」

 

「あ、いや……」

 

「それとも。うぶな司令は、不知火のチャーミングな平服姿に見蕩れちゃって平伏するしかない、ということでしょうか?」

 

「…………」

 

 表現が駄洒落なのはともかく、完全に図星を突かれていたおかげで、僕の方からうまい突っ込みを返すという唯一の反撃機会を失っていた。

 さすがは駆逐艦の艦娘、虚を衝いての肉迫から近距離雷撃はお手の物、というところか。

 

「ところで、司令。こんなところで、一体全体、何をしているのでしょう? 不知火が外出届を出して着替えている間に降格にでもなってしまったのでしょうか。水雷戦隊指揮権を剥奪されでもしたのでしょうか。部下にはそんなこと話せないから、鎮守府近辺を散歩している振りをして、その途中たまたまベンチで休んでいる体で今後の進退について考えているとか……だとすれば、不知火の恐れていた事態がついに、といった感じですね」

 

「リストラされたお父さんだな、それは……」

 

 そもそも今日は休日だ。

 

「別に。暇つぶし」

 

「何をしているのと訊かれて暇つぶしと答える男性は甲斐性無しという話を聞いたことがあります。尤も、すでに横須賀鎮守府の穀潰しな司令には手遅れな話であるわけですが」

 

「……出典元よりはるかに盛大な罵倒だな」

 

 いっそ、清々しささえあった。訂正。そんなことはなかった。言葉の雷撃力に比例したダメージは受けていた。

 文字通りの口撃を繰り出した当の不知火は「ふうん」と頷き、僕の全身を上へ下へと眺めまわす。

 

「驚きました。まさか司令が普段着にまで軍服を用いるフェティシズムをお持ちだったとは――いえ、不知火の勘違いですね、失礼いたしました」

 

 丁寧なお辞儀で失言を詫びる不知火。

 

「司令は普段着として軍服を使い回す貧乏性をお持ちだっただけですよね」

 

「失礼の方向性が変わっただけだった!」

 

「まさか、ただ単純に普段着を購入できないほどの貧乏だったのですか」

 

「もっと失礼になった!」

 

「ということは、先ほどの不知火の発言は失言には当たりませんね。司令、不知火の謝罪を返還してください」

 

「え、それって要求されちゃうものなの?」

 

「返される当てのあるうちに要求するのは当然のことではありませんか。一寸先は闇、とはこの世のことをいうのですよ」

 

「まるで次の瞬間に僕がこの世から消えてなくなるような言い方をするな」

 

「司令は酸素魚雷の直撃を喰らっても無事だと仰るのですか」

 

「その酸素魚雷はいつ誰が撃つんだ!」

 

 僕の正面に居る艦娘に決まっている。

 お前それ、僕を亡き者にしたいだけじゃん……。

 そもそも、今の不知火は艤装を身に着けていない。魚雷発射管も連装砲も装備していない。何かを一発でも出してくるわけがない。

 ……ない、はずなんだけどなあ。

 何故だろうか。不知火には何かされそうな気しかしない。

 猿島での件からしばらく経ったけど、変わらないなあ、こいつ。

 ちょっとは丸くなったと思った気がしたけれど。

 

「でも、それはよかったです」

 

 不知火は薄い笑みをたたえて、言った。

 

「今日は単なる市街散策のつもりだったのですが、できれば誰かに、詳しい方に案内をしてほしかったので」

 

「……ふうん?」

 

「“不知火”が浦賀生まれとはいえ、それは“艦艇の魂(かのじょ)”の記憶、私自身は着任したばかりのこの横須賀には明るくありませんから。折をみて少しずつ、周辺探索を行なうつもりでいたのですよ」

 

「ああ……そうなんだ」

 

 確かに、艦娘は卒業した女学校とは関係なく各地の鎮守府や基地に“就役”するから、まずは任地に慣れるのが最初の仕事だとも言われている。

 そこは不知火も御多分に漏れず、ということらしい。

 

「ええ、不知火が歩き回って悩んで学べば済む話です」

 

「ふうん。ま、そうだな」

 

 そうなのだった。しかし、どこか引っ掛かる、とげのある言い方に聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「そうです。全くそう。それに関しては、悩んで学べるだけの知性がある分、不知火は自身を幸せ者だと感じます」

 

「……どこかに悩んで学べるだけの知性がない分、不幸せだと感じなきゃいけない者がいるみたいな言い方をするんだな」

 

「司令は馬鹿だわ」

 

「直接言いやがった!」

 

 言葉のとげが次の瞬間に剣山へ変わっていた。

 しかも文脈を完全に無視しやがった。

 

「司令があまりに鈍いからですよ。遠回しな言い方では、不知火を嚮導して市街案内してください、とは伝わらなかったようですので」

 

「僕に案内を頼みたかったっていうのは、まあ、なんっつーか、冥利に尽きるというか、光栄な話ではあるんだけどな」

 

 しかし、もう少し伝達の努力を主文に反映してほしかった。

 

「頼みたかった、ではありません、司令。嚮導して欲しかったのです。それとこれとじゃ、ニュアンスが全然異なりますよ」

 

「へえ……」

 

 そこは譲れない重要なところらしいのだけれど、正直僕には、その違いが明確には分からない……のだが、違うということは分かった。

 

「司令は、この辺りには、明るいのでしょう」

 

「あ、ああ、一応は地元民だからな。といっても、僕もそれほど隅から隅まで知ってるわけじゃないし、しばらく来ないうちに変わっているところもあるからな」

 

「あら、そうなのですか?」

 

「まあ、そうだな」

 

 猿島が一般人立ち入り禁止になるくらいには、な。

 

「ではなおのこと、嚮導を依頼する相手の人選は慎重にならなければいけませんね」

 

 ふむふむと、頷く不知火。

 不知火は、意外なことに、ここではろくな反論もせずに、そう言って考え込んだ。

 

「では。司令。そういうことなら、隣、構わないでしょうか?」

 

「隣?」

 

「司令とお話がしたいのです」

 

「…………」

 

 こういう物言いは、本当に直截的なんだよな。

 言いたいことやりたいことは簡単明瞭。

 まっすぐ、ど真ん中。

 

「いいよ。四人掛けのベンチを一人で占領していることに、若干の心苦しさを感じていたところだったんだ」

 

「そうですか。では遠慮なく」

 

 不知火はそう言って、僕の隣に座った。

 肩が触れ合うくらいの隣に座った。

 

「……………………」

 

 え……なんでこいつ、こんな四人掛けのベンチで、まるで二人掛けみたいな位置に座るんだ……? 近過ぎませんか、不知火さん。

 ギリギリの位置で、まあかろうじて身体同士は触れ合ってはいないものの、ちょっとでも身じろぎすればというものすごく絶妙なバランスで、司令官と部下としては、いや、同僚同士としても、ちょっとこれはちょっとという感じだ。

 かといって、これでこっちが距離を取るように移動したら、まるで僕が不知火を避けているみたいな印象になりかねない。たとえそんなつもりはなくとも、仮にそんな風に思われたら、不知火からどんな迫害を受けることになるのかと思うと、そう安易に、僕としては動くわけにはいかなかった。

 結果――固まる。

 

「この間のこと」

 

 そんな状況、位置関係で。

 不知火は平然とした風に言った。

 

「改めて、お礼を言わせてもらおうと思いまして」

 

「……ああ。いや、お礼だなんて、そんなの、別にいいよ。考えてみたら、僕、何の役にも立ってなかったしな」

 

「そうですね。ゴミの役にも立っていなかったですね」

 

「…………」

 

 意味は同じだけれど、よりひどい表現だった。

 というかひどい艦娘(おんな)だ。

 

「だったら、礼は壬生(のしお)に言っとけよ。それだけでいいと思うぜ」

 

「壬生さんのことは、また別の話です。それに、壬生さんには、初任給から料金を支払うことになっていますので」

 

「ああ。結局そうなったのか」

 

「ええ。当初は、猿島へ生活物資を運ぶという、不知火の性格に不向きな輸送任務でしたので、交渉の結果そのようになりました」

 

「自分の得手不得手を自覚しているのはいいことだ」

 

「残念ながら、踏み倒すまでには至らず、交渉は失敗といえるでしょう」

 

「お前は初対面の相手にそんな交渉を持ちかけたのか」

 

「冗談ですよ。お金のことはちゃんとします。まあ、だから、壬生さんのことは、また別――ということ。それで、不知火は、司令には、壬生さんとは違う意味で、お礼を言いたいのです」

 

「だったら、今聞かせてもらったってことで、もういいよ。いくら礼の言葉でも、あんまり何度も言うと、中身がなくなってくもんだからさ」

 

「中身なんて最初からありません」

 

「ないのかよ!」

 

「中には誰もいませんよ」

 

「それはどうやって確認したかが気になるから!」

 

「冗談です。中身はありました」

 

「冗談ばっかりだよな、お前」

 

「中身はちゃんとスポーツバッグの中にあります」

 

「そっちの中身は確認したらいけない方だから!」

 

 会話のキャッチボールではなく投球練習を、硬球ではなくボウリングの球でしている気分になってきた。

 こほん、と咳をしてみせる不知火。

 

「申し訳ありません。不知火は、何故だか、司令から何かを言われると、ついつい、それを否定したり、それに逆らいたくなってしまうのです」

 

「………………」

 

 謝りながらそんなことを言われても……。

 あなたとは漫才コンビが組めそうな運命的な出会いねって言われた気分だ。

 

「きっと、これは、あれですよね。好きな子を苛めたいと思う、ちっちゃな子供みたいな心境なのでしょうね」

 

「いや、深海棲艦を徹底的に追い詰めて風穴を開けたいって思う、陽炎型二番艦特有の心境だと思うぞ……」

 

 ん?

 今僕、不知火に好きな子って言われた?

 あ、いや、言葉の綾か。

 

「ま、でも実際、そんな恩に感じられるほどのことはしたとも思ってないし、壬生風に言うなら、『不知火が一人でやめただけ』なんだから、僕に対して、恩を感じるとか、そういうのは、やめにしとこうぜってこと。これから仲良くやっていきにくくなるだろ」

 

「仲良く、ですか」

 

 不知火は、口調を変えずに言う。

 

「司令――不知火は、司令のこと、親しく思ってもよいのでしょうか?」

 

「そりゃ勿論」

 

 僕は只今、艦艇資料と首っ引きになって史実に関して勉強中で、不知火は史実の“艦艇の魂(しらぬい)”と現実の“自分(しらぬい)”を摺り合わせ中だ。出来れば、ただの“司令と部下”とか、あるいはただの“提督と艦娘”とかで済ます関係ではいたくない、と思っている。

 

「そう……そうね、不知火は、弱みを握られているのでしたね」

 

「いや、弱みとかそういうことじゃなくて、当たり前に親しく思ってくれりゃいいんだよ……僕も出来るだけ、考えた接し方をするからさ」

 

「ですが、司令って、あまり友達や後輩を作るタイプの人間ではありませんよね」

 

「春先まではそうだったよ。タイプというより、主義だったからな。ただそのあと、特に夏に、ちょっとしたパラダイムシフトがあったわけで……そういう不知火は?」

 

「不知火は横須賀着任二日目までです」

 

 そういう不知火。

 

「もっというなら、司令と一夜を共にした日まで」

 

「………………」

 

 なんだこいつ……。

 ていうかなんだこの状況……。

 まるで先日、僕と不知火との間に決定的な出来事が発生していたと思われるような言い回しは……息苦しいというか重苦しいというか、そう……心の準備が出来ていない、見たいな感じ。

 じゃなくて。

 ああ、告られたらどうしようとか、結構真面目に考え始めている自分が酷く恥ずかしい! しかも、それについて考える際に、つい不知火の胸に眼がいってしまうのは!? 僕はそんなつまらない人間だったのか!? 赤レンガから提督を任された僕は、艦娘を艦橋(胸)や甲板(スタイル)で判断するような、品性の下劣な士官だったのか……。

 

「どうしたのですか? 司令」

 

「あ、いや……ごめんなさい」

 

「何故謝るのですか」

 

「自分の存在が罪に思えてきたんだ……」

 

「なるほど、罪な男というわけですか」

 

「………………」

 

 いや。

 またそれは、意味は同じでもニュアンスが違うし。

 

「つまりね、司令」

 

 不知火は言った。

 

「司令が何と言おうと、不知火は、司令に、お返しがしたいと思うのです。そうでないと、不知火はいつまでも、司令に、引け目のようなものを感じてしまうと思うのです。仲良くやっていくというなら、それが終わって初めて、司令と不知火は、対等な提督と艦娘の関係になれると思うのです」

 

「対等……」

 

 なんだろう。

 対等な提督と艦娘、という関係が果たして言葉として成立しているのかは別にして。

 どう考えてもおそらくは感動的な言葉のはずなのに、過度な期待をしていたために、気落ちというか、なんだか、心のどこかでがっかりしてしまっている自分がいるような……。

 いや、違う……。

 決して、そういうわけでは……。

 

「どうしたのですか、司令。不知火としてはそれなりに格好いいことを言ったつもりなのに、司令は、どうしてなのか失望したみたいな顔をしていますね」

 

「してないしてない。不知火がそんな風に思ってくれていることがわかって、レア艦ドロップ時みたいに大はしゃぎしている自分を必死で隠しているから、逆にそう見えるんだろう」

 

「そう」

 

 納得していないみたいな顔で頷かれた。

 下心のある男だと思われたかもしれなかった。

 

「まあいいです。とにかく――そういうわけで、司令。何か不知火にして欲しいことはないのでしょうか? 一つだけ、何でもいうことを聞いてあげます」

 

「……な、なんでも?」

 

「何でも」

 

「ああ……」

 

 指揮下の艦娘から何でも言うことを聞いてあげるって言われた……。

 図らずもものすごい偉業を達成した気分だった。

 ………………。

 でも絶対、こいつはわかってて言ってるよな。

 

「本当になんでもいいですよ。どんな願いでも一つだけ叶えてあげます。ブリタニアからのエリア11解放でも、ルル・アメル監視装置である月の破壊でも、超大型巨人駆逐でも」

 

「お前は、それら全てがそれぞれの作品の最終目的だったり、叶っちゃったら話が進まなくなる事柄だと理解しているのか?」

 

「当たり前です」

 

 肯定しやがった。

 

「お望みとあらば“輝くトラペゾヘドロン”の使用や破壊も辞さないわ」

 

「いつから機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)になったんだ」

 

「あんな肝心なときに魔導書幼女がいないと動けない上に最後には敵諸共、俺たちの戦いは未来永劫続くのだとばかりに異次元へと旅立つようなガラクタと一緒にしないで欲しいですね。……でもまあ、確かに、不知火としては、もっと個人的なお願いの方が助かるのは事実ですね。お手軽ですから」

 

「だろうな……」

 

「いきなりこんなことを言われても、司令もやはり戸惑ってしまいますか? だったら、そう、ああいうのでも構いませんよ。こういう状況では、よくあるスタンダードなお願いでしょう。ほら、その一つの願いを百個に増やしてほしいとか」

 

「……え? ありなのか? いいのか? それ?」

 

「なんでも言って下さい。出来る限りのことはさせてもらうつもりですから。一週間語尾に『でち』とつけて会話して欲しいとか、一週間下着を着用せずにボディペイントで出撃して欲しいとか、一週間中破状態で秘書艦をして欲しいとか、一週間船体(ボディ)塗り替え補修途中の状態で過ごして欲しいとか、司令にも色々好みはありますよね」

 

「お前、僕をそんなレベルのマニアックな変態だと思ってたのか!? いくらなんでも失礼すぎるだろうが!」

 

「いえ……あの、申し訳ないのですが、さすがにそういうのを一生とか言われますと、ちょっと、不知火としてはついていけないというか……」

 

「いや、違う違う違う! 自分のマニア度を不当に低く評価されていることに対して怒ったわけじゃない!」

 

「あらそう」

 

 お澄まし顔の不知火だった。

 完全に僕を弄んでいる……。

 

「というか、不知火、お前、そんなアホな要求を、一週間なら呑めるのかよ……」

 

「その覚悟はあります」

 

「………………」

 

 捨てちまえ、そんな覚悟。

 

「参考までに、不知火の個人的なお勧めは下着を着用せずにボディペイントで出撃させて中破状態にして秘書艦をしてもらう、でしょうか。世間では、重武装ボディと立派な艦橋をお持ちの重巡洋艦娘さんを艦隊に迎えた諸提督が、必ず一度は通る道だとも聞いています。それを、不知火のような駆逐艦で行うなんて、それはそれで、なかなか男のロマンではないでしょうか?」

 

「男のロマンという言葉をそんな風に使うな! 男のロマンっていうのはもっと格好いいもんなんだよ!」

 

 というか、あの重巡洋艦娘二人をそう扱うことが提督世間一般での共通認識のように語らないで頂きたい。女性提督も多い昨今、それが常識的に行われているとは信じられない、というより信じたくない。

 

「それにな、不知火」

 

 言い聞かせるような口調になってしまった。

 

「仮にそんなような交渉が成立してしまったら、僕たちの間の、その後の関係性はおかしくなると思うんだよ」

 

「あら。言われてみれば確かにそうですね。それもそうです。では、エロ方面は禁止ということで」

 

 まあ、妥当だ。

 ていうか、語尾に『でち』は、不知火の中ではエロ方面の要求なのか……。澄ました顔して、潜水艦娘には未だに固執しているよな、こいつ。

 

「でも、どうせ司令はエロ方面の要求なんてしてこないだろうとは思っているのですけれどね」

 

「お。えらく信頼されてんじゃん」

 

「童貞ですしね」

 

「………………」

 

 そんな話もしましたね。

 そう言えば、先日。

 

「童貞はがっついていないから、相手が楽でいいですね」

 

「あの……不知火、ちょっと待ってくれよ。お前、そうやって童貞について、この前から色々言ってるけどさ、言ってくれてるけどさ、お前だって、別に経験があるわけじゃないんだろう? それなのに童貞をそういう風に言うのは、あんまり感心しないというか――」

 

「何を言っているのですか。不知火は経験者ですよ」

 

「そうなのか?」

 

「やりまくりですよ」

 

 さらりと言ってのける不知火。

 こいつ……、なんていうか、本当に僕の言うことに、ただただ逆らいたいだけなんだな……。

 やりまくりっていう表現もどうよ。

 駆逐イ級を殺りまくり、というのなら相応しいかもしれないが。

 

「えっとな……何て言っていいかわからないけれど、それも仮に、仮にだよ、仮に本当にそうだったとして、その事実を僕に対して告げることが、不知火、お前にとって何か利益になるのか?」

 

「…………む」

 

 赤面した。

 ただし、不知火がじゃなく、僕が、だけど。

 なんかもういっぱいいっぱいな会話だった。

 

「わかりました……訂正します」

 

 やがて、不知火は言った。

 

「経験は、ありません。処女です」

 

「……はあ」

 

 告白は告白でもすごい告白をされた。

 僕もこの前させられたのだから、おあいこといえばおあいこだけれど。

 

「ですが、処女航海の方は済ませました」

 

「それは知ってる」

 

「司令の指令で、いやがる不知火の、初めてを、無理やり、しかも公海で公開なんて、きっと一生後悔しますね」

 

「色々うまいこといったつもりだろうけれど、別にそれほどでもないからな」

 

 しかも、建造された船が処女航海を嫌がってどうする。

 

「きっと、一生後悔するでしょう――司令が」

 

「お前は僕にどんなことをするつもりだ!」

 

 何かを公海上で公開させられるのかもしれない。物によっては、確かに、一生ものの後悔をさせられるだろう。

 

「つまり!」

 

 不知火は続けて毅然と、こちらを人差し指でびしっと指差して、公園上に響き渡らんばかりの大きな声で、僕を怒鳴りつけた。

 

「司令みたいないかさない童貞督と話してくれる艦娘なんて、精々不知火のような行き遅れのメンヘル駆逐艦娘しかいないということです!」

 

「…………!」

 

 こいつ……僕を罵倒するためになら、自分の身を貶めることすらも厭わないないのか……。

 しかも今の言葉、さらりと漣や他の艦娘たちまで対象に巻き込みやがった。

 ある意味脱帽、ある意味白旗。

 全面降伏。

 深海棲艦相手にだってしたことがないのに。不知火には勝てなかったよ……。

 まあ、不知火の貞操観念の高さや身持ちの堅さみたいなものについては、実際のところ、先日、トラウマになるほどに痛感させてもらっているから、この件については、とりたてて深く追求しなくてもいいんだけれど。

 

「話が逸れましたけれど」

 

 と。

 不知火はあっさり平静な声に戻って、僕に言った。

 

「実際のところ、何かないのでしょうか? 司令。もっと単純に、困っていることなどは」

 

「困っていること――ねえ」

 

「不知火は口下手なので、うまく言えないけれど、司令の力になりたいと思っているのは、本当ですよ」

 

 口下手ってことはないと思うが。

 むしろ回り過ぎるくらいによく回り、空回りしている舌だとは思うが――しかし、まあ、不知火。

 根は悪い奴じゃない――ん、だよな。

 

「けど、いきなり困っていることとか言われてもな」

 

「確かにそうかもしれないですね。司令、今日は寝癖ついてないですし」

 

「僕の悩みは精々寝癖くらいだという意味か!?」

 

「深読みしないでください。意外と被害妄想が強いのですね。司令、行間紙背を読み過ぎですよ?」

 

「他にどんな解釈があるんだよ……」

 

「誰にでも優しい艦娘のあの子が司令にだけは冷たいとか、そういう悩みでも力になれると思います――ごめんなさい、相手の艦娘によってはご期待に添えないですが」

 

「嫌な話だな!」

 

 何か、無理矢理にでも話さない限り、延々と永遠にこの展開が続きそうだった。

 やれやれ……。

 本当にもう。

 

「そうだな……困っていることねえ。敢えて言うなら、それは、困っていることってわけじゃないのかもしれないけれど」

 

「あら。何かあるのですね」

 

「そりゃ、一つくらいはな」

 

「何でしょう。聞かせてください」

 

「迷いがないな」

 

「それはそうです。不知火が司令にお返しできるかどうかの瀬戸際ですから。それとも、艦娘(おんな)には話しにくいことなのでしょうか?」

 

「いや、そういうわけでもないけれど」

 

「だったら話してみてください。話すだけでも楽になるもの――らしいですし」

 

 …………。

 

「えっと……妹と喧嘩した」

 

「……いまいち力になれそうもない話ですね」

 

 諦めの早い艦娘(おんな)だった。この早さは多分、島風にだって負けない勢いだろう。

 ……まだ僕の艦隊には未着任だから、会ったことはないけれど。

 それにしても……まださわりを聞いただけじゃん……。

 

「でも、一応、最後まで聞かせてください」

 

「一応かよ……」

 

「では、とりあえず、最後まで聞かせてください」

 

「同じようなもんだな」

 

 とはいっても、この展開じゃ、仕方ないか。

 

「ところで。どちらの妹さんと喧嘩したのですか? 確か司令、二人、妹さん、いたはずですよね。しかも、二人とも艦娘」

 

「ああ、知ってるんだっけ。どちらかっていうと上の方――だけど、まあ、両方みたいなもんだ。あいつら、何をするにもいつでもどこでも、5W1H、完璧にべったりとつるんでるからな」

 

「佐世保鎮守府のドラゴンシスターズでしたよね」

 

「通り名まで知ってんのかよ……」

 

 なんかやだなあ。

 妹に通り名がある方が嫌だけれど。

 

「今朝、佐世保から電話があってな……」

 

 さて、と僕は話を始める。

 ここからあとは――僕の問題だろう。

 

 




 お久しぶりです、いかがお過ごしでしょうか。
 某地方局の恋物語一挙放送の勢いで書き上げ続けつつある(現在進行形)艦物語シリーズ続章をお届けします。
 100%物語シリーズ完結記念で書かれたパロディ作品です、とか言ってみたら何かいいことあったように聞こえるでしょうか。

 更新ペースは未定ですが、他の連載作品と兼ね合いさせつつ綴る艦娘と提督の物語をお楽しみいただければ幸いです。
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