003
――
「あいつら、二人とも、軽巡洋艦娘なんだけども、戦闘マニアというか、容赦がないというか――まあ、戦績はいいんだ。いいんだけど――配属される先々で提督や他の艦娘と揉めて、でも、反りが合わない、くらいのものなんだけど――まあ、戦績を考慮されて解体処分なんてことにまではならないんだけど――ただ、また二人一緒くたに、今いる艦隊を追い出されるらしくて――更に今回は、佐世保から横須賀に転属が決まったらしくて――」
――
「なるほど」
そこまでで得心したという風に、不知火は僕の言葉を止める。みなまで言うなとばかりに、僕の言葉を最後まで待たない。
「すでに戦果を挙げているけれど素行を問題視されている妹さんたちと、未だに戦果らしい戦果を挙げていない問題外な司令と、置き場所に困る者をこの際ひとまとめにしてしまおうというわけですね」
「……そういうことだ」
置き場所に困っているというのは確かだった。
戦果を挙げている妹たちも。戦果を挙げていない提督も。
「それで、こんなところで頭を抱えていたというわけですね。ふうん。でも、わかりませんね。それでどうして妹さんと喧嘩になるのかしら?」
「妹としては、僕が提督になったんなら、一日も早く自分たちの指揮をしてもらうつもりだったらしいんだが――なんていうか、ほら、僕はそんなの、無理だから」
「そんなの、無理、ですか」
不知火は意味深長に、そう反復した。
あるいはこう言いたかったのかもしれない。
贅沢な悩み、だと。
建造運に恵まれない提督だっているのだから。
理由はどうであれ、提督になって日の浅い者に、すでに戦果を挙げている武勲艦を転属させて指揮下に加える、なんて話が持ち上がったのだから。
「やはり家族が、妹が艦娘で、自らその指揮をとり最前線へ、死地へと送るというのは気が進みませんか?」
「……いや、それは見ず知らずの他の
「ただ、何でしょう」
「つまりだ。いくら理由が色々あるとは言っても、おっかなびっくりどうにか司令をやってる自分とか、せっかく軽巡洋艦娘二人の指揮を任されることに途惑ってしまう自分とか、その当人である艦娘な妹から言われた言葉に本気で腹を立てている自分とか、そういう、なんていうか、自分の人間の小ささみたいなものが、腹立たしくて腹立たしくて、しょうがないんだよ」
「ふうん――複雑な悩みですね」
不知火は言う。
「複雑じゃなくて矮小なだけなんだよ。僕って人間小さいよなー、とか。でも、それでも、今後妹の指揮をしなきゃならないことを思うと、滅茶苦茶、頭が重たいんだ」
「“重たい”――ですか」
不知火はそこで、ため息をついた。
「残念ながら、司令の人間の小ささを、不知火の器量でどうこうすることはできないですね……」
「……努力くらいしてくれよ」
「当然ながら、司令の人間の小ささを、不知火の器量でどうこうすることはできないですね……」
「…………」
確かに当然のことではあるが、そうはっきりと、しかも口惜しそうに言われると、更に落ち込んでしまう。
「つまらない人間だよなー、って。もっと、深海棲艦の謎のこととか、人類が対抗する方法とか、どうせ悩むんなら、そういうことで悩みたいって、思うのに。でも、それなのに、僕の悩みは、こんなにちっちゃい。それが――僕だ」
「ちっちゃい――」
「しょぼい、と言ってもいいかな。なんかこう、開発で12.7mm単装機銃ばっかり成功するみたいな、そういうしょぼさ」
「自分の魅力を否定してはいけません、司令」
「魅力!? 僕の魅力は開発で12.7mm単装機銃ばっかり成功することだったのか!?」
「冗談です。それに司令のしょぼさは、12.7mm単装機銃ばっかり成功するみたいなんかじゃありません」
「開発失敗ばかりって言いたいのか」
「まさか。それはすごいことです……というかおいしいことです、開発資材が減りませんから。司令のしょぼさというのはですね……」
不知火は語りに重さを加えるために、そこで言葉をたっぷりとためて、それから、僕に言った。
「……12.7mm単装機銃の開発に成功はしたものの、よく考えたら25mm連装機銃をすでに必要量持っているみたいな、そういうしょぼさですから」
じっくりと、その意味を咀嚼して、反芻して。
「しょぼー!」
絶叫する僕だった。
そんなしょぼい奴、生まれてこのかた見たこともない……あれか、噂に聞く資材損というやつか……それにつけても、こいつ、よくそんなことを思いつくよな……。重ね重ね――というより返す返すも、末恐ろしい
「でも、艦隊転属のことはともかくとしても、妹さんと喧嘩というのは、確かに小さいかもしれませんね。司令、妹なんか可愛がってそうなものですが」
「喧嘩ばっかりだよ」
その中でも――今日のはこたえたというだけだ。
「目に入れても可愛くない、痛い妹なのですね」
「僕の妹は別に痛くはねえよ!」
最近、様子がおかしかったりもしていないし魔王になったりもしていない。
でも、手痛い目にはあっているかもしれない。
「それとも、愛情の裏返しというものなのでしょうか。案外、司令、シスコンだったりするのでは」
「違うよ。妹好きなんてのは、実際に妹のいない奴の幻想だろ」
「あら。では司令の右手でまずは、そのふざけた幻想をぶち殺してみませんか」
「お前は僕に何をさせたいんだ?」
妹との恋愛か、それとも科学や魔法を“そげぶ”することか。
「失礼、司令が左手派だとは知らず、配慮の足りない発言でした」
「配慮以前に、その思考がいらないな」
「そうですか。司令はシスコンではないと。実の妹を好きになったりはしないと」
「するか」
「そうですか。では、艦娘の恋人を好きになるのかしら」
「だから……え? 艦娘を恋人にできるのか?」
なんだそれ。
いや、恋人関係を艦娘と結ぶことは、“ケッコンカッコカリ”と称されて半ば黙認とばかりな提督もいるらしいとは聞いているけれど、でも、そうなると、実の恋人……? というか、話、逸れ過ぎ……。
「本当に小さいのですね、この程度の軽口でおたおたと」
「軽くないじゃん、お前の言葉」
「今のは司令を試したのですよ」
「なんで僕試されてるの……っていうか、お前それって、まだ本気を出していないってことなのか!?」
「本気を出すと超重力砲を発射しますよ」
「超重力砲!? うわ、すげえ見たい!」
いや、その前にいつから不知火は霧の艦隊に加わった……。
不知火は「ふう」と、思案顔をした。
「そういうリアクションは大きいのに、人間は小さいのですねえ。何か因果関係でもあるのでしょうか。でも、司令がどんなに小さな人間でも、不知火は見捨てたりはしません。司令の人間の小ささに、ちゃんと、付き合ってあげます」
「微妙な物言いだよな、それも」
「どこまででも、付き合ってさしあげます。真珠湾からミッドウェーまで、お望みとあらば
「……いやだから、そういう台詞を言えば、お前は格好いいかもしれないけどさ……」
「ですから、司令は人間の小ささに関わること以外で、何か、困ったことはないのですか?」
「………………」
こいつ、僕のことが嫌いなんじゃないのか。
僕は今、深刻ないじめに遭っているんじゃないのか。
被害妄想であって欲しいけれど……。
「これといって、別にないな……」
「欲しいものも困っていることもないのですか――ふうん……」
「あるとすれば、不知火が僕に対して言葉の雷撃を控えるようにしてくれることくらいだけど」
「司令は不知火に自沈の命令を下す気ですか?」
「やっぱり、そんなのは無理だったか」
「不知火は、真っ先に、司令が一週間毒舌禁止などと言い出すことを先手を打って沈めるべきでしたね。これは完全に、不知火の落ち度です」
どうして交渉の単位が一週間なのだろうか。そして、沈める行為は物理的にされるのだろうか。
「仕方ないですね……それにしても、エロ方面を禁止した途端、何の案もなくなってしまうだなんて、驚きです」
「それは確かに事実だか、禁止する前から案なんて何もなかっただろうが」
「わかりました、司令。多少でしたら、エロくっても可としましょう。陽炎型二番艦不知火の名に基いて、夜戦カッコイミシンの突入を許可しましょう」
「………………」
ひょっとして何か期待されているのかな……。
ああ、今度は自意識過剰か……揺れるなあ、まさに陽炎、そして不知火。
「本当に何もないのですか? 戦果を挙げたいとか」
「それはそのうちどうにかなる……と信じたい」
「ええ、そうですね。信じるって大事です」
「お前それ、絶対これっぽっちも信じてない言い方だよな」
「では、艦娘たちと仲良くしたいとか」
「したいけど、お前たちがしてくれないだろう」
「当然ですね。艦娘に好感度パラメータは未実装ですから」
「早く実装してくれ運営! 僕の艦隊では普通に接してくれないんだよ!」
「では、不知火だけでももう少し物理的に積極的な接し方をしましょうか?」
「それって実は喧嘩売ってるよねそうだよね!?」
「では、仕方ありませんね――」
不知火は、間合いを計った風に、頃合いを見計らって、言う。
「戦力が欲しいとか」
「………………」
これは――どういう意味、だろうか?
何か、意味ありげな。
「欲しいって言ったら……、どうなるんだ?」
「不知火が旗艦で頑張ります」
「……それで?」
「改造可能練度に達するでしょう?」
平然と言う不知火。
「それだけのことですよ」
「…………………………」
うん……。
深読みしようと思えば、できる台詞だけれど。
艦隊行動の経験とは別に嚮導艦としての経験が得られる“旗艦”に据えることが、基本的にして初歩的な練度を上げる方法なのだけれど。
それは秘書艦として常に提督の傍らに付き添うことを意味しているのだけれど。
不知火がどれだけ、どのような、僕に対して恩を感じてくれているのかは分からないけれど。
「いや、それは、いずれ欲しい、ことだな」
「ふうん。そうですか」
果たして、深い意味があったのかなかったのか、あったとすればそれはどういう風に深い意味だったのか、それはとうとう不明になってしまったが――不知火は、何ということもなさそうに、そう言った。
「なら今日、これから不知火の……嚮導?をさせてくれよ。それで昼飯でもおごってくれ。それでチャラってことにしようぜ」
「そう、ですか。ならそれで――ああ、一つ良いことを思いつきました」
と、そこで不知火は分かりやすく、ぽんと、結んだ右手で開いた左手を打って、
「司令には、司令らしいことを行なっていただきましょう。不知火をあそこへ嚮導していただきましょう。そうしましょう」
ぱん、と。
今度は開いた両手を柔らかく鳴らして。
不知火は、まとめるようにそう言う。
この話はこれで解決という意志表示だろう。
「戦勝祈願、というのは、とてもそれらしく、とても必要な、とても相応しいことではないでしょうか」
こうして。
僕はベンチから重い腰をようやくあげて、休日の過ごし方を獲得したのだった。
004
「ここか」
「ここです」
そういった遣り取りを僕は不知火としながら、目の前の建築物を確認する。
鳥居があった。紛う方ない、立派な石鳥居だ。
叶神社。
脇に立つ石柱にそうあるのだから、そうなのだろう。
神奈川県横須賀市浦賀。
その昔、工廠があり多くの船の故郷となった場所である。
横須賀市街を通る二本の主要鉄道、JR東日本と京浜急行電鉄。その片方の駅である横須賀中央駅から乗り換え無し、約十分。
午後も昼下がり真っ盛りの頃合い、僕と不知火は京急浦賀駅の改札を抜けた。
階段を下りて立つバスのロータリーの正面にはY字の交差点。
「司令なら、それなりに健脚ですよね。そうでなくとも歩きますが」
「まあ、ほんとそれなり人並みに、だけどな。とはいえ、士官候補時代に行軍とかやらされてるけど」
「それほどは歩きません。……青になりましたね、まずはこちらです」
そういって、不知火は三叉路の右の方へ、横断歩道を渡り始める。これでは本当に、僕が嚮導されている側のようだった。
まずは、ということは、何箇所か案内されるのだろうか。
コンクリート塀に沿った歩道を進む不知火に追い付き、横に並ぶようにして僕は歩く。
「この向こう側は……工場か何かだよな? もしかして」
「さすがに分かりますか。ええ、旧浦賀ドックです」
バス通りの歩道、その右側に聳え立つ壁は多少の圧迫感を持ってこちらへ迫ってくる印象を持つ、それほどには大きな建物だった。
「深海棲艦出現前には一般に開放されることもあったそうですが、今では横須賀鎮守府の研究工廠として管理下にあるのだそうですね。何を行なっているかは存じ上げませんが」
「そういえば昔、市の文化財指定をどうするとか何とか……」
鎮守府管理下の旧ドック、となれば艦娘に関わることだろうか。壬生辺りならその辺りのことも明るいかもしれない。
いや、普通に鎮守府内で誰かに訊いても答えてもらえそうなことか。一応、僕も、提督な訳だし。
「僕は地元民としても寡聞にして知らない、詳しくない方だとは思うんだけど、不知火はこの辺り、それなりに知っている方なのか?」
そういえば“不知火”は浦賀船渠で造られた船だった。その時の、その“
その証拠に、先ほどから不知火の足取りには迷いがない。周囲の地理風景全てを把握して進んでいるんじゃないかっていうくらいだ。
「……はあ、司令は艦娘を余程侮っていらっしゃるのですね。不知火は、というか艦娘はいわば最先端機密満載の最新鋭兵器なのですよ?」
「そ、そうだったよな。すまない不知火。それに関しては僕が浅薄だった」
全くもって不知火に返す言葉がなかった。
不知火もそんな僕に呆れたのか、手元のスマートフォンを見ながら盛大な溜め息を隠すことなく吐いた。
「それにしても、グーグルストリートビューって便利ですよね」
「それなら僕にも使えるよ!」
普通に現代的技術だった。
そっか、この辺も普通に載ってるんだ。ぱないな、グーグルさん。
「艦娘が“地図の読めない女”では困るではありませんか」
「海図が読めるんだから、まあ、当然だよな」
「でも“空気”は読まないのだけれどね」
「そこは是非読んで欲しいんだけれどな」
「次の信号、渡りますよ」
会話相手の意図すら読んでくれなかった。
「そういえば、司令が浅薄というのは不知火が船舶ということとの対比のつもりだったのでしょうか」
「どうせ一度スルーしたんだったら、そのままそっとしておいて!」
そうこうするうちに、町並みを、裏道を進み、到着したのは住宅地の中に厳かに佇む、まばらな木陰に覆われた静寂の雰囲気。
「さあ、ぼーっと死んだ目をしていないでお参りをしましょう」
「ああ、そうだな」
「ツキジのマグロめいた目をしていないでお参りをしましょう」
「何でニンジャスラング風に言い直した」
水屋で手を浄め、石段を上がり、二拝二拍手一拝の参拝を行なう。
僕が祈ることといえば――艦隊の、艦娘たちのことだけだ。
無事に、帰ってこられるように、と。
…………。
不知火は、何を祈っているのだろうか。
「さあ、社務所に向かいましょう」
「ん? おみくじでも引くのか?」
「来れば分かります」
向かった先の社務所で、不知火は初穂料を納めて翠色の石を受け取った。
ヒスイの勾玉だった。
「他に水晶と瑪瑙があります。司令もおひと――申し訳ありません、司令。おそらく、お守りの効能にも当然限度があるわけですし、お一人幾つまでと特に決まっているわけではありませんので」
「一つで大丈夫だよ!? なにその、僕は幾つもお守り持ってないと一つ分も御利益がないような言い方!」
「それでも……艦隊の艦娘の数だけ必要になるのかと思うと――こちらは縁結びの神様ですので」
「僕って艦娘一人一人と縁結びしないといけないくらい疎遠に扱われてるの?」
えっ、と。まるで今初めて驚いたかのような、困った表情のその顔をあからさまに明後日の方向へ逸らす不知火。
疎遠にされていた。というか粗縁にされているみたいだった。
でもまあ……せめて、“勝ち運”とは結ばれていないといけないよなあ……。
「えっと、不知火のは“翡翠”のかな? どうにも勾玉っていうと僕もその色の印象が強いし、それにするよ」
僕もいくつかの中から気に入った色合いの物を選び、初穂料を納める。
「これは……肌身離さず身に着けていればいいのかな。それとも、紐を通すとか」
「いえ、こちらのお守りはまだ“お守り”になっておりませんので。次に参りましょう」
神社の参道を海の方へと抜けて、僕は不知火の後を付いて道を渡り、小さな桟橋へと出た。
「今お参りしたのは“西の”叶神社。これから向かうのは“東の”叶神社です」
そちらでこの勾玉を納めるお守り袋を頂くことで、“縁”を結び願いを“叶”えるお守りとなるらしい。
自身で“西と東を結ぶ”ことを行うことに、その意味もあるのだろうか。
「来ました。対岸へ渡りましょう」
僕と不知火の前にやってきたのは小さな渡し船だった。
「海の道を進むのも、また乙なものでしょう?」
艦娘たちには常日頃のことでも、僕にとっては確かにちょっとした特別なことでもあった。
奥まった海である浦賀水道はまるで水盤のような凪いだ水面で、まるで鏡の上を滑っているような印象だ。
「なんだか……あまりに波がないと海って感じがしないんだな」
「夜はいっそう、そう感じられると思いますよ」
へえ、なんて惚けた返事を返してから、今の言葉は不知火のものだったのか、と気になって――
「着きましたよ」
――いるうちに、数分もしないで海の道を通り終えていた。
桟橋から海沿いに歩き始める不知火の後を僕は追う。
僕たちはものの数分で到着した。今度は“東の”叶神社。
陽の光に明るく照らされて、まばゆくも僕たちの前に静かに佇んでいる。
やはりまずは、水屋で手を浄め、先ほどの“西”側より長い石段を上がる。
「あ」
「あら」
丁度そのタイミングで社殿の方から、人が降りてきた。小走りで危なっかしく、石段を駆け下りていく。
中学生くらいの女の子だった。
長袖長ズボンの完全防備。
腰にウエストポーチを付けていて。
頭には帽子を深くかぶっていた。
すれ違う瞬間。
彼女は僕らを見て――そこで初めて僕らに気付いたようで、
「………………?」
んん?
なんか、今の子……。
見たことがあるような、ないような。
「どうしたのですか、司令」
「ん、いや……今の子、どこから来たのかなと」
参拝客は僕たちしかいないように思っていたけれど。
「社殿脇に山頂へ向かう山道がありますからそちらからでは。山頂に本殿もありますので」
言われて僕はそちらを覗き見る。うっそうと茂る木々の間を、石段が、木陰の暗さで見えなくなる先までのびていた。
「『
「いや、いい。そこまでは、多分、必要じゃない――と思いたい」
「そう、ですか」
言いながら、どこで見たことがあるのか、思い出そうとしたが、しかし、とうとう、思い出すことは出来なかった。いや、そもそも、あんな女の子のことは知らないのかもしれない、ただのデジャヴなのかもしれないと、僕はここでは結論づけて、
「ま、お参りしようぜ」
と不知火に言った。
僕は社殿の正面に戻り、改めて向かい、こちらでも二拝二拍手一拝の参拝を行なう。
これで、西と東を結んだわけか。
あるといいな。御利益。
不知火の、僕よりもしっかりと、手順通りの参拝を待って、僕たちは社務所へと向かう。
「こちらで頂くお守り袋へ先ほどの勾玉を納めて“お守り”になるのです。――司令に御利益があるかどうかは不知火の与り知らぬところですが」
「僕にだってきっと御利益あるよ!?」
きっと、多分。
不知火は水色のお守り袋を社務所の方から受け取り、手袋を外した細い指先で器用に勾玉を納める。
僕も同じ色のお守り袋で勾玉を納めようとするが、意外に袋の口が小さく、何ともうまくいかない。
「……貸してみてください」
不知火が呆れた口調で文字通り救いの手を伸ばしてくれたので、素直にそれにお世話になることにする。
「あら。良く考えたら翡翠も袋の色も不知火と合わせたのですね。いやらしい」
「どうしてそうなる!?」
「ですが、不知火のセンスにあやかったということでしたら、寛大な心で大目に見ましょうか」
「それはどうも」
「まさかのときには、不知火の身代わり守りになってくれるのかもしれませんしね」
「提督のお守りが艦娘の身代わりになるの?」
「殊勝にも司令が艦娘の身代わりになると仰るのでしたら、身代わり弁天の方にもお参りいたしますか?」
不知火に指し示された先へ、僕は視線を向ける。
……本当にあるんだ。社務所の脇を抜けた先に。身代わり弁天。
「い、いや、僕じゃ艦娘の皆様方の身代わりになんてならないだろう」
海にすら出ないんだからな。
「良い心掛けです、司令。艦娘の代わりも、司令の代わりも、居て良いものではありませんからね」
もちろん、“不知火”の代わり、も。
「はい、司令。ぜひ御利益のあるその日まで、大事になさって下さい」
「その言い方だと、随分と先になりそうだな、僕の御利益」
不知火の手により勾玉を納められたお守り袋を、僕は不知火から、不知火の細い指から受け取る。
「それにしても、縁結びの神様に戦勝祈願ってのは大丈夫なのか」
「“勝利”との縁結び、と考えればさほど違和は感じられないかと」
確かに、“勝利の神様”との“縁結び”なのだとしたら、今日明日からでも欲しい御利益ではある。
「もっとも、御利益になど頼らなくとも、不知火は勝ちますが」
不知火は手袋を嵌めなおしながら僕に言う。
考えてみれば、古今東西“勝利の神様”は女神様の場合が多いけれど。
「勝てと言われずとも、負けるつもりなどありませんが」
今僕の目の前に居るのがそうだとしたら、随分と御利益のいらなそうな、御利益にあふれた、威容だけならすでに立派な“勝利の女神様”だった。
「さて、頃合いも良さそうですし、司令は不知火のために美味しい昼食を考えても良いのですよ?」
「あ、ああ、そういえばそういう約束だし――」
僕のお腹の頃合いもちょうどそんな感じだった。
「でも僕、この辺りの店になんて詳しくないぞ」
「別に横須賀まで戻ってからでも構いませんよ。ああ――簡単に、無造作に、カレーで、などという選択肢は御免こうむりますよ」
「それは僕も御免だ」
何が悲しくて、毎週金曜日確定のメニューを休日にまで食べなければならないのだ。
「ネイビーバーガーなどという女子力の低いメニューも対象外ですね」
「もう、名物系は全否定の勢いだな」
とはいえ、名物や名産品なんてものほど地元住人は口にしないのは、割かしどこでも普通な話だ。
「ということを踏まえての、司令のチョイスに不知火は期待をしておきましょう」
どうやら僕は、随分と注文の多い、多分に誘導も含まれた不知火の言葉に、回答を摸索しなければならなくなったようだ。
「さあ、戻りましょうか」
僕は不知火に付いて鳥居をくぐり抜け、神社を後にする。
ふと、思い立って、振り向いて、境内を仰ぎ見て、
「………………っ」
僕は唐突に、あの子の名前を、思い出した。
すれ違った女の子。
そうだ。
彼女の名前は――仙石幾子だ。
005
今日の幾子はラッキーです。ハッピーです。記念日です。
何しろ、久しぶりに会えたのです。
幾子の好きな、お兄ちゃんに。
あの“お兄ちゃん”に。
まさかの偶然です。
幾子の竣工日に。
これはきっと。
運命です。
「おいおい、あれを“会う”ってのは、ちょいとばかし、違うと思うぜ幾子ちゃん。あれはどっちかってえと“出遭う”って感じだ。出遭い頭の事故みたいなもんだろ」
「……事故なんて、言い方が酷いよ、
「しゃしゃ――悪いことか悪くないことかはその時にならなきゃわからないもんな。それに、幾子ちゃんが事故に遭うわけはなかったな」
「……どうして?」
「事故ってのは、自分に――自己に従って動いた奴が、それを妨げられた時に口にする言葉だからな。無目的に、盲目的に、毎日西へ東へ往ったり来たりする幾子ちゃんには事故なんて、自己なんてあるわけないって話さ。しゃしゃ」
幾子は、このヒトの――久地縄さんの笑い方が好きにはなれません。
「久地縄さんの言葉は、幾子にはわかりづらいよ……」
話す内容も――好きにはなれません。
「でも久地縄さん? 幾子はちゃんと自分の為に、自分のお願いの為に、お百度をしてたんだよ。お百度参りってたんだよ。これは幾子の自己意識ってものじゃないのかな?」
「するってえと幾子ちゃん、さっきのは幾子ちゃんにとって“事故”ってことになるぜ。しゃしゃ」
「それは、久地縄さんの論理でしょ。そんな論理は、世間一般では誰も使ってないんだよ」
「ああ、そうだな。それはそうだな。この世の“世間一般様”は何処を向いても、事故に遭ったら“被害者意識”ばかりを掲げる連中だらけで、誰も“加害者意識”にゃ目を向けない、そんな御都合主義の横柄さが罷り通る世の中だもんな。いやはや、そうだったそうだった」
「久地縄さんが一体何を言っているのか、幾子にはわからないよ……」
「さっきのが“事故”なら、意図的に起こした側が“加害者”で、出遭っちまった側が“被害者”なんだろうが、きっとそんなことに御当人達は気付かないばかりか間違って勘違っちゃったりするだけなんだろうぜ、てことさ」
――本当に、ホントに、久地縄さんの話はよくわかりません。
「なあに、こっちの話さ。いや、あっちの話か。もっとも、どっちの話にしろ、幾子ちゃんがすることに変わりはないんだろうけどな」
「あ、うん。幾子は“
そう、それは幾子が自分で決めたことです。事故などで決められてしまったことではなく、それはもうまったく完全無欠な自己意識です。“かじょう”なまでの自意識です。
「
「しゃしゃ。幾子ちゃんの決心は頼もしいが、良く知らないことを自信たっぷりに“思い”込む癖は、艦隊に編成される前に直した方がいいとは思うぜ」
今度は少し苦笑いを含んで、久地縄さんは言いました。
……本当に、ホントに、何を言いたいのかよくわかりません。
「さて、それはそれとして――どうでもいいとして、幾子ちゃん。これから幾子ちゃんを“
「かまない……噛んじゃった……構わないよ。艦娘さんになって幾子は、強い幾子になるんだよ。艦娘幾子は傷付かないんだよ」
幾子はノリノリで、力強く言い切ります。
危うく舌を噛み切りそうでしたけれど。
決心は硬いのです。
「ところで、久地縄さん。幾子はどんな艦娘になるのかな? 戦艦? 空母?」
……何故でしょう。意識的に“せんすいかん”という言葉は避けたくなった幾子です。
「おいおい、幾子ちゃん。そんな重要事項を斟酌無しに了解してたのかい。艦種を確定する“建造”儀式ってのはない、ってのがもはや常識だと、幾子ちゃんもご存じだとは思っていたんだが……でもまあ今回に限り、幾子ちゃんの場合に限り、確実なことはあるんだよ」
半ば呆れ半分な久地縄さんでしたが、最後は勿体付けました。
今回に限り。
幾子に限り。
一体何でしょう。
限定感満載です。
……ところで、半ば呆れ半分、というのは、呆れは四分の一になってしまうのでしょうか?
「幾子ちゃんが為る、幾子ちゃんが頂く『艦名』は決まっているんだ。幾子ちゃんには『いそかぜ』になってもらうことに決まっているんだ」
『いそかぜ』。
幾子は呟き返します。繰り返します。
いそかぜ。いそかぜ。いそかぜ。
……あまり強そうな響きではないように思いました。
申し訳ないことなのですが、ちょっと、結構、かなりしょんぼりです。
……ところで結局、『いそかぜ』の艦種は何なのでしょう。
「よろしく頼むぜ、幾子ちゃん。しゃしゃ」
よろしく頼まれてしまいました。
こうした紆余曲折の結果、幾子は艦娘になるのです。
いずれ練度を上げて、幾子は、いえ、『いそかぜ』は
そんな幾子の、『いそかぜ』の登場を、実装を、お待ちいただければ幸いです。
艦ミングスーン。
次回以降への振りだけを振りまいて終わったかのような今回のエピソード。
今後の展開への興味が湧いていただけていれば幸いです。
なお、作品内時間が2013年十月中旬の設定ですので、ケッコンカッコカリに関しては作中のような扱いになっております。